Dies irae ーcredo quia absurdumー   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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なんか一瞬だけ日刊一位になってたけど気にせず行きましょう。


推奨BGM:Einsatz



『ヴィータとシグナムがそれぞれの眼前の戦いに割り込んだと同時だった。』より Einherlar Nigredo

『「もしかしたらって、思ったんだよ」』より Thrud Walkure


主人公デレます


第八章 貫く祈り

「ディザスターヒート!」

 

 放たれたのは殲滅の熱線だ。

 放った炎弾は優に数百を超え、アリサも振った斬撃も同じ。

 

 千日手だった。

 

 だからこそ放ったのは所謂砲撃魔法だ。炎弾の十数倍の熱量は誇るだろう。

 

「--スゥ」

 

 それに対し、アリサも強く緋緋色金を握りしめる。二刀を十字に交叉させより強い炎を生む。

 

 殲滅の熱線が周囲の大気を焦がし、アリサへと迫る。そして、

 

「…………なっ………!!」

 

「**、**」

 

 シュテルは驚きの声を上げ、アリサは呆然とした声で誰かの名前を失われた言語で呼んだ。それはアリサではなく彼女に残った■■■の言葉だったかもしれない。 

 

 二人の中央、殲滅の熱線の前に-------ヴィータが立ちふさがったのだ。

 

「これ……は」

 

 目の前に立ちふさがった朱色の少女にシュテルは目を見開く。

 今、彼女たちが放った殲滅の熱線と紅蓮の十文字は聖遺物の使途ではない人間、いや、Sランク魔導師でさえ一瞬で燃やし尽くすはずであり、アリサやシュテルに対してでも致命傷にはならずともある程度の負傷を与えたであろう炎。まして唯の人間であるヴィータが受ければ魂すら残らず消え去るのは道理なのだ。

 だが、

 

「あたしが……守るんだ」

 

 眼前に鉄槌を構える彼女は健在だった。火傷の一つすらない。

 殲滅の熱線ど紅蓮の十文字は彼女に触れた瞬間に消え去った。いや、消え去ったというよりもひしゃげて潰れた。

 

「なるほど……穢れを引きうけようとするのではなく、穢れを潰し消し去ろうという願いですか」

 

 かつて、ある男がいた。

 愛する人の救済と守護を願った男が。大切なモノために己がありとあらゆる穢れを引き受け、護りたいと言う願いを持った男が。

 それをシュテルは知っていた。かつてを持たず、蛇に予備として作成されたシュテルにかつての魂は無いが故にそれに触れたわけではない。

 だが既知感。あくま知っているだけだが、確かに知っていた。

 その男はもういない。それはあくまで旧世界の事象だ。

 

 だが、だからといってその愛が、願いが跡形もなく、虫けらのように消え去った訳ではないのだ。

 彼の----■■■の魂は生易しいものではないのだ。世界を、時を、座を超えて今八神ヴィータの魂としてここにある。

 

 だから、

 

「あたしは……屑だ」

 

 ああ、そうだ。八神ヴィータは屑だ。どうあっても叩き潰すことしかできない。醜い存在。

 シグナムは気高い。シャマルは優しい。ザフィーラは頼もしい。なのはやフェイトは綺麗で、教え子たちは可愛い。そして----ユーノは馬鹿ではやては大好きだ。

 だからこそ、ヴィータは彼らを、彼女らを守りたい。自分にはそれしかできないから。だからこそ、それをするのだ。

 

「あたしの大切なものを穢すなんて赦さねぇ」

 

 その願いがヴィータに触れることごとくを殴殺し、塵芥と化す。砕き、潰し、消す。

 己の半身である『鋼鉄の伯爵(グラーフアイゼン)』と共に、己のかつての魂を糧として、八神ヴィータはその刹那、シュテルと同等の高みへと存在していた。それは限定的な創造位階。かつての魂がそこにあったからという理由のみで使えるからにすぎない。だから時間がないと、己うちに眠る魂が教えてくれる。

 

 護れ、護れ、護れ。

 

 その真摯な願いがヴィータを後押しするのだ。同時にかつての魂に限りなく高水準で同期、同調している。その上で尚、

 

「だからーーーーぶっ潰れろぉーーっ!」

 

 己の意思を以って鉄槌を振りあげ殴殺の一撃を放つ。本来なら彼女のかつての魂は闘争を欲したものではない。求めたのはあくまで救済。故に、■■■の魂と同調して尚殴殺の意思と魔導を宿すのはヴィータ自身の魂に他ならない。

 

 それは翡翠に笑みをもたらし、水銀に苦笑を与える。

 

 地面へと振り下ろされた鉄槌は殴殺の波動となってシュテルと向かう。階段を押しつぶすながら迫る波動に、

 

「プロテクション!!」

 

 シュテルの身体よりも大きい茜色の障壁を展開する。両手で掲げたそれで殴殺の波動を受け止め、

 

「ぬ、ぐっ、ぅあ、あああああああああ!!!」

 

 障壁にも滅却の性質はある。だから、例えそれが形のない波動であってもその性質は発動しているはずだ。攻防一体の性質を誇るはずだが、

 

「くっ、あ……あ、あああ……!」

 

 障壁の所々が砕けて、ほころびが生じる。両手に激痛が走り血飛沫が上がり、爪も砕ける。

 両足では堪え切れずに神社の中に押し込まれていた。十数メートルは押し負け、そこでようやく止まる。

 受け止めきった、が、両腕は軍服が肩まで破け血に塗れ、爪は砕かれ、指は所々おかしな方向を向いて曲がっている。

 

 それはただ攻撃が通ったというだけではない。

 彼女がその魂を回帰させた上で己の祈りを貫いたのだ。

 

 

 そして、それを成したのは彼女だけではない。

 ヴィータが目覚めたのとまったく同時に海鳴公園において、ディアーチェの闇球とすずかの爪撃による衝撃波がぶつかりあう瞬間、

 

 

「なに……!」

 

「*****」

 

 ディアーチェは驚きの声を上げ、すずかは驚愕の叫びで誰かの名前を失われた言語で呼んだ。それはすずかではなく彼女に残った■■■■■■・■■■■■■■と■■■・■■■■■■■の言葉だったかもしれない。

 

 

 

 二人の中央、闇球と爪撃の前に-------シグナムが立ちふさがったのだ。

 

 

 

「なんと……!」

 

 今、彼女たちが放った闇球と爪撃は聖遺物の使途ではない人間、いや、Sランク魔導師でさえ一瞬で消し飛ばすはずであり、すずかやディアーチェに対してでも致命傷にはならずともある程度の負傷を与えたであろう闇。まして唯の人間であるシグナムが受ければ魂すら残らず消え去るのは道理なのだ。

 

 だが、

 

「ふざ、けるな……」

 

 闇球は彼女の全身を蹂躙し、爪撃は背中に大きな傷痕を作る。

 だが、それらは生まれた瞬間の炎に包まれ、同時に修復され、完全に治癒された。

 

「これは……覇道ではなく求道型で顕現しているのか」

 

 かつてある女がいた。

 永劫黄金に焼かれたいと願う女が。誰よりも、何よりも深き忠誠を誓い、その愛を貫いた女が。

 それをディアーチェは知っていた。かつてを持たず、蛇に予備として作成されたディアーチェにかつての魂は無いが故にそれに触れたわけではない。

 だが既知感。あくま知っているだけだが、確かに知っていた。

 その女はもういない。それはあくまで旧世界の事象だ。

 

 だが、だからといってその愛が、願いが跡形もなく、虫けらのように消え去った訳ではないのだ。

 彼女の----■■■■■■・■■■・■■■■■■■■の魂は生易しいものではないのだ。世界を、時を、座を超えて今八神シグナムの魂としてここにある。

 

「甘く見るなよ」

 

 ああ、そうだ。八神シグナムはその程度の存在ではない。高みに尊く輝く勝利を恋焦がれる存在だ。

 この身は荘厳たるヴァルハラを燃やし尽くすもの。我が愛は忠であり、我が忠は愛だ。

 

「この程度凌げんでなにが主はやての守護騎士だ、なにが叢雲の将だ……!その程度の命で私はとれん! のぼせあがるなぁ!」

 

 その願いがシグナムに触れることごとくを燃やし尽くし、消えることのない不滅の不死鳥とする。

 己の半身である『激痛の剣(レヴァンティン)』と共に、己のかつての魂を糧として、八神シグナムはその刹那、ディアーチェと同等の高みへと存在していた。それは限定的な創造位階。かつての魂がそこにあったからという理由のみで使えるからにすぎない。だから時間がないと、己が内に眠る魂が教えてくれる。

 

 愛を見せろ、忠を見せろ。それがそれが我が魂の証だ。

 

 そき願いがシグナムを後押しするのだ。同時にかつての魂に限りなく高水準で同期、同調している。その上で尚、

 

「主を守ること。戦友と共に主を守護するこそが私の生きる証! それこそが私のヴァルハラ……!」

 

  己の意思を以って魔剣を振りあげ焦熱の一閃を放つ。元より彼女のかつての魂も決闘を誉れとしている。故に■■■■■■・■■■・■■■■■■■■の魂と同調してさらなる焦熱の意思と魔導は宿すのはシグナム自身の魂に他ならない。

 

 それは翡翠に笑みをもたらし、水銀に苦笑を与える。

 

 大気へと振り抜かれた魔剣は激痛の焦熱となってディアーチェと向かう。大気を焼き焦がしながら迫る焦熱に、

 

「インフェルノ!!」

 

 より濃い闇球が出現した。それの正体は超高密度の重力の塊だ。触れたものを超圧縮する闇だが、

 

「な、にぃ……!?」

 

 焼き斬れる。全てを沈めようとする闇が気高く燃え上がる不死鳥に断ち切られる。

 

「っ……ぐっ、ああ……!!」

 

 とっさに障壁を張ったが対して効果もなく焼き斬れる。魔力と魂を燃料として形成される障壁が焦げされるのだ。

 障壁が両断され、体に触れる寸前に全身からありったけの魔力を放出して防御した。それでもシグナムの炎は一瞬だけとはいえに6000度、すなわち太陽の表面温度に近づいていた。

 かなりの魔力を保有するディアーチェだがそれでも防ぎきれるものではない。軍服は融解し、ディアーチェの肌を焦がす。彼女の白い肌が見るも無残に重度の火傷に犯されていた。

 

「ぬ、ぐっ……!」

 

 即座に魔力を治癒に回すが、それでも当分は動けないだろう。

 

 それはただ攻撃が通ったというだけではない。

 彼女がその魂を回帰させた上で己の祈りを貫いたのだ。

 

 

 そして、それを成したのは彼女だけではない。

 同時刻ヴィータも同じ様に自らの魂の輝きを見せていた。

 

 

 

 

 

 そして、■■■から解脱したヴィータと、■■■■■■・■■■・■■■■■■■■から継承したシグナムに対し。

 

 

 

 

 

「然り。これをもって君たちの魂の輝きを認めよう。鉄槌、烈火よ。君たちの輝きは我が既知にすら匹敵する、ああ、認めよう。我が友よ、彼女たちの魂は美しい。故、我が歌劇の演者たることを許そう。----だが、はたして。彼女はどうか? ああも容易く塗りつぶされては些か足りぬと思わぬかね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヴィータとシグナムがそれぞれの眼前の戦いに割り込んだと同時だった。

 

「****」

 

 それは戦斧と銃剣で鍔競り合いをするレヴィとカイト。二人の中央に出現した。

 

「ーーっ!?」

 

「なぁっ!?」

 

 

 

 

「***** ****** **」

 

 

 

 

 何もかも砕けろという念が込められた、破壊の鉄拳が落ちてきた。

 

 とっさにカイトがレヴィの腹を全力で蹴り飛ばしていた。レヴィの肋骨が何本か折れて、口から血が吐き出されたが文句はない。

 アレ(・・)に比べたら万倍マシだ。だからレヴィは蹴り飛ばされた勢いを利用し全速力で距離をとり、カイトも鎖を少し離れた電柱に巻きつけて引き寄せて距離を開けていた。

 

「おいおい……」

 

「くっ……!」

 

 二人の中央、十数メートルに彼女はいた。

 

「スバ、ル……?」

 

「スバルさん……?」

 

「でも……え?」

 

 ティアナもエリオもキャロも彼女の名前を呼んだ、だが反応はなく。

 

「ありゃ、ちげぇよ」

 

 つまらなそうに、腹立たしそうに、吐き捨てながらカイトはいった。

 それは、

 

「くそったれ、簡単に塗りつぶされやがって」

 

 カイトとレヴィの中央に落ちてきたスバル・ナカジマ------その姿をしたなにか(・・・)に向けられていた。

 

 

「…………」

 

 彼女は静かに、ぞっとするほどなにも言わずに立っていた。構えもなく棒立ちといっていいほどだった。だが、

 

「ちょーと、まずいんじゃない? これ。ここまでとか聞いてないんだけど」

 

「どーせあれだろ?またあの腐れ変質者の野郎が何かしたってことだろうが。たくっ、余計な事してくれやがるぜ」

 

 スバルを間にしながら行われるやりとりにも彼女はまったく反応せずに佇んだままだ。

 

「まぁ、これがあの腐れ野郎の狙い通りなんだろうな。そこらへんどうよ」

 

「どうもこうもないじゃん。第一こっちに回されたからやってるだけで、ほんと嫌だっての」

 

「ま、だろうな」

 

 スバルでなく、その前。かつての存在が回帰し、魂を塗りつぶしている今この状況こそがあの変質者の狙いなのだ。

 なんとなくだが、他の二か所からは一瞬だけ懐かしい気配を感じたがすぐに消えて、なじみのものに変わっている。

 だからうまくいかなかったのはここだけ。

 

「やっべ、兄貴に怒られるかもな」

 

「それはいやだなぁ……」

 

 まぁ、怒られるのはカイトだけでレヴィはそう怒られはしないだろうが、カイトはあえてなにも言わなかった。

 

「んじゃ、まぁ」

 

「とりあえず」

 

 レヴィとカイト二人の魔力の質が上がっていき、より高度の強化していく。

 そして、それに当てられたように。

 

「…………」

 

 スバルが無言で拳を構えた。ただ両の拳を握りしめているだけというのにも関わらず、馬鹿げた圧力を感じる。

 だが、むしろそれこそ上等だというように、カイトとレヴィは笑い、

 

 

「ぶん殴って叩き起こしてやるよ!」

「ぶっ飛ばして戻してあげるね!」

 

 カイトは引き金を引き、レヴィは疾走を開始する

 そして、

 

「…………来い」

 

 漏れた声は到底いつものスバルからはかけ離れた声。動きすらも普段とは違う。錆びた鉄塊のような、すでに壊れたような声。

 疾走し、超高速で接近するレヴィと、カイトから放たれた銃弾。雷光と灰色狼の牙。

 それに対し、

 

「----」

 

 動きそのものは決して早くなかった。むしろ緩慢とすら言える動作だった。だがにも関わらず、

 

「くっ!」

 

「ちっ!」

 

 振り下ろされた戦斧は手の甲で受け止められ、弾かれ、その動きのままカイトの銃弾を殴る。本来ならカイトの弾丸は相手の動き阻害することができるが、しかしスバルはまったくその動きを損なうことなく弾丸を打撃した。飛来した二十にも及ぶ全てを殴りつけ、消失する。そして再び鉄拳はレヴィを狙い、

 

「避けろ馬鹿っ!」

 

 レヴィの腹に巻き付いた鎖が彼女を引っ張る事で救った。空振りした拳はアスファルトの地面に落され、

 

 爆砕した。

 

 それの思わず舌打ちする。背後でもティアナたちが息をのむのがわかった。当然だろう、いくらなんでもスバルにはあんなことできなかったのだから。

 

「けっ……夜のティーガーってか? 大して面白くもねぇ。おいレヴィ! あれ、絶対喰らうんじゃねぞ。さっきみたいにちょーっとあたったてならともかくまともに喰らえば死ぬぜ?」

 

「わかってる。でも、これが……」

 

「ああ、幕引きってやつだ」

 

 幕引きの拳。ご都合主義(デウス・エクス・マキナ)。破滅の鉄拳。言い方は幾通りもあれ、示すことは一つだ。

 

「触れたらジ・エンド。まぁ、さすがに問答無用ってほどまで戻ってるわけじゃねえが、やばいってことには変わりないよな」

 

 そう、本来ならばほんの一瞬でも触れたならばそれだけで消滅されるはずだ。先ほどのように手の甲に弾かれただけでもレヴィのバルニフィカスは滅ぼされ、レヴィ自身も死んでいたはずだ。だが彼女は生きているということは幕引きも完全に回帰していないという事。

 

「ほら……いくぜぇ!」

 

「言われなくても!」

 

 再びカイトが発砲する。二丁拳銃をフルに使い、放った弾丸は三十を超える。その上で尚跳弾させる。

 

「光翼斬!!」

 

 バルニフィカスが形状を斧から鎌へと変化し、その上で光輪を放つ。銃弾らを追いぬき超高速で回転する雷のリング。ビル一つ分くらいなら容易く両断するそれに対しても、

 

「甘い」

 

 僅か一言と共に幕引きの拳を振うことで打ち砕く。やはり、不完全とはいえやはりその性質は確かだ。本来、雷撃系の攻撃はオートで麻痺付与だ。だから、仮に殴って消したならば、ある程度は動きが鈍るはずだが、

 

「----」

 

 欠片も鈍ることなく、カイトの銃弾を正確に幕を引いていく。ただ、殴るという行為だが極限域まで高められ、見惚れるようなキレを以って打撃する。

 そしてそれは当然スバルの動きではなく、

 

「デジャブりやがる……」

 

 知っている。その動きはすでに知っている。嫌と言うほどにだ。

 既知感、既知感、既知感、既知感、既知感既知感既知感既知感既知感既知感既知感既知感既知感既知感既知感既知感既知感既知感既知感既知感既知感既知感既知感既知感既知感既知感-------

 

「……くそったれ」

 

 吐き気がする。気持ち悪い。すでに知っていて、見飽きたものを見ると言うのがどうしようもなく嫌悪感が湧き出る。

 

「目ざわりなんだよ……」

 

「----貴様は」

 

 不快感丸出しの声にスバルが反応する。いつもの生気にあふれた快活そうな目ではない。ああ、どうしようもなくそれがイラつく。

 あの真っ青な空みたいな輝きは全くない。死んだ魚見たいな目でしかない。

 その口から洩れる言葉も彼女のものではない。

 

「もしかしたらって、思ったんだよ」

 

 そう、もしかしたら。

 もしかしたら。

 こいつかもしれないって。

 

「俺が探してたものかもしれないってなぁ」

 

 ずっと昔から探していた。ずっと独りで、孤独で。それでも探していたのだ。

 五年前、ユーノたちと出遭い黎明を迎えるその前から。変わらず、孤独な灰色狼は求め続けてきたのだ。

 ユーノは違った。アリサは違った。すずかも違った。シュテルもレヴィもディアーチェもギンガも。なのはもフェイトもはやてもシグナムもヴィータもシャマルもザフィーラもエリオもキャロもティアナも違った。他にこれまであった人たちも違った。大体がすぐ見ればわかるのに、スバルだけはよくわからなくて。

 かつての既知感からの不快感によるものなのか、それとも自分自身の感情なのかはっきりしなかった。

 

 だから、今だって確証があるわけでもない。

 それでも、

 

「むかつくんだよ……!」

 

 ああ、この感情がなんなのか。まったく見当はつかない。ガキみたいな癇癪なのかもしれない。

 それでも。それでも。

 

「てめぇ、みたいな」

 

 お前みたいなやつ相手にしてもなにも楽しくは無い。

 確かに俺はかつて■■■■だったことがあるかもしれないが、今の俺は違う。

 ■■■■ではなくてカイト・S・クォルトリーズだ。

 そして、俺がいつもケンカしてるのはお前(・・)じゃねぇんだよ。 

 

 

「てめぇ、みたいな、わけわからねぇ死に損ないが! ソイツの口で! 面で! 声で! ふざけたこと言ってるんじゃねぇぇぇっっっ!!」

 

 

 そして、灰色狼の雄たけびと共に、彼の魂が、渇望が具現する。

 レヴィが制止の声を上げるが、最早そんなものは聞こえていない。

 

『 餓えていた 飽いていた 孤独に喘ぐ灰色狼  辿り着いたのは妖精住まう湖』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

       『呪いの笛に誘われて 虚ろな戦士に導かれて 

   

     人おらぬ街から 赤い目の魔法使いの言うように

 

    辿り着いたのは妖精郷 巡り逢ったのは孤高の妖精姫

 

 近寄るなと叫び咆える この牙はお前を喰い破る この爪はお前を斬り裂くのだから

 

   ああ なのに 触れたいと願う 美しいたった一人のあなたに

 

 終わりを告げる鐘が鳴る 夜明けを教える鐘が鳴る ひびき とどき きこえてくる

 

    繋いで繋いで繋がって あなただけには別れを言いたくないから

 

    孤独な灰色狼は孤高の妖精姫と 共に夜明けを迎えよう 』

 

 

 

 それは他の誰でもないカイト・S・クォルトリーズだけの渇望。

 

 唯一無二がほしい。

 

 その願いが、祈りが、内向きに集い、彼という異界を創りだしている。

 それは『永劫破壊《エイヴィヒカイト》』、活動、形成のその先、第三位階。歌い上げられた唱は彼の魂の唱だ。

 

 

『----創造』

     Briah 

 

 

 紡がれるのは彼だけの物語。

 

 

 

『----妖精郷の餓え飽く灰色狼』

 

 

 

 外見上はなにも変わらない。変わったのはカイトの内面。

 求道型として発動したことによって彼というのは一時的に存在する一つに異界だ。

 

 そして、

 

「おおおおおおおぉぉぉっっ!!」

 

 疾走する。

 すでにレヴィもティアナたちのことも頭になかった。見据えているのは----唯一人。

 

「----」

 

 当然ながらそれとてカイトの変化は感じていた。これまで迎撃のみだった彼女が始めて前に出る。やはり速度としては早くはない。だが、遅いというわけではないのだ。

 むしろ、ローラーブレードを使わずに走っていることを考えればかなり早い。

 灰色狼の疾走と戦車の前進。

 距離は瞬く間に零になり、

 

「おらっぁ!」

 

「ハアァッ!」

 

 カイトの拳とスバルの拳が激突する。

 本来ならば、ここで勝負は終わっていた。幕引きの一撃が不完全とはいえ、このように全力で触れた以上は破滅は逆らえない。

 ご都合主義(デウス・エクス・マキナ)は伊達ではないのだ。発揮されたそれから逃れるには同種の力によって相殺するか、発生した瞬間からその存在を止めるかしかない。

 そして、カイトはそのどちらでもない。

 故に彼は必滅の運命を辿るしかない。

 

 だが、

 

「----!」

 

 幕引きの拳を受けたにも関わらず、カイトは笑みを浮かべていた。

 

「だーかーら、お前じゃねぇんだよ。お前じゃあ、な」

 

 目を見開き、絶対のはずの鉄拳が塞がれたことにより、彼女の身体僅かに硬直した。

 その僅か一種、その内に懐に潜り込み、拳をぶつけ合ったのとは逆の手で、スバルのバリアジャケットの襟を掴む。

 

「いい加減、よ」

 

 掴み、そして思い切り体をのけ反らせて、

 

 

「目ぇ覚ませやぁ----スバルッ(・・・・)!!」

 

 

 額をスバルの額に叩きつけた。

 

「……ッ……!?」

 

 額同士が衝突し、周囲一体に轟音が響く。

 レヴィやティアナたちが呆然として口を開けていた。

 あの幕引きがカイトに効かなかったこともそうだし、なによりまさかあんな喧嘩殺法を行うとは予想外だった。

 

「…………」

 

「…………」 

 

 額を突き合わせたまま、数秒固まっていた。

 そして、声を上げたのは、

 

 

 

 

「痛っったあぁぁぁーーーーーー! な、なにしてんのさっ、カイトッ(・・・・)!!」

 

 

 

「あ……」

 

 ティアナたちから驚きと安心が混ざった吐息が零れる。

 今痛みに叫びを上げたのは間違いなく、見慣れた、いつものスバル・ナカジマだったから。

 

「痛った! 痛った! ほんといつもいつも、なにしてくれるのさ、カイトはさ!」

 

「あーうるせえ。お前、助けてやったんだから感謝しろよな」

 

「はぁ!? なんのことさっ!」

 

「おまっ! まさか憶えてねぇのかよ! 今間違いなく俺のファン増えたぞ!?」

 

「またわけのわからない事を……ていうかホントに痛い……」

 

「そりゃ俺だっていっしょだっての……」

 

 二人が同時に額を押さえながらその場に座り込む。

 

「……は?」

 

 カイトは右手を当てた額から少しだけドロッとした感触を感じた。

 額から右手を離してみれば指に僅かに血が付いていた。 

 頭突きしたせいで頭を切ったのだろうか。少しだけとはいえ血が流れていた。スバルのほうも僅かに血が流れている。

 自分に指の血とスバルのそれを、呆然と眺め、

 

「…………」

 

「……つぅ……、ん? なに?」

 

 聞くがしかし、答えは返ってこない。呆然と眺め続けていて、反応がない。

 不審がってスバルが覗きこみ、

 

「ちょっ……カイト?」

 

「……………………く」

 

「く?」

 

 ようやく漏れた言葉に、スバルが首を傾げ、

 

 

 

 

「く、くくくっ、ははははははははは! はははははははははは!」

 

 

 

 

 めちゃくちゃ笑いだした。

 

「う、うわキモっ!」

 

 スバルが何気に酷いこと言ったがそれも聞いてなくて、

 

「ははははっ、ははっ、あはははははははははは! っはははははははは!」

 

 血がついた手の平で顔を覆い、目じりに涙さえ浮かべて笑う。

 

 そうか。やっぱりそうか。こいつだ、こいつなんだ。

 

「ああ……やっと、見つけた」

 

「はぁ? なにさ」

 

「別に? なんでもねぇよ! ……っく、はははははは!」

 

「だからキモイっていうのー!」

 

 カイトがまた笑いだし、スバルが叫ぶがそれでも笑い声はとまらない。

 

「……なによ、あれ……」

 

「さ、さぁ……、ボクにもちょっと……」

 

「あんなカイトさん始めてみました」

 

「ホント……」

 

 レヴィたちがドン引きしているのにも関わらず。

 

 

 

 

 

「はははははははははははっ!!」

 

 

 

 

 ただ、嬉しくてたまらなくて、笑っていた。

 

 

   




感想いただけると幸いです。というか感想おねがいします。はい

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