Dies irae ーcredo quia absurdumー   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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第三十三章 迷いのそれから

 地上本部における公開意見陳述会が間近に迫っていた。

 地上本部のレジアス・ゲイズ中将が主導の非魔法戦力、つまりは質量兵器を用いた地上防衛を主題にした意見交換の場だ。基本的に管理局は質量兵器は全面的に禁止しているが、それでもミッド地上の人手不足の問題は深刻だった。基本的に魔法適正の高い魔導士は本局勤務になることが多いので地上本部では質と量のどちらもが足りない。

 だからこそのレジアス中将の計画だった。

 質量兵器とは即ち科学の力だ。つまりそれは誰にでも、ある程度の修練を積めばある程度の成果を発揮できるということだ。確かに彼の姿勢そのものは強硬的であり、悪い目で見られたりよくない噂を立てられたりすることも多かった。

 それでも彼の考え自体は間違いではない。それは意見会が開催されることから考えても相違ないだろう。

 意見会に機動六課が警備を任されることを考えてもそういうことなのだろう。

 まぁ今、その機動六課の隊長陣は全員が療養中なのだが。

 だから最早それまでの教導は行われていなかった。教導官のなのはや資格のないフェイトはおらず、副隊長陣は部隊長のいない今の状況では他の部署との連携で忙しい。

 だからフォワードメンバー四人への教導行為は行われておらず、

 

「ハッハー!」

 

「ゼァッ!」

 

「シッ!」

 

「――」

 

 カイト、エリオ、ティアナ、スバルによる模擬戦が最近の常になっていた。

 いや、これは模擬戦なんて甘いものではない。

 

 殺し合いだ。

 

 カイトが笑いながら銃剣を振るう。エリオが雷光となって駆け抜ける。ティアナの銃口が火を噴く。スバルの拳撃がぶち込まれる。それらは当然のように非殺傷指定は解除され、内包された魔力から考えれば直撃すれば死ぬのは間違いない。あらゆる攻撃防御を無効化する銃剣。音をはるかに置き去りにした閃光。臨機応変に姿を変える光弾。ぞっとするほど冷静な打撃。どれをとっても既存の魔導を超越しており、新人なんて言葉は最早彼方へと消え去っている。高ランクの魔導士だって数秒と生きていられないだろう。

 見ているだけで頭がおかしくなりそうな光景だった。

 笑いながら銃剣や鎖を振るうカイトは今更だ。こんな状況でありながら笑みを絶やさず、余裕を残したままで立ち回っている。エリオも最早言うまでもない。全身に雷光を宿し、どんな加速魔法を使うよりも早い。周囲に衝撃波をまき散らしながら疾走する姿は文字通りの閃光だった。

 明らかに人外の類。

 そしてスバルもまた。

 これまで彼女に目立った変化はなかった。誰かが思う度に気のせいかと思い直し目に止まらなかった彼女の変化が如実に現れていた。きっかけは先日の一件で魔弾を迎撃したあの瞬間。あの時動き出した歯車は止まることなく彼女を作り替えていく。ただ会話するだけならこれまで通りの天真爛漫な笑顔の似合う女の子だ。それでもふとした瞬間や、今のような戦闘に於いては、

 

「――」

 

 機械のように静かに、眼を鋭く細めて拳を振るう。それまでの激しい動きとは対照的にマッハキャリバーやウイングロードを使わずに、四人の中では遅いといってもいいほどの速度。しかし代わりに近接における格闘技能は極めて高かった。疾走するエリオをとらえ、カイトすら回避を余儀なくさせる驚異的な武威。拳を振るうごとに彼女のそれは高まっていく。

 そしてだからこそ、ティアナの存在の特異さが浮き彫りになっていた。

 カイトほどトリッキーではない。エリオほどの速度があるわけでもない。スバルのような一撃があるわけでもない。どの能力値を数字化してもどれかで誰かに劣っている。

 それにも関わらず彼女は堕ちない。

 その場その場で最適の行動を取って敗北から遠ざかっていく。カイトを前にすれば破壊力を重視した弾丸で足場や周囲の建物を破壊して行動を阻害し、エリオに対しては数撃てば当たると言わんばかりに数重視の弾丸をばらまき、スバルには彼女の拳に迎撃された時に魔力弾を炸裂させることで時間を稼いで距離を取る。

 一体この前まで凡人だとかほざいていた彼女はどこにいったのだろうか。

 凡人という言葉を一度無間書庫あたりで研究してほしいものだ。

 

 詰まる所、彼ら四人は人間を止めていたのだった。

 

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 

 そんな人外連中を眺めながら、ぼんやりとキャロはため息を吐いていた。演習場から隊舎の中ほどに置かれたベンチで。遠く元模擬戦用フィールド現お試し戦場とっかえ装置を眺めながらだ。

 今の彼女にはそれくらいしかすることがない。これまでエリオとカイトで行われていたことがティアナとスバルも参加することになって完全やることがなくなっていた。なにせ、どれだけ傷を負っても勝手に回復していく。やることがあるわけがない。回復要因なんて必要ないのだ。

 

「なんだかなぁ……」

 

 眼下で行われる殺し合いを平然と眺めている自分がいる。慣れとかそういう話じゃなくてこんなものを、

 

 心のどこかでこの光景が至極まっとうであると感じているのだ。

 

「……っ」

 

 思わず体を抱きしめる。闘争への嫌悪感と恐怖。そして――ほんのわずかに混じる高揚感。あの空間に飛び込んで己も死なないという不確かな自信がある。おかしい、そんなはずがない。キャロは肉体面でいえば六課でもほぼ最弱だ。完全遠距離特化や広範囲殲滅に長けたなのはやはやては槍術や杖術による近接戦闘スキルも収めているらしいが、キャロは今だにそこまで言っていない。それでも。漠然と生き残る自信ある。あってしまう。少なくともエリオと二人であるなら負けはないし、むしろ他の三人すらも打倒できそうだというか想いもある。

 気持ち悪い。

 反吐が出るというのはこういうことなのかキャロは理解する。

 根拠のない自信というものがここまで不愉快だとはキャロは知らなかった。

 どうにも気分が悪い。

 だから、少しでも気を紛らわせるために空を見上げて、

 

「はぁい」

 

「うわぁ!」

 

「うひゃ!?」

 

 上げた先にシャマルの顔があった。

 驚いて叫んで、シャマルも叫んで。

 

「ちょ、驚かせないでくださいよ」

 

「ご、ごめんね。シャマル先生もびっくりだわ……。うん、ごめんねー。あ、はいこれ差し入れ」

 

「……ありがとうございます」

 

 半目を向けたら缶ジュースを差し出された。このドジっ子系先生はともかくジュースに罪はないから受け取っておく。プルタブを開けて冷たい液体を喉に流し込んで初めて自分の喉が乾いていたのに気付く。半分ほどを一気に流し込みんで、

 

「ふう」

 

 少しだけ悪かった気分が治ったと感じる。

 それでも、視線を彼らに戻せばまた気分が悪くなるのだけど。

 

「キャロはやっぱり、ああいうの嫌い?」

 

「……それはまぁ」

 

 言うまでもない。言うまでもないのにほんのわずかに言いよどむ自分に愕然とする。

 

「そう」

 

 それに気づいたのか気づかなかったのかシャマルはキャロの隣に座る。 

 それから彼女自身も今行われている殺し合いを視界に入れて、

 

「私としてはどうしても懐かしい、なんて思っちゃうのよね」

 

 そんなことを言う。

 

「……」

 

 もちろんキャロは闇の書の守護騎士であった『叢雲の騎士《ヴォルケンリッター》』の経緯はある程度は知っている。八神はやてが彼女の主になって夜天の王として覚醒するまで、誇り高き守護騎士たちが誇りなき、どころか血も涙もない殺戮マシーンのような、言ってしまえば闇の書の為に魔力を集める殺人集団であったということを。はやてが主の間は不殺を誓いリンカーコアから魔力を蒐集していただけだが、無限書庫や管理局の記録を漁れば『闇の書の守護騎士』の被害が残されている。

 だからその感想はそれほど意外でもなかった。

 

「ねぇキャロ」

 

「はい」

 

「なんで私が医者とかやってると思う?」

 

「……えっと」

 

 唐突な問いだったけど、それでも眼前に広がる光景から目をそらすために丁度いい思考だった。

 医者。医療。医術。それは即ち誰かの傷や病を治すことだ。戦闘行為をともなく武装局員も言うまでもなく、日常生活を送るのにも必要不可欠な立場だ。目の前に医者要らずな連中がいるとはいえ、アレらは例外だろう。

 ともあれ医者という役割になる理由で真っ先に思いつくのは、

 

「誰かのためになりたいとか、誰かの病気を治したい、じゃないんですか?」

 

「それもないこともないけどね。違うわ」

 

 キャロの答えに苦笑して、

 

「……罪滅ぼし、なのよね」

 

 そんなことを言う。

 思わずキャロは息をのみ、シャマルは苦笑を崩さず、視線を遠くへと飛ばして、

 

「私たちはまぁ、許されない、許されちゃいけないことをたくさんしてきたからね。過ぎ去った過去はどうしたって変わることはない、これからなにをしても、なにを思っても、ね」

 

「……」

 

 キャロは何も言えない。身長差でシャマルの顔は見えなくて、まだ十歳のキャロには想像すらできなかった。

 

「私はあんまり割り切れないからね。シグナムは騎士であることをなによりも誇りに思ってるし、ヴィータちゃんはちょっと自虐的過ぎるけど今を守るために必死だし、ザフィーラなんかはかなり極端だし。私の仲間たちはなにしから(むかし)夜天(いま)で区切りをつけるのよね」

 

 でも、

 

「私はどうにもいろいろ考えちゃうのよ」

 

 どうすれば背負った罪が軽くなるのかを。

 無論、先に言ったようにそんな方法はない。過去は、起こってしまったことはどうしようもないのだから。それはシャマルの理性だってよくわかっている。それでも彼女の感情はそう割り切れなかったのだろう。

 だからこそ、

 

「医者になって誰かを救えればとか、思ったことがないなんて言ったら嘘になるわよね……ようは偽善者なのよ」

 

 嘘でないどころか、そういうことをシャマルはよく考えるのだろう。考えて、考えて、罪滅ぼしのように彼女は医者という立場にあるのだ。

 それが悪いことなのかいいことなのか、聞いているだけのキャロには解らない。

 それでも、

 

「……それでも、シャマル先生が助けた人がいるのは本当だと思います」

 

「……ありがと」

 

 二人でジュースの残りを流し込む。

 

「それで、どういう話なんですか?」

 

「う、えっとね?」

 

 ただの暴露話だったら恥ずかしすぎる。葛藤そのものは尊い物だとしてもタイミングがタイミングでカイトあたりに聞かれていたらネタにされることは間違いない。

 

「まぁ、あれよ。シャマル先生みたいな大人でもいろいろ迷ってるんだから、キャロみたいな女の子は子供らしく、ものすっごーい迷っていいってこと」

 

「……」

 

「あ、あれ? ここは感動してシャマル先生て尊敬の抱擁に行くところだと思ったんだけど……」

 

「……その言葉がなかったら尊敬の抱擁でしたね」

 

「あっれー!?」

 

 何がいけなかったんだろうと頭を抱えるシャマルは置いておいて。

 

「迷ってもいい、か」

 

 どうにも自分には難しい話だ。でもそれも当然だろう。自分はまだ十歳で、碌に世界も知らないのだから。これから知っていこうと思っているのだから。よくわからないけど、わくわからないまま抱えて、いつか答えを出せればいいのだ。カイトもエリオも、多分スバルやティアナも。もう迷わない答えを得ているのだろう。シグナムやヴィータやザフィーラも。

 だったら自分は迷おう。迷いながら進もう。

 そうすればきっと、

 

 ――もう、自分の祈りを気づかないなんてことはないのだから。

 

 

 

 

 




日常編おわり

バトルじゃあああああああああああああああああああああああ
結構ひどいインフレ
感想評価おねがいします

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