Dies irae ーcredo quia absurdumー 作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定
公開意見陳述会はクラナガンの地上本部で行われる。
高層ビルが並ぶクラナガン中心部でも一際高くそびえ立つビルだ。周囲には管理局と提携している企業やそれに務める社員用の寮や飲食店が並んでおり、そのさらに外周部には住宅街も広がっている。街の随所には市民の憩いの場として、緑多い公園なども多い。質量兵器を全面的に禁止、クリーンな力と謳っているいる分、地球の都市部よりも自然は多い。
普段ならば地上本部ごく周辺でなければ次元世界の中心としてそれ相応に賑わっている辺りだ。
それでも今日は訳が違った。
地上本部周辺は言うまでもなく周辺数キロ単位で地上本部所属の武装局員たちによって厳重に警備されていた。魔力稼働の装甲車や武装ヘリが随所に多数配備されている。
そしてそれらは機動六課とて例外ではなかった。寧ろ少数精鋭の彼女たちこそが本命である。少なくない費用と豊富な人材によって作られたのだから、このような有事の際に重要視されているのは当然だ。Sランクオーバーの隊長陣が負傷中だとしてもニアSランクの副隊長陣や急成長の著しい新人たちの存在は大きい。
警備に配置されている多くの武装局員たちは彼女たちの存在を大きく頼りにしていた。していた、が。
「そんなことは全部忘れろ。てめぇのことだけ考えろ」
「ちょ、ヴィータ副隊長そういうことは小さい声でっ」
地上本部武装局員からの信頼を集める一角、機動六課副隊長八神ヴィータは自分の前に整列する成長著しい新人四人に向けてそう言った。
「あぁ? 気にすんなよ。いいんだって」
「よくない、よくないですから! ほら、なんか近くの局員の人たちがすっごい目で見てますから!」
ティアナが周囲へと愛想笑い浮かべてごまかす。ついでにエリオたちに視線を送るも、
「いえ、僕は元から自分とキャロのことしか考えてません」
「エリオ君……!」
思わず唾を吐きたくなったティアナは悪くない。このリア充め。十歳の癖にこれだ。自分は十六にもなって碌に出会いもないというのに。先が思いやられる。とりあえず爆発しろと願おう。いやよく考えればティアナの周囲は色ボケばかりだけど。
「そういえばカイトはいないのかなぁ?」
「ペッ」
思いっきり唾を吐いた。
「ちょ、汚いよティア!」
「いいわよねーアンタたちは。あっちでいちゃいちゃ、こっちでいちゃいちゃ。どっち向いても色ボケばっかで嫌になるわよホントにさぁ」
「お前最近柄悪いな……」
最近ろくなことがないのだからしょうがない。結構本気で思う。
「あーともあれだ。いいか? 今回は、というか今回も、絶対何かある。何もないなんてとぼけたことまさか思っちゃいねぇだろうな?」
問いかけに全員が緊張をはらんで頷く。
言うまでもない。この期に及んで今回のような
だから今日のようなイベント事にそれが何もしないわけがない。
「なのに、困ったことにアタシは万全じゃあない。万全だったとしてもどうにかなるかって聞かれたら困るけどまぁ、それは仕方ねぇ。とにかくアタシたち六課は人員不足ってことだ」
ヴィータは努めて無表情で、しかし心の内面では言い難い感情を潜ませながら、
「はやて部隊長はなんとか歩けるくらいには回復して、今日の陳述会には出席してる。シグナム副隊長はその護衛だ。はやて部隊長も回復したとはいえ歩行でやっと、戦闘はもちろん激しい行動は厳禁だ。だからシグナム副隊長ははやて部隊長に付きっきりになる。ついでに中の要人警護も担当。ここまではいいな?」
四人とも頷く。既に数日前から聞かされていることであり、今のこれは確認作業なのだから戸惑われては困る。
「六課の守備はザフィーラとシャマルに任せてる。つーわけで外の私等は外敵の迎撃なわけだが……」
一息入れる。
「連中が来た場合についてだ」
ここからが本番。
連中とは即ち、黒円卓やナハトたちのような魔人たちのこと。今のヴィータたちの実力をはるかに上回る魔人たち。まともに戦えば勝つことどころか生き残ることさえも困難。
なのだが、
今回は黒円卓の騎士たちが介入するとは誰も思っていなかった。
誰に聞いたわけでもなく、誰が言ったわけでもなく、明確な根拠や理由もなく、あったとしてもそれは気休めや推測程度でしかない。勘、といえばそういうこと。これまで場合に応じて配役されてきた彼女たちだが、今回はその配役がないと感じていた。
あるいは既に知っていたのか。
そういう訳で彼女たちは黒円卓の騎士たちの介入は視野に入れていなかった。
だから視野に入れているのは、
「ヴェルテルさんは僕が」
「兄さんは私がやります。他に渡しません。……あぁ、ナハトとかいう黒いのはカイトが相手するつもりらしいです」
「……好きにしろ、どうせ相手取れるのはアタシたちくらいだからな。無茶すんななんて言わないけど、死に行くのはやめろよ」
「はい」
二人が頷いたのを確認し、
「あとは……戦闘機人か」
「この前の戦闘でギン姉と交戦した人たちですよね」
戦闘機人、プロジェクトF.A.T.Eのような人造魔導士の派生系であり魔力量ではない先天性スキルの習得をメインにして全身を機械に入れ替えられながら生まれた存在たちだ。
「……そっちも多分来ます」
「だろうな、私だってそう思う。戦力に関しては未知数だ。数もな。だから最初の話に戻るんだよ」
そう彼女が言いたかったのは、
「てめぇのことだけ考えろ」
最初に言ったことをもう一度言う。
「これは局員とか副隊長とか関係ねぇ。ヴォルケンリッター、鉄槌の騎士ヴィータからの言葉だ」
いいか、
「躊躇うな。動きを止めるな。考えを止めるな。何するにしたって、進むか引くか、生死を分けるのはそんなこと所だ。……まぁ馬鹿みたいに力量差があったらどーしようもねぇってのはあるけどそれにしたって、判断は大事だ。撤退も重要だしな。要は自棄になって特攻して虫けらみたいに死ぬのはあっちゃぁいけないって話だ」
そしてなにより、とヴィータは四人へと言う。
「自分にとっての大事なものを間違えるなよ。……私から言えるのはそれだけだ」
かつての闇の書の騎士ヴィータとしての言葉だ。つい最近、
それだけ今の状況は管理内世界からの常識から外れていた。
そのヴィータの言葉を受け止め四人とも確りと胸に刻む。
そしてヴィータは微妙に照れながら、
「……マジでやばくなったらちゃんと助け求めろよ? さっきということ変わるけどお前ら一人じゃねぇんだから、さ」
そんなことをいうヴィータに四人は四人とも苦笑して、ティアナが少しだけ意地悪そうに笑って、
「ヴィータ副隊長ってツンデレですね、かわいいです」
「……お前最近カイトに似てきたな」
「……」
●
「大丈夫ですか主」
「あぁ、えぇてそんなに心配せんでも、歩くくらいなら問題ない」
陳述会が始まる十数分前。はやてとシグナムは管理局や方々の重鎮たちが集う会議室にいた。別にはやての地位がそこまで高いわけでもない。十九歳で二等陸佐というのは破格の地位だがそれでも、各方面の責任者ほどの重要度はない。だから今回彼女がいるのは地上警護の一部隊として一応の提携のためだ。いなくてもいいというのが正直な所。視線はわずかばかり集めるが、それはあくまでも好機の視線や所々にまかれた包帯の下にある傷への同情、そしてかつての闇の書の主への嫌悪感。
まぁはやてからすれば慣れたものだ。見世物のような扱いは十年前のほうが酷かった。だからそれらの視線を気にせずにシグナムと時間を潰しながら世間話でもしようかなと思ったら、
「久しぶりね、はやて、シグナム」
「カリム?」
カリム・グラシアがはやてに声をかけてきた。聖王教会に修道服ではなく、管理局の将校としての衣装だ。彼女もまた今回の公開意見陳述会には聖王教会の代表として出席していたのだが、
「わたしらに話しかけててええん? 他のお偉いさん方とか」
「いいのよ、そんなのよりも妹分の女の子と久しぶりの会話をする方がずっと有意義だわ」
あけすけにすごいことを言う。今の言葉が周囲の何人かの耳に入って睨まれるがカリムは全く気にせず、
「久しぶりね、はやて、シグナム」
「……はぁ、そうやね。ひさしぶりや、カリム」
「お久しぶりです騎士カリム」
根負けしたようにはやてが言って、シグナムがそれに続く。そんな二人ににっこりと笑みを浮かべていた。
「随分大変な目に合ったって聞いたから随分心配したけど、無事そうで何よりよ」
「無事、っていうと嘘やけどな。ここだけの話ボロボロや。……まぁそれは話したってどうしようもない」
苦虫を噛み潰したように言うはやてに肩を竦め、カリムも話の内容を変える。
「あの子、ヴィヴィオって言ったからしら。今は六課に?」
「あぁうん。なのはちゃんとフェイトちゃんに随分懐いたからなぁ。二人の退院と一緒に六課にいるで。二人にべったりや。今は……えっと」
「おそらくテスタロッサの検診について行っているのかと。一昨日の高町の時にもついていったので」
「そうそう、もうえらい元気やで」
「それはよかったわ」
微笑する。つられてはやてにも笑顔が浮かび、シグナムもはやての背後で控えながら口の端に笑みが浮かんでいた。だから、
「彼、一度しか会いに行っていないし。それもなのはさんと会せるように誘導したとか……まったく、不器用にもほどがあるわ。彼、いえ彼女が可哀想よ」
極々小さな声でほんの僅かの憤りを込めたカリムの呟きには気づかなかった。
「まぁいいわ。あ、そろそろ始まるわね。世間話はまた今度ね。じゃ」
「あ、あぁうん」
「失礼します」
そうして、ミッドチルダ地上本部公開意見陳述会は始まり、
「――さぁ、咎人の宴を始めよう」
ここに罪悪の王が宴の開催を宣言する。
だいぶ難産でしたけど次話からはバトルメインなので更新早くできたらいいなと思います。
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