Dies irae ーcredo quia absurdumー   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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推奨BGM:Noli me Tangere

*よりHolocaust


第三十八章 過ちは繰り返さぬからこそ

 機動六課隊舎は火に包まれていた。数時間前までは最新式の設備が備えられ、精神衛生面上の為に数多くあった観葉植物や隊舎周辺も自然に囲まれていたが最早それらの面影はない。太陽が沈み、暗くなっていく中で真っ赤な炎が暗い黄昏を染める。

 ガジェットは数十体も蔓延り、建物を破壊していく。襲撃が始まって小一時間。たったそれだけの間で隊舎は崩壊寸前だった。

 それでもいまだ完全には落ちていない。

 

「ぬ、ぐ……ぅ!」

 

「ザフィーラ!」

 

 防衛のために残されたザフィーラとシャマルがいたからだ。彼ら二人がいたからこそ、背後の隊舎は炎上しながらも、侵入を許していない。それでも二人の負傷は激しい。如何に守護に特化したザフィーラと補助に長けたシャマルの二人が防衛に専念したとはいえ広い隊舎を完全守れるわけがない。二人とも傷だらけであり、特にザフィーラの消耗は激しい。狼の姿の特徴的な青い毛並も血で赤く染まっている。

 それでも、

 

「IS――『光渦の風(レイストーム)』」

 

「ガアアアアアアアアア!」

 

 降り注ぐ緑の閃光を彼は迎え撃つ。十数本からなる光の柱、それらをザフィーラは足元から魔力の壁を生み出し受け止めるが片端か盾が崩れていく。

 

「ックラールヴィント!」

 

 シャマルが盾を補強し、ザフィーラへの補助魔法を送る。それでなんとかしのぎ切るが、

 

「IS――『双剣(ツインブレイズ)』」

 

「ぐあッ」

 

 二刀を叩き込まれ吹き飛ばされる。

 二刀の主は戦闘機人の少女だ。茶色の長髪にカチューシャ。豊満な肢体に張り付く様なボディスーツは地上本部を襲撃した他の戦闘機人たちと同じ物だ。そしてもう一人。同じ色の短髪に無表情の中世的な少女だ。ボディスーツだけでなくズボンとジャケットも着てる。先の緑の閃光は彼女によるもの。

 二人の戦闘機人――ディードとオットー戦闘開始してから無表情で、

 

「……しつこい」

 

 わずかに面倒そうに顔をしかめる。六課襲撃はこの二人こそが最大戦力であり、所詮ガジェットはおまけだ。主力級のほとんどは地上本部であり、『エースオブエース』も『閃光』も先日の一件のせいでいまだ戦闘行為は禁じられている。例えその二人が出てきたとしても対処できる自信があった。故にこの襲撃はこれほど手間取る予定はなかった。広範囲殲滅型のオットーのISを用いれば、それこそ一瞬で終わるはずだったのだ。それにも関わらず今だ六課を落とし切れていない。元々感情の振れ幅小さい二人だが、流石に倦怠を感じている。

 本命がいない(・・・・・)と解っていれば(・・・・・・・)なおさらだ(・・・・・)

 

「どうする、オットー。向こう(・・・)はもう始まってるようだけれど」

  

「それでも僕たちの任務はここを落とすことだ。投げ出せないよ」

 

 言葉を交わしあう二人から戦意は消えない。姉妹の中でも感情が希薄な二人だ。僅かな倦怠はあれど、それで動きが鈍るということはない。ディードの言葉はただ単にオットーを気遣っただけのもの。

 だからこそ、二人はさらに自らのISを起動する。

 それでも、

 

「……させん」

 

 ザフィーラは立ち塞がる。満身創痍という言葉も生易しい。オットーの閃光もディードの二刀も形成位階に等しい。単純な肉体やリンカーコアにダメージを与えるのではなく魂にまで刻まれる攻撃だ。そんなものを喰らい続ければとっくの昔に死んでいてもおかしくない。それにも関わらず彼は立つ。

 彼の横に付き添うシャマルもまた。

 彼我の戦力差は明白だ。『永劫破壊(エイヴィヒカイト)』を持たず、水銀の薫陶を受けているわけでもない。ならば、

 

「翡翠の加護、ということかな」

 

 ()の愛か。なるほど目の前の守護獣は文字通り守護に特化した存在だ。彼との相性もいいだろうし、癒し手というのも遠からず。そういう意味では尋常ならざる耐久力も頷ける。

 だが、なぜだろう。そう考えるのが妥当であると思いながら、しかしそれだけではないと二人は感じていた。

 

「一つ聞きたい」

 

「あなたたちはなぜそこまでする?」

 

 だからだろう。この二人には珍しく自発的に他人に話しかけていた。他の姉妹たちが見れば驚愕するだろう。自ら話しかけることさえも稀なのに、それが姉妹以外の他人であるなどと。オットーとディードの双子同士ならばともかく滅多にないことだ。

 

「愚問だな」

 

 唐突な問いにザフィーラは揺らがない。傷だらけの現状を感じさせないはっきりとした声で彼は答えていた。

 

「俺は盾の守護獣だ。その名に偽りはない。相手がなんだろうと、降りかかる火の粉から守るのみだ。それ以外の理由などない」

 

「だが、貴方たちの主は八神はやてだろう。彼女はここにはいない、なのに何故?」

 

 一度沈黙する。しかしそれは言葉に詰まったわけではなく、その質問になにか思うことがあったようだった。一度目を伏せ、

 

 

「知れたことだ――真に立ち向かうべきものも、俺自身が守りたいと思うも、今この瞬間解り安すぎるほどに明確なのだから」

 

 

 言う。

 

「つまらない問いだ。主を守ることは即ちただ傍にいればいいというわけではない。主の近衛は我らが将が担っている。故に俺は主たちが帰るべき場所を護るのだ」

 

 そう、かつてはそんなことさえもできなかったから。

 真に立ち向かうべきものから目を背け、本当に大事なものを見失って。大切なものを取りこぼして、殻に籠り続けてきたのだ。そして失ってしまったものがある。

 だからこそ、

 

「あぁそうだ。俺は、俺自身はよいのだ。救いなどいらぬ。祝福は主たちの下へ。戦友と共にどこまでも、守り続けるのだ――永遠に」

 

 そう、それこそが彼の願いに他ならない。かつて誤ったからこそもう二度と違えない、自分の身がどうなろうとも愛する者たちに祝福が訪れればそれでいいという殉教者染みた祈り。哀しく、しかし愛に満ちた渇望。

 それはきっと救いようがなく、鍍金のようで、だからこそ美しい。

 そして彼の願いを横で聞き、シャマルは苦笑しながらも、

 

「まぁ、私はこの人ほど行き着いていないけど……。そうね、私はただの偽善者だし」

 

 ザフィーラのように断固たる宣誓ではなかった。それよりもずっとか弱く、儚い物言い。それでも真っ直ぐに、視線をオットーとディードから外さずに言う。

 

「それでも――偽善者には偽善者なりの意地があるの。教え子が、娘みたいな子たちが頑張っている。だったら、こんなとこでへこたれてなんかいられないのよ」

 

 血に濡れた髪をかき上げながらシャマルは告げる。二人に放つというよりも自分に言い聞かせるように、そしてそれに納得したように、我が子を誇り守ろうとする母親のように。

 ザフィーラもシャマルも同じだ。

 自分の存在を度外視している。

 自分はどうなってもいいから大切な人は祝福されてほしい。

 自分の大切な子らが頑張っているのだからそれ以上に自分が頑張らなきゃ。

 そう思う彼らは自分よりも他者に重きを置いている。

 

「だから、俺は」

「だから、私は」

 

「――もう間違えなどせぬ!」

「――もう間違えたりなんかしない!」

 

 叫び、自らを鼓舞して、防衛のために魔力を猛らせる。狂信染みた祈りが彼らを突き動かす。魔力的にも肉体的も限界を超えているはずなのに精神がそれらを凌駕しているのだ。リンカーコアが悲鳴をあげてるのにも、まったく構わずに魔力をひねり出す。その姿はどうしようもなく痛々しい。しかしそれと同時に尊い輝きだとオットーもディードも感じていた。

 だから、だろう。

 

「ディード」

 

「えぇ、オットー」

 

 自然二人は戦意を収めていた。訝しむ二人に彼女たちはもはや武装を構えることはない。

 

「僕たちに足りないものを見せてもらいましたから」

 

「魂……なるほど、聞くのと感じるのとは別だわ。私たち人形風情にはないものね」

 

 自虐気味に呟き、二人は背を向ける。本当に二人は引くつもりなのだ。ガジェットⅡ型を呼び出してオットーはそれに乗り、ディードは飛行して飛び去っていく。

 

「――どっちにしろ目的は達せられた」

 

 去り際にそんな言葉を残しながら。

 

 

 

 

 

『呪いの笛に誘われて 虚ろな戦士に導かれて 人おらぬ街から 赤い目の魔法使いの言うように

 終わりを告げる鐘が鳴る 夜明けを教える鐘が鳴る ひびき とどき きこえてくる

 創造――妖精郷の餓え飽く灰色狼』

 Briah――

 

『アクセス――我がシン

 無頼のクウィンテセンス

 肉を裂き骨を灼き、霊の一片までも腐り落として蹂躙せしめよ

 死を喰らえ―――無価値の炎 』

 

 激突の直前、カイトとナハトは迷うことなくそれぞれの異能を全開に発動する。ナハトとという存在を目前にし眼下に彼女がいるからこそ高まるカイトの渇望は詠唱を短縮し即座に創造を発動し、ナハトもまた己の罪を覚醒させてデスサイスと鎖に黒炎を纏う。

 

「おおおおおおおおおォォッッーーーー!」

 

 その二つの強度は先に発動されたヴィータのソレも、他の黒円卓の騎士すらも及ばない。単純な能力として二人は凶悪すぎるのだ。

 

「腐滅しろ――」

 

 黒炎が燃え盛る。振るわれるデスサイスと鎖に追従してまき散らされる炎はありとあらゆるものを腐滅させる地獄の業火。ナハトの魂は水銀が(・・・)用意した(・・・・)単なる肉の器(・・・・・・)に宿っているから本来の数十、数百分の一でしかないとはいえその効果は絶大だ。どれだけ弱体化されていてもその滅炎から逃れられるものはこの世に存在しない。実際飛び散ったほんの小さな火の粉に接触したコンクリートは瞬く間に腐敗していく。

 

「うぜぇ邪魔だ」

 

 だからこそカイトは条理に反している。腐滅の炎を纏ったデスサイスと自らの銃剣をぶつけ合わせるが、カイトは腐らないし、燃えない。それは触れればどうしようもないはずで、人器融合型である以上は聖遺物である双刃銃が傷つけばカイトへのダメージも免れない。

 それにも関わらず、寧ろ刃を振るい、引き金を引く。

 それでもナハトは不思議に思うことはせず、

 

「くははー!」

 

 鎖を振るう。獣の頭を持つそれはそれ自体が意志をあるかのように這い回る。当然無価値の炎は付与されておりヘリポートは一瞬で腐敗し、形を亡くす。

 

「オラッァ!」

 

 足場が崩壊し、態勢を崩しながらも自らの鎖を伸ばす。じゃらじゃら(・・・・・・)と音を鳴らしながら中空を疾走しナハトの鎖に巻き付く。しかしそれでもカイトの鎖は健在だ。どころか、接触し合っている部分の無価値の炎の勢いが減っている。

 

「なるほど、おもしろい渇望だ」

 

「かっこいいだろう?」

 

 二種の鎖同士で引き合いながら一つ下の階に落下する。

 

「万象燃やし腐らせる無価値の炎? なんだそりゃ、下らねぇどうでもいい眼中ねぇんだよ。魔王様はとっとお家へ帰って薪でも燃やしてろ」

 

「抜かせよ不感症。惚れた女ができたらもう自分のものと勘違いしているのか? 相手にもされない貴様の一人遊びは滑稽だぞ」

 

 互いに笑って

 

「……!」

 

 灰色狼の爪牙と死神の鎌が激突する。

 交叉する刃とデスサイス、弾丸と鎖。どちらも直撃すれば互いに必殺の特性を内包しているからこそ互い全て対処していく。単純な物理的威力もけた外れだからこそ、

 

 地上本部をぶち抜きながら二人の魔人は落下していく。

 

 当然それで動きが鈍ることはない。カイトは曲芸染みた、それこそ勘でしかないような動きで時に鎖を用いて縦横無尽に駆け巡る。速度は決して速くないが、トリッキーな動きは予測を困難とさせる。

 

「ふんっ……!」

 

 それでもナハトは迷わない。動きそのものは少いが長身の体と自由に動き回る獣鎖を用いてカイトの動きを阻害し、デスサイスの一撃を見舞う。

 元々無人であった地上本部のビルの最上層部は内側から焼けただれて広範囲に異臭をもたらしている。外側からでも今の二人の戦闘行為はうかがえるだろう。それらがどれだけ人間を逸脱しているのかを。

 それでも関わらず二人の体に今だに傷はない。

 無価値の炎は全てを腐滅させる攻防一体の術でありカイトの創造も同じ類のもの。同種の能力に同程度の強度。さらに技量そのものも方向性の違いはあれどどちらかが戦局を決定するほど上回っているわけでもない。

 

「ハッ、あぁどうにもならんなぁ。貴様程度にこれだけ手古摺るとは酷い肉体だ」

 

 忌々しげにナハトは言う。カイトと互角であることがあり得ないとでもいうような物言いで、

 

「解っているのか。俺がここで貴様と戦っているのも俺が呼び出されたのも」

 

「俺の為だってか? 黙れよ、そんなこと頼んじゃいねぇ」

 

「頼まれてやるわけがないだろう」

 

 そう、本来ならばナハトが本体を別の次元に在り、自らの適合者でもない肉体に陥れられて今カイトと戦うわけがない。彼はとうの昔に役割を終えたはずなのだから。それなのに、今彼らは戦っている。

 ナハトが動きを止める。釣られてカイトも止まった。どちらも攻撃することなく刹那目が合い、

 

結局(・・)貴様は所詮神の玩具だ(・・・・・・・・・・)

 

「――解ってるんだよそんなことは」

 

 既知感は、なくならない。

 

  




そんなに表だって活躍する機会は中々なさそうなザフィシャマ回。
これでこの二人が誰だかわかったでしょう。

キャーナハトサンジャクタイカー(

地上本部が例によって崩壊していきます

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