Dies irae ーcredo quia absurdumー 作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定
■よりEinherjar Albedo
ではここで、一人の少年の話しをしよう。
その少年の人生は決して幸せとは言えなかっただろう。
確かに彼は、物ごころついた時はこれといった不平や不満もなく、ただ当り前の日常を彼の両親と共に謳歌していた。
まだ四つや五つという幼い自分、自我すら曖昧でありながら、それでも彼は幸せだったはず。
それは起伏もなく起承転結もない物語。ただ子と親が戯れるというそれだけの話しだ。そこには停滞した平穏があり、彼はただ笑っていて、ただ一日と次の日のことくらいしか考えていなかったのではないか。
これを是とするか否か個々人の判断に任せよう。私はなにも語らない。少なくとも彼の在りし日の陽だまりには私が言う事はないのだ。
だからこそ、真に語るべきはその幸福が崩壊した時。
少年の出生には秘密があった。
なんの欠落のない彼の陽だまりに亀裂が入る。ああ、その瞬間は私が今の世に生を受けてから幾度となく見ているとはいえ、やはり業腹といえよう。掛け値なしに、彼に罪はなかった。彼は何もしていない。ただ日常を謳歌していたそれだけだ。
だがね、この世界はそういうものに対して、吐き気がするまでに酷だ。変わる事ない、停滞した刹那にも、欠落しない幻想にもこの世は見境なく砕き潰す。
人造魔導師計画。Project.F.A.T.E。
それによって彼は生み出された存在だった。彼は、彼のオリジナルの代替でしかなく、彼の両親は死んでしまった彼の代替として彼と触れあっていたのだから。だからこそ、彼に罪はない。その技術は確かに管理局内の法においては違法ではあるが、罪を背負うべきは彼の両親であり、彼ではないのだ。他に矛先を向けるならばその技術の開発者、というのは些か飛躍のしすぎであろうか。それは、私が語ることでもない。
ともあれ、自らの出生を知ったその瞬間から彼の人生は一変する。その魂に消えない傷を残し。補うこの出来ない疵を刻み込んだのだ。そこからの彼の半生はあまり気持ちのいいものでは無かっただろう。なまじ幸福な瞬間を知っているからこそ、それから突き落とされた絶望ははかりしれない。
ああ、彼の絶望を芥と嗤う気はないよ。
それはあくまで彼の抱いた感情なのだから。いや、未だ十に届かぬ少年が味わったものとしては、最悪の部類であったろう。父と母の温もりから遠ざけられること以上の苦痛があるだろうか。例外は、あの灰色狼であろう。彼は彼でかなり破綻した生を送っているが、まぁそれは置いておこう。
両親は捕縛され、彼は施設に追いやられた。周囲に絶望し、拒絶し、痩せさらばえた野良犬の如くに。
抱きしめてほしいのに。温もりがほしいのに。愛してほしいのに。
少年はそれを得ることが出来ない。
故に問おう、少年。
エリオ・モンディアルよ。
『----』
この世界に抗いたくはないかね?
この世界の理を崩したくはないかね?
『----それ、は』
こんなはずじゃなかった人生を許容できるのかね?
こんなくそったれた御伽噺のような世界で享受できるのかね?
『----』
思うのならば、己の魂と向き合い、そしてかつての己を知り給え。
君が君でなく■■■■■■■・■■■■■■であった頃に回帰したまえ。
私が何度味わっても、しかし至高の輝きだと信じる閃光に。
我が世界にて、なによりも早かった最速の狂獣、狂乱の
『----』
さぁ、己の魂を回帰させるのだ。誰よりも、何よりも早く疾走するために。
『----一つ、だけ』
ほう?
『一つだけ、違います』
なんにかね?
『回帰とか、魂とかはわからない。でも、でも』
…………、
『僕は不幸なんか、じゃ、ないです』
…………。
『確かに、僕は両親から棄てられて、一人ぼっちの、野良犬みたいなどうしようもない奴でした。でも』
…………。
『抱きしめてくれる人はいました。温もりをくれる人も、愛してくれる人も。僕には、いてくれましたよ』
----。
『フェイトさんにユーノさんは僕にとって新しい両親でした。なのはさんやはやてさんやアリサさんやすずかさん、それにシグナムさんにヴィータさん、シャマルさん、ザフィーラさん、クロノさんやエイミィさん方だってそうです。スバルさんとティアナさんもそうですし、キャロだって。カイトさんも兄弟です』
----。
『だから、不幸じゃありません。愛を感じています。抱きしめてもらっています』
ならば。
ならば聞こう。少年よ。
君は愛を感じ、抱擁を得ながら何を願う。何を祈る。いかなる
『抱きしめてもらえました。愛してもらえました。だから、だからこそ、返したい。ありがとうって言いたいんです』
----。
『それが……僕の願いです』
…………ふ。
『……?』
ふ、ふふ、ふふふふ。
ああ、そうか、よかろうよかろう。なるほど。
そう、繋がってくるというわけか。然り然り、ふふふ。
『…………』
よかろう。君は及第点としよう。君のその渇望はアレから根づいているのは間違いない。ならば安易に塗り替えるのも無粋と言えよう。だが、案ずることなかれ。まだ、君に我が歌劇の演者であることを認めたわけではない。あくまで暫定だ。
ああ、君には英雄の素質がある。故にまずはその男を打倒したまえ。自死の苦悩を終わらせた暁には君を英雄として認め、我が歌劇の演者足る事を認めよう。喜んで学んでくれ、少年よ。
餞別として、我が
■
「エリオ……!?」
「ほう……」
転がっていたはずのエリオにカイトとヴェルテルは驚愕する。それはただ立ったからというわけではなく、彼ら二人だったからこそ、エリオの変化に気付いたのだろう。カイトもヴェルテルもどちらも形は違えど既知感という呪いに汚染された者同士。片や■■■■として、片や水銀に植え付けられて。また前世の残滓としても植え付けられたり、元々持っているのだ。だからこそ、感じた。エリオ・モンディアルが同等の
「……行き、ますッ!」
先ほどヴェルテルに愛槍であるストラーダを砕かれた故に無手であるが、しかしそれは武器となるものが全くないわけではない。全身に薄くだが帯電する、白と黄色の混じった雷。伝わる魔力自体はそれほど濃いわけではない。しかし通常の魔導師を遥かに超えるそれは、
「活動か!?」
応えは言葉ではなく、行動で示された。エリオの足元で雷が弾け、加速したエリオが疾走する。それは雷速や光速には遥か遠く、音速にすら劣るだろう。それでも、それまでに比べたら雲泥の差だ。その速度差が二人の反応を一瞬だが遅らせる。意識の隙間を突いたそれは所見故に成功し、ヴェルテルの腹部にエリオの雷拳が叩き込まれる。カイトを押しのけるように、二人の間に割りこんだそれは軽い一撃だった。速度差により見落とされたのは確かだが、しかしエリオ自身も活動位階の速度を完全に把握しているわけでもない。たからこそ、それは拳撃としては出来損ないの一撃だった。体重も乗っていないし、速度に振り回されていたそれだが、
「ぬっ」
ダメージは確かになかった。痛みはなく、痣の一つもできなかった程度の一撃だ。
だが、確かにヴェルテルは拳を受けた箇所に痺れを感じた。
「ほう」
それはつまり、エリオに体には『永劫破壊《エイヴィヒカイト》』が宿り、活動位階が発動しているということだ。
「おもしろい」
始めて。これまで鉄のごとき無表情だったヴェルテルの顔に僅かな笑みが浮かんだ。その上で、
「はあっ!」
魔槍を振う。それまでカイトに振われていたのよりも早く鋭く激しい。例え活動位階にエリオが上がっていても、活動程度では避けることはできないはずだ。
にもかかわらず、
「----!」
避けた。足元で雷光を弾かせ、右の肩口を掠らせ、バリアジャケットの袖を捥ぎながらも回避した。
あり得ない。そうあり得ないはずなのだ。
ヴェルテルの振った槍はエリオの速度では避けきることができないはずなのだ。振われたそれをエリオが知覚し、回避はできない。
ならば、何故エリオは魔槍の一閃を避けれたのか。答えは単純である。
振われる前から回避運動を始めていた、それだけだ。
根拠があったわけではない。動きを先読み出来たわけでもない。
ただなんとなく、ただ勘で。そうなる気がしたから。そうであった気がしたから動いたのだ。
既知感。
この景色はどこかで見たことがある。この味はどこかで味わったことがある。この女はどこかで抱いたことがある。なにもかもを知っている、なにもかも体験したことがあるという感覚。
つまり、先の瞬間の、ヴェルテルの槍を振われたこともかつてあったはずだという感覚がエリオを動かしていた。
その感覚に突き動かされて疾走する。振り抜かれた魔槍を回避し、そのままヴェルテルの右側へ。叩き込むのは雷を纏う拳の連撃。一瞬だけの麻痺効果があるからこそ、連続して叩き込む。
「ゼァーーッ!」
咆え、
「!」
視界にノイズが走る。砂嵐が脳内を犯し、跳躍する。
刹那後に魔槍が振われる。ロングコートを大きく切り裂き、しかしエリオを傷を受けることなく回避し雷拳を叩き込む。直後にノイズが走り、それに任せて回避。ひたすらにそれを繰り返せば、とエリオは思う。
大した根拠はなく、意識が朦朧としてた時から覚醒してから感じる既知感任せだが、これならいける。
そう思い、
「だがそれではいかん」
それまでの速度を遥かに上回る速度で魔槍が放たれ、既知感も間に合わずにに喰らった。叩きこんだ槍は腹にモロのあたりエリオはぶっ飛び、ホテルの外壁を破壊しながら突っ込んだ。本来ならば両断できたはずだが、激突の寸前に僅かに反応したようだ。刃の部分ではなく、柄にわざと当たることによって体が真っ二つになるのを避けたようだ。そこそこ器用なことができるようだが、しかし所詮は活動位階だ。ヴェルテルの実力からすれば相手にはならないのだ。
例え既知感に汚染されていようとそれは変わらないのだ。
「…………」
だからこそ、エリオを意識外に置く。そして向き合うのは、
「あ? なんだよ、もう俺に来るのか?」
煙草に火を付けるカイトだった。
●
「貴様、どういうつもりだ」
目を鋭くさせ、睨むヴェルテルだが、しかしカイトは軽薄な笑みを浮かべていた。先ほどまでの戦闘が無かったように煙草をふかし、
「そりゃ、だってよ。弟分がやる気だしたんだぜ? なら、譲ってやるのが兄貴心ってもんだろう?」
「くだらん。その弟分とやらは退場したぞ」
そう、今ヴェルテル自身の一撃によって沈めたのだ。あれから復帰できるのはまず無理なはずだ。
だがそれでも。
「はぁ?」
カイトは愉快そうに笑い、
「なに言ってんだお前。目ん玉付いてんのか?」
言った瞬間だった、
「形成--」
Yetzirah--
「!」
「ハッ」
ホテルに閃光は迸り、壁を砕き風穴を空ける。昼天をまぶしい黄と白交じりの雷光が駆け巡る。
空気を弾けるような音を立てるそれは、
「----」
先に砕かれたはずのエリオのデバイス、ストラーダだ。先ほどまでよりもより確かな雷を纏っている。アバラの骨はほとんど折れたはずだ。白と赤のバリアジャケットを鮮血で濡らし、袖の無い右腕は血で真っ赤だ。口の端や額からも同様に赤の色を零しているが、それでもしかし、破壊した壁の残骸の瓦礫に足を掛けながらもしっかりと立ち、形成させた己の槍を構えている。
「ほう」
血に濡れながらも、エリオの目は凪いでおり、それを見てヴェルテルは薄く笑う。
「なるほど、理解が早い。これも奴の仕掛けか? そうだろうな。いくらなんでもこの早さでは至れんだろう。貴様はどうだ、ガウス」
「あ? 俺も一瞬だぜ一瞬。当り前だろ?」
笑うカイトには最早戦闘の意思を感じられない。銃剣を形成したままだが、槍を構えるエリオを面白そうに眺め、
「やれるか? エリオ」
「…………はい」
「よーし、んじゃがんばれ。あー、まぁあれだ。
カイトの言葉に小さく頷く。要領を得ない言葉ではあるが、しかしエリオにはそれで伝わったらしい。唇を固く結び、槍を強く握りしめる。それに伴うように、
「…………」
ヴェルテルも槍を構える。
両者の視線がぶつかり合い、そして。
●
「----エリオ君ッ!!」
「っ!?」
「うげっ」
「……次から次へと」
エリオは驚愕し、カイトは嫌そうに顔を歪め、ヴェルテルは苛立ったように嘆息する。
それの原因は突然現れた少女。いや、それは突然というのは正確ではないだろう。ホテル裏側で戦闘していたカイトたちとは違い、ホテル正面でガジェットたちと闘っていた彼女たちだったが、先ほどエリオがホテルの外壁をぶち抜き、雷撃で爆砕させたから駆け付けたのだ。
「キャロ……」
「エリオ君、大丈夫!?」
エリオの背後から駆け寄るのは桃色の少女、キャロだ。彼女はエリオの纏う雷にも構わずに彼の下に駆け寄る。一瞬、エリオに触れた瞬間、雷がキャロの指を焼くが、しかし構わずに治癒魔法は使い始める。
そして駆け付けたのは、キャロだけでなく、
「ちょ、これどういうことよ」
「カイト! どうなってんのこれ!」
「……っち、おいおいマジか」
ティアナとスバルも一緒だ。そのことにカイトは思わず舌打ちをし、感覚をホテルの正面に伸ばせば、
「あー、姐さん方戻って来たのか……」
ヴィータとシグナムが正面にてガジェットと闘っているのを感じる、なるほど、だからこそ三人を来させたのだろう。判断としては間違っていないだろうが、この場合は最悪だ。
「おい、スバル、ティアナこっち来い!」
「? なによ」
「そんなことよりも、敵は……!」
スバルがヴェルテルを視界に入れる。その瞬間に彼女の目から光が消える。動きから生気が消える。
まるで彼女とは別の存在になりかけて、
「ほれ、しっかりしろ」
「あいたっ」
何時の間にか移動していたカイトがスバルの頭を叩いて引き戻す。
「ティアナ、オメェも。しっかりしろよ」
「え、あ、……え、ええ」
「なんでたたくのさぁっ」
「……はぁ」
「なにその可哀そうなものを見る目は!」
自分がどういう状況になって、カイトに助けられたという自覚はないのだろう。まぁカイトも教えるつもりはない、馬鹿みたいなやりとりだが、こうでもして空気を壊さないと、なにかしら起きかねない。
シリアス担当は、カイトではないのだ。
それは彼の弟分の担当だ。
「……キャロ」
「なにっ? 治癒はもう少し時間掛るから……」
「大丈夫だから、下がってて」
「え……!?」
治癒の為に帯電するエリオの身体に手を押しあてていたキャロの手を優しく払い、押しのける。その手のみは雷は宿っていない。
驚きで眼を見開く、キャロに優しく微笑みながらも。
「ゴメン、キャロ。もう大丈夫だよ。後は僕がやるから」
「そんな、なに言って……!」
「エリオ! 五人揃ったんだからちゃんとフォーメンション組んで……!」
「おいおいティアナ、そんな萎えること言うなよ」
ティアナの至極真っ当な言葉に割り込んだのはカイトだ。やはり煙草をふかしながら、笑みを浮かべ、しかしそれはただの軽薄なだけの笑みではない。笑いながら、向かう視線はエリオとヴェルテルだ。
「なぁ、分るよなぁエリオ? 男の喧嘩に」
「----ええ、女性の方はご遠慮願います」
静かに、しっかりと踏み出しながらそう謳うように言った。意地と感じさせる言葉であろう、負けず嫌いがやりすぎたということにしか見えない言動だ。
「え、りお、くん」
その言葉はエリオの背中に届かず、伸ばした手は届かない。宙を泳ぎ、なにも掴む事の出来なくて、瞳に涙を浮かべたキャロは、
「ほら泣くなよ、キャロ。お前さんにもやることがあるだろ?」
「え……?」
「馬鹿やる馬鹿に、掛ける言葉なんて一つだけだぜ、な?」
●
「お待たせしてすいません」
「かまわん、俺としては女子供が増えようと関係ない。俺は俺の目的を果たす。故に、護りたいならば護って見せろ。その忌まわしき毒に汚染された身でな」
「はい」
圧倒的に自分が不利だということはエリオにも解っている。彼我の実力差は天と地の差があるだろう。先ほど一瞬いけると思ったが、すぐにひっくり返されたのだ。未だ、この鋼の男の実力は計り知れない。なまじ近づいたと解るからこそ、さらに差を感じるのだ。
だが、それがどうした。
エリオだって男なのだ、そういうことを無視してでも戦わねばならない時があるのだ。
「……行きます」
「来い」
膝を沈め、槍を強く握り、雷を全身に帯電させて加速し、
「エリオ君!! ----頑張ってッ!!」
なによりも大切な少女の声援を背に受けながら、
「……!」
疾走を開始した。
なぜだ、ニート働かせてたら、いつのまにかエリオがリア充していたぞ!?
くそうニートめ!
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