Dies irae ーcredo quia absurdumー   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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推奨BGM:Nacht langen Messer

*Bottomless Pit


第二十一章 安らぎは唐突に

 何か重いものを引きずる音が響いていた。

 ミットチルダ、クラナガンの主街区の地下水道。魔導科学が発展したミッドとはいえ、生活排水を完全に浄化できるわけではない。黒く濁った汚水が水路を流れていた。

 

 その汚水を横にして、彼女は両の足を前に進めていた。

 

 幼い少女だ。一ケタ半ば、5、6歳程度の幼子。服らしきものは来ておらず、襤褸切れを一枚をその矮駆に纏っているだけだ。汚水まみれの道を進んできたからか、全身かなり汚れていた。本来ならば、輝く黄金であろう髪も見る影もなく薄汚れている。

 手首には痛ましい鎖とそれと繋がる大きな鉄の箱。大の大人でも抱えるのがやっとの大きな鉄製の箱を引きずり歩みを進めている。

 その状況において、しかし、彼女は輝いていた。

 

「ハァ……ハァ……」

 

 実際に光っていたわけでは勿論は無く。幼子の身には過酷すぎる環境において、彼女は絶望に落ちず、呆然とせず、自失もせずに、己の意志を持っていた。

 赤と緑の二色の瞳には確かな生への渇望があった。

 もっとも、彼女に確固たる目的があったわけではない。数十分前に意識が覚醒し、機械の追手から逃げているが、行き先は不鮮明だ。

 ただ、ただなんとなく。この方向に進めば、誰かが助けてくれるのではないかと言う希望で動いている。そんな気がしている。自分を助けてるくれる人がいるはずだと勝手に考えているだけだ。

 根拠も確信もなく、ただ生への渇望だけで足を進めているのだ。

 

 だから、こそ。彼女は輝いている。

 幼いが故の純真無垢の輝き。未だ誰にも穢されていないであろう新雪の如き魂。

 

 だからこそ、この先彼女の身に何かが起こる。無垢な魂は欠落の無い物であり、この天はそんなものを許容しない。 だから、その歩みが彼女になにをもたらすかは不明であるが、何かが起こるのは明察なのだ。

 

「ハァ……ハァ……」

  

 無論、彼女はそんなことは知らない。

 ただ、足を進めるだけしかできない。

 

「……パパぁ……ママぁ……」

 

 自分を愛し、見てくれる人に出逢うためにも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん?」

 

「どうしたのエリオ君?」

 

「いや……」

 

 エリオはふと違和感を感じた。

 キャロとウインドウショッピングをしている最中、路地裏への道を通った瞬間だった。

 キャロとの会話を突然断ち切り、路地裏へと目を向ける。

 

「エリオ君?」

 

「……」

 

 違和感。いや、そうではない。

 

「……っ」

 

 視界に僅かなノイズが混じる。そして、自分とキャロがこの先に進むヴィジョンも見えた。違和感ではない。既知感だ。

 先日のヴェルテルとの戦闘にてエリオが感染した病魔。なにもかもがいつかかつてどこかで見たことあるという不愉快極まりない感覚。自分だけでなく、カイトも宿しているソレが、

 

 この先に何かがあると告げている。

 

 冷や汗が流れ、いつでもこの場所から離脱できるようにキャロの手を握る。

 

「キャロ」

 

「え、えええエリオくん!? そ、そのいきなりそういうのはどうかというか私的にはいいんだけど段階があるというか私たちまだ十歳だし……ッ」

 

「キャロ、キャロ、なに言ってるかわかんないけど落ちついて。……この先になにかある」

 

「え……?」

 

 怪訝な顔をされるのは仕方ないが、それでも引くことはできないだろう。何があるのか分らないにしても何かは確実にあるだろう。自分たちはここでなにか重要なモノを発見する。それすらも不愉快なノイズとヴィジョンが教えてくれる。正直、全力で去りたいが管理局員としては避けることはできない。  

 

「なんでとか聞かれたら困るけど、どうしてとかもわかんないけどけど、とにかくこの先に何かある。だから、ちゃんと僕と一緒にいて」

 

 我ながら無茶苦茶というかいきなりすぎる。頭がおかしくなったと思われても仕方がない言動だったけど、

 

「……うん、分った。行こう、エリオ君」

 

 キャロは確かに頷いてくれた。

 その応えにしっかりと彼女の手を握りしめながら、

 

「離れないでね」

 

 進んだ。

 そして、その先に二人が目にしたのは――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『おいおいエリオ、その年の子に手出すとかさすがに犯罪だぜ』

 

「うるさい黙れ。ていうかどこにいるのさっさと来なよ」

 

『んだよ、そんなに俺に会いたいのか?』

 

「死ね……!」

 

 青筋立てながらスバルがカイトへの通信切った。

 

「コラコラ」

 

 たしかに今のはどうかと思うけれど、カイトらしいといえカイトらしいのだ。ティアナも短い付き合いとはいえそれくらいはわかる。戦力的な理由でこの休暇で所在の掴めないカイトへ連絡したわけだが、結局取れず終いだ。再通信しても通じない。スバルがコールした時はワンコールで出たのに。なにこれ差別か。

 溜息を吐きながら、エリオが発見した女の子の容体を見るために現れたシャマルとなのはへ視線を向けた。

 

「まぁ、カイトはいいよ。いつものことだし、元々局員じゃない、無限書庫からの出向だからね、あんまり強制はできないんだよ」

 

「でもそれアイツサボり理由にしてるだけじゃないですか」

 

「で、シャマル先生。容体は?」

 

 露骨に無視された。

 

「そうね、命に別条は無いわね。過労と栄養失調。こんな子供が地下水道歩いてきたんだから当然でしょうね。とりあえず詳しい検査と治療のためにも六課に運びましょう」

 

「了解です、シャマル先生。ついでにケースも移送しましょう。キャロ、封印は出来てるんだよね?」

 

「は、はい。一応、ですけど」

 

「大丈夫よ、ちゃんと封印されてるわ。自信を持って」

 

「は、はい!」

 

 キャロがシャマルの言葉に僅かに照れていたら、その場にいた全員の通信が入った。ロングアーチ、つまりははやてだ。

 

『こちらロングアーチ、状況の説明を』

 

「女の子一名、封印済みレリックらしきケースと共に保護しました。今ヘリで移送しようかと」

 

『了解や。なら、今すぐになのは隊長をミッド海上へ向かってほしいんや』

 

「ガジェット、ですか?」

 

『そう。ついさっき、海上で飛行型の大群を捕捉、Ⅰ型はまだやけど……』

 

 言いかけた瞬間だった、キャロが声を張り上げる。

 

「ガジェット、地下に反応でました!」

 

『……こっちでも今確認したで。ならフォワード四人は女の子が現れた場所から地下水路に潜ってガジェットを迎撃や』

 

「はい!」

 

 声を揃えて、ティアナたちが応えた。

 

「じゃあ、私も……」

 

『頼むで……ああ、フェイト隊長はもう先に向かってる。……なんか部屋で鬱入ってたかフォローよろしく頼むで』

 

「……はい」

 

 僅かに苦笑しながらなのはが頷く。

 ウインドウ越しのはやてはティアナやスバルたち四人に、なのは、シャマル、そして意識を失ったままの女の子に順番に目をやり、

 

『人命、安全第一や。よろしく頼むで』 

 

「はい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フォーメーションは何時も通りで、訓練通りやるわよ」

 

「了解!」

 

「はい」

 

「わかりました」

 

「きゅくるー」

 

 ティアナの指示に全員が応えながら地下水路を進む。すでに十数分は立ち、海上ではなのはやフェイトが飛行型と接敵したらしい。多分、自分たちもすぐにガジェットたちと接敵するだろう。

 だから、意識はすでに臨戦態勢だ。いつでもガジェットが現れてもいいように意識を研ぎ澄ませる。訓練通りにやれば大丈夫だろう。それだけの修練を続けてきたという自負はある。

 

「ガジェット、近いです! この道真っ直ぐ右折した場所に!」

 

 背後のキャロの報告を聞く。

 フォーメーションは後ろからキャロ、自分、スバル、エリオ。自分たち四人では一番オーソドックスでありこれもまた訓練で慣れた陣形だ。

 だからこの陣形も信じる。

 手にしたクラスミラージュを強く握りこみ、前方を警戒し、

 

「……ん?」

 

 ふと違和感。前を行くエリオとスバルに対してだろうか。何かがおかしかった。まずスバルを背後から見る。

 うん、別におかしいことはない。バリアジャケットのディティールが変更されたり、いつかのように気配が別人のようというわけではない。

 次にエリオを見る。これもまたいつも通りだろう。バリアジャケット以外に先ほど見た時と何も変わらない。おかしい所は――すぐに気が付いた。分りやすすぎて逆に気付かないと言うか、余りにもひどい理由だから反応が遅れた。

 

 エリオはデバイスを手にしていない。

 

 愛槍であるストラーダはなく、徒手空拳だ。どういうつもりだあれは。いくらなんでもありえないだろう。

 だから、注意しようとした瞬間、

 

「来ました!」

 

 接敵した。

 エリオが右折する。遅かった。

 あ、という息が漏れ、

 

『――活動

  Assiah』

 

 ティアナだけでなく、スバルとキャロも。三人の視界を白交じりの黄雷が埋め尽くし、轟音が轟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え……」

 

 三人はそれまでの順番通りに右折し、呆然と息を漏らした。

 直前に視界を埋め尽くした雷光はないが、轟音は未だに耳に残っている。つまりは幻覚や錯覚の類でもなかったのだろう。

 三人が、見たのは、

 

「…………!」

 

 完全に破壊されたガジェットだった。数は恐らく十数体いたのだろうが、どれもが中心に穴が開いているか、真っ二つに分裂されている。ついでに言えば、破壊痕が軽く融解していた。かなりの高温で拳やら蹴りでも叩き込まれたように見えるし、その通りなのだろう。

 そして、それを行ったのはほかでも無い。

 十数メートル先に、両手をぶらりと力を抜きながら立っていた。その全身からは軽く電気が弾けていて、その色と共に彼がこれらの破壊を為したのだと教えていた。

 

「っ……!」

 

 そしてティアナは悟る。エリオがデバイスを手にしてなかったのは、忘れていたからでも、不注意でもない。

 単純に――ガジェット程度には必要なかったのだ。

 背筋にゾクリと、何かが奔った。

 そんなことに、エリオは気付かなかったようで。振り返りながらも、

 

「なるべく数を減らしますので。先を急ぎましょう」

 

 余裕を以て言いきった。

 

 

 




さてさてここから原作乖離してきますよー
とりあえず、次話でかるくはっちゃける。

感想、評価いただけると幸いです

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