Dies irae ーcredo quia absurdumー   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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推奨BGM:Krieg

*よりHolocaust


第二十七章 相対するのは?

フェイト、はやてがシュテル、レヴィ、ディアーチェに強襲されたのとほぼ同時。僅か数分後には廃都市群ではなく廃都市群跡地になるその地下。地下水路でもまた、別の戦場が発生していた。

 薄暗い一本道の地下水路を奔るの黄白の雷光。全身に薄く雷を纏ったエリオだ。ストラーダの形成はなく徒手空拳だが、

 

 ガジェット相手には十分すぎる。

 

「オオッーー!」

 

 活動位階とはいえ速度に特化したエリオならば亜音速にまで行く。その上で駆け抜けざまに速度任せに一撃を叩きこむ。

 ただそれだけの動きでガジェットは為すすべもなく粉砕される。小型大型関係無い。仮に叩きこんだ一撃が破壊まで至らなくても、雷撃がガジェットの回路を焼きつくすのだ。AMFの束縛も全て振りきっている。

 

「スゥーー」

 

 そしてエリオが激しく駆け抜けるのとは対照的に。

 スバルはあくまで静かに疾走していた。

 

「ハァッ!」

 

 行うことは単純だ。拳を構え、近づき、魔力を纏った拳を叩きこむ。あまりにも単純な基本の動きだ。それゆえに強い。無論未だスバルは未熟であり、隙も大きいが、後方からのティアナの狙撃がその隙を埋める。荒削りのスバルの動きもティアナの援護があるからこそ、生きていく。ここ最近――正確に言えば海鳴の一件から――スバルの動きやリズムが変わり続けているが、それで数年来の腐れ縁の二人の連携が崩れることはない。

 

「キャロ、レリックの位置は?」

 

「近いです。……多分、この先真っ直ぐの広間」

 

「了解」

 

 背後でレリックの検索をしていたキャロの言葉を聞き、ティアナは思考を巡らす。

 地下水路に現れたガジェットは残らずエリオとスバルがメインで破壊していて、目立った負傷はない。馬鹿げた加速魔法らしきものを使うエリオも自分たちも魔力の消費も少ない。

 順調で、間違いないだろう。

 

「……」

 

 懸念が無いわけでもないが。

 分っていたこととはいえエリオが異常に強い。戦闘中一度もデバイスを使用しておらず加速魔法らしき魔法を使い、全身に薄く雷光を纏っているだけだが、異常に強い。連日のカイトとの殺し合い紛いは伊達ではない。元々エリオが身につけていた訓練学校や陸士研修で習うような格闘術だけではなく、喧嘩殺法だが我流だかなんだかよくわからない滅茶苦茶な体術が混ざっていた。

 まぁ、それはいいのだ。いや、毎日血まみれになってキャロが顔面蒼白だったけど。

 

 問題は――やはりスバルなのだ。

 

 動きが変わっている。それは、もう随分前から分っていた。訓練校時代からのシューティングアーツではなくてもっと別のナニカに少しずつ変わっているのだ。

 シューティングアーツよりも、もっと実践的で――人を破壊することに特化しているようなソレに。

 そのことに少しだけ背筋が凍る思いを感じずにはいられない。普段は何時も通りだから尚更だ。

 違和感を感じるのは、カイトと一緒にいる時が多いのも謎だ。

 

「というかあのチンピラなにしてんのよ……」

 

 こういう荒事以外では役に立たないただのチンピラなんだからこういう時に出てこないとアレの価値が謎だ。ギンガが例の集団の一員だったことも問い詰めたいし。スバルだって非常時でなければ、いや非常時だからこそ姉のことは心配だろう。

 まぁ、それもレリックを回収してからなのだけど。

 

「行くわよ、陣形変わらず。エリオとスバルはどっちでもいいからレリック発見次第キャロに渡して封印。封印中はキャロの護衛最優先。完了次第即帰還よ。なにかある?」

 

「ありません」

 

「はい」

 

「オッケー」

 

 エリオ、キャロ、スバルの順に帰ってくる答えに頷きつつ、

 

「ゴー!」

 

 

 

 

 

 

「ッーー!」

 

 飛び出した瞬間だった。超反応とかいうレベルではなく、脳裏を襲ったノイズのせいだ。戦闘中(・・・)休暇中(・・・)も常に襲っていた既知感(デジャブ)。それまでを遥かに超える吐き気と不快感。未だにコレがなんのかはっきりしないが、それでも今回の一件の発端はこの既知感だ。故に従う。

 

「ッアアアアアーーー!」

 

 一瞬で形成したストラーダを頭上へ振る。活動位階からさらに強化された雷撃を纏い槍を既知感に導かれるままに槍を薙ぎ払い、

 

「ッ!!」

 

 複数の衝撃に真後ろに弾かれた。僅かに濡れる足場を滑りながらも、踏ん張り、

 

「エリオ君!」

 

「下がって! 狙撃!」

 

 即座に感覚を伸ばす。探すのは殺意や殺気。そして、狙撃の気配だ。どういうものと聞かれても完全に感覚の話だが、毎日カイトのしごかれているのだ。銃口を向けられているという感覚は嫌でも覚える。それに従えば、

 

「そこ、だッ……!」

 

 正方形状の地下水路の広間、視界の中はいくつもの支柱があり視界が悪いが、分る。纏う雷光を強め、二十メートルほど先の柱の影へと駆ける。ティアナに援護の狙撃を要求するよりも形成位階で音速を超える自分の方が早いという判断だ。今の自分は速度ならばかなりのものだ。というよりカイトにそう教えられた。自分としてはそんなことはないと思うが、認めないと殴られるので取り合えず頷いておいたが、結構速いという自負はあった。

 その上で、速度を乗せた一閃を支柱ごと、その背後にいるであろう狙撃手へとぶち込んだ。

 

 閃光と共にコンクリートの柱が吹き飛び、

 

「なるほど速いね」

 

「……!」

 

 赤いコートにフードで顔を隠した男が姿を露わした。長身の男だった。顔は顎までしか露出していないが、それなりに形が整っているのはわかる。その口元が歪み、

 

 左手に握っていた拳銃の銃口が向けられる。

 

「クッーー」

 

 既知感、そしてそれだけではなくエリオ自身の直感で弾丸に当たると拙いのが分る。

 避けろ、避けろ、避けろ――!

 その思考が前進を支配し、引き金が引かれると同時に、

 

「あああッーー!」

 

 空中を蹴った。音速超過の踏みつけによる空間跳躍。奇しくもこの僅か数分後にレヴィが行ったのと同じ動きだ。それで無理矢理拳銃の射線から外れる。

 男の感嘆の口笛が響く。

 地面を転がり、跳ね起きる。相手が銃使いならば、いや相手がなんであろうと目前で転がっているのは致命の行為だ。

 そしてエリオは悟っていた。

 コイツは拙い。カイトやヴェルテルと同じだ。今の自分よりも高みにいる者。人を超えた超越者。魔導を極めた埒外の魔人。キャロやティアナ、スバルでは闘わせてはならない。

 だから、

 

「ストラーダ!」

 

『Explosion!』

 

 カートリッジを消費し、自らの魔力を高め、

 

「おおおおおおーーーー!!!」

 

 一気呵成に攻める。

 それを男は、

 

「ははは、カッコいいね」

 

 エリオの槍撃を笑みと共に受ける。

 

「ッ!」

 

 受け止めたのは握っていた拳銃だ。カイトのとよく似た大型口径の自動拳銃。それでエリオの一閃を受け止めていた。当然ながらただの銃が今のエリオの一閃を受けて無事なはずが無い。つまり、この銃もまた埒外の物。エリオの直感は正しく、この男もまたキチガイだ。

 槍を再び振う。

 

「ゼァッ!」

 

 相手は遥か格上であり、初撃はなんとか防いだとはいえ同じように殺意があった。つまりそれは当り前だが自分たちを殺しに来ている。そして、もし自分が負ければ背後の仲間は殺されてしまう。

 だから全力。

 未だカイトやヴェルテルのように殺意や殺気を込める事は今のエリオには出来ない。人を傷つけるのは嫌いだし、経験もない。良いことなのか悪いことなのかはともかく、そんな自分が殺意と殺気とか込めるのはお門違いで見当違いも甚だしい。

 故に意志を。魂を以って振う。

 

「なるほど、あの人が入れ込むも分る。でも――」 

 

 超高速、それこそ音速を超えて振られていたはずの穂先に銃口が合わされた。

 そして、引き金を引く。

 

「俺は君の担当(・・・・)じゃない」

 

「なっーー!」

 

 ぶっ飛んだ。馬鹿げた衝撃が両腕を打撃する。驚愕。拳銃にしては異常な衝撃だった。まるで大砲の直撃をモロに受けたかのような衝撃を連続して受ける。馬鹿げてる。

 いや、違う。こういう連中に常識を持っているほうが悪い。未だ半分程は人間レベルであるエリオの失策だ。

 故に出来ることは、

 

「弾、絶対避けてください!」

 

「できるかどうか別だけどね」

 

 男が引き金を引く。吐き出された弾丸はエリオが確認できるだけで三十を超えていた。最早驚くのも馬鹿らしい。大砲並みの威力かと思えばマシンガンのような速射。カイトが二丁で為すことを一丁でしている。

 着弾点であろうキャロたちに動きはなかった。いや、今のエリオと男の攻防はホンの数秒間のことだ。彼女たちに知覚できる領域を超えている。

 エリオは未だ衝撃から復帰できず硬直している。例え回復していても届かない。弾丸の速度もまた異常に速かった。

 それを――

 

 

 

 

 

 

 スバルは思う。

 たまに自分が自分でなくなることがあると。

 始まりは、始めてカイトに出逢った時。初対面であるはずの彼がどうしようもなく不快だった。存在が相いれない。在り方が認められない。同じ空間にいることがどうしても我慢できない。水と油、そんな関係だった。自分らしくないと思っていても彼を否定することは当然のように思えたのだ。

 そして海鳴の時。変化はあれが決定的だった。

 何か分らない、でも知っている、よくわからないものが自分の中に芽生えた。未だ消えずに残っている。いや、むしろ大きくなっているだろう。

 それは確かに、スバル・ナカジマという存在を変革させている。

 表面上は変わらずとも。決定的にスバルは変わって行っている。僅かな動きのリズム、拳の握り方、構え、殴り方。あらゆる所が少しずつ変質していく。

 そして今。目の前の暴虐の魔弾の前に――また一つ、歯車が回るかのように、彼女は変質した。

 

「――――」

 

 迫る弾丸は三十七。通常の弾丸よりも遥かに速度は高く、恐らく威力も同じだろう。さらには吐き気がするほどの魔力。当たれば死ぬ、自分だけではなく一緒にいるティアナとキャロも。

 

 だから動いた。

 

 全身の人工筋肉、骨格フレーム、感覚素子をフルに使い、唐突に脳裏に閃いた肉体の動かし方で身体を動かす。自分でも信じられない駆動。戦闘機人という特殊な肉体でなければスバルの身体が自壊していたであろう動き。閃いたというよりも、思いだしたかのような感覚だった。

 

 拳を振う。

 

 その動きは到底十五歳の少女が行える動きではない。極限には程遠いが無駄というものが削られ、拳撃という理を高められていた。

 

 弾丸を打撃する。

 

 両腕を使い、大気をぶち抜く魔弾を殴り――弾き、砕く。射出した拳を引きもどし、同時に裏拳気味に叩き落とす。それまでのスバルの力量を遥かに超えた動き。無論、限界以上の動きをしてスバルの身体に負担が無いわけではない。弾丸を一つ砕く度に身が軋み、内側から砕かれる感覚が得る。

 それでも拳を振う。

 振わねば、死ぬのだ。親友が死ぬ。仲間が死ぬ。

 

 なにより――――こんな所では終わるわけにはいかない。

 

 その思い。渇望とすら言えぬ意地にも似た感覚。漠然とした強迫観念のような思いが湧き上がり、身体を動かす。

 

 そして、

 

「ハァ……ハァ……ッ!」

 

 三十七の弾丸を全て打ち砕いた。

 息は荒く、脂汗が酷い。腕は無理な動きで筋肉がちぎれたのか、内出血が激しいし、リボルバーナックルも半壊、両手の骨も砕けている。連続の大衝撃に踏ん張ったマッハキャリバーに亀裂が入っている。足から力が抜け、汚水で濡れたコンクリートの地面に跪く。

 そんな状態のスバルに、乾いた拍手が響く。

 

「コングラッチュレーショーン――お見事」

 

 男は感嘆の言葉を述べる。だが、その隠れた視線はスバルを見ておらず、

 

「でも、悪いけど君の担当(・・・・)は俺じゃないんだ」

 

 指を鳴らした。

 

「――――」

 

 刹那、スバルはあらゆる感覚を失い、世界から切り離された。

 

 

 

 




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