Dies irae ーcredo quia absurdumー 作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定
そこは鉄と火と血が全てを支配する世界だった。荒れた荒野の上には即席で作られた塹壕やコンテナで作られた防壁がいくつもある。それらのどれもが炎に焦がされ、銃弾に穿たれた痕がある。それらを現在進行形で作っている銃弾の雨霰。至るところに武装した死体や傷を負って動くことのできない怪我人、それらを踏み潰して進む戦車がいる。
無念と怨念と慟哭に染まる世界。
すなわち戦場だ。
「次の物陰まで走れ!」
「は、はいっ!」
両手に機関銃を抱えた少年と少女が戦場を走る。見に纏うのは防護の機能など欠片もないただの服だ。肩から銃弾を大量に込めたポーチと腰のナイフと手榴弾のみが装備だ。少女は十代前半であり少女にいたっては十になるかどうか。そんな彼らが傷だらけになりながら戦場を駆ける。
異常な光景だ。だがこんな光景がこの世界、地域に限っては普通だった。
この地域は昔から民族間での紛争が絶えない地域だった。雨は滅多に降らず、大地の恵みは少ない。水は基本的に地面の掘ることによって井戸を作ることでしか得られず、動植物も数は少ない。そんな地域で暮らす以上は当然ながら少ない資源は貴重だ。それらは分けあうこともあるが基本は、奪い合いだった。
そして、戦争というものに最も被害を受けるのは何時でも、どの世界でも幼い子供たちだ。時に被害者として、時に加害者として。
そして今、物影に跳び込んだ彼らは銃を手に取り、戦場に身を置いている。
「弾はあとどのくらいある?」
「ま、まだそれなりに余裕はあります……すいません、庇ってもらってばっかりで……」
「気にするな」
少年の申し訳なさそうな少女の頭を乱暴になでる。小さな悲鳴を上げた少女の視界が揺らぐがそれでも少年は構わずに続ける。
「お前は今日が初陣だろ? そして俺はもう何度もこうやって戦っている。つまりは先輩だ。先輩ならば後輩を守るのは当然だろう」
そう言ってニヤリと笑う少年を見て少女の胸が僅かに高鳴る。少年の言う通り少女は今日始めてこうして戦場にでているのだ。父と母は数年前に死んでおり、唯一の肉親であった兄も三日前に死んでいる。だから、家族を失った少女に戦場に出るしか選択肢はなかった。やたら重い銃と弾丸の使い方を教えてもらったのはつい昨日のこと。一度、誰の手も借りずに撃てたらそのままこうして戦場に送り込まれた。そして、比較的に歳の近い少年と組んでいるのだ。
そして、少年はもうなんども戦っている所謂ベテランだった。
「その……ありがとう、ございます」
胸の高鳴りを抑えるように静かに礼を言う。
「おう。……よし、行くぞ」
「は、はい」
物影から外を伺った少年が少女を促す。そう、立ち止まっている時間はない。グズグズしていたら、何時戦車の砲撃に撃たれるかわからないのだ。
先に飛び出した少年の後を追う少女の口元は僅かに緩んでいた。どうしようもない絶望的な状況に落とされたと思っていたが、存外良い出会いに巡り合えた。こんな地獄でも彼のような人といられるのは悪くないと思いながら、
「え――――?」
全身を衝撃と爆風が叩きつけた。
視界が白と染まる。感覚がシェイクされたようにグチャグチャになりなにも理解できない。頭の中にあるのはただ理解不能の一言。感覚器が十全に働かない。
「あ……ぐ、はぁっ……!」
ようやく聞こえたのは自分自身の荒い息と全身を苛む激痛と熱だ。頭の片隅、僅かに残った冷静な部分が攻撃を受けたと判断していた。そして同時に、
「先っ輩……!」
喋るだけでも全身に激痛が響く。それでも彼女は彼のことを呼び、探す。そしてすぐに見つかった。
「ひっ……!」
彼女の目の前にいた。それだけならばよかっただろう。彼が悲鳴を上げたのは少年の状況だ。
下半身がない。
腰から下まで吹き飛んでいて、断面図から内臓が零れていた。先ほどまで見せていてくれた笑顔は無く、死んだような目で――――死んだ何も写さない目で少女を見ていた。
「い、い……やぁ……」
口から嗚咽が漏れる。
目の前の現実を認識出来ない。つい一瞬前まで少年は少女へと笑いかけていたのにもう死んでいる。どうして、と問いかけたくなるがそんなことに意味はない。彼女の父も母も兄も、なんの前触れもなく塵のように死んでいった。それは彼女の傷であり、そして今僅かな恋心の喪失の痛みがそれを抉る。
理性が今すぐ動いて逃げろと言う。
だが感情はそれを押し込めた。
もし、生き残ってどうするのか。彼女の心には決定的な傷が刻まれ、そしてそれは癒される事はない。例え永劫を生きても消えることは無いのだ。だから彼女は生きることを諦める。心を殺す。
こんなはずじゃなかったと思いながら迫る死を受け入れるのだ。
そしてすぐに死は訪れる。まるで諦めたの少女を見限るかのように、先ほど少女たちを砲撃した戦車の砲身が彼女へと照準を合わせる。その動きが少女が知っているのよりも格段に速い。だから少年も出るタイミングを見誤ったのだろうか。
だが、そんなことも最早どうでもいい。
そして、砲身から砲弾が放たれ――――
「なに諦めてるんだよ、くそったれ」
「――――」
苛立つような声と共に、砲弾が横から放たれた銃弾に撃ち落とされた。
それは弾丸というよりも閃光だ。少女の知る既存の銃火器には当てはまらない現象だった。
同時に少女の耳に足音。見慣れない服装の少年がこちらへと歩いてくる。
歳の頃は死んだ少年よりも幾らか上だろう。
赤いジャケットにダメージに入ったジーンズで腰にはシルバーチェーン、首にはネックレスとあり、大凡戦場にでる格好ではない。
髪は一体どういう風に染めたのか黒髪と白髪が半々に混じっていて、体は針金を束ねたかのように細い。筋肉の類が無駄なく絞り込まれているのだろうか。
気だるげな黒い瞳は、確かに少女を見ていて少女の方へと足を進めていた。
あと数歩というところで、戦車の方が再び動いた。相も変わらず忌々しい速度で今度は少年へと照準を定める。当然ながら生身の人間が砲弾を喰らえばタダでは済まない。
だがしかし、あるいはだからこそ。
「うるせぇ」
その一言と共に少年は手に握っていた拳銃の引き金を戦車に向けて引いた。
閃光。
放たれたそれは飛翔しまるで猛獣の牙のように砲身を破壊し、同時に砲弾も爆発させた。
やはり、唯の銃と銃弾ではない。自ら光る弾丸なんて知らない。
そしてまたこの少年もまた普通ではないのだろう。砲身を破壊するような銃撃は、碌に狙いが付けられたように見えなかった。勘で撃ったようにしか見えない、基本もなにもない撃ち方。
なにより少年から感じる威圧感。
そこにいるのは一人きりだというのにまるで何人もの気配を感じる。いや、何十、何百だろうか。少女には感じきれなかった。
「お前、生きる気ないのかよ」
戦車を破壊した行為になんの歯牙にも掛けず少年は少女へと語りかける。いや、吐き捨てるのか。
「…………」
それに少女は答えない。すでに心は死んでいるから。
「んだよ、だんまりかよ。くそったれ。いいのか、そのままだと俺が殺すぜ?」
道を聞くように少年は少女へと殺すと言った。驚くべきまでの気軽さだった。
「…………殺せば、いいじゃないですか」
ようやく少女からこぼれた言葉はそんなものだった。いや、最早それしか出てこないのか。どうせ死ぬんだから、彼に殺される方が手っとり早そうだと感じただけかもしれない。
「あっそ」
つまらなさそうに少年は頷きながら、手にしていた拳銃を少女へと向ける。
「ま、こんなくそったれの世界ならそんな気持ちも……ああ、やっぱわかんねぇや。真面目に生きようとしないやつの気持ちなんかわかりっこねぇよ、俺には」
銃口は物言わぬ少女の頭。
そして、やはりつまらなさげに、
「
引き金を引いた。
●
「は、まったく嫌になる……」
口にタバコを咥えて火をつける。一度煙を思い切り吸い、不快感と共に吐き出した。
こういう介錯紛いのことをするのは初めてではない。この世界のような時空管理局の目の届きにくい管理外世界、それも戦争をしている地域に来ればわりかしよくやる。
生きることを諦めた連中は見ていて腹が立つから殺す。 どのみち彼は殺すためにわざわざこんなところまで来ているのだ。
ただ思わずにはいられないのだ。
ここで自分に殺されるのと、これからまた生きてくそったれな物語を作って腐れ神を喜ばせるのとどちらがマシなのかを。
「ん……?」
少年の聴覚が新たな存在を捕えた。彼の超人的の感覚が捕えたのは自分の右と左数十メートル離れたところにいる戦車や歩兵たち。会話を拾ってみるに、挟み打ちで少年を殺そうとしている。人一人に過剰な戦力と馬鹿にはできない。先に少女がそうであったように彼らも少年の異常性は感じているのだから。
「お勤め御苦労さまなことで」
にも関わらず少年は動揺の欠片も見せない。むしろ笑っている。まるでそんなものは脅威にならないというように。
事実、たかだか銃弾だとか砲弾が彼を傷つけることはできない。
それら二つに対して、どうするかを僅かに迷い、何かに気付いて、
「ご愁傷さまとしか言えねぇな、おい」
やれやれと笑うのと同時に、左右の兵と戦車が吹き飛んだ。
右は突然現れた炎に全て燃やされ、左は生物、無機物関係無くまるで何かを吸いとられたのかのように干からびていく。
「ウチのお姉さま方は怖いんだよねぇ、コレが」
言葉が終わった時にも全てが終わっていた。
それを為したのは二人の女性。
右、炎を纏う金の短髪の女性。
左、闇を纏う紺の長髪の女性。
対照的な二人だった。炎の女性からは活発さを、闇の女性からはしとやかさをそれぞれ感じる。
炎の方は両手に二本の大太刀を持ち、闇の方は無手。
二人とも揃いの黒緑の軍服を着ていた。
無論ーーーー傷一つない。
『カイト』
「ん」
頭に直接響いた声に軽く声を返す。念話だ。口に出す必要はないがそこは気分だ。
『もうそろそろ帰るから二人を連れてきて、この戦場もそろそろ終わりだ。もう僕たちは必要ないよ』
聞こえてきたのは若い男の声。その声に少年ーーーーカイト・スクライア・クォルトリーズは驚くように応えた。
「早いな、おい。いつもなら残党片してこさせるのにどうしたんだよ、兄貴?」
その問いにカイトの兄ーーーー正確には義兄であるユーノ・スクライアは応える。
『明日、二人が大学の始業式なんだよ。いくらなんでも始業式に休むのは不味いだろう?』
「始業式前日に異世界で戦場駆け巡ってるのもどうかと思うがね……わかったよ、お姉さま二人連れてそっちいくから、今何処だ?」
『君のいるところから南東に大体十キロくらい。…………というかだね、早く来てほしいね。あれなんだけど。今僕凄い囲まれてる、なんでこんなに来るわけ?』
「知るかよ、自分でどうにかしてくれよ。大体兄貴がちょっとくらい囲まれたからってどうにかなるもんかよ。俺はゆっくり行くから」
『あ、ちょっと待った』
念話を切ろうとして止められる。その声に僅か真剣みがあったから。しかし、囲まれているとか言っていたが全く焦る様子がない。
『カイト、機動六課って覚えてるよね?』
「忘れようがないだろ、兄貴の大事な大事な
『まあ、そういうことなんだけと。実はさーーーーカイト君にその宝石箱に行ってもらいたい』
「はあ!? 待て待て待て! どういうことだよ」
『そのまんまの意味、君無限書庫の司書資格もってるだろ? だから無限書庫からのアドバイザーとして出向してくれ。………本当は僕が行きたいんだけど立場上どうしてもね』
「………ギンガは。あいつはどうなんだよ、今日はいねぇけどよ」
『ギンガは他でやることあるからね。じゃ、そういうわけだから。来週から君は機動六課所属だ。ーーーーちなみに、使っていいのは基本活動、緊急時のみ形成だから。創造は使ったらだめだよ』
「おい待て、なんだその縛りプレ………切りやがった」
あまりの扱いにビックリした。
その上で今ユーノに言われたことを反芻する。
基本活動、緊急時のみ形成、創造使用禁止。
「なんとかなるな、ヨユーユヨー」
正直、普通の魔導師と戦うなら活動位階で十分であり、高ランク魔導師相手でも形成でなんとかなるだろう。もとより通常の攻撃では傷一つ付かない体だ。自分のような類いにダメージを与えるには最低でもSランクの攻撃は必要であるし。必殺技といえる創造を使うまでもない。
「まあ、レアスキルとでも言ったらなんとかなるか。あーでも武器がな、 魔力式の銃買っとくか。金は兄貴につけといてやろう」
先程の仕返しとばかりに酷い事を言う。因みに管理内世界で質量兵器は法外に高い。安物の大量生産品ならともかく、カイト言うそれは半質量、半魔導兵器と言うもの。非常に高い。最もそこは一応高給取りであるユーノに任せるとしよう。
「それにしても……六課ねぇ」
ユーノ・スクライアーーーー翡翠の盾の宝石たち。
その大体の面子は知っていし、面識もある。
不屈、閃光、夜天、烈火、鉄槌、癒し手、そして守護獣。主だったのはそれくらいか。それでも彼の宝石のほとんどがそこにいる。
翡翠に守護され、同時に世界からなによりも愛されている主人公たちだ。
最もカイトからすればそれもどうでもいいのだが。というよりも、どうせユーノがどうにかする。それを楽観でもなくカイトは義兄のことを信頼している。あれを心配する必要ない。
カイトにはカイトの渇望が、カイトにはカイトの欲しいものがあるのだから。こちらに歩いてくる二人を横目にしながら、煙を吸い込み再び大きく吐き出す。
「見つかるといいよなぁ………」
呟きは紫煙と共に戦場へと消えた。
感想いただけると幸いです