Dies irae ーcredo quia absurdumー   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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第九章 癒えぬ傷

 

 

「っと、ここか……」

 

 八神はやては手にしたメモを見ながら、辿りついた場所に照らし合わせる。少し迷ったがなんとか昼前には着けた。

 そこは街外れの教会だった。記憶の限りでは見た事はないし、ざっと見た限りではそこそこ新しそうなのでここ数年の間に創られたのだろう。

 

「孤児院……やったか」

 

 事前に聞いた話によれば教会というよりも孤児院らしい。事実、塀の向こう側では何人かの子供も笑い声が聞こえてくる。

 それを聞くと少しだけだが、感傷的な気分になってしまう。

 

「ウチが子供の時にもあればなぁ……ていうのは、意味無いことやな」

 

 小さなころ広い家でたった一人で暮らしていたことを思い出す。幼い頃に両親を失い、仕送りだけは十分だったから独り。今思えば年が二桁に届かない子供が独り暮らしといろいろまずかったのではないだろうか。ミッドならともかく最近の地球ではいろいろと問題になるだろう。

 あの孤独感はどうにも忘れられない。気温が低い訳では無かった、空調や家具の類はむしろ一般家庭よりも充実していただろう。お金だった十分にあった。

 でもそれでも。

 ずっと寒かったのだ。ずっとさみしかった。

 なにしてる時でもずっと。

 九歳の時に守護騎士と出遭って家族を得て、すずかと知り合って、闇の書事件の後にはなのはやフェイトという友達にも出逢って。ユーノに恋をして、今もしていて。管理局で機動六課を立ち上げた。

 だから、今は寂しくないけど、あの時の孤独は忘れられないし。

 なによりも、

 

「……リインフォース」

 

 祝福の風、幸いのエール。はやてが名前を上げた子。彼女の欠片で、彼女の妹といえるリインフォースツヴァイが生まれた。そのことはなによりも祝福できることで、あの時はユーノにはかなりの迷惑をかけてしまった。体でお礼をしようとしたら断られたというか、邪魔されたのだが。

 まぁ、それはいつかするのでいいとして。

 やっぱり、彼女のことは忘れられない。

 

「あかんなぁ……」

 

 いつまでもくよくよしている自分が情けない。どれだけ思いつめても彼女は帰ってこないのだから。

 失くしたものは帰ってこない。だからこそ、この刹那を大事にしよう。

 そう言ったのは誰だっただろうか。

 なぜかとても大切な言葉のような気がする。なによりも美しい祈りだと思うのに誰の言葉だったかが思い出せない。

 思いだしたいのに、思いだせない、もどかしさ。

 その祈りが何よりも美しいのに。ああ、どうしても思い出せない。

 そう、ずっと昔。在りし日のいつか。 

 かけがえのない刹那の日々があったはずなのに----

 

 

 

 

 

「いつまで突っ立ているのですか?」

 

 

 

 

「……え」

 

 唐突に声をかけられた。見れば、教会の扉の前に一人の少女がいた。見れば、既視感。十五歳程度の聖祥中学校の制服姿の少女だ。今日は平日だから、サボりということになるのだろうか。数年前までは自分も着ていた制服だ。が、既視感はそれに対してではなく。

 

「お初にお目にかかります。聖槍十三騎士団黒円卓第九位、シュテル・ザ・デストラクター。普段はシュテル・スクライアを名乗っています。以後お見知りおきを」

 

 昨夜の映像を見ていてわかってたとはいえ、やはりなのはにそっくりだったの少女だ。中学時代のなのはが髪形を変えてカラーコンタクトを入れれば、この通りになるだろう。雰囲気はかなり違うがそれでもそっくりだ。

 この少女が昨夜、なのはとヴィータ二人を圧倒したのだ。途中アリサに横やりを入れられて、重傷を負っていたが見た感じでは大丈夫そうだ。

 

「……八神、はやてや。それで」

 

「話しは中でどうぞ。彼がお待ちです」

 

「……」

 

 シュテルが扉を開け、中に促される。彼が、ということで僅かに眉がひそまったのを自覚した。それに自分ではまだまだだなとか思いつつ、彼女に従う。

 教会の中は、普通の教会だった。数列の長椅子に正面の十字架にパイプオルガン。大きいとはいえないが見た限りではよく手入れされているし、高級品のようだ。無人だったが教会には用は無いようでそのまま突っ切り、奥の扉へ進む。

 

「こちらへ」

 

 中に入れば、小さな部屋だ。談話室、とでもいいのか上品な家具に中央に机とテーブルがあり、そこには、

 

「やぁ、はやて。昨日ぶりだね」

 

「……昨日ぶりやな、ユーノくん」

 

 にこやかに笑うユーノ・スクライアがいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでユーノくん、いろいろ聞きたいんやけど」

 

「うん、構わないよ。ああ、でもシュテル? 自己紹介はした?」

 

「無論です。ですので私のことはお構いなく。ではお茶でも持ってきますね」

 

 ペコリと小さくお辞儀し、別の部屋に去っていく。

 

「なぁ、ユーノくん。あの子シュテルって言うたか? さっきスクライア名乗っとたけど……」

 

「ああ、戸籍上は僕の妹でね。つまりはカイトの妹でもあるわけだけど……」

 

「ユーノくん!」

 

「はい?」

 

「なのはちゃんそっくりの女の子に義妹プレイというのはどういう事や……! やってほしかったらうちだってやったのに……!」

 

「あれ? 最初に出てくるのがそれ?」

 

 机を強く叩いて指を指されたユーノが僅かにたじろぐ。

 

「まあええ。この話は置いといて。真面目な話しの方をしようや」

 

「相変わらずだね……ホント。いいよ、なんでも聞いて」

 

「ならまず、あのシュテルって子。それにフェイトちゃんにクリソツなレヴィに、うちにそっくりなディアーチェは」

 

 

 

「プロジェクトFATE、人造魔導師計画によって生み出された君たちのクローンだ」

 

 

 

「……やっぱりかいな」

 

「予想してたかい?」

 

「まあ、な」

 

 プロジェクトFATE、人造魔導師計画。

 優秀な魔導師を作る為に胎児の時から魔法的処置をするという計画だ。先天技能を埋め込んだり、優秀な魔導師の遺伝子を使ったりするのがままある。倫理的に問題があるとされる犯

 

罪だ。

 そして、フェイト、エリオ、そして少し毛色は違うがスバルもそれで生み出された存在だ。フェイトやエリオはそれでかなりのトラウマはあるし、スバルだってある意味二人よりも直

 

接的な問題で他人に負い目を負っている所がある。

 

「五年くらい前にまぁ、いろいろあって三人まとめて保護して。ああ、カイトも一緒だったんだけど。それでこっちの世界連れて来てね。それで三人育てるのと一緒に孤児院設立してね。まさか、エリオたちと同じ所にはできなかったし」

 

「ちょいまち、ここユーノくんが設立したんか?」

 

「そうだよ? と言っても出資しただけであんま顔ださないけどね。普段はちゃんとした人がやってくれてる」

 

「そうやったんか……、知らんかったなぁ。はやてちゃんショックや……」

 

「はは……、まあ、ずっと隠してたしね。他には?」

 

「…………聖槍、騎士団ってのは?」

 

「聖槍十三騎士団黒円卓。Longinus Dreizehn Orden。L∴D∴O。元々はこの世界の組織の名前から取ったんだけど知らないかい? ドイツ軍のオカルト組織」

 

「知らんがな。なんでユーノくん知ってるんや」

 

「僕を誰だと思ってるのさ」

 

 思わず納得する。

 無限書庫。次元世界のありとあらゆる情報を収めるあそこならばそれぐらいすぐに知る事ができるだろう。

 

「ま、簡単に言えば僕、そして無限書庫の私兵かな。ほら、あそこってなにかと物騒じゃん?」

 

「そうやなぁ」

 

 書庫、といってもあそこは危険極まりない。はやてもユーノ個人の手伝いにしろ、研修にしろ何度かあそこの仕事をしたことがあるが、書庫などという生易しいものではない。ダンジョンとか迷宮とか戦場だろう。通常の仕事、所謂情報整理などでまずは常人は音を上げる。

 検索魔法に読書魔法。

 この二つは通常の魔法以上に脳を酷使するのだ。はやては数時間使用し続けただけでリタイアしたし、なのはやフェイトもそう変わらなかった。シャマルはかなり続いたけれど、数日間ぶっ続けで使用を続けるユーノには及ばない。

 

 そして、それですらまだ序の口だ。

 

 本当に危険なのは未踏破地区だ。全次元世界に存在する情報の全てが詰まっているというのは伊達ではないらしく、未だに開発されていない区域が大量にある。というよりもそちらのほうが多いだろう。未踏破地区には文字通りの迷宮だ。トラップなんかは当り前で、即死級なものや、危険度Sランク以上の魔獣も良く出現する。

 

 未踏破地区にて良い所を見せようと意気揚々として、思い切り罠に掛りまくったなんてこともあったし。

 

「まぁ、それはええ。ユーノくんやて結構な地位やさかい、私兵どうこうはうちもなんもいわんけどな」

 

 空気が僅かに張り詰められる。はやての目が細まり、ユーノは薄い笑みを浮かべる。

 そう、ここからが本題だ。

 

 

 

「アリサちゃんとすずかちゃんが戦ってるというのはどういうことや? それにあの子たちはどうしてウチらと戦ったんや?」

 

 

 

 それこそがわざわざこんなところまで来て聞きたかったことだ。昨日の戦闘のあと、シュテルたちもアリサもすぐに姿を消した。追跡するもすぐにロストしてしまった。だから、昨日は全員を回収して、治療に専念。唯一なにかを知っていそうなカイトに聞いても口を割らず、ここの場所を教えてくれただけだった。シグナムやヴィータは付いていこうとしたが、体の様子が未だに不鮮明だったから検査に専念。他のフォワードメンバーも傷と原因不明の激痛により動けないままだ。だからこそこうして一人で来ているのだ。ザフィーラとリインは拠点の防衛にあたっている。

 

「まぁ順番に話そう。まず、アリサとすずかに関しては、彼女たち二人が望んだからとしか言いようがない」

 

「……? どういうことや?」

 

「いや、僕としても。あの二人には戦ってほしくないんだけど……やめてって言っても聞いてくれないんだよ」

 

「待ちや。あの二人には魔力は無いはずやんか! なんで、あんなことができるん!?」

 

 映像で見た限りでは、なのはやフェイトを圧倒したシュテルたちと互角に戦っていた。

 昔、あの二人を調べた時は大した魔力はなかったはずなのに。

 言うまでもなく、アリサもすずかも家族に等しい。守護騎士やなのはたちと同じくらい大切な存在だ。確かにミッドに移住してからは会える機会は減ったが、メールは頻繁にしていたし、季節の節目やイベントごとには地球にも帰っていた。

 その折りに彼女たちには特に異変はなかったはずなのだ。

 少なくとも、魔導の気配は無かった。

 そんなはやての思考を断ちきるように、

 

「はやて。魔法だけが全てじゃないんだよ」

 

「……!」

 

 愕然と息をのむはやてに対し、ユーノは表情を緩め、

 

「まぁ、あの二人のことは心配しないでよ。今も疲れたから家で寝てるだけだろうし、多分後で行くだろうから本人たちに聞けばいい」

 

「……わかったわ。それで昨日のことは」

 

「それは----」

 

「知りたかったんですよ。私たちのオリジナルがどんなものなのか」

 

 声のしたほうを見れば、お盆にカップとポットを乗せたシュテルだ。机に近寄り、ユーノとはやてにお茶を出す。紅茶の優しい香りがして、高ぶった精神が少し落ち着いた。

 お茶を並び終えたシュテルはユーノの斜め後ろで座らずに立ったままで、

 

「自分の元となった存在がどの程度なのか、気になって当然でしょう? 昼間の間にうろちょろしてくれたから地球に来ているのはわかってましたから。奇襲させてもらいました。結果は……まぁわかると思いますが」

 

「まぁ……そういうことでね。大目に見ては……くれないかい?」

 

「無理やな」

 

 バッサリと言いきる。

 

「昨日のあれは立派な公務執行妨害や。まだ、ロストロギアも見つかっとらん。なにかあったらどうするつもりや」

 

「ロストロギア……ね」

 

「それ、これのことですか?」

 

 何度目の驚愕か。シュテルが取り出したのは小さなアタッシュケース。差し出されたソレを軽く魔力を走らせて検査すれば、

 

「これ、ウチらが探していたはずのロストロギア……!?」

 

「何日か前におかしな魔力を感じて、言ってみればそれがありましてね。扱いに困ってましたがどうにかしてくれますよね、管理局員殿?」

 

「っ……!」

 

「シュテル」

 

「失敬」

 

 言いすぎたことを自覚したのか、彼女は下がり目を伏せる、どうやらもう発言する気はないようだ。だが、なにを言いたいのかはわかる。

 つまり、

 

 ロストロギアは見つけてやったのだから見逃せ。

 

 そういうことだ。

 舐められているし、昨日のことを考えれば舐められていてもおかしくはない。

 それに、もう公務執行妨害というのは通じない。なにせ、公務が発生することはなかったのだから。

 それに管理外世界での魔法行使も通じないだろう。ユーノが魔法以外の力といったからには、間違いないのだろうから。現地由来のものならば取り締まる事はできない。

 

「…………」

 

 ありていに言って詰みだった。完全にこちらの意見が封殺され、あたえられたこのロストロギアを持って帰るしかないだろう。

 それ以外にできることはない。

 

 

 だから、最後。 

 最後に一つだけ聞いたことは、

 

「ユーノくん、は」

 

 それは機動六課部隊長八神はやて二等陸佐に言葉ではなく、ただの少女としての言葉で、

 

「うちらの、味方で、いてくれんか……?」

 

 その言葉は、自分でも情けなくなるほどか細い声で視線も下に向いていて。

 そして、返事はすぐに帰って来た。

 

「あたり前だよ」

 

 机越しから伸ばされた彼の手がはやての頬に添えられる。一見女性に見間違えそうなのに、手の平はゴツゴツとしていた。

 

「僕は君の、君たちの味方だ。何があっても絶対にそれだけは変わらないよ。君たちのことは何があっても守るから」

 

 手から伝わる温度は温かくてやさしい。

 ああ、自分でも単純だと思う。いくらなんでも攻略難易度低すぎだろう。

 これだけで全部納得してしまい、いいかと思ってしまう。

 まぁ、でもこんなこと言われたらしょうがないだろう。普段頼りなさげなくせにこういう時は卑怯だと思う。

 惚れた弱み、なんていうのはありきたりすぎるか。

 

 

 

 

「しゃあないな……、はやてちゃんは懐に広い女やで納得してあげるで」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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