Dies irae ーcredo quia absurdumー   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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推奨BGM:Omina Vanitas

*よりMors Certa


第二十三章 知らないの?

「どうして……!」

 

 廃都市群に現れたギンガへのなのはの思いはそれに尽きる。高速飛行中に思考に囚われるのは危険と分っていても驚愕せずにはいられない。

 そしてそれはなのはだけではなく、共に飛んでいるフェイトや状況を見ていた全員も同じ思いだろう。

 どうして彼女はあの黒衣を纏っているのか。

 海鳴で同じ装束の自分そっくりの少女に手も足も出ずに、親友であるアリサに助けられたことは脳裏に焼き付いている。なのはの人生においてあれほどの惨敗はない。幼少期におけるフェイトやヴィータとの初戦闘でもまだマシだ。

 文字通り、手も足も出なかったのだから。

 

「っ……!」

 

 思わず唇をかみしめる。劣等感というならあれ以上のものはない。自分とそっくりであり、自分よりも幼いのにも関わらず存在する絶対的な壁。足を引こうにも、まったく届かないであろうほどの格差。

 

「なのは、急ごう。嫌な予感どころじゃない。コレは拙いよ」

 

「フェイトちゃん……うん、そうだね」

 

 フェイトの言葉には同感だ。確実に拙い。

 ギンガの名乗った聖槍十三騎士団。聞いた話では地球には実在した組織らしいが中卒のなのはは知らない。

 問題はその戦力、そして――長が()であること。彼女たちの襲撃は彼は関わっていないらしいし、むしろ彼女たちを止めるためにカイトやアリサたちが現れたらしかった。それでもあの夜起きた事は尋常では無かった。

 有耶無耶なったとはいえ測定不可能の破格の魔力。それを宿した黒衣の騎士たち。

 そして彼女たちを負傷を与えたシグナム、ヴィータ、スバル。

 彼女たちだけでなく、ホテルアグスタにおけるヴェルテルという騎士やエリオも。

 ギンガと同種なのだろう。

 人間ではなく――もっとそれ以上の存在。

 生きている世界が違う。立っている位階が違う。属しているジャンルが違う。

 届かない。

 

「……届か、ないん、だよね」

 

 その言葉は意図せず、思わず零れた言葉であり隣のフェイトにも聞こえていなかった。

 だが、

 

「――情けない、やはりその程度ですか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「!?」

 

「なのッーー!」

 

 大気を焦がす巨大な炎球が突如としてなのはを墜落させた。一メートル大の赤紫の炎球。それが高速飛行中のなのはへと落ちて来て、そのまま真下の街へと落ちる。咄嗟に伸ばした手は間に合わず、

 

「どおりゃああ!」

 

 真下から蒼雷を纏う蹴りに跳ねあげられた。微かに視界に捕えたのは双尾の青い髪。だが一瞬だけであり、腹に雷撃を纏った一撃をぶち込まれその身をぶちあげられる。

 

「あ、う、あ……ァ!」

 

 雷撃による全身の麻痺。飛行魔法もままならなくなり、為すすべもなく重力を無視して上昇していく。飛行魔法が使えないと言う事は常時展開されている対気流や低温、空気摩擦へのフィールド魔法も失っているのだ。跳ねあげられるというだけでも十分にダメ―ジとなる。

 それでも、痺れ、もつれる舌と口を動かし、

 

「…限、定……っ解……除ッ」

 

『Limit Release』

 

 フェイト・T・ハラオウンに施された戒めを解放させる。

 

「はああああ!」

 

 取り戻した魔力を全身に通して麻痺を払い、飛行魔法を再使用。纏うバリアジャケットは変わらずともその身から発せられる魔力は先ほどとは段違いだ。

 

 限定解除。

 

 機動六課に所属するにあたってなのやフェイト達隊長陣に施された魔力リミッター。エース級の魔導師であるフェイト達を隊長に据えると言う事はそんな枷が必要だったのだ。

 そして今それは解かれている。

 海上から廃都市に向かう際に万が一のために部隊長であるはやてから解除許可をもらっていたのだ。それが無ければ、麻痺をほどく事は出来なかっただろう。

 だが――、

 

「や! オリジナルの僕! 始めましてだね!」

 

 はたして目の前の自分そっくりの少女に対して、どれだけ通用するのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 廃都市群上空にて向かい合ったフェイトとレヴィと時を同じくして。

 

『Limit Release』

 

 なのはもまた限定解除を発動していた。フェイトとは違いバリアジェケットも愛機であるレイジングハートもその姿を変えていく。少女時代の名残だったフリルやリボンなどの装飾は破棄されより戦闘に適した装甲服へ。レイジングハートも杖ではなく突撃槍のような形態となっていた。当然ながら変化は外見だけでなく魔力量は跳ねあがっている。

 換装された新たなバリアジャケットを纏い、限定解除の余波による魔力で叩きつけられた炎球を払い飛ばしながら、廃都市群の道路にしっかりと己の両足で立つ。

 

「どうして、あなたが」

 

 真っ直ぐ問いかける先は、百メートル程先のビルの屋上。その外縁ギリギリに立つ、

 

「シュテル!」

 

「あなたに名乗った覚えはありません」

 

「っ!」

 

 取り付く島もない。言葉と共にシュテルの周囲に炎弾が展開され、大気を焦がしながらなのはへと迫る。それはかつて海鳴の状況と同じようにデバイスはないが、異常なまでの魔力を有している。

 

「でも、避けられなくはないよ……!」

 

 数は二十だが、速度はそれほどでもない。十分回避しきれる。ましてやこれだけ距離があれば容易い。ビルの隙間を縫うように飛翔する。

 

「レイジングハート!」

 

『All right Master』

 

 同時に自分も誘導弾を創りだす。自信の周囲に桜色の球体を、同じく二十。

 

「アクセルッ、シュート!」

 

『accell shoot』

 

 右手に振りと共に射出する。狙いはシュテル本体だ。シュテルの固有スキルかなにかの滅却の性質。魔力だろうが物質だろうが何であろうと燃やし尽くす魔炎。例え限定解除した今の自分でもアレと真っ向から対抗するのは危険だ。だから、自分に迫る炎弾は高速機動で回避し、マルチタスクで誘導弾を操作する。

 

「ふむ」

 

 ビル群を迂回し、シュテル飛来する光球を値踏みするように眺めるが、顔色を変えずにさらに新たな炎弾を生みだし迎撃させる。これでシュテルの操作している数は四十だ。並みの魔導師なら生み出すだけで耐えがたい頭痛に倒れてもおかしくないし、エース級のミッド魔導師でも操作は危うい。

  

 だがシュテルはさも当り前のように四十もの滅却の炎弾を操作する。

 

 そのことに背筋を凍らせながら、

 

『Flash move』

 

 踵にアクセルフィンを展開し、機動力を上げ飛ぶ。

 

「ああ、なるほど。ビルを影にして撹乱し、ビルごと砲撃でぶち抜こうというわけですか」

 

「っ!」

 

「別に驚く事もないでしょう。あなたの戦闘スタイルは有名ですから、『動く固定砲台』……等と言う捻りの無い異名もあることですし」

 

「言わせておけば……ッ!」

 

 ああ、ならばいいだろう。飛行を止め、エクシードモードとなったレイジングハートの穂先をシュテルへと向ける。間にはいくつものビルがあるが、サーチャーとレイジングハートのナビゲートで狙いは狂う事はない。自分を追う滅却の魔弾は未だ二十もあり、チャージの時間は僅か五秒程度。

 だが、

 

「カートリッジロード!」

 

『Load cartridge』

 

 その五秒あれば十分。排出された薬莢は三。同時なのはの魔力が跳ねあがり、

 

「ディバイン――」

 

 穂先に光が集まる。そして、

 

『Bastar』

 

 桜色の閃光がビルを貫き、シュテルへと迫る。

 これこそ高町なのはの真骨頂。凝縮した魔力を砲撃という形で放出するだけ。もはや固有スキルの域にまで高められた技能。時空管理局にても五指には入るだろう。 さらに砲撃を打った瞬間にはアクセルフィンをはためかせ、その場から離脱し炎弾への回避行動を取っていた。

 

 非殺傷指定とはいえ物理的な効果までも消しているわけではない。閃光は次々に間にあったビルをぶち抜き、

 

「……」

 

 回避も防御もしようとしないシュテルを飲み込んだ。

 

「……なっ!」

 

 そんな、と思う。今の砲撃は確実に全力であり本気だった。かつての海鳴の際とは比べ物にならず、今のを防げるのは六課内においてさえ誰もいないという自負がある。管理局内でもそうはいないだろう。

 そんな砲撃が直撃した。

 本来ならばショック死を心配する所だろう。

 だが、彼女の場合はそれは違う。フラッシュバックされるのは海鳴での惨敗。

 そして、

 

「――あなたは自分が神様に愛されているという自覚がありますか?」

  

 

 

 

 

 

 

 

「なにがっ……!」

 

「だから言った通りだよ、オリジナル。君がわかっているのかどうか。自分がどれだけこの(ソラ)に愛されているのか」

 

 高速で飛翔し、フェイトはサイスフォームのバルディッシュを振るが、レヴィには掠りもしない。既に何度も交叉しているが、全て紙一重で避けられる。

 もうフェイトも気付いていた。速度を合わされているのだ。それも、フェイトよりホンの少し早い速度で。

 

「フェイト・T・ハラオウン。若くして執務官であり、義理の兄は提督、母はもう引退したとはいえ管理局に未だ強い影響力がある。実際君たちの機動六課の後見人の内二人は君の家族だ」

 

 顔を歪ませるフェイトとは対照に、レヴィは変わらず自然体だ。

 

「そして本当の亡き母は、天才的な科学者であり大魔導師。死んだ娘のクローンを作り、挙句の果てにはロストロギアを使って伝説の都アルハザードへと向かおうとしたが失敗。凄いね、家族だけでこんなにも波乱万丈だ」

 

「貴ッ様……! だから、どうした!」

 

 レヴィの言葉にフェイトが激昂し、全身からスパークが弾ける。速度もさらに上がっていく。

 だが、それでもレヴィには届かない。

 

「そんな母に人形扱いされて、使い回されて、挙句の果てには棄てられる。いやはや、僕もまともな生まれじゃないにしろ同情せずにはいられないよ」

 

 その言葉は最早フェイトにとって猛毒だ。決して忘れられない過去の傷にしみ込み、抉っていく。

 怒りは頂点であり、美しい赤眼も激情に燃えている。

 だから、というわけでもないだろう。

 

「ねぇ、そんな生い立ちなのに。どうして今君は幸せなの?」

 

 続くレヴィの言葉に反応することはできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ、そうだろう鴉よ。失くした宝石があっただろう。忘れられない苦痛があっただろう。決して癒せぬはずの魂の切創。そんなモノが合って――どうして貴様らは、心から笑えているのだ?」

 

 そう、ディアーチェははやてに問いかける。

 ビルを眼下に置きながら、二人は向かい合い、ディアーチェは自らのオリジナルに言葉を放つ。

 

「乗り越えた? 克服した? もう忘れる事が出来た? いいや、そんな軽いことではなかろう。どれだけ覆い隠そうと、蓋をしようと一度生まれた傷は決してなくならない。――ならばどうして?」

 

 目を伏せながら、耐えがたいと言わんばかりにディアーチェは拳を握りしめ、その顔を歪め言葉を紡いでいた。

 その様子に、はやては口を挟めない。意味が分らないからとかそんなレベルではなく。

 

 この先の言葉を聞き逃してはならないと、理由もなく思ったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それを考えなさい。どうしてかつての切創からの痛みから護られているのかを。それを理解できなければ――――あなた達は(・・・・)ただの(・・・)神の玩具(・・・・)に過ぎない(・・・・・)

 

「ッーーーー!」

 

 神の玩具(・・・・)。意味がわからない。理解できない。欠片も、これっぽちもわからない。

 ダメだ、それはダメだ。その言葉の真相を理解してしまっては、高町なのはという存在の根底が瓦壊しかねない。

 なのに、シュテルはその意味を理解しろという。

 

「知りなさい、どれだけあなた達が神に愛されているか」

 

 繰り返すように、シュテルは言う。レヴィも。ディアーチェも。

 

「そう、でなければ……、誰よりもあなたたちが知らなければ……」

 

 それまで、平静だったシュテルの顔に感情が浮かぶ。

 それは怒り。過去の傷を抉られたなのはたちとは別次元の激情。理性を持っていなければ、主命が無かったら、全霊を以ってなのはの魂まで消し飛ばしかねないほどの感情。

 

「彼の、守護の慕情が報われない……! それだけは何があっても許されない…!」

 

 シュテルの手に魔導の杖が形成される。怒りに呼応するように魔力は高まり、発せられる滅却の波動は留まる事を知らない。彼女だけではなく、激情と共に形成したのはレヴィもディアーチェも同じだ。

 陽炎が揺らめき、雷光が弾け、暗黒が輝く。

 

「さぁ、思いだしなさい」

 

  「お願いだから受け継いでよ」

 

  「あの馬鹿の想いを無為に返すようなことはしないでくれ」

 

 




トラウマほじくり回。
次回から結構ひどいというか絶望が


感想評価いただけると幸いです

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