Dies irae ーcredo quia absurdumー   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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推奨BGM:Einherjar Albedo


第十七章 交わる祝福

 エリオが疾走を開始した瞬間に地面が大きく揺れた。立っているのもままならない局地的な大地震だ。キャロたちがとっさにうずくまるほどだ。無論、このタイミングいきなり地震が自然発生するわけがない。原因はこの場ではカイトとヴェルテルのみしか気付いていが、地下で戦闘するすずかと召喚蟲の余波だ。肌がざわつくほどの高密度の魔力。恐らく超強化された膂力でどっかぶん殴ったりでもしたのか、そのせいでここまでの振動が生じたのだ。ホテルの造形や骨組みが壊れかけるほどの大振動に対し、

 

「----付いて来い」

 

 ヴェルテルは跳躍した。

 行き先はホテルの壁面だ。そもも振動する壁に着地し、

 

 そのまま駆け昇る。

 

 膂力に任せた疾走だ。体が失速し、落ちる前により速く足を踏み出した加速する事によって昇っていく。姿勢制御魔法や重力緩和魔法を使うのでもなく永劫破壊を宿しているからこその力技だ。

 だからこそ、

 

「オオオォォーーーーッ!」

 

 同じく永劫破壊を宿したエリオにも可能だ。ストラーダの穂先の備え付けられたジェットノズルから噴出し、その勢いに任せてエリオも跳ぶ。壁面に着地しても、さらにストラーダの推進力を使う事によって駆け昇る。無論それは一歩一歩が危うい疾走だ。自由落下に誓いそれは僅かでも足を踏み外せば失速すればエリオは墜落するだろう。揺れに足を取られても、加速の勢いを緩めても、なにか一つでも間違えればエリオは落ちる。

 だが、

 

「----ッ」

 

 視界にノイズが走る、砂嵐が吹き荒れる、吐き気が止まらない。時間が刹那止まったように色を失う。そして見えるの今いる自分よりも少し先の未来にいる自分。いや、正確に言えばかつてどこかでそういう自分がいたような気がするという感覚だ。

 カイトはそれを使えといった。 

 これがなんなのか、エリオにはわからない。だがしかし使えと言われた以上、そしてこれが活路を切り開くのに有用ならば、

 

 利用する。

 

 自らの数メートル先にいるヴェルテルはなにも言わず、ただ駆けのぼる。だがその背中は付いて来いと言っている。この程度出来なければ槍を交える資格などないと、そう言っているのだ。

 だからこそエリオも応える。

 歯を食いしばり、腹に力を入れながら一歩一歩を踏みしめ、加速しながら疾走する。

 追いつけ、追いつけ、その為に駆けるのだ。白と黄、未だ目覚め切らぬ前世と渇望を強めていく今世。自らに内抱された二つの己が鬩ぎ合う。己の魂が削られ、犯され始めているのを感じながらも、

 

「ッーーァ」

 

 駆ける。

 

「ッーーァア」

 

 加速する。

 

「ッーーァアアアーーーー!!!」

 

 駆け昇りきった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間にして十秒もない。だがエリオにとってはもっとずっと長い時間に感じていた。ビル十数階分を昇りきり、

 

「クッーー!」

 

 突きだされる黒槍を既知感に従い紙一重で回避する。それでも避けきれずに頬を切り裂かれる。ストラーダの噴出機構を用いビルの縁に沿って走り、距離を取ろうとするが、

 

「!?」

 

 またもや眼前に槍が。のけ反るのが遅ければ、頭部が爆砕していただろう。

 

「どうした」

 

 鋼のような声。問いかけるようなヴェルテルの声だ。

 

「その程度か」

 

「っ違う!」

 

 体を動かす。だがそれは今までのようにただ疾走するためではなく、逃げるためでもない。槍を振うためだ。基本の突き。槍を強く握り、足を踏みしめ、膝や腰、肩の動きを連動させて肘を伸ばし突く。基本の動きだ。エリオが、かつてフェイトから始めて教えてもらった動きだ。そしてその上で、超高速機動の極限状態で加速された思考で彼我の状態を見極める。自分がどういう状況なのか、相手がどういう状況なのか。それを見極め、なにをするべきか判断する。これはユーノが教えてくれた。

 そして、

 

「ああああ!」

 

 カイトから教えられた通り、魂から叫びながら、真っ直ぐ相対する相手の目を見ながら槍をぶち込む。ここにきて、音速を超えて水蒸気爆発を生みだし、それすらも纏う雷光で蒸発させながらそれに、

 

「そう、そうでなくては」

 

 僅かな笑みを浮かべながら、、脅威の速度で振り抜いた槍を引きもどし、ぶち込まれたエリオの穂先に合わせる。人間離れした、否、実際に人間を外れた魔人の御業だ。突きだされたエリオの穂先と寸分狂わず揃えられ、

 

「さぁ、見せてみろ」

 

 押し負ける。エリオの力よりも僅かに上回る力でだ。だからこそ、より力強く、鋭い突きを放った。

 それは確かにヴェルテルのそれに比べれば、拙く、下手な刺突だ。当然だろうエリオはまだ若く幼い騎士見習いなのだ。

 だが、それこそを己の武器とするのだ。

 

「言われ、なくてもーーーーォッ!」

 

 若いからこそ、情熱と勢いを以って槍を振う。拙い、ならばそれ補うほどの勢いで振えばいい。下手ならば加速の出力任せでぶち込めばいい。己の弱さをなにもかも抱き、それこそが、と魂を掛けて振うのだ。

 

 

 

 

 そうだ、それこそがなによりも大事なことだよ/然り、中々見せてくれるではないか

 

 

 

 

「っあああ!!」

 

「はぁっ!」

 

 またもや、エリオの槍はヴェルテルに押し負ける。だが即座にさらなる一撃を放つ。僅か数十秒の間に交わされる攻防が加速度的にエリオの武威押し上げていた。それは既知感の力もあるが、それだけではない。

 

「なるほど。水銀だけではないのか」

 

 黒と黄白の二槍が数十回を超え、百回も越える。二種の閃光がはじけ合い、蒼い空に弾ける。

 その中で、ヴェルテルの瞳は凪いでいた。エリオと視線を交叉させながら、その上で、エリオの背後を見つめていた。

 

「……お前か、相も変わらず過保護のようだ」

 

 それは確かに。エリオへと向けられた言葉ではなかった。誰か、忘れたはずの知己へと苦笑交じりに放たれた言葉だった。その言葉だけは僅かな温かみがあり、

 

「貴様は、アレの愛に見合う男か……?」

 

 だからこそ、エリオへは厳しい言葉が放たれる。言葉だけではなく、轟風を纏う魔槍も。創造位階ではなくてもそれを押し返したカイトと同じ形成位階の極限域。カイトに繰り出したような自壊の欠片はないが、しかしだからこそヴェルテルの絶技が冴えわたる。無駄のない一閃、大気を爆砕させながら迫る黒槍に、

 

「そんなこと、知りませんよ……!」

 

 負けぬか、と槍を叩き込む。

 

「僕は、ただ……大切な人に、ありがとうって返したいだけです……!」

 

 それこそがエリオの渇望だ。そのためにより速く、もっと、もっと、速くと駆け抜ける。それしかできない、それだけしかできないから。それ以外にできることなんてないから、

 

「愛しい人よ、永劫、安らかに……眠るがいい……!」

 

 呟かれた言葉は誰の言葉か。既知感の呪いがエリオにおぞましいノイズと吐き気をもたらすが、しかし口から勝手に零れるのだ。それは、今この瞬間は、まだエリオの言葉ではない、

 

 だからこそ。

 

「****」 

 

 エリオの内抱する魂の均衡が崩れていく。エリオ自身の渇望は強まっているし、その武威は遥かに高まっているが、その渇望を通すためには未だ足りない。だからこそ、彼に眠る悪名高き狼が目覚め、雄たけびを上げる。

 

「****** *********」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その瞬間、エリオは完全にヴェルテルの速度を超越した。彼は全力ではないし、本気を出しきっているわけでもない。極限域とはいえ、形成には変わりない。だがしかし、格上であるヴェルテルに速度の一点においては完全に越えていた。いや、今のエリオに速度で勝るものはいないだろう。この場にいる誰も、黒円卓の騎士たちも。例外である翡翠と水銀を除けば、その瞬間エリオは間違いなく、ありとあらゆる存在を置き去りにした。

 

「----!」

 

 至った速度は雷速以上、光速未満。未だ悪名高き狼は完全に目覚めたわけではないし、エリオも未だ形成位階であるからまだその程度(・・・・)だった。だがそれで十分だ。屋上の縁で戦っていたが、そこから一瞬でヴェルテルをすり抜け対角線上へ、屋上のコンクリートを融解させながら疾走し、切り返す。

 

 向かう先は彼の背中だ。

 

 絶対的な速度の中、避けられるはずがない。

 

「……!」

 

 だが、振り向きざまに魔槍を振う。

 本来ならば、その身を最速の狂獣へと変生させた白騎士(アルベド)を捕えることはできない。そう本来ならば、だ。今のエリオは違う。既知感にて無理矢理引き出されたかつての魂に塗り潰されかけ、しかし未だエリオの渇望そのものは潰えていない。

 だからこそ、今ならば絶対回避の法則を打ち破れるのだと、ヴェルテルは考えた、そしてそれは正しい。中途半端な法則では彼を打倒できない。

 疾走するエリオへと真横の魔槍が振られ、

 

「っあ、あ、あーーーー!」

 

 跳んだ。

 

「!」

 

 超速疾走から真上への跳躍。エリオ自身の性質として雷光が天へと奔り、一瞬で数十メートルは昇り、

 

 宙を蹴り、ヴェルテルへと堕ちる。大気を震わし、雷撃の大轟音を鳴らしながら落ちる。それはまさしく落雷だ。白が強いが、しかし黄も微かにしかし確実に残るそれは、ヴェルテルに防御を余儀なくさせ、

 

「……!」

 

 一瞬にして、ホテル五階分をぶち抜いた。二人の戦闘に対し、ホテルそのものが脆すぎたのだ。第一事前にすずか創造位階を発動したことにより、ホテルの耐久力は著しく落ちているのだ。そこに両者の激突。それらに通常の建造物が耐えられるわけがないのだ。

 五階分ぶち抜いた所で、ヴェルテルが一度止めた。それをさらに押し込もうとし、

 

「落ちろぉぉーーーーッッ!」

 

 吠えた。

 

「ぬうぅッ!」

 

 耐える。

 それゆえに押し込もうとするエリオとストラーダからさらなる雷撃が放出され、ホテル内を蹂躙し、骨組みを破壊した。事前になのはたちが中にいた人たちの避難をさせていなければ、一瞬にて絶命していただろう。内部からホテル全体を雷撃が奔り、

 

「!!」

 

 崩落した。

 

 

 

 

 

 

 




ちなみにこのエリオ君。

か な り 恵 ま れ て ま す !

だって既知感かかっててもユーノにかなり守られてるし。

感想評価等いただけると幸いです。

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