Dies irae ーcredo quia absurdumー   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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推奨BGM:Kriegsschaden



第三十六章 守護の鉄槌

「おりゃあ!」

 

 ヴィータがグラーフアイゼンを振るう。豪風を纏い、大気の壁を粉砕する鋼鉄の一撃。こと一点集中の突破力に関しては抜きんでているのが彼女であり、『永劫破壊(エイヴィヒカイト)』を手に入れた上でその力はより高まっている。既存の魔道など言うまでもなく、単純な形成位階であっても威力に関しては、彼女の渇望も相まって六課内でもトップクラスと言える。

 だが、

 

「フッ!」

 

 相対者はその一撃を容易く回避する。

 長身の女だ。紫の短髪に全身に張り付くような青いボディスーツ。黒のジャケットを羽織っているとはいえ下半身のラインは隠せるものではなくモデルのように、あるいは戦闘者であるが故に引き締まった脚線美を惜しげもなく晒している。顔立ちも整っているが若干険が強い。シグナムみたいな女だ、とヴィータは思った。

 だが、

 

「速ぇなクソ……!」

 

 近接、それも高速機動型だ。ヴィータの一撃を戦闘が開始してから一度もクリーンヒットを許さず全て回避している。驚くべきことに形成位階のエリオの基本速度と同等。ヴィータでも気配や殺気で動きを予測できるとはいえ、完全に目視するのは不可能だ。

 

「はぁ!」

 

「くっ……!」

 

 加えて格闘型。高速機動はともかく、これだけ早くて近距離どころか零距離での戦闘を行う者はあまりいない。ミッドの魔導士は言うまでもなく、ベルカの騎士でも稀だ。当然速いということは一撃一撃は重い。動きは極めて無駄がなく、機械のように。接近して、相手の攻撃を回避して、攻撃という教科書通りのお手本を、しかし実現困難な動きを当たり前のようにしてくる。

 それでも、それだけならヴィータには十分対応できた。

 闇の、夜天の守護騎士としての経験値は伊達ではない。高速機動の格闘型というのは珍しいが、それでもかつての旅路に於いては幾度となく戦ってきている。例え、相手が自分よりも格上だろうが、勝機を見出し主に献上するのが騎士の役目だ。

 

「ハッ!」

 

 故に問題なのはもう一人(・・・・)、ヴィータの行動の随所を邪魔する少女に他ならない。

 銀の長髪に右目の眼帯。小さな体をすっぽりと覆う灰色のコートを纏っている。ヴィータと同じくらいの体型の少女だ。つまり十歳前後の少女であるが、見た目通りの年齢ということはないだろう。

 短い声と共にヴィータへと投擲するのはスローイングナイフ。少女の小さな指でも五指全てに挟めるような小型のもので、一度に八本は当然として、時にそれ以上を放っている。

 

「くっ……!」

 

 それらは刃物としても当然鋭いが、威力そのものは大したものではない。問題なのは、一々ヴィータの動きを邪魔してくることだ。投刃としては極めて小さく、見極め辛い。戦場となっているのは地上本部のビルの周囲、大体ティアナたちの反対方向となっていて、見通しそのものは悪くない。それでも極限状態では見失い兼ねない。もっと言えば見失わなくても、反応できないタイミングで投擲してくるのだ。

 

 ヴィータの動きを阻害するのには絶妙なタイミングで。

 

 技後硬直や攻撃の直前。動作動作の動きのつなぎ目のタイミングでほんの僅かに動きが停滞するように。機械のように正確に一瞬の空白をヴィータに与える。

 そしてもう一人の女はその一瞬を逃さない。

 

「はぁあああああ!」

 

「っ、アイゼン!」

 

『Panzerschild』

 

 女へと放たれた一撃。それを回避された直後のヴィータへと放たれたナイフが動きを一瞬奪い、女の蹴りが叩き込まれる。着弾点の脇腹にとっさに衝撃を張って防ぐが、それでも衝撃は完全に防ぎきれない。数メートル吹き飛び、なんとか体制を立て直す。

 

「めんどくせぇ……」

 

 思わず悪態。一人ずつなら十分ヴィータでも渡り合える。単純な身体能力は女の方が上だし、細かい技能は少女には劣る。それでも自分なら打倒できるという自負がある。ヴォルケンリッターにおいては唯一、機動六課内でも数少ないオールラウンダーがヴィータだ。突破力に特化しているとはいえ、全体的なバランスの良さはティアナに次ぐ。近距離は主としながら、中遠距離、あるいはある程度の補佐もできる。だから相手がどういう類であろうと一人だったら十分対処できた。

 しかし現実相手は二人組で、おまけに連携の練度もかなり高い。情報の共有しているのか思わず目を見張るほど。

 だから、今ヴィータはかなり劣勢だった。細かい傷は多く、衝撃を多く受けたから体力の消耗が激しい。対して相手の二人は極めて軽傷だ。先ほどはティアナの手前余裕ぶったが、案外余裕なかったりする。

 それでもなんとか意志を奮起し、

 

「……この程度か」

 

「あん?」

 

 戦闘行為ではなく会話だった。女は構えは解かず、しかし言葉を発し、

 

「すでに決まった(・・・・)からどれほどのものかと思ったが所詮は火事場の馬鹿力か? 鉄槌の」

 

「あ? んだよてめぇ、いきなり喋りだして。お喋りしたいならちゃんと名乗りやがれってんだ」

 

「トーレ。それに後ろのはチンクだ」

 

「……」

 

 意外にも普通に名乗った。

 

「こっちは名乗ったんだ。お前も名乗れ」

 

「鉄槌の騎士、ヴィータだ」

 

「知っている」

 

「……」

 

 ちょっとヴィータはイラついた。

 

「悪いな、こういうやつなのだ」

 

「……そーかよ」

 

 気の抜けたやり取りだが、それでも戦いの意志は消えていない。

 

「んで、なんだって?」

 

「期待外れだ。鉄槌、まさかこの程度で全力などというわけではあるまい」

 

「……?」

 

 全力かどうかと問われれば否だが、しかし違和感を感じる。この言い方ではヴィータがより戦闘力が高いことを期待しているような言い方だ。

 それはおかしいだろう。

 現状を見ればこの戦闘機人たちはテロリストだ。こういう大きな管理局の会見や意見会には決まって出てくる輩で、ヴィータ自身の要人護衛の折に戦ったことは何度もある。年々その規模を広めていく管理局はそれだけ反勢力も多い。だから今回の襲撃が起きたことはなんら不思議ではなく、最近のレリック事件から考えれば当然だった。

 そして同時に。

 ここ最近の出来事から何かあるのは襲撃前でティアナたちと話した通り。だから、眼前の戦闘機人たちが通常の魔導士を遥かに超える力を保有しているのもおかしくはなかった。全力を期待するというのはどういうことだ。単なる戦闘狂か、明確な目的があるのか。少なくともこの二人からは黒円卓の連中のような理不尽な強さは感じられない。一応は互角に戦っているのが証拠。秘めたるものがあってもそれは自分も同じことでそこまでの差ではない。

 だから解らない。

 

「何が目的だ。お前ら」

 

「蹴落としたいのだよ、お前たちを(・・・・・)

 

 トーレは言う。

 

「私は別に構わんが、だが妹たちは違う。貴様らのスペア(・・・・・・・)で終わらせる(・・・・・・)ものか(・・・)

 

「――」

 

 背筋が訳もなく凍る。おぞましいほどの吐き気。視界を覆う砂嵐。脳裏に浮かぶ誰かの詐欺師めいた微笑。血管に直接水銀を流し込まれたような怖気。

 

「おま――」

 

 思わず戦闘中であることも忘れて、手を伸ばした。そしてそれは致命的な隙であり、

 

「アクセス――『高速機動(ライドインパルス)』」

 

 瞬間、トーレが視界から消えた。

 

 

 

 

「ガッーー!?」

 

 気づいたときは首にトーレの蹴撃が叩き込まれていた。同時に足首に出現したエネルギー刃がヴィータの首の骨に亀裂を生じさせ、

 

「チンク!」

 

 刃が放たれる。それまでと同じように放たれ、しかしヴィータは為す術もなくその刃を受けた。そしてさらに、

 

「アクセス――『刃舞う爆撃手(ランブルデトネイター)』」

 

「――!」

 

 指を鳴らし、スローイングナイフが爆散した。爆炎と衝撃波、そして粉砕されたナイフの破片がヴィータの体を蹂躙する。霊的装甲を容易くぶち抜き、命に至る傷を容易く生じされていた。形成位階、いやそれよりも先。単なる攻撃ではない攻撃を二人は体現していた。それまでなかった魔力も爆発的に発生した。それまでは戦闘機人としての超強化された身体能力や技術で戦闘を行っていたにも関わらず。高速機動やナイフの爆散はわかる。

 IS、すなわち先天性技能(インヒューレントスキル)だ。だがそれはあくまでも外付けの特殊能力でしかないはず。それにも関わらず、今の二人は基礎能力から爆発的に戦闘能力を向上させていた。単なる特殊能力の発動では片づけられない。

 

まるでそれは、どこかに繋がってそれから力を得たかのようだった。

 

「この程度か。だったら、譲れない」

 

 もろに攻撃を受けたヴィータは満身創痍となって大地を転がって、瓦礫に激突したことで止まる。だが、血に塗れた彼女は動かない。

 それでも、もう一度トーレは言う。

 そしてチンクもまた、 

 

「同意だ。アレに認められたというその気概、見せてみろ」

 

 そして再び、

 

「『高速機動(ライドインパルス)』!」

 

「『刃舞う爆撃手(ランブルデトネイター)!」

 

 神速の連撃と爆炎の炸裂刃がヴィータへとぶちまけられ、

 

『急襲せよ 引きちぎりそして荒れ狂え 不幸の嵐よ

Stürmt,reißt und rast,ihr Unglückswinde,zeigt eure ganze Tyrannei,』

 

 

 

 

 

 

「なッーー!?」

 

「これは!?」

 

 驚愕するトーレとチンク。今自分たちが叩き込んだ攻撃が悉くが拉げて潰れた(・・・・・・)。爆炎も爆風も爆散した刃も叩き込んだ連撃も、みな一様に潰えていく。トーレは四肢の痛みに思わず呻いて、後退し自己修復機能に自らのリソースを回す。その間にも紡がれる言葉は続いていく。

 

『我が心はあらゆる金剛にも 私の精神はあらゆる樫の木にも劣りはしない

 Mein Herz gibt keinem Diamanten,mein Geist der Eiche wenig nach;

 もし大地と天が私を追放しても 私はなおその災厄に抵抗する

 so trotz' ich doch dem Ungemach;weicht,falsche Freunde,

 逃げるがよい、偽りの友たちよ 来るがいい、潰えぬ怨敵たちよ

 schlagt,bitt're Feinde,mein Heldenmut

 我が英雄の精神は損なわれはしない それゆえに私は戦う

 ist nicht zu dämpfen;drum will ich kämpfen

 そして見るのだ 忍耐が奇跡を起こすのを

 und sehn,was die Geduld für Wunder tut.』

 

 八神ヴィータは■■■より解脱を果たした。彼のようにかけがえのない大切な人たちを守るためにあらゆる穢れを引き受けるのではなく、ヴィータはあらゆる穢れを殴殺することを願った。防衛に対する闘争。それは真逆であるが故の解脱だった。

 それでも大切な人の救済を願うのは変わらない。戦うと引き受けようと愛する者たちを想うのは変わらない。

 かつてとの同調率は極めて高く、ティアナのように無理やり断片を使用するとは隔絶した完成度。

 

『愛は黄金の杯より注ぐ 私に勇気の美酒を

Die Liebe schenkt aus goldnen Schalen.mir einen Wein zur Tapferkeit,

 そして良い報酬を約束し私を戦場へと導く

 und führt mich mutig in den Streit;da will ich siegen,

 ここで私は手に入れたい 緑の地が わが盾に使われることを

 hier will ich kriegen;ein grünes Feld.dient meinem Schilde.』

 

 正真正銘、真正の『永劫破壊(エイヴィヒカイト)』第三位階。

 その祈りは愛する者のためにあらゆる穢れを粉砕すること。

 それまで受けたあらゆる傷は修復され、バリアジャケットもまた完全状態。聖遺物にしてデバイス『鋼鉄の伯爵(グラーフアイゼン)』はフルドライブのギガントフォーム。

 

『創造――殴殺せし守護戦鎚

 Briah――Das Wappenschild:Mjolnir』

 

 紅の鉄騎、八神ヴィータは立ち上がる。溢れんばかりの覇気をトーレとチンクにぶつけ圧しながら、自嘲気味に口を開く。

 

「あたしの魂なんて碌なもんじゃねぇよ」

 

 言いながら、しかし口元をきつく結び眼光は鋭い。見た目は幼い少女だが、発せられる気配は尋常ならざる物。直視するだけで押し潰されそうになる重圧。

 

「でも……あぁ、いいぜ。見せてやるよ。代わりに覚悟しろ。悪いは加減はできねぇ」

 

  だって、

 

「私は叩き潰すしかできないんだからなぁ!」

 

 

 

 




ヴィータまじ姉御。

大体ナンバーズは現在上位がIS使って創造クラス。ほかはそれ以下。大体全員素で形成くらはあります。

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