Dies irae ーcredo quia absurdumー   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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まずかなり短くてもうしわけない。

推奨BGM:Deus Vult



第十四章 道化と自死

 

 死を纏う一撃が振われる。それはただの拳であり、特別な性質は欠片も持たない。ただ拳を魔力に込めたというだけだ。だがそれだけにも関わらず、その一撃は振われたエリオの頭部を爆砕させる威力を秘めていた。いや、エリオだけでなく常人ならばどうあろうと死を避けられない致命の拳撃。

 それの一撃にエリオは全く反応出来なかった。

 寸前に問いかけられた意味不明の言葉。それによりエリオ・モンディアルに自我は著しく崩壊しかけていた。だからこそ動けなかった。いや、例え意識をしっかりと保っていても反応できなかっただろう。エリオにはなにもできない。

 

 する必要もなかった。

 

「おいおい、人の弟分に何してんだよ」

 

「----!」

 

 拳撃がエリオの頭部に直撃する寸前。その拳に灰色の弾丸が飛来し、その速度を減衰させる。同時に、地を這うように駆ける鎖がエリオの腹に巻きついて、

 

「そぉーい」

 

 さながら漁のように引き上げる。その直後に、それまでエリオの頭があった所を通過し、大気を打撃するがそれだけだ。

 

「…………」

 

 振り抜いた残身から自然体に戻りながら見た先は、

 

「これはスバルとティアナ連れてこなくてよかったな。めんどくせえことにしかならねぇなぁ」

 

 黒と白の斑髪の少年、カイトだ。すでに形成された銃剣を手にしながら頭をくしゃくしゃと掻いており、

 

「ほら起きろエリオ」

 

「っ、う……」

 

 足元にまで転がって来たエリオを軽く蹴る。額にかなりの脂汗を流していて、呼吸も荒いく、目の焦点も合ってない。その様子に軽く舌打ちしつつ、

 

「これもアイツ来たせいかよ、ったく本当にめんどうなことしやがって。……そこんとこどう思う? 旦那よぉ」

 

「…………」

 

 鉄のように無表情を貫くその男と道化の如く軽薄な笑みを浮かべるカイト。正反対、対極的な二人。見る者は見れば、少し前のカイトとスバルを思い浮かべさせられるであろう空気だ。そしてそれは空気だけではなく、

 

「……道化が。その少年がアレに汚染されているのはやはり貴様のせいか」

 

「おいおい勝手に人のせいにすんな。大体お前なんなんだ、俺はお前なんて知らねぇ。なのにどうもデジャブるんだよ、アンタとその槍にな。どういうことか教えてくンね?」

 

「語る事などない」

 

「名前も言えないのかよ」

 

「名前などない……そんなものとうの昔に失くした。あの男は、ヴェルテル、などという名前で俺を呼ぶがな」

 

 ヴェルテル、そう名乗った男の言葉に込められた思いはなんだったのだろうか。怒りと憎しみと悲嘆。ありったけの負の感情が込められていた。まるで何かに抗うように。

 

「ヴェルテル、ヴェルテル、ヴェルテル、ねぇ……ふうん。なるほどそういうことか。相も変わらず趣味の悪いことしてくれるぜ。鋼鉄の腕の次は自死の苦悩ってか」

 

 その名に何か得心がいったのか、納得したように数度頷く。だが、すぐに忌々しげに吐き捨てる。その嫌悪感はここではないどこかへ向かっていており、それは多分ヴェルテルの感情と行き先は同じなのだろう。

 

「ま、いいけどよ。お前が来ていることは、つまりそういうことだろ?」

 

「ああ、そうだ。業腹なことだが、やるべきことはやらなければならない。故に退け、道化。加減はしないし、全力だがそれは貴様相手ではない。……まずはその少年からだ」

 

 視線がズレる。その先は、カイトの足元で未だに転がっているエリオだ。この周辺一体を掌握する蛇の影響を真っ先に受けた彼。ただ回帰しかけているのではなく、既知感という呪いに蝕まれかけているから性質が悪い。なるべく早く手を打たないと不味い。

 

 いや、あるいは手遅れか。

 

 ヴェルテルの錆びた鋼のような瞳が、エリオに向けられ、

 

 

 

「ああ、そういうわけにはいかねぇんだよ」

 

 

 

「なに……?」

 

 その視線を遮るようにカイトが一歩前に出て、銃口をヴェルテルへと向けていた。

 

「悪いなぁ、そういうわけにはいかないんだよ」

 

「どういうつもりだ」

 

「はぁ? 決まってんだろそんなの。お前あれだろ?これからエリオぼこって、それから向こうのアイツらんとこ行くんだろう? それはゴメンだぜ」

 

 軽薄な笑みはそのままであり、しかし目は鋭く、ヴェルテルを睨みつける。口に咥えていた煙草を噛んで、

 

「その槍はティアナには見せられないし、それになによりもお前さんをあのアホ女に会わせるわけにはいかねぇんだよ。まためんどくせぇことになるだろ」

 

「女か」

 

「そんなんじゃねよ」

 

 そう、そんなのじゃない。そんな餓鬼っぽいことじゃないんだ。

 ただ、アイツが、スバル・ナカジマがカイト・クォルトリーズにとって唯一の存在であるからというそれだけの理由だ。別に好きでも何でも無いし、むしろ今六課の中では一番嫌いな奴だし。確かに本来ならこの男をスバルたちとぶつけて、回帰を促すべきなのだろう。結果への狙いが水銀とは違うとはいえ、まずそこからでないと始まらない。

 

 だからこれはカイトの我がままだ。

  

 ただ単にあの時のように回帰したスバルなんかみたくない。あとはまぁ、一応アイツも女であるわけで、俺はいい男なんだから護ってやるべきだろう。

 

「ま、とりあえず足止めさせてもらうぜ。エリオ、お前は下がってろ」

 

「う、カイト……さん」

 

「余裕あるんだったら変わってやってもいいんだぜ?」

 

 言いつつ、エリオを足で蹴り飛ばして、後ろに放る。なんか潰れたカエルみたいな声を出していたが、まあ気にしない。

 

「……ふん、やはり道化だな」

 

「うるせぇよ」

 

 カイトが銃剣を構え、ヴェルテルもまた黒い槍を下段で構えた。二つの魔力が高まり合う。共に形成位階での発現とはいえ、それでも凄まじい。通常の魔導師を大きく上回っている。彼らの渇望、祈りは己の内側に向かう求道のソレだ。それゆえに人間という形に魔人としての存在が集い強化されいてる。

 

「……貴様、なにか勘違いしていないか?」

 

「あ? なにがだよ」

「ここで貴様が俺を足止めするのはいいだろう。だがな ----ここに来ているのは俺だけではない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ガッ!?」

 

 首筋を強打され気絶した男が倒れる。青の制服の彼は、ホテル・アグスタの警備員だ。そしてそれは彼だけでなく、

 

「っ……」

 

「ぐ、う……」

 

「……っ、あ……」

 

 同じように倒れた男が十数人も一様に倒れている。薄暗くも、コンテナ等の多いそこはホテルの地下格納庫だ。今行われているオークションやそれ以外のことで行われる高価な物が複数あるが故に警備も厳重だった場所だ。

 だが、

 

「…………」

 

 一人の侵入者によって突破されていた。

 いや、一人というのは正確ではないかもしれない。確かに姿形は人間のソレだ。だが、それだけであり、間違いなく人間ではなかった。哺乳類ではない、毛のない少し光沢のある甲殻がそれの肌であり、鋭い爪や角を持つ異形の影。

 人ではない。召喚された戦闘蟲というのがその存在の正体だ。首に巻かれた紫のスカーフだけが人間味を感じさせている。

 ソレは何かを探すように周囲を見渡す。数度、キョロキョロしなにかを見つけたのか、コンテナへと手を伸ばした。

 

 

 

 

「はいそこまで」

 

 

 

 

「----!?」

 

 伸ばした腕の手首を横合いから伸びた手が掴んだ。召喚蟲のそれとは違い、白く透き通るような綺麗な肌と白魚のような細い指だ。そしてその手の主は、

 

「ごめんねー、悪いけど邪魔させてもらうよ」

 

 黒のイブニングドレスに身を包んだ、月村すずかだ。彼女は掴んだ腕はそのままで、

 

「フッーー!」

 

 召喚蟲の胸部に逆の手で掌底を叩き込む。すでに僅かに目の色は紅く、爪や犬歯も長めになっている。形成ではないが、その一歩手前の活動位階だ。それでも身体能力に特化されたすずかのソレは並外れている。それまで、警備員たちがキズ一つ付けることができなかった装甲に亀裂を刻みながら叩きまれる。

 

「!!」

 

 ぶっ飛んだ。

 その体が床から離れて、数メートルぶっ飛び、向かいの壁に叩き込まれる。壁が破壊され粉塵が巻きあがる。だが、

 

「…………」

 

「ふうん、頑丈だね。というか凄い再生能力」

 

 確かに亀裂は入れたはずだ、にも関わらず既に胸の亀裂は修復していた。紫色の体液らしきものに濡れているから全くダメージが通っていないわけではないのだろうが。

 召喚蟲は何事もなかったかのように歩いてくる。すずかとの距離を十数メートル詰めた所で一度立ち止まった。

 

「…………」

 

「ん? なにかな? ああ、私がここにいる理由? いやそれがさ ----ジャンケン負けちゃって」

 

 なんてことをあっけカランと笑みを浮かべて言う。

 

「あなたが侵入してきてさ、誰が行くかって話になったんだよね。そうしたら護衛のギンガは護衛だから動かないっていうし、カリムさんはお偉いさんとの挨拶あるから行かないって。そんなんだから私とアリサちゃんでジャンケンしたら思いっきり負けちゃったという話しなんだよね、これが」

 

 はは、と数回笑って、

 

「はぁ」 

 

 ものすごく重い溜息を吐いた。

 

「……いやこれはないよ。せっかくユーノ君に招待してくれて、晴れ舞台が見れるかと思ったら、私はこんな所でバトル? なにそれありえない。なにあのアリサちゃんのドヤ顔。嬉しそうにしちゃって羨ましい」

 

 もれるのは不平不満の言葉。それでも。

 ニッコリと、見惚れるような笑顔を浮かべて、

 

 

 

「てな訳で憂さ晴らしに付き合ってもらうよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 




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