Dies irae ーcredo quia absurdumー   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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推奨BGM: Nacht langen Messer


第三十章 多くの不理解

 白い部屋だった。

 無機質な白というわけではなく、清潔感のある白だ。広めの部屋に幾つものベッドが並び、最新の機器らしきものが各ベッドの横にある。壁に一面が大きなガラスの窓があり、室内と室外を見れるようになっていた。どのベットも埋まっており、簡素な手術着らしきものを来た人々が横たわっていた。部屋は静かで、連続する電子音のみがある。

 病室だ。それも集中治療室。

 聖王教会の付属の最新設備が整った病院であり、管理局とも連携を取っており、ミットチルダ、クラナガン周辺での負傷者や病人はここに送られる。そして、実際に今ここで治療を受けているのはほとんどが管理局員だった。

 そして今最も重症なのが二人。

 高町なのはとフェイト・T・ハラオウン。

 全身の重度の火傷をと裂傷を負った二人。数日前の廃都市群における戦闘において瀕死の重体の状態で運ばれた二人だ。未だ意識も無い。それでも、外傷のみは既に完治していた。

 

 

 

 

 

 

「なのはちゃんもフェイトちゃんもどういうわけか運び込まれてから一晩で外傷のみ完治。それでも未だ意識は戻らないので現在集中治療室で治療中よ」

 

「命に、別状はないんやな?」

 

「ええ、それは大丈夫。念のために集中治療室にいるけど、今日明日には一般病棟に移してもいいと思うわ」

 

「そう、か」

 

 脱力しながらはやては身体をベッドに沈めた。個室の部屋でベッドは一つだ。その主は八神はやて。可愛らしい白と青の寝巻きだが、服の下にはいたるところに痛々しく包帯が巻かれていた。ベッドの脇には陸士部隊の制服に白衣のシャマル。手元には数枚の診断書があった。

 廃都市群での戦闘から数日が経っていた。

 端的に言って最悪の結果だった。

 廃都市群一帯は完全に崩壊、半分は跡形もなく焼け焦げ、もう半分は超大型地震でも起こったように建物がひしゃげ、地下水道まで崩壊している。廃都市群だから住人はおらず、一般人に死者が出なかったのは不幸中の幸いだっただろう。

 それでも、最悪だった。

 部隊長の重傷、分隊長二人の重体。他の隊員は軽傷だったが無事でない者いるのだ。それにも関わらず犯人は全員が逃走、追跡もできずに終わった。レリックだけはなんとか保護したが。それでも褒められた結果ではない。各方面からバッシングを受けていてもおかしくないし、実際に地上本部から始末書や詳細報告の請求が来ているだろう。いくらなんでもこれでお咎めなしというのは考えにくい。部隊のトップ三人が復帰していなから、差し止められているのかもしれないが、三人のうち誰かが復帰すればすぐに本局か本部に出頭命令がでるだろう。そして、三人の中で一番早く復帰するのは間違いなく自分だ。

 はやては他の二人に比べて比較的軽症だった。あくまで比較的であり、全身の骨折と魔力障害と抜けない脱力があったが全身火傷に裂傷のなのはやフェイトに比べればましだろう。

 自分だけは意識があるし。謎の異常な回復力を発揮したわけではなく、怪我が治りきったわけではないがそれでも、

 

「ウチがやらなアカン事や……」

 

 シャマルに聞こえないくらいの小さな声で呟く。今の自分は部隊長だ。十九歳の小娘とはいえ、一つの隊の長である以上は責任がある。だからこそ、立場故に前線に出ることが少ない自分が面倒事を引き受けるべきだ。それに面倒事はそれだけではなく。

 

『――さぁ、闇に呑まれろ』

 

 闇統べる王(ロード・ディアーチェ)。自分のそっくりの、しかしはやてとは隔絶した力を持つ彼女。彼女を含む黒衣の騎士たち。聖槍十三騎士団。今知る限りはシュテル、レヴィ、ディアーチェ、アリサ、すずか、カイト、ギンガそしてユーノの八人。十三騎士団ということはまだ五人はいるのだろう。Sランクオーバーの自分たちをものともしない超越者。

 どいうわけか、この連中に関しては映像の記録がどれていないのも謎だ。

 さらにはヴェルテルに今回の一件で新たに現れた三人。召喚士の少女、ナハトという男、そして、

 

「ティーダ・ランスター……」

 

 十年前に管理局に任務において死亡したティアナに実兄。死んだはずの彼が現れ、妹に敵対した。

 

「ティアナは軽傷だけど……やっぱり心のダメージが大きいわ。今は薬で眠ってる」

 

「無理もないわ。死んだはずの兄に銃口を突き付けられるなんてな」

 

 自分だったら。もしリインフォースが復活して敵になったら。どうなるか想像がつかないし考えたくもない。

 

「当分は戦線離脱ね。医者として、彼女の落ちつくまで訓練も許可できないわ」

 

「……しゃあないな」

 

 頭が痛い。

 絶対的な戦力不足だ。今機動六課でまともに戦えるのは僅か四人だ。カイト、エリオ、シグナム、ヴィータ。魔人の領域に踏み込んでいるのは四人だけ。他の面子は重傷か力不足。いや、怪我なく、万全だとしても相手にならない。

 どうすればいいのか解らない。

 第一敵か味方かも謎だ。

 確かにディアーチェたちには多大な被害をあわされたが、それでも、

 

「なんか、違う」

 

 敵とか味方とか、そういう次元じゃない気がする。もっと大きくて、先を見据えているとでもいうのか。解らない。自分たちを糾弾した彼女たちの言葉にはたしかな重みがあったのだから。あれを単純に敵味方で考えることはどうしても無理だ。

 

「……っ」

 

 何をすべきか。

 ディアーチェは言った。気付けと。

 己の過ちに、無力さに、在り方に――愛されているという事実に。

 

「……なぁ」

 

「はい?」

 

「……ユーノくんは」

 

 彼は、

 

「……いや、なんでもない」

 

「そ、そうですか」

 

 聞けなかった。聞くべきことがなんなのかわからない。何か聞かなければならないのに、その何かがわからない。わからないことが多すぎる。

 彼女たちは彼の部下らしい、つまり彼女たちはある意味彼の端末なのだ。ならば彼女たちの意思は彼の意思。ならば――、

 

「御免、シャマル。少し寝るわ」

 

「あ、わかった。じゃあ、なにかあったら、ナースコールか念話でお願いね」

 

「うん」

 

 シャマルが部屋から出れば、自分一人だ。あとには静けさだけで、

 

「あー」

 

 身体から力を抜き、右腕で眼を被う。それくらいが出来るには回復してる。

 

「……わからんなぁ。どないすりゃあいいねん」

 

 ディアーチェの言葉を思い出す、思い返す。頭の中で反芻させ、絶望と痛みすらも思い返すことになるが、それでも、そんなことはどうでもよく彼女の言葉を思い返す。

 それでも、

 

「……ゆーの、くん」

 

 なにも、解らない。

 

 

 

 

 

 

 場所は変わる。聖王病院のはやてとは別の個室だ。ベッドに横たわるのはティアナ。オレンジの髪はほどかれ、同じ色の寝巻き。目は閉じられ、涙の痕や隈があり、肌に張りツヤはない。一目見て憔悴しているとわかる状況だった。

 

「……ティア」

 

 そんな痛ましい彼女はスバルは見つめる。彼女にも普段から元気は無い。ティアナやスバルは比較的軽症だった。ティアナ自身に大きな怪我は無く、スバルは両の拳が砕けていたがスバル自身に体質としては治癒にそれほど時間はかからないし、既に回復している。だから二人の身体の傷は大したことない。

 傷が大きかったのは心だ。

 ティーダ・ランスター。ティアナの実兄。死んだはずの兄。

 ティアナの親友として、彼女が殉職した兄が無能となじられたことにどれだけの怒りを抱いていたかを知っている。どれだけ彼女が兄を好きだったのかも。

 だから、今のティアナの状況も無理が無いとスバルは思う。

 起きていれば、泣き叫ぶか周囲か自分を傷つけるかの状態だとしても。精神崩壊しなかっただけマシだった言える。

 

「よぉ、調子はどうよ」

 

「っ……カイ、ト」

 

「ああ、そうだぜ」

 

 振り返れば、病室の扉にはカイトがいた。白と黒の斑髪。針金を束ねたようでも筋肉を絞った肉体。病室だから煙草を吸わない程度の常識はあったらしい。片手にはビニール袋があって、

 

「ホラ、土産だぜ。まぁ、食えるかどうかは別としてだが」

 

 果物や菓子などが入っている。

 

「……」

 

「……ま、冷蔵庫入れておくぜ」

 

 スバルの反対側に回り、ビニール袋の中身を冷蔵庫に入れていく。

 

「ねぇ……」

 

「あん?」

 

「教えて」

 

「なにをだよ」

 

「……とぼけないでよ」

 

 絞り出すような声で、

 

「だから、なにが」

 

「全部だよ! なんで、ティアナのお兄さんが、それにギン姉だって、なんで!」

 

 声は大きくない。それでも悲痛な叫びだ。治ったばかりの拳が真っ白になるほど膝の上で握りしめられている。

 

「おかしいじゃん……! あの格好、カイトたちの仲間でしょ!? なんで、なんで……ギン姉が……っ」

 

「……」

 

「答えてよ……!」

 

 スバルの様子にカイトは目を細め、小さく舌打ちし、言う。

 

「無理だ」

 

「!」

 

「別にいじわるとかじゃなくてよ、答え持ってねぇンだよ俺も」

 

「そんなの……!」

 

 信じられない、とスバルは言おうとする。無理もない。カイト自身、自分だったら信じないだろう。髪をくしゃくしゃと掻き、どう答えるべきか考える、

 

「少なくとも、ティアナの兄貴についちゃあ俺は知らねぇ。ギンガは」

 

「ギン姉は、何」

 

「アイツの選んだ道だぜ、本人に聞くのが一番だろうが」

 

「……!」

 

「したのかよ」

 

「して、ない……というか、繋がらない」

 

 戦闘のすぐ後にギンガに連絡はしたのだ。それでも通じず、父に聞いても数日前に有給をとってクラナガンから離れているという。連絡先も聞いていないらしい。放任主義にも程がある。ギンガが割り込んできた記録がないから危機感とか薄いのだろうか、いや、ギンガ自身は敵の攻撃を防いで輸送ヘリを守っただけだからむしろ真っ当なことをしているからか。

 スバルとしては、そんな簡単なものではない。

 

「……」

 

 意気消沈するスバルにカイトは言葉に詰まる。何を言うべきか迷い、髪をまたかき回して、

 

「おい」

 

「……なにさ」

 

「まぁ、アレだ。アイツだって考えてることあるだろ。今度会った時に直接聞けばいいじゃねぇか」

 

「……うん。それしか、ないよね」

 

「……んじゃ、俺行くわ。また今度ティアナが復活したらくるぜ」

 

「べつにいい……」

 

 ちょっと酷いこと言われた気がしたが気にしない。

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 部屋を出て、病院の廊下を進む。他の入院患者や看護士たちを通り過ぎ、エントランスの端にある喫煙室に。煙草を咥えて火を付ける。

 

「あー」

 

 煙を灰で満たし、大きく吐き出す。幸い自分以外に人はいなかった。

 

「……なんかなぁ」

 

 微妙に自分のキャラがおかしい。キャラブレというかなんというか。アレにあれだけ元気なくされるのは困る。困るというかなんか嫌だ。いや別に何度も言うけどそういうのじゃないから。マジで。

 

「……誰に言ってんだ俺は……」

 

 胸の中に胡坐かいてるアイツか。馬鹿笑いしてるのが聞こえてきそうで腹が立つ。非常にウザい。

 

「はぁ……そろそろケリつけなきゃならんなぁ」

 

 いろいろと、この中途半端な状況に。そろそろいろいろ動くだろうし、実際に連中や自分たちの動きも本格化してきた。六課面子の覚醒も進んでいる。だからこそ、半端なままの状況は駄目だ。

 まぁ、なにはともあれ、

 

「ギンガめ……海鳴か? 連絡くらい出ろっつうの」

 

 携帯を取り出して、ギンガへと電話を掛ける。いや、別に他意はないんだ。うん。アイツは関係ない。マジで。

 

 

 

 




なんかこいつツンデレ属性獲得してますね。

少しだけバトルなしというか、日常会です

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