Dies irae ーcredo quia absurdumー   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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推奨BGM:Einherjar Nigredo

*よりDisce libens


第二十九章 安らかな闇

 

 ディアーチェが戦闘開始共に展開した結界の中で、それらの光景は映されていた。

 高町なのははシュテル・ザ・デストラクターの炎柱に飲み込まれ、フェイト・T・ハラオウンはレヴィ・ザ・スラッシャーの乱斬撃に落とされる。

 地下ではスバルは糸が切れたように力が抜け、ティアナは呆然自失の上で眼前に銃口を突きつけられている。

 

「ま、この程度であろう」

 

 ディアーチェはそれらの光景をウィンドウ越しに見せつけ、消す。

 見せつけられたのは――

 

「――あ、う……」

 

 例によって満身創痍であり、身動きすら碌にできぬ八神はやてだ。

 その身が傷だらけの血まみれなのは言うに及ばず、十字杖シュベルトクロイツは半ばから折れて、尖端の装飾は砕けている。帽子はいつの間にか無くなっているし、騎士甲冑の上着も使いものにならず、ただの襤褸にすぎない。

 瞳の意識は薄く、全身にも力はない。

 僅か数メートル先にいるディアーチェに跪くように、傅くように、ひれ伏すように倒れている。まるで見えない力に押し潰されているように。

 周囲はすでに荒廃した都市群の中で、

 

「どうだ鴉。理解したか? 己の無力さを」

 

 構わずディアーチェは語りかける。戦意は、最早ない。これ以上彼女を痛めつける理由はなく、それよりもすべきことが在るからだ。

 はやての前で膝を突き、彼女の顎に手を添え、

 

「結局この程度なのだよ、お前たちは。わかるか? 足りぬよ、何もかも。――愛も狂気も意志も渇望も」

 

 告げられる言葉にはやては何も言えない。

 そんなことないと、叫びたいがそれでも現実として自分たちは無様を晒している。意識は朦朧としつつもそれくらいはわきまえている。

 

「なぁ、鴉よ。我は貴様たちが哀れで仕方が無いよ」

 

「どう、いう――」

 

「理解できぬから――哀れだよ」

 

 そして羨ましいと、ディアーチェは言う。

 

「意味が、分らん……なにが目的なんや……それに」

 

 そう、それに。

 彼女たちは()の部下ではなかったのか。なのにどうして。

 記憶がよみがえる。それは海鳴の教会で彼に言われたこと。

 なにがあっても、自分たちの味方でいてくれるとそう言っていたのに。

 なのにどうして――

 

「ああ、それは駄目だ」

 

「ガッーーーー!」

 

 思った瞬間、はやての身体が地面に押し付けられる。大地への戒めが、それまでの数十倍になったように。いや、これは、

 

「重力、魔法……!」

 

 ミッド式でもベルカ式でも、超高難易度に分類される魔法だ。発動までに複雑な式が必要であるし、よっぽどのマルチタスクが無ければ実践では使えない。実際重力魔法の使い手はレアスキル持ちがほとんどだが、

 

 ディアーチェは手の振りだけで発動していた。

 

「あぁ、それは許せんぞ鴉。この我とてそれだけは許容できない――あやつの愛を、よりにもよって貴様(・・)が疑うなど」

 

 自分の為したことが埒外の所業であることに彼女は構わず、瞳には激情のみが宿っていた。大地にめり込んだはやての胸倉を掴み、持ち上げ、

 

「ふざけるな。なぜ護れていることに疑問を覚えないのに、愛を疑う? あの馬鹿が、一度とて貴様の、貴様らの味方でなかったことがあったか? 敵であったことがあったのか? 貴様たちのために馬車馬の如く。表舞台で貴様らが輝くならと。そう、思い穴倉のような場所にこもっていたのは、誰のためだ」

 

「――――」

 

「訂正しろ、でなければ自分を押さえられている自身がない。思い知れ鴉、未だに己の翼で羽ばたくことのできない雛鳥が。それは侮辱だ。あやつへの、我らへの。何もしていない貴様らが脳裏に浮かべることすら許さん」

 

「――――あ、あ」

 

 そうだ、何もしていない。

 八神はやてが彼になにをしたのか。

 夜天の書の真実は彼がいなかったら辿りつくことができなかった。

 リインフォースの後継たるリインフォース・ツヴァイの誕生は彼無くしてはあり得なかった。

 日々の捜査や職務にも彼の力は借り続けて、資格試験等にも彼に教えを請いたのは一度や二度じゃない。

 大きなことから些細なことまで、彼に支え続けられてきて、今の自分はあるのだ。

 

 ならば――八神はやては彼に何ができたのか。

 

 何も――していない。

 

 まるでそれが当然のようになっていた。彼が自分の、自分たちの背を支えてくれることが。

 護られる事が当り前だと、いつのまにか、そういう風になっていたのだ。

 おかしいだろう、それは。護れて当り前とか、支えられて当然だとか。なんだそれは。滑稽にもほどがある。

 

「うち、は――うちらは――」

 

「そうだ、貴様らは所詮神の玩具(・・・・)だ。恥を知れ――どれだけアレ(・・)を嗤わせれば気が済むのだ」

 

「――――」

 

 なにも言い返せない。言い返す言葉がない。何と言えばいいのだ。何を言えば許されるのだ。彼に会ったら何を言えばいいのだ。どんな顔をすればいいのだ。分らない、解らない。

 はやての胸の中で、どうしようもできない想いは駆け廻り、涙と共に出てきた言葉が一つだけで、

 

「――ゴメンサイ」

 

「戯け、赦さんよ」

 

 刹那、闇統べる王の覇道が真の姿として創造されていく。

 

『この神聖な広間には、 復讐などは縁がない』

In diesen heil'gen Hallen, Kennt man die Rache nicht.

 

 結界のように見えたこの暗闇では決してそんなモノではない。外装のみのディアーチェの覇道だ。

 滲みでた彼女の渇望が場を創っていただけに過ぎない。

 

『よしや、その人つまずけば、 義務へとみちびく、その愛は

Und ist ein Mensch gefallen; Führt Liebe ihn zur Pflicht.

 

 友誼の手を見出して、さても楽しく、ほがらかに、より良き国に至るのだ』

Dann wandelt er an Freundeshand, Vergnügt und froh ins bess're Land.

 

 薄暗かった世界が、さらに暗く染まっていく。視界が悪くなるわけではないが、周囲が闇に包まれていくのが明確に理解できる。祝詞が進めば進むほど重圧が増し、周囲の建物が音を立てて押し潰されるように崩壊していく。

 

『この神聖な城内は、 人と人とが愛し合う』

In diesen heiligen Mauern Wo Mensch den Menschen liebt,

 

 裏切り者は、あり得ぬ。 ここでは敵も赦すのだ

Kann kein Verräther lauern, Weil man dem Feind vergiebt.

 

 教えを受け入れない者は、 人間の名に値せぬから』

Wen solche Lehren nicht erfreu'n, Verdienet nicht ein Mensch zu seyn.

 

 生まれ行くのは――闇だ。 黒く、暗く、静かな闇。静寂の世界。

 

『――創造』

  Briah

 

『――――深淵幻想・紫天の女王』

   Helheim:Zauberflöte

 

 ここに聖槍十三騎士団黒円卓第八位、大隊長深淵の黒騎士(ニグレド)『闇統べる王』ロード・ディアーチェの覇道が完成した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 覇道の完成の瞬間、はやてが感じたのは痛みでも苦しみでも重圧でもなかった。

 力が入らなくなったそれは、脱力というよりも、

 

「ねむ、け……?」

 

 眠気だ。強烈なまでの睡魔。目を開けるのも口を開くのも言葉を紡ぐのも億劫になるほどの眠気。意味がわからない。どうしてこんなタイミングで眠くなるのか。いや、これが今の詠唱の効果だとしても、眠くなるなどおかしい。

 

「貴様には理解できんよ。夜天の主、月無き空で浮かぶ叢雲の王よ」

 

「っ……」

 

 聞こえる声にすら――力が抜ける。単純な脱力でも、どこかに吸収さえているという感覚ではない。

 やはり眠気だ。それが一番当てはまる表現だ。

 

「――求めたのは安息なのだ。臣下と、永劫安らかに眠っていられれば我はそれで満足だった。星と雷、王たる我、そして……()。無限の暗闇の中、巡り揺蕩い共に在れれば、それでよかったのだ」

 

 紡がれたディアーチェの言葉は、はやてに語りかけるというよりも己自身で噛みしめるようだった。意識は加速度的に薄れるが、それでも聞かなければならないと感じた。

 

「別に、今こうしてここにいる事に文句があるわけではない。このような世界を放ってはおけんし……」

 

 それに、

 

「……この胸に宿る想いも、悪くはなかろう」

 

 僅かに照れるように、頬を染める。その顔だけは、はやては知っている。ディアーチェの言葉はほとんど理解できないものばかりだけど、その仕草だけはわかってしまった。

 はやても、同じだから。

 

「なぁ、鴉よ。己の過ちに気付け。我のオリジナルだろう? ならば愚かでも、塵ではないはずだ。あぁ、正直言えば今の貴様たちには腸が煮えくりかえるよ。今すぐ殺してしまっても構わんくらいにはな」

 

「なら――」

 

 なぜしないのだ。彼女たちの力なら容易いだろう。それこそ、虫けらを踏みつぶす感覚で自分たちを殺せるはずなのに。それをしなていない。

 シュテルもレヴィも一撃で殺せるはずなのに、なのはもフェイトも死んでいなかった。思えば海鳴の時だって、あからさまに手加減していた。あの時だって、すぐに終わらせれただろうに。アリサやすずかの登場を待つかのようになのはたちに手加減していた。

 アグスタの時も同じ様だった。エリオはあの騎士にとんでもなく手加減されていると言っていた。

 なんだそれは、明らかにおかしいだろう。なんの茶番だ。まるで演劇かなにかか。

 自分たちを見定めるように、見極めるかのように。この黒衣の騎士たちは自分たちを糾弾するのだ。

 

「フッ……。さて、な。正確に言えば殺さないのではなく殺せんのだが……まぁ、貴様に教える義理はない。それは己で見つけろ」

 

 そして、ディアーチェはどこからともなく取り出した本を開く。 夜天の書に酷似したそれは、

 

「『紫天の書』。貴様が己の在り方に疑問を持つのなら覚えておけ。知ったところでどうこうなるとは言わんが、切っ掛け程度にはなろう」

 

 静かに彼女の魔力が高まる。

 あまりにも安らかで、優しい魔力だった。何故ならばそういう渇望だから。

 『闇統べる王』。

 その剣呑な魔名に対し、彼女の渇望は、

 

 『愛しき者と共に安らかな闇に沈みたい』。

 

 そんな、優しく、穏やかな、安らかな祈りだ。

 だからこの覇道は静寂に包まれている。重力操作はあくまでも二次的効果に過ぎない。彼女の十字槍に集う闇は安息の結晶だ。

 つまりはやてが感じる眠気はそういうこと。

 『深淵幻想・紫天の女王』。

 その真価は、

 

 ありとあらゆる力の沈静に他ならない。

 

 力は力が抜ける。魔法は術式が解かれる。覇気は色を失い、渇望すらも埋没していく。

 絶対的な安息にして静寂。

 かつての黒騎士(ニグレド)が唯一の終焉を望んだように。

 今代の黒騎士(ニグレド)である彼女は永劫たる安息を求めるのだ。

 生みだされたのは幕引きの一撃では、水銀が欲したご都合主義(デウス・エクス・マキナ)ではないけれど、ディアーチェはこの力に誇りを抱いている。

 

「ディアー、……チェ……あんたは……」

  

 何を言えばいいか、はやてには解らなかった。

 それをディアーチェが察したわけではないだろう。それでもはやての言葉に被せるように、壮絶な笑みを浮かべながら、

 

「さぁ――闇に呑まれろ」

 

 引導を渡すかの如く。十字槍を振りおろし。

 はやてにそれまで数十倍、数百倍の加重と安息の深淵が放たれる。

 余波により周囲のビルが崩壊し、自身の遥か真下の地下水路ごと押し潰される中、感じたのはやはり痛みでも苦しみでもなく、

 

 ――――どうしようもなく優しい安息だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁ、これでどうかな我が友よ。楔は撃ち込ませてもらった。これで友として義理は果たしたことにしてもらおう。お前がどれだけ愛していたとしても、私としては芥とそう変わらんのだよ。忘れないでほしい友よ、この身が求めるのはかつての(レギオン)なのだから。あぁ、そして灰色狼(ガウス)。アレの保留もいい加減よかろう。その為に異界の王を呼び出したのだから――」

 

 




これにて休暇編終了ですねー。
次は当分バトル無しの日常編です。

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