Dies irae ーcredo quia absurdumー   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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推奨BGM:Krieg

*よりDeus Vult


第三十五章 忌避すべき穢れ

「はああぁぁァァッッーー!」

 

「フッーー!」

 

 閃光と疾風が中空で交叉する。閃光は槍を構えたエリオであり、疾風は双刃の少女。地面や建造物、さらには大気すらも疾走の足場として駆け巡る。ソニックブームの轟音と衝撃波を周囲にまき散らしながら槍と双刃を激突させる。刃というよりは巨大なブーメラン、三日月型の割砕武装だ。全身にピッタリと張り付くようなボディスーツにヘッドギア。桃色の無表情の速度はエリオとほぼ同速だった。

 

「おおおおりゃあああああああああああ!!」

 

「っ……!」

 

 大地にては同じような恰好をした赤髪の少女が大地を爆走する。その足にはスバルのマッハキャリバーと似たようなローラーブレード。魔力によって稼働するその性能を余すことなく発揮し大地を縦横無尽に駆け巡る。疾走によって生み出された超加速。そして放たれる轟脚、つま先が音の壁を容易く粉砕しスバルへと叩き込まれる。スバルが防御をするが、衝撃で吹き飛ばされる。体制を立て直しても、

 

「おらァッ!」

 

 ローラーブレードを使った追撃の一撃が放たれる。

 そしてそれらの激突の間を縫うように橙色と桜色の光弾が飛び交っていた。交叉し合う四つの影の動きを読み切り、邪魔をせず、時に援護する弾丸を放つ射手は、

 

「クッーー」

 

「ははははは! 行くっスよー!」

 

 他の二人と同じようなボディスーツに身の丈もあるような大きなプレート型の銃を軽々と振り回しながら魔力弾を放っていた。明らかに精密射撃や細かい動作はできなさそうな愚鈍な形状だが、軽量なのか少女の膂力の問題なのかは解らないが恐ろしいまでに正確な狙撃をしてくる。狙撃だけではなく時に砲撃や周囲に多数展開した魔力弾の一斉射撃など動きのバリエーションが豊富だった。

 

「くそ、面倒な……!」

 

「ティアナさん!」

 

「下がってなさいキャロ! 前二人のブーストに集中!」

 

「は、はい!」

 

 直接戦闘させるには危険なキャロは背後に隠れさせてエリオとスバルの回復と補助に回させる。フリードもいるが、相手が相手だから迂闊に出すことはできない。

 思わず舌打ち。

 陳述会の開始と共にまさしく順当に彼女たちは現れた。地上本部全体を覆うほどの巨大なAMFと多数のガジェットが建物や他の局員へと襲う中で、彼女たちは一直線にティアナたちへと迫っていた。というよりほかの彼女たちに向かっていた局員は鎧袖一触の如く蹴散らされていたのだ。たた単純に強いというだけではない。

 ティアナもエリオもスバルも。痛みを痛みと認識していた。

 

「霊的装甲とか言ってたわね」

 

 通常の攻撃、正確には霊的な質を用いない一切の攻撃を遮断する『永劫破壊(エイヴィヒカイト)』とかいうとんでも術法の恩恵の一つとやら。それがあるかぎりたとえSランクの魔導士や騎士の攻撃も通じないという卑怯振り。にも関わらず痛みがある。つまりそれは彼女たちには『永劫破壊(エイヴィヒカイト)』かそれに近い何かがあるということだ。

 少なくともかつての自分たちでは為す術もなく殺されていただろう。物理的な破壊力だけならSランク魔導士だって優に超えているのだから。

 

『……ナ、……テ……ァナ!』

 

「っ!」

 

『ティアナ返事しろ!」

 

『ヴィータ副隊長! ティアナです!』

 

 念話だ。AMFの発動で先ほどからヴィータへと交信していたが、ようやく向こうから連絡が来た。赤髪の少女がスバルへと撃った光弾を撃ち落しながら、

 

『よし、報告』

 

『現在戦闘機人三人と交戦中、近接二、射撃一です』

 

『どうだ?』

 

『予想通りです』

 

『そうかよ、……っとぉ』

 

 一瞬だけ念話が途切れた。

 

『ヴィータ副隊長?』

 

『わりぃ、こっちも戦闘中だ。戦闘機人二人、どっちも近接型と中近距離型だ。めんどくせぇ』

 

『こっちも大概ですよ……っと!」

 

 途中からは口に出して、エリオとスバルが同時に後退した瞬間を狙って飽和射撃。威力と数重視、碌に狙いをつけていない連射。空いた空間を埋めるように、近接型の二人の少女へと迫るが迎撃される。

 

『おーい大丈夫か?』

 

『ええ、まぁ。ヴィータ副隊長こそのんきに念話していていいんですか?』

 

『あほ、マルチタスクなめんな。お前らとは年期がちげぇよ。って、そうじゃね。戦況はどうだよ』

 

『五十歩百歩というか千日手というか……拮抗してますね。こっちもあっちも本気じゃなさそうとはいえ』

 

『応援いるか?』

 

『大丈夫です、ヴィータ副隊長こそいらないんですか?』

 

『いらねーよ』

 

 少しばかりの笑みを交えた会話の間も戦闘は続行中だ。針の穴を通すように、激突する四人へと弾丸を打ちまくる。それぞれの動きを予測し、フレンドリーファイアもためらわずに引き金を引く。当たらないと信じている。ちゃんと予測しているし。当たったら謝ろう。

 

『んじゃ、そっちは任せた』

 

『はい』

 

 念話を切る。

 

「ふぅー」

 

 息を吐いて、吸う。身体は闘争の為に動かしながら、しかし思考を他のことに巡らせる。確かに自分たちの状況は拮抗していた。だが、それはあくまでこの場の戦闘に限ってのこと。少し視線をずらせばガジェットとAMFに苦戦する他の局員の姿がある。つまり全体的に見れば劣勢だった。

 どうにかしてこの三人を捕縛するなり打倒するになりしなければならない。なるべく早く、可及的速やかに。

 

 この後に起こる戦いに巻き込まれてはならないという想いがどうしようもなくティアナの中に存在していた。

 

「……」

 

 だから。

 

「行くわよ」

 

 ティアナは、

 

「形成――幻影の射手(クロスミラージュ)

Yetzirah――

 

 単なるデバイスとしての展開ではなく『永劫破壊《エイヴィヒカイト》』第二位階として形を成し、

 

「――」

 

 さらにその先へと進んだ。

 

 

 

 

 

 

 それは驚愕すべきことだった。前提としてティアナ・ランスターは前世を継承していないし解脱をしたわけでもない。特別に翡翠や水銀の加護を受けたということもなく、寧ろ関係性としては誰よりも縁が薄かっただろう。それぞれ個別に配役がある中、重要度をつけるとしたら今現在のティアナはそれほど高くなかった。確かにティアナは卒がなくオールマイティに物事を熟し、それがティアナの特性というのは言うまでもないが、逆にいえば目立ったところはないのも確かだ。加えて、前世(・・)にしてもかつての歌劇への関係性は薄く、今生(・・)に関しても兄と死に別れた(・・・・・・・)程度(・・)のものでしかない。

 にもかかわらず。あるいはだからこそか、彼女は己の前世に触れ、その存在を感じ取っていた。そしてさらに驚くべきことに、

 

『ソノナクサマハゴザンノゴトクアラブルカミヲモサバヘノゴトク』

 

 かつての己の力の断片を引き上げ、使用を可能にしていた。

 紡がれたのは祝詞は拙い、その意味も理解できていない音の羅列に近い。実際にティアナは己が何を言っているかは理解できていなかった。

 それでも、何の思いがあるのはおぼろげにだが理解していた。

 

 それは忌避。

 

 私は逃げる。私は自由だ。嫌だ、見たくない。触れたくない。近づきたくない。私はこんなものを欲していない。こんなものを望んでいない。これに飲まれるくらいなら死んだ方が――。

 

「ぎ、ぐ、あ……!」

 

 その渇望に触れるのと同時に己の存在が曖昧になる。かつての己が、今の己に触れ、溶け合い交じりつながっていく。彼女(・・)の渇望が理解できて、共感してしまう。いや、そういえば私はそんなことを思っていたなぁ、とか思い出してしまうのだ(・・・・・・・・・・)。それはすなわちティアナ・ランスターが■■■に塗りつぶされていることに他ならない。

 自我が崩壊していくが、しかしティアナの残った思考は動いている。現状を打破してどうにかしなければ確実にまずい。だから、使うのだ、それがどんなものであろうとも。

 

『ヨロズノワザハヒゼニオコリキ』

 

 銃口に集ったのは――腐臭だ。いや、単なる匂いではなく腐食の穢れ。怨念が怨嗟が憎悪が絶望が。ティアナがかつて受け継いだあらゆる負の感情がクロスミラージュの銃口に集っていく。発動前の余波でさえ胃の中をぶちまけたくなるような汚臭。目をそむけたくなるような瘴気。

 こんなものの存在を認めてはならないと思う一方で、こんなものを使わなければならない現実がある。鬩ぎ合う二つの魂。それは片方が断片だからこそ勝敗は呆気なくも決し、

 

『――カムヤラヒニヤラヒタマヒキ』

 

 遍く穢れを他者に押し付けようとした渇望がここに具現する。

 

「なーーっ!?」

 

 驚愕は敵味方入り乱れ。そしてその瞬間をティアナは見逃さない。

 

「――!」

 

 放つ。もとより擦り付けることを目的とした祈り。腐食の覇道は嬉々として銃口から放たれ、

 

「クッ……!」

 

 三人の戦闘機人たちへと襲う。迫る腐食の弾丸に反応したのはさすがというべきだった。防御をすることはなく、全力で回避を選択し、過剰と言わんばかりの跳躍も正しい。

 しかし遅かった。

 

「っーーーー!!」

 

「がああああああああああああああああ!?」

 

「っううううううううううううううううう!?」

 

 三者三様に絶叫。直撃を避けたが、しかし完全に避けたわけではない。掠っただけだが、それで十分だった。右足が、左腕が、プレートごと右腕が、わずかに触れただけで腐り落ちる。言葉で言い表すことのできない激痛。生きながら身体が腐り落ちるということなんてあってはならない。例え戦闘機人でもそれは重傷だった。

 

「く……はぁ……はぁ……っ」

 

 ティアナもまた消耗が激しい。無理やり過去を引き出して、その上で能力を抽出して使うなど無茶が過ぎる。今はまだこの程度(・・・・)だが、さらに威力を出そうと思えばそれだけティアナの魂が削れていくということ。必要だからやったとはいえ肝が冷える。消費した大量の魔力と精神力。崩れ落ちるようにティアナは膝をつき、

 

「後は……決めさない」

 

「――ヤヴォール」

 

 そんな短くも、静かな応えを返し、誰よりも早く動いたのはスバルだ。マッハキャリバーの加速を最大限に使い、同時に達人めいた歩方を用いて一瞬で激痛に苛む赤髪の戦闘機人の前に。

 拳を叩き込み、

 

「ガァ!」

 

 ぶっ飛ばす。飛ばした先はプレートを持っていた少女。激闘するのと同時に、

 

「ヂィィーー!」

 

「ッ!」

 

 双刃の少女をエリオが弾いて同じように飛ばして三人一まとめにする。その上で、

 

「錬鉄召喚、アルケミック・チェーン!」

 

 周囲の桃色の魔法陣から出現した鎖が三人を絡めとって捕縛する。三人とも鎖を破壊しようとするが、腐食によって負ったダメージとほかの二人と密着しているからこそ動きが制限されて砕くことができなかった。

 その上で、

 

「サンダー――」

 

「ディバイン――」

 

 エリオのストラーダに雷光が。スバルのリボルバーナックルに蒼光が。エリオもスバルも形成を用いた上での魔導行使。それまで素面の二人とは隔絶した威力を保有し、家の一つや二つならば容易く灰燼に帰すだけの一撃。

 

「――レイジ!」

 

「――バスターッ」

 

 為す術もなく三人の少女が白黄と蒼の閃光に飲み込まれた。 

 




ティアナさんまじぱねぇ(

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