Dies irae ーcredo quia absurdumー   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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推奨BGM:Nacht der langen Messer


第十九章 届かぬ不甲斐なさ

 

 

「はあ……」

 

 溜息。それも長く、疲れがこもった息をはやては吐き出した。

 目の前の自分の執務机には大量の始末書。機動六課の部隊長として、彼女自ら署名や確認が必要なものばかりだ。機動六課は試験段階のテスト部隊という立場から当然ながら報告書や始末書、経費等の承認などやる事は多い。元々人員も多くは無いのだ。部隊長というトップの立場だろうと仕事は多い。

 だが、今は平時のそれの量ではなく、

 

「ホテルアグスタの一件……まさかここまで被害が大きくなるとはなぁ。さすがにはやてちゃんも予想外や……」

 

 軽口を叩き、再び息を吐く。目の前に始末書の山があればブロマイドにしてユーノに送りつける所だ。

 

「いや、これ送ったら案外颯爽と駆け付けてくれへんかなぁ」

 

 いやいやいやいや。

 それはダメだろう、うん。

 なにがダメって彼ならば自分が卒倒寸前になりそうな書類の山をなんなく捌きそうな所だ。下手に頼って負担を掛けるわけにはいかないし。

 

「はぁ……」

   

 現実逃避しても目の前の始末書の山と頭痛は消えない。

 回転式の椅子を回して、執務机ではなく背後の窓の外を眺める。視界に入るのはクラナガンの郊外と海、そして訓練スペース。視線は動かさず、右腕で頬杖を突き、左手で軽く指を振った。

 はやての左側に複数のホロウィンドウが展開される。

 先日のホテルアグスタにおいての、シグナム、ヴィータ、エリオ、カイトの戦闘画像と、その後に行った身体検査の結果だ。

 

 異常なまでに異常だった。

 ミッド魔導師としてもベルカ騎士としても、常識の範疇から越えていた。

 基本的に生まれ持った魔力量を飛躍的に上げることはできない。ソレ用のロストロギアで無理矢理ブーストするか、代償に命を削るブラスターシステム。または魔力を枯渇するまで使い、超回復を狙っていくなどの方法しかない。それでもそんなロストロギアを容易く使えるわけもないし、後者二つは当然ながら生命に関わる。

 実際に高町なのはは、それにより一度大怪我を負っている。それはまぁ、余り思い出したくないことだから置いておいて。

 まず勝手に魔力量が上がるなんてことはあり得ない。

 

 にも関わらず。

 

「シグナムとヴィータがリミッターありでSS、エリオに至っては瞬間的にSSS? あり得ん……!」

 

 さらに言えば、カイトとヴェルテルとかいう騎士らしき男の戦闘時には測定不可能という結果まででている。カイトと敵であるヴェルテルはまぁ、いい。元より何考えているかわからない男だし、ヴェルテルとかいうのも同じ匂いがする。

 問題はシグナムとヴィータ、エリオ。

 カイトは民間協力者、無限書庫からの出向扱いだからまだいいが、三人はそうはいかない。列記とした管理局員なのだ。

 万年人出不足の管理局のSSランク以上の騎士なんか現れれば、どうなるかは火をみるよりは明らかだ。

 この前の戦闘の情報規制が間に合って、なんとか二人の情報が隠せたが、隠しきれたのが不思議なくらいだ。

 

「……どういう事や……」

 

 わからないことが多すぎる。

 今回の一件だけでなく、このレリック事件そのものが、だ。

 まずガジェットドローンの制作者が全く(・・・)見当がつかない(・・・・・・・)

 管理局のブラックリストに入っている研究者はフェイトや彼女の副官であるシャーリーが全て調べていたが、それらしいのは無かった。

 いや、それよりも当面の問題なのは、

 

「もし、カイトたち以外でああいう(・・・・)連中(・・)と戦ったら話にならん」

 

 そう、海鳴でのシュテルたちの時のように。

 

「っ……」

 

 足りない。圧倒的に力がなりない。

 これまでそれなりの努力もしてきたつもりだし、あまり言いたくはないが才能もあったと思う。仲間や友達には最高に恵まれてきたし、リインという愛娘もいた。

 だが、それでも、

 

「なにが、足りんと、いうんや……!」

 

 歯ぎしりと共に拳を肘かけに叩きつける。

 SS-ランクといっても前線に出て、戦えないのでは意味が無い。それどころか、リミッターを付けていていまはAランク相当。いや、仮に全開だとしてまともに戦えるとも思えない。超遠距離からはともかく、ある程度接近されたら即潰されるだろう。それは、まぁ昔からの自分の欠点であり、それこそが自分の長所に繋がっているということなのだけど。

 

 目をきつく閉じ、フッと緩める。長く息を吐きながら、机に向き直った。

 机の上にあったマグカップを手に取り、もうすっかり冷めいていたコーヒーを口に含む。

 

「マズ……」

 

 溜息。

 どうにも幸せが遠のいていく気がしてならない。問題は山積みだ。

 自分でもどうしようもないことばかりで、無力さを叩きつけられる。

 鬱鬱として心持で、手前の書類を手にし、また溜息。

 

「……ホテルの修理代てウチらが出さなきゃあかんのかなぁ」

 

 目の前の請求書のコピー、ゼロがいっぱいである。

 いやほんとこんな金額払わされたら六課終わるんだけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『じゃ、なのはさんこっちはもう上がらせておきますね』

 

「うん、お願いシャーリー。ちゃんとクールダウンするように言ってい置いて」

 

『りょーかいでーす』

 

 ホロウィンドウを消し、シャーリーとの通信を着った。

 軽く息を吐き、周囲に展開した別のホロウィンドウに視線を向ける。

 そこに展開されていたのは、スバル、ティアナ、キャロ――三人の訓練プログラムだ。

 エリオのは、ない。

 

「……」

 

 視線を動かす。自分がいるのは再現された都市群のビルの屋上だ。都市群モードで訓練時はほぼ定位置になっている場所だ。

 まず、少し離れた所にはスバルたちの三人。遠目に見てもかなり疲弊していることがわかる。訓練直後なのでしょうがないだろう。

 まぁ、まだレベルは上がるけど。

 上げるけど。

 というけ、上がらせるけど。

 それはいいとして。

 そこからかなり離れた訓練スペースギリギリの外周当たり。海と接している所。

 ホロウィンドウを操作し、走らせていたサーチャーからの映像を映す。

 そして、

 

『ほら、歯ぁ食いしばれ!』

 

『ッ……ク!』

 

 エリオとカイト。

 無論唯叫んでいるわけではなくて、交戦中だ。

 そう、交戦している。

 教導官であるなのはからすれば、決して訓練の範囲内ではないし、教導でもない。

 ただの喧嘩か――殺し合いだ。一歩間違えればどちらかが死ぬような動きしかしていない。

 いや見る限り、死にそうなのはエリオか。バリアジャケットはボロボロで全身も傷だらけ。かなり血も流れているようだ。

 

『ッ、ああ!』

 

 なのにも関わらずエリオは疾走していた。白交じりの黄色の閃光を纏いながら、なのはでも目で追いきれない速度で駆け抜けている。

 速い。速すぎる。

 自分の最高速度では話にならないし、あるいはフェイトすら越えている速度かもしれない。

 にも関わらず、

 

『全然ダメだぜ。腑抜けてんなよ』

 

『グ、ァ……ッ!』

 

 カイトの放つ弾丸は、無茶苦茶な軌道を描きながらエリオへと突きささる。射撃型、というか砲撃型の自分としてはありえない曲芸撃ちにも関わらず、正確に着弾している。

 ティアナが真似したら嫌だから止めてほしいんだけど聞きそうにない。

 全くの無傷のカイトはいつもの軽薄な笑みを浮かべながらも、転がったエリオに近づき、

 

『ほら立てよ』

 

 さらに引き金を引いた。

 

「ッ……!」

 

 思わず息をのまずにはいられなかった。

 回避した。脅威の回避速度。

 

「……」

 

 終わる気配もないので、ホロウィンドウを消した。

 

「……ハァ」

 

 溜息。 

 幸せが逃げるかもしれないが、吐かずにはいられない。

 こんな見ていたらいろいろと常識が壊れる。

 いや、そうではなくて。

 

 教え子に嫉妬しているという自分を直視したくないだけなのだろう。

 

 

「……恥ずかしいなぁ、もう」

 

 いや正確に言えば、劣等感だろうか。

 自分とは畑違いの高速軌道にすら自分は劣等感を感じるし、カイトの無茶苦茶な射撃にも同じだ。

 いや、それだけではなく。

 フェイトの雷撃変換にも、はやての広域殲滅にも、アリサの活発さにも、すずかのおしとやかさにも、ヴィータの破壊力にも、シグナムの剣技にも、シャマルの治癒にも、ザフィーラの護りにも、クロノの器用さにも。

 スバルの元気にも、ティアナの向上心にも、キャロの優しさにも。

 彼らの輝きの何もかもが羨ましい。

 届かないと、思う。

 そんなことを考える自分が浅ましいとも。

 情けない、恥ずかしい。高町なのははそんなことしか考えられない存在だ。

 ずっと昔は孤独感。今は劣等感。

 どっちにしろマイナスの感情しか持ち得れない。

 

「あーもう、私も戻ってシャワーでも浴びよう、うん。ついでにユーノ君に連絡しよう、うん!」

 

 そうすればきっと気分もよくなるだろう。彼に対してだけは不思議とそういう情けない感情無しでいられる。恋する乙女でいられるから。

 

 

 ――――輝いている皆の足を引きたい、なんて思いをせずにすむのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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