Dies irae ーcredo quia absurdumー   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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推奨BGM :Dumme Marionette


第二章 模擬の死闘

 

 

 日の昇り、僅か数時間。未だ空気が澄み、冷たい。機動六課の特別訓練スペースの都市群の一角にてティアナたち前線フォワードメンバー四人は軽い準備運動をしていた。身に纏うのはそれぞれのバリアジャケットだ。先日の初出動にてお披露目となったそれらは驚くほど性能がいい。自分たちの自前のとは全く違う。やはり専門の仕事は違った。

 

「ん……」

 

 ティアナは軽く伸びをして、

 

「じゃ、ミーティング始めるわよ」

 

 他の三人へと言い渡した。

 

 戦う相手は昨日から機動六課に所属したカイト・S・クォルトリーズ。白と黒の斑髪の彼が相手だ。理由は簡単でお互いの戦力把握。これから共に出撃するというなら必要なことだろう。最初は一緒のある程度訓練してからということだったが、カイト自身面倒臭いと言いきって、エリオや自分、スバルも納得したから今の形だ。唯一キャロのみは渋っていたが。

 

「あいつを知ってるのはエリオとキャロだけだから、とりあえず、なにか知ってること教えて」

 

「知ってることですか……」

 

「えっと……」

 

 エリオとキャロが考え込む。

 昨日の様子からは結構な実力者だとティアナは考えていた。何せ戦略兵器級、悪い言い方をすればバケモノのと言える超高ランク魔導師である隊長陣に物怖じせず会話している。それだけでもティアナからすれば驚くべきことだ。本人は魔法は基本なのしか使えないと言っていたが、つまり魔法以外のなにかがあるのだろう。まず考えられるのはレアスキルの類。そういう先天的な強力なスキルを保有しているならばあの自身も納得できる。ならばこそ、先に情報が必要だろう。

 

「レアスキルとかの話はない?」

 

「え、レアスキルですか?」

 

「そうそう。なんか持ってたりしない?」

 

「えっと」

 

 二人は顔を見合わせ、同時に首を振った。

 

「カイトさん、レアスキルもってないはずですよ?」

 

「はい、そんな話は聞いたことないです」

 

「え、まじ?」

 

 目が点になっているのを自覚した。まず間違いなくもっていると思ったのだが。

 

「レアスキルの話は聞いたことないですけど……カイトさんはとりあえず、えっと、その」

 

「……?」

 

 エリオが少し、言い淀み、

 

「とにかくたちが悪いんです!」

 

「キ、キャロ?」

 

「昔から、もうずーっとへんな罠とか仕掛けてきて、フリードにヘンなもの食べさせるし! 男の子にはヘンな事ばっか教えて、いろいろ迷惑な事ばかりして!」

 

「えっと、その……カイトさん、僕やキャロがいた所にたまに遊びに来てくれて……いろいろ教えてくれたんですけど。僕とかはいつも追いかけてたんですけど……その、女の子にはあんまり受けてなくて」

 

「……あ、そう」

 

 つまり、孤児院でガキ大将をやっていたということか。なにをやっているのかあの男。たしかにやんちゃそうな雰囲気はあったけど。というか、二人は同じ所で育っていたのは知らなかった。六課が始まったときから仲良かったのはそういうことか。

 

「えっと、じゃあ、戦力的なことは?」

 

「知りません!」

 

「あ、ああ、そう。エリオは……?」

 

「昔は喧嘩の仕方とかで拳の作り方とか教えてもらってましたけどちゃんと組手みたいなのをしたことはないんでなんとも……」

 

 かなりの鬱憤が溜まっていたのか何時になく興奮しているキャロは置いといて、エリオもあまり情報が無かった。

 

「そう、まぁしょうがないわね」

 

 それなら、とりあずいつも通りに対応するしかないだろう。

 

「フォーメーションは何時も通り。キャロは後ろ、私が真ん中、エリオとスバルでツートップね。臨機応変に行きましょう」

 

 時計を見る。模擬戦開始までもう僅かだ。

 その旨を伝え、いつでも動けるように準備しておく。

 

「……ん」

 

 ふと、疑問があった。それは自分の相棒のこと。いつもならうるさいくらいに騒いでいるのに今日は静かだ。というより、今思えば昨日からカイトが現れてからずっと静かだった。だから少し気になって彼女を見てみた。

 

「――――」

 

 なんだろう、なにかがおかしかったわけではない。だがなにかがいつもと違った。自分でも理解できない感覚。でもなんだろう。確かに違和感があった。いや、違和感ではない。どこかで見たことがあるような、どこかで知っていたような感覚。今までずっと、腐れ縁といえるほど一緒にいたのに、何故かその時既知感とでも言える感覚が胸に湧き、

 

 

『start』

 

 

 模擬戦が始まった。

 

 

 

 

 最初の動き。それは誰もが予想していないことだった。いや、近くのビルの屋上から見ていたなのはたちは苦笑していたし、その場にいたスバルのみはなんとなく(・・・・・)そうなるであろうと思っていたから、驚いたのは二人。ティアナとエリオ。

 

起こったこととは開始と同時の狙撃。

 

それの対象は――――キャロだ。

 

「――――あ」

 

 正面から放たれた、魔力で固められた銃弾。それが彼女の額に直撃した。

 

「!」

 

 驚く暇もない。一瞬にして彼女の意識が刈り取られる。その小さな体が弾かれるように宙に浮いた。

 

「散開! エリオ、キャロ運んで!」

 

 ティアナの叫びに残された三人が跳び、それぞれ物影に隠れる。エリオはキャロを抱えて。

 狙撃だ。

 

「やってくれるわね……」

 

 苦虫を噛むようにティアナは顔をしかめた。まさか初撃からこんな風に責めてくるとは予想外だった。貴重なバックス要因を潰されたのだ。そうなると戦略の幅が一気に狭まる。

 ティアナは頭の中で急いで戦術を組み立てる。なんにせよ、まずは相手の居場所を見極めなければならないだろう。

 とりあえず、他の二人の場所を確認し。

 

「は?」

 

 目を疑った。視界の中、物影にキャロを横たわらせたエリオがいる。それはいい。だがそれだけだ。もう一人がいない。そう、腐れ縁とも言える彼女がいなかったのだ。つまりは、指揮官であるティアナの指示を聞かないで独断専行。

 

「あの……バカスバルっ!」

 

 

 

 

 

 

 

「おいおい、エリオ。喧嘩するときは女とダチは護れって教えただろうが」

 

 タバコを咥えたまま、口元を歪めてカイトは呟いた。場所は都市群のビルの五階の窓際。そこからカイトは魔力式の狙撃銃でキャロを狙撃したのだ。魔力式とはいえ、非殺傷指定は出来ない。だからこそ、込める魔力を薄めて撃った。それでも当たれば大変な事になるが、予めなのはたち側に頼んでおいて、バリアジャケットのフィールドタイプのバリアの出力を最大にしてもらっておいた。それならば、急所にあたっても昏倒程度で済む。

 

「ま、ぶっちゃけ不安だったけど大丈夫だったな。」

 

 本人が聞けば激怒しそうな事を呟きながら、状況を把握するために感覚野を広げていく。

 

「……ふうん、ランスターとエリオはゆっくり策敵しながら先行中か。ま、それくらいしかできんだろうなぁ。んで……ギンガの妹はっと……」

 

 カイトの目が細まる。

 今現在、カイトは訓練スペースの全域を素の感覚のみで完全に把握していた。状況に感想を述べているなのはたちの会話の中身も聞こえるし、ティアナたちが周囲を警戒しながら進んでいるのも解る。

 カイトの感覚能力は仲間内でもかなり広い。特殊な術式により身体能力や感覚能力は通常の人間に比べ跳ね上がっているが、カイトのそれは群を抜いている。その上で察知し、いぶかしむのは、

 

「こりゃ……話に聞いてたのとはちと違うな」

 

 紫煙を吐き出す。

 

 スバルはまっすぐにカイトへと向かっていたのだ。

 

 何故。と思う、いや、あのタイミングでこちらの位置を割り出す方法は一つしかない。

 狙撃の射線をたどったのだ。

 そんなことは高位のベルカの騎士でも難しいはずだ。話に聞いていたスバルは近代ベルカ式だがランク的にはBだったはずだ。ランクがすべてだとは思わないが、目安として役に立つことは確か。ならば、スバルにはそんなことは出来ないはずだ。いやギンガと同じ彼女の体質(・・)を考えれば出来ないことではないだろうが、スバル自身はそれを忌避している所があるらしいのでそれもない。

 

「ふうん……」

 

 口元が釣り上がるのを自覚する。

 どうやら思っていたよりも面白そうだ。それにアレは少し気になっていた。昨日始めて会った時に感じたどうしようもない嫌悪感。どうやっても相容れないんではないかとすら感じた。まるで魂が拒否するかのように。だが、同時に。

 

「デジャブるんだよなぁ」

 

 既知感。

 いつかどこかで見たことがあるという感覚。それを初対面であるはずのスバルに感じたのだ。気のせいとかいうレベルではない。確実に、明確に魂が反応した。

 ならば。

 ならば、カイト・S・クォルトリーズは確かめなければならない。それが何故起こるのか。

 

「あー、いやそうじゃねか」

 

 正確に言うならば、既知感云々はどうでもいい。それ自体が感じるトリガーをすでにカイトは理解しているから。

 だから、既知であろうと未知であろうとどうでもよくて、大事なのは。

 

「お前さんが俺の探しているものなのか、ってことだ」

 

 窓際から振りかえると同時に、部屋の入り口の扉が開いた。

 そこ立つのは青髪の少女。右手にガンナックル、両足にはローラーブレード。

 普段の快活さはなく、ただ静かにカイトへと視線を向ける。

 やはり、違う。ギンガから聞いていた話では元気が取り得の少女だったはずだ。だが、今の彼女は違う。冷たい、錆びた機械のような感覚。彼女の身体(・・)のことを考えれば的確な表現だろう。

 

「…………」

 

 変わらず、無言。その様子にカイトは斑の髪をくしゃくしゃとかいた。

 

「まぁ、なんだ。黙ってないでなんかいったらどうだ?」

 

 狙撃銃を足元におろし、腰の後ろから自動拳銃を取り出す。地球でいえばデザートイーグルと呼ばれる大口径の大型自動拳銃。口から紫煙を吐き出す。

 カイトに言われて始めて、スバルが口を開いた。これが二人の始めての会話だ。

 

「私は」

 

 ぽつりと、呟く声は小さい。

 

「私は自分で言うのもなんだけど、あんまり人を嫌いにならない。周りの人に恵まれてるからだろうし、私自身が馬鹿だからってこともあるんだろうけど。なんでだろう、ホントに不思議なんだけど」

 

 自問する言葉はどこか戸惑っていた。それでも、彼女は断言した。

 

「貴方のことはどうしても嫌いだ」

 

「はっ、そりゃあお互い様だろ」

 

 二人の間にある気配が充満していく。それはカイトからすれば慣れ親しんだものだし、スバルはまったく意識したことにないものだった。

 すなわち殺気。

 まったくの無意識でスバルはカイトに対して殺気をぶつけていたのだ。

 

 この時点でカイトの頭から模擬戦とかティアナやエリオのことは消えていた。それほどまでに彼女のことが気がかりになっている。

 確かに魂レベルでカイトはスバルのことが嫌いだ。だが、同時にもしかしたらと思う。

 

 もしかしたら、もしかしたらこいつは俺の探しているモノなのかもしれないと思うのだ。

 

 だから、

 

「来いよ、ヴァルハラ送ってやる」

 

「あなたと行くのはごめんだよ」

 

 灰色の狼と空色の機人。互い以外のなにもかも忘れてぶつかりあった。

 

 

 

 

 

 彼我の距離は約十歩分。距離を詰めるのにカイトなら一秒要らないし、スバルでも数秒で十分だ。

 動きは同時。カイトが右手に持った自動拳銃の引き金を引き、スバルが前に出る。

 カイトの撃ち方は出鱈目の一言。銃身を地面と水平に横にして、対して狙いも付けない曲芸撃ち。だが、しかし吐き出された弾丸、マガジン一本分の七発は正確にスバルの急所を狙っていた。

 

「ほら、歯ぁ食いしばれよ!」

 

 それは先ほどキャロを狙ったそれとは込められた魔力の質が違う。いくらフィールドタイプのバリアがオートでフル出力で発動しているとはいえ、まともに当たれば大怪我だ。

 だが、

 

「――――」

 

 スバルは全てに対応した。放たれた弾丸を両手両足を使って弾く。スバル自身何故そんな事が出来るのか不思議なくらいの精度だった。飛来した弾丸の側面を弾き。軌道を急所からズラす。それにより、いくつかは体を掠ったが傷と言えるものではない。

 

「はっ! やるねぇ」

 

 皮肉めいた賞賛と共に再び七発同時に放たれ、またもや全て軌道が逸らされる。

 一本分放たれると共にスバルは一歩ずつ足を踏み出していた。ゆっくりとしかし確実に歩みを進めていた。

 

「――――っ」

 

 無論、本来のスバルの実力以上の動きは彼女に想像以上の負担を強いていた。例えるならばハードがソフトについていないようなもの。本来できないはずの動きをすれば肉体が悲鳴を上げる。確かにスバルの肉体は強靭だが、それでも付いていけない程の技術を今のスバルは体現していた。

 

「おらおらっ!」

 

 それにカイトも当然ながら気が付いていた。だから動きを変える。それまで一度に放っていた七発を越え、一度に十発を放つ。

 

「!」

 

 カイトの銃は確かに装弾数は七だ。だが、それは実弾の話であり、今弾丸を形成しているのはカイト自身の魔力。それならば可能な限り連射可能だ。さらに、射出数をただ増やすだけではなく、同時に弾丸同士を軌道上ぶつからせて跳弾を狙う。

 

「シッーー!」

 

 それでもスバルは全てを殴った。全身への激痛と引き換えにした自分ですら驚く身体駆動。無茶な動きをした上でそれまでよりも深く、一歩余分に踏み込む。それによりお互いの距離は半分になり、

 

「おいおい、こっちが木偶みたいに突っ立ってるとでも思ってんのか?」

 

 カイトが半秒で距離を零にしていた。

 

「!」

 

「ま、正直俺のは反則気味だけど悪く思うなよ」

 

 拳銃の銃床を右肩へと振り下ろす。迅速のそれはまさしく狼が得物を喰らう動きだ。

 

「ぐっ……!」  

 

 肩に銃床が食い込んだ。だが、

 

「つかまえ、た……!」

 

「へぇ」

 

 右に食い込んだ狼の牙をスバルは抑え込む事で動きを制限させていた。単純なら膂力ならばスバルとてかなりのものだ。カイトでも簡単な動きでは逃れられない。

 

「はぁっ……!」

 

 裂帛の叫びと共に放たれた一撃はまっすぐにカイトの腹部へと放たれた。まず間違いなく、それまでのスバルの限界を超えていた。先日エリオとキャロが倒したガジェット三型だろうと一撃で破壊できるだろう。

 だが、

 

「なっ……!」

 

「言ったろ、反則気味だって」

 

 その一撃を受けて、カイトは顔色一つ変えなかった。まったく意に介していない。あり得ない。確かに反則としか言いようが無い。

 

「だったら……!」

 

 もう一発。効くまで撃てばいいと言わんばかりに再び拳を強く握る。

 

「いやいや、勘弁してくれ」

 

 何かが自分とカイトの間に放り投げ込まれた。ほぼ密接体勢の二人の間に現れたそれは。

 

「ボンボヤージュってな」

 

 軽口と共にそれ――――魔力式手榴弾は二人の中央で爆発した。

 

 

 

 

 

 

 

「!」

 

スバルの後を追っていたティアナたち。その正面のビルが五階程度の高さで爆発した。どこかの窓際の一室で爆発させたのか、壁面に爆煙が大きく上がっていた。

 

「ちょ、あれ大丈夫でしょうね!」

 

『魔力による爆発ですので、命に及ぶことはないはずです。また、生命反応が二つ』

 

クロスミラージュからの報告に少しだけ安心する。二つは十中八九カイトとスバルだろう。まだ始まってから数分程度しか立ってないのになにをしているのかあの二人。やはり相性が悪いようだ。

 

「あ! いましたよ、ティアナさん! スバルさんです!」

 

キャロを背負うエリオが前方を指して叫ぶ。そこには確かにスバルがいた。一体どれだけ勝手に動いたことに対して文句を言ってやろうかと思ったが、

 

その姿を見て、それらは全て吹き飛んだ。

 

「ちょ、スバル! どうしたのよ、その怪我!」

 

ボロボロだった。頭から血を流し、ハチマキや、ジャケットはなくインナーのみ。全身煤だらけで至るところに傷がある。デバイスは壊れていないようだが、

 

「スバル!」

ティアナの叫びに、

 

「…………」

 

しかし、スバルはまったく反応を示さなかった。ただ、拳を構える。構えた先には、

 

「おいおい頑丈だな、腕の一本でも吹き飛んでるかと思ったけどよ」

 

スバルとは対照的に無傷のカイトだ。大型の自動拳銃を握りながら、服についた埃や煤を払っていた。

彼に思わず叫んだ、

 

「ちょっとアンタ! なにしたのよ!」

 

「別に? ちょっと零距離で手榴弾爆発させただけだよ」

 

「んなっ………!」

 

思わず変な声を出した。さしものエリオも目を丸くしていた。それはそうだ、いきなり手榴弾爆発させたと言われて、理解しろというほうが無茶だ。いや、それよりもそこまでしてなぜカイトは無傷なのだ?レアスキルとかは持ってなかったはずなのに。

 

その視線を知ってか知らずがカイトはティアナたちに苦笑してから、スバルへ向ける。

 

「それで? お仲間来たけどよ、まだやるかい?」

 

「当然」

 

「上等」

 

そのまま制止も間に合わず二人は駆け出し、

 

 

 

 

 

「ーーーーそこまで」

 

 

 

 

 

中央になのはが現れ二人を止めた。

 

「!」

 

「!」

 

「二人とも、これは模擬戦だよ? 命の取り合いじゃない。そこらへんわかってるの?」

 

声は静かで、しかし冷たい。有無を言わせない強さがあった。

瞬間的に空気が張り詰め、

 

「はいはい、わかりましたよ。あんたに言われちゃ勝てない」

 

先に矛を引いたのはカイトだった。指で銃をクルクル回しながら腰にしまい、タバコをくわえて火をつける。それに伴ってスバルも構えを解いた。

 

その二人になのはは安堵するように息を吐き、スバルが膝から崩れ落ちた。

 

「スバル! ティアナ、急いで医務室連れてって!」

 

「は、はい!」

 

言われ、すぐさまスバルにかけよって肩を貸しながら立ち上がる。意識はなかった。

 

「カイト………少しやり過ぎじゃないかな?」

 

「いいや? 俺とこいつならこれくらいでちょうどいいんすよ」

 

言いつつ、背中を向けて立ち去ろうとした。

「どこ行くの?」

 

「そりゃ、怪我の治療に。こう見えても身体中痛いんすよ」

 

煙草をふかしながら去っていこうとして、

 

「ああ、あと俺はもう上がりで。なんかあったら携帯に連絡してくださいね」

 

何事もなかったように、それだけ言って立ち去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、どうだっただろう。

 この邂逅、この出会い。剣呑すぎると引いているかね? まぁ、確かにいささか穏やかではない。

 だが、これで当然なのだよ。むしろ、この程度で済んでよかったとすら思える。

 それほどまでにこの二人は対極なのだ。いや、相刻しているといっていい。お互いがお互い完全に平行線なのだよ。

 だから、この程度。 

 私からすればほほえましいと言える。彼ら(・・)がかつてのままならば、その場でどちらかが死んでいてもおかしくなかったから。 

 

 だが、この出会いこそが後の世を決めるといってもいい。この二人が()に続くのだから。

 ああ、だからと言って余計なことはしないよ。我が友の弟というならば我が弟も同然。そして、我が友の宝石の弟子ならば我が弟子も同然だ。

 

 故に余計な手出しはしない。

 

 この身はもはや舞台装置ではなく一人の演者であるが故。

 では、諸君これよりしばしの別離である。

 実に口惜しいが私にもやらねばならぬことがあるから。

 Auf Wiedersehen.

 未だ遠い銀月の輝きに祈りを。

 

 




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