Dies irae ーcredo quia absurdumー 作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定
「……なん、じゃ、こりゃあ……」
呆然と、ティアナは目の前の惨状に対し呟いた。それはスバルやキャロ、フリードも同じだ。カイトだけは当り前のように煙草を蒸かしていたが。彼女たちが見たのは、
完全に崩落し、残骸となったホテルアグスタだった。
壁を掛け昇っていたエリオとヴェルテル、視界から消え屋上で戦っていたのだろうが、
「一分もせずに崩壊とか……ありえない」
「おいおい、現実見ろよ」
茶々入れてくるカイトが激しく鬱陶しい。だが、確かに現実見ないと始まらない。ほんのわずか前までは綺麗なホテルだったが、完全に瓦礫に変わっている。所どころ焼き焦げた痕や風化したように劣化した所もあった。一体どんな魔法使ったのか見当が付かない、というわけでもないが、エリオにこんなことができたのか謎で仕方がない。
「エリオ君……」
呟くキャロの声色には目の前の崩壊やりも姿の見えないエリオを純粋に心配していた。胸の前で手を組み、周囲を見回している。
「お」
カイトがなにかに気付いたように声を上げた。それに対し、スバルたちがなにか反応する前に、
「!」
瓦礫の一部が吹き飛んだ。
その中から出てきたのは、ヴェルテルだった。だが、それは彼だけではなく、
「……」
「……ッう」
首根っこ掴まれ、上半身のバリアジャケットが吹き飛んでいるエリオだ。ぐったりとしていて意識も虚ろなようだった。それでもストラーダは握っていたが。全身傷だらけだ。それでも、傷があるのはエリオだけではない。ヴェルテルも頭から一筋の血を流していた。
カイトが感心したように口笛を吹く。
「よぉ、どうだよ旦那。そいつは」
「……ふん」
鼻を鳴らしながら、エリオを放る。数メートルはぶっ飛んで、
「エリオ君!」
「きゅくるー!」
受け止めるが、止めきれずに少し地面を滑る。それでもすぐに彼を抱きかかえて治癒魔法を掛け始める。エリオの傷が癒されていった。
そしてそんな二人を護るようにティアナとスバルがそれぞれのデバイスを構えるが、
「なあ、おい。なんか上でいい空気吸ってホテルぶっ壊してくれた訳だけどよ、どうだったて聞いてんだよ」
カイトは自分の武器を出すこともなく、軽薄な笑みのままヴェルテルに問いかける。
「……足りぬな。まだまだ木偶と変わらん。……だが」
「ん?」
「いいだろう。及第点だ」
その目はカイトではなく、エリオへと向けられていた。鉄のように錆びた厳しい目だった。
「貴様の相手は俺がしよう。他の者は他がすればいい、俺は俺の目的のために貴様と相対しよう。……名を、聞こうか」
言われた言葉にエリオの身が僅かに動く。閉じられていた瞼が開き、指に力が入る。恐らく先ほどの戦闘で魔力のほとんどを使い果たしたはずだ。かつての己と接触したことで疲労も激しいだろう。それでも、歯を食いしばりながら立ち上がる。
「……っ」
キャロが制止するが、それでも立ち上がる。スバルとティアナも押しのけるように前に出て、フラフラになりながらも、
「……エリオ……エリオ・モンディアル、です」
名乗る。今にも崩れ落ちそうでありながらも、自らの足で立って応えた。体の痛みはあるし、視界だって霞む。それでも、大切な女の子の前で、相対するといった男の前で、無様な姿を晒せるわけがない。そのくらいの意地はあるのだ。
「そうか……ではモンディアル。次に戦うときまで精々腕を磨け。出来なければ……貴様が消えるだけだ」
「……」
不吉な言葉にしかしエリオは揺らがない、いや、もはや半分近く意識が飛んでいるのだろう。それを意地で無理矢理動かしていただけだ。それを少しだけ眺めてからカイトに視線を移す。
「ん? なんだよ」
「……」
だが、何も言わず、続いてティアナとスバルをそれぞれ一瞥するが変わらず無言だった。一度鼻を鳴らし、背中を向けた。
「ま、待ちなさい!」
ティアナが叫ぶが、しかしそんな言葉で止まるはずもない。いや、動き自体はなかった。ヴェルテルの足元に薄紫の四角い魔法陣が浮かんだ。召喚魔法の転移魔法陣だ。ヴェルテルの身体が光に包まれ、
「ちょ……ッ」
制止の声も間に合わずにヴェルテルの姿が消えた。あまりにもあっけない退場だった。残ったのは廃墟となったホテル。事前になのはたちが観客を避難させていたはずだから死傷者はそうはいないはずだが、これは酷いだろう。
なによりも驚きなのはそれを為した一端がエリオだったということ。確かに高ランク魔導師や騎士なら一つの都市を壊滅させることが出来る。だがそれはほんの一握りであり普通ならばこの大きさの建物を破壊するのも無理だ。
だが現実にはエリオはそれを引き起こした。いやむしろ、『
「ま、でも」
カイトが半分意識失ったエリオの頭に手を乗せる。そしてくしゃくしゃとかきながらも、
「頑張ったな、兄弟」
その言葉を聞きながら――――エリオは完全に意識を失った。
●
「よいっしょっと……どうやら、行ったようね」
「ええ、召喚士の方も完全に気配がありません。離脱したようです」
ヴェルテルやエリオが出来てた瓦礫から、また少し離れた場所からアリサとギンガは瓦礫を押しのけながら出てきた。周囲をキョロキョロと警戒しながらだ。
「あー、それにしても。まさかホテル崩壊させるなんて……せっかくのドレスが汚れるじゃない」
「そこですか……」
頬を膨らませて見当違いの文句を言うアリサにギンガは苦笑する。ギンガはドレスなどではなく軍服だからあまり気にしていなかった。精々が髪を整える程度だ。
「んー、どうやら向こうも結構落ちついたみたいですね。エリオ君はぶっ倒れてますけど。シグナムさんやヴィータさんも合流したようです」
「そ、なのはたちは森のどっかで避難客の護衛か。もう少ししたら戻ってくるでしょうからさっさとズラかりましょう」
「はい……で」
「……そこの二人」
すでに瓦礫から出てきた二人は、まだ出てきていない残りの二人――すなわちユーノとすずかへと向けられ、
「えへへー、ユーノくーん。頑張ったから、おんぶー」
「あーはいはい。しょうがないなぁ」
甘えた声を出すすずかとしかたなさそうに苦笑するユーノだった。召喚蟲との戦闘でボロボロになったドレスの上にユーノの上着を羽織っていて、その上でユーノに赤子のように両手を伸ばしていた。それに大した抵抗も見せずにユーノもおんぶする。
「えへへー」
「……」
「……」
「はは……」
なんかアリサとギンガから発せられる不満のオーラが増していた。正直心臓に悪い。なのにすずかは気にした様子もなくて、
「ああ、ユーノくん。あとで血とか吸わせてねー」
「ああ、うん、いいけど……」
「やったぁー! 頑張った甲斐があったよー!」
冷や汗をかきだしたユーノだが、それでもすずかはおんぶされた状態でうしろから抱きついてくる。ユーノかしたら背中から伝わる感触は好ましいものだが、それ以上に、
「…………」
「…………」
アリサとギンガのオーラがさらに増していた。実質的な危険の有無はともかくここらへんはもうユーノの性分的に心臓に悪いのだ。黒円卓の首領だろうがユーノ・スクライアはそういう存在なのだから。
「はは……まぁ、血は後でねすずか。それより、今は退くよ。長いしてホテルの耐久力下げたのがすずかだってばれると面倒だしね」
ホテルの崩壊はエリオとヴェルテルの激突だけではなかったのだ。それがもっとも解りやすい原因だが、実は事前に、創造を発動したすずかがホテルそのものの耐久力を吸っていたのだ。地下から順に耐久力が吸われていたからこんなにも見事に崩落したのであった。
「それにしても」
ユーノが向けた先はカイトやエリオたち、それに合流したシグナムやヴィータで、
「流石に、まともな戦力になるのがまだ四人ていうのはなぁ」
それもまだ戦力はバラバラだ。六課内で『
「ふむ……しかたないかなぁ」
「なによ」
「今度はなに考えてるんですか?」
「いや、大したことじゃないけどね。いささか進みが遅い……だから」
笑みを浮かべる。その笑みには優しさと厳しさが並列された笑みで。
「―――――次は少し派手にやろうか」
呟き、四人はその場から翡翠の光に包まれ姿を消した。
アグスタ編は終了ですよー。
ガリュー? ぼっこぼっこにされただけです、聞かないで上げて!
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