夏休みも終了のカウントダウンが始まった、八月某日。
天気は快晴。恐らくは今日も三十五度を超す猛暑日になるだろう。
まだ太陽が登り初めて数時間だが、エアコンがない上条家新居の『上条当麻の部屋』にて、上条は身体に掛けていた筈のタオルケットを蹴飛ばして既に寝苦しさに悶えていた。
そんな中、ガチャッと勢いよくドアが開け放たれる音と共に、「おにぃちゃーん!」という甘え成分100%の声が響く。
全国の妹がいない男子達が揃って拳を握り締める、朝甲斐甲斐しく兄を起こしにきてくれる妹の登場である。
だが、待って欲しいと普段は幻想をぶち殺す側で右拳を握り締める系男子である上条当麻は、半分寝ぼけたまま釈明する。
ああ、じゃあなんですか? 毎朝起こしにきてくれる系幼馴染みですかぁ? 喧嘩売っとんか、カミやん! と何故か脳内の青髪ピアスに胸ぐらを捕まれた所で――上条当麻の土手っ腹に衝撃が響いた。
すわ、まさか本当に青ピの呪いかと、思わず身体を起こして――少年は絶句する。
寝起きの上条の腕の中に、天草式十字凄教の五和が居た。
「……………………え?」
上条当麻は、今度は脳内も含めて絶句する。
数秒間、何も考えられない時間が経過した。
そして徐々に、本当にゆっくりと回転を再開する上条のお馬鹿な頭脳。
寝起きの汗を掻いてベタベタな身体に、Tシャツ一枚の五和の身体が密着している。
おしとやかな性格のくせに何故かいつもその見事な身体のラインを強調するようなぴっちりとした服装が印象的な少女。今も不自然に胸部だけが盛り上がっているぴっちぴちのTシャツだ。
黒目がくりりとした大きな潤んだ瞳と、上条の間抜けに開いた両目が真っ直ぐに見つめ合っている。恥ずかしがり屋な五和としては、あり得ない程の至近距離で。
呆然としている上条を見て、可愛らしく小首を傾げる五和。
それだけで寝起きの脳が沸騰してしまいそうな破壊力だが、そんな破壊神五和様は、次の瞬間、更に的確に上条当麻(童貞)を殺しにかかってきた。
「どうしたの? おにいちゃん?」
上条当麻の脳は、顔面と共に情けなく沸騰し、馬乗りになっている五和を吹き飛ばして、一目散に洗面所へと向かった。
×××
ばっしゃばっしゃとキンキンに冷えてやがる水道水で顔面に集まった血液を散らすことを試みること、都合十度。
なんとか沸騰した熱が収まってきたところで、上条当麻はTシャツに染み込んだ汗を絞るように、胸の辺りを握り締める。
どくんどくんと、心臓が全身に血液を巡らせる音が聞こえる度に、体温が下がっていくような錯覚を起こす。
(……落ち着け。俺はこの世界では、まだ五和に会っていない筈だ。そんな俺に対して、あの五和があんな距離感で接してくるのも、ましてや俺をお兄ちゃんと呼ぶことなんて絶対にあり得ないっ!)
ならば、考えられる可能性として上げられるのは、大きく分けて三つ。
一つ目は、上条当麻が思い出せない、この世界の上条当麻が0才から6才の間にどこかで五和と出会い、お兄ちゃんと慕われる程の関係性を築き上げた可能性。
二つ目は、逆行する以前に体感で数万年という時を経験したにも関わらず一向に悟りの境地とかに辿り着けなかった為に現役高校生クラスで健在な童貞力により作り上げた妄想という可能性。
一番はともかく二番とかだったら半ば本気で自殺を検討しちゃうくらいの黒歴史だが――未だ収まる気配を見せない、手で押さえた場所から響き続ける鼓動は、残念ながら男子高校生の性欲故ではなく……有り体に言って、嫌な予感という、上条当麻にはよほど馴染み深い感覚だった。
本来ならば、こんな所で油を売っている場合でも顔を洗っている場合でもない。
確かめなければならない。もしくは、受け止めなければならない。
(……だが……そんなわけ……だって――)
上条は、洗面所に隣接している空っぽの風呂場を覗き込む。
昨日も(女子中学生が使用する前に)利用した風呂場。そこには、昨日と同じく、水場を守る守護獣として見立てられる『亀』のオモチャはない。
冷蔵庫の上にも電子レンジの上にも『金』の守護獣となる虎はいなかった。
玄関も『南』向きではないし、そこに『赤』いポストもなかった。
三千どころか、この家には一つも、オカルトグッズのおの字も存在しないのに――ッッ!
(……なんでだ!? どうして――)
その時、洗面所で水を流しっぱなしにしている上条の背中に声が掛けられる。
「あらあら。当麻さんは朝の洗顔に命を賭けているスタイルなのかしら? 出来れば我が家の水道代を考慮してほしいのだけど」
声は――女性だった。
いつかのように、幼くはない。だが――その声色は、
上条詩菜の声色ではない身体が、上条詩菜としての台詞を話している。
まるで、俳優が、その役柄を演じているかのように。
「――――ッ!?」
上条がゆっくりと振り返る。
そこには、『上条詩菜』の寝間着を纏った、色の強い長い金髪に碧眼の女性が立っていた。
(……っ!?
これまた、上条当麻が知っているけれど、この世界では未だに出会っていない筈の女性。
そんな女性が、まるで母親が息子に向けるような瞳を、上条当麻に向けていた。
「…………あぁ。悪い、寝ぼけてた。……父さんは、まだ寝てる?」
「刀夜さんなら、私が起きた時に起き始めてたみたいだけれど」
上条は水道を止めると、詩菜の言葉の途中で洗面所から出る。
すると、入れ違いに洗面所へとやってきていた『少女』達とぶつかりそうになる。
「あ、申し訳ありません。とミサカは衝突に対する謝罪と合わせて、あなたに初めて見られる寝起き姿に恥ずかしさを覚えます」
「おはようございます、上条さん。……って、なんか変な感じですね。へへ」
そこには、おそらくは寝起き姿を見て見られることに年相応の恥ずかしさを覚えているのだろう『少女』達がいた。言葉の感じから、恐らくは00001号と佐天だろうか。
だが、上条には、目の前の二人の姿が、上条当麻が見たことのないどこかの別の少女のように見えていた。
この世界でまだ出会ったことがないというわけではない。恐らくは前の世界でも、上条が出会うことのなかった少女。
00001号の姿は、恐らくは中学生くらいの左右にお団子を作った黒髪の少女だった。
佐天の姿は、子供の落書きのような顔に見える三つの宝石を後頭部に埋め込んでいる少女だった。
「…………ッッ!!」
上条は二人が見たことのない少女に変化していること、そして何より恐らくは佐天だと思われる少女の頭頂部のそれに絶句しかけたが――これが、この現象が上条の頭に浮かんでいるそれなら、佐天のそれは佐天の異常ではなく、今、佐天の『外見』になっている、どこかの別の少女のそれだ。
上条は必死に唾を飲み込んで言葉を堪えながら「……ああ、おはよう。二人とも」とだけ言って、足早に二人の横を通過する。
少女達は不思議そうな顔をしていたが、上条は構うことなく、恐らくはリビングで布団を敷いて未だ寝ているであろうインデックスと00005号の『
(……これが、
違うと信じたい。だが、それと同時に、
自分は、この現象をどうやって止めればいい。
今の上条の最大の武器である『逆行』――模範解答の所持、それが委細通用しない戦いに、その身を投じることになる。
「……ッ! 父さんっ!」
前の世界で、この世界的大魔術事件――『
その男は既に起床していて、寝室から繋がっているベランダに出て、その全身で日光を浴びていた。
「――おう。おはよう、当麻。……はは。こうしてお前におはようと言えるのは、本当に久し振りだな」
振り返り、そう言って笑う父親の姿は――
だが、恐らくは全世界の人間が知っている顔――
「っっっ!!!」
上条は、ただ唇を噛み締める。
刀夜は――犯人ではなかった。
だが、もう疑いようはない。
この世界でも――『御使堕し』は、間違いなく発動してしまった。
今も、この世界のどこかに、『天使』は堕とされ彷徨っている。
だが、その最大の手がかりは、こうして失われた。
上条刀夜ではない、上条当麻の知らない誰かが、こうしてこの大魔術を発動させた。
容疑者は、全世界の人間。
上条当麻は、この世界の住人として真っ
「……ああ。おはよう、父さん」
上条にとっては、いつも通りの不幸な朝だった。
×××
夏。
それは、気温と湿度の上昇と共に、なんだか気分もハイになっていく開放的な季節――だったのも、少し前までの話。
毎年のように三十五度超えを連発し、異常に高い湿度と相まって、世界一不快な暑さと称されるようになった日本の夏は、エアコンの効いた室内で過ごすのが健康的と言われるようになった。
今日もいつものように日中は体温超えの気温となり、下手すれば四十度に届くかもしれないと――幼稚園児のキャスターが伝えていたことを思い出し、上条当麻はパラソルの日陰の下で溜息を吐く。
(……暑い。どうなってるんだ、この『世界』の暑さは……ッ。『前回』はここまでしんどい暑さじゃなかったぞ)
こんな気温、こんな快晴の炎天下、その上、クラゲの大発生という条件まで重なると、わざわざ大金を払って貸し切りにしなくても自然と貸し切り状態となる。
「そぉれ!」
「きゃあ! 冷たいんだよ~!」
後頭部に人間の顔のように宝石が埋め込まれている黒髪の少女――の
海パン姿でレジャーシートの上で体育座りをしている上条は、目線の先でそれはもう楽しそうに夏を満喫する四人の少女を見詰めていた。
「……これが、海……というものなのですね、と、ミサカは初めて眺める大海原に感嘆の溜息を――ぷ」
「そぉれ。とミサカはセンチメンタルな雰囲気を醸し出す数分だけ姉に、日本のアニメの水着回なるもので学習した正しいきゃっきゃうふふというものを実行します」
上条は、頭の左右にお団子を作っている少女の姿の00001号と、色白碧眼の肩にかかるくらいの金髪の少女の姿の00005号が、生まれて初めてみる海ではしゃぐ姿を、慈愛の篭もった瞳で見詰めていた。
(……00005号の『
そんな、はりきって海水浴場に来たものの運転手役をこなして本番が始まる前に疲れちゃったお父さんが一人ぽつんとレジャーシートに置いてけぼりで荷物番に(勝手に)任命されたみたいな格好になっている上条の後ろから、ざくざくと砂を踏みしめる音が近づいている。
現れたのは、上条みたいな勝手に父性を感じているだけのなんちゃってお父さんではない、正真正銘の本物の父親だった。
「おう、当麻。何やってるんだ、そんなとこで。他の観光客もいないみたいだし、荷物番なんて律儀にやらなくて大丈夫だぞ。お前もあの子達と混ざって遊んでこい」
上条はそんな父親の言葉に「……ああ、悪いけど俺はそんな気分じゃ――」と言い掛けて、後ろに回した首をピタリと止める。
「ん? どうした、当麻。ふふ、俺もまだまだイケているだろう? 最近、ジム通いを始めたんだ。そろそろ真面目に運動不足を解消しなくてはと思ってな」
そんな戯言は上条の耳を右から左に何の抵抗もなく通り過ぎていた。確かに、目の前の父親の腹筋は年齢不相応には見事に割れているが、それは上条刀夜の健康の為の(続くかは大いに疑問な)運動習慣の賜物ではなく、偉大なる合衆国大統領が主に女にモテる為に鍛え上げた成果である。
上条の目は、そんなおっさんの身体ではなく、その隣の母親の水着姿に向けられていた。
ここで上条は、己の余りにも迂闊な失態に打ちのめされることになる。
(……そうだ……俺は知っていたッ!
そう、それは、避けられた筈の悲劇だった。
ただ一言、なんだったら今朝の出発前にでも、上条が母たる詩菜に、高校生の息子がいる母親たる詩菜に、こうぶつけるだけでよかったのだ。
年甲斐のない水着はやめろ――と。
その怠慢の結果が、母親の姿で再現されるか、そうでないか、ただそれだけの現実に過ぎなかった。
前の世界でのこの神奈川県某所の海岸においては、
だが、今回のそれは、『前回』のそれとは真反対の破壊力を放っていた。
これが等身大の
そこには、『ヒモ』と呼ばれる部分が透明なビニールで出来ている、隠すべき
はっきり言おう――めちゃめちゃ似合っていた!
主に男子高校生が大歓喜的な意味でッッ!!
「…………………………はっ! げんころッッ!!」
「当麻さんっ!?」
「何故、唐突に自らの頬を殴打したんだ当麻っ!?」
上条が突発的に己の
だが、そのオリアナの暴虐的な肢体を覆うには余りにも頼りない水着姿で屈む
(……くそっ。インデックスの時も色々な意味でヤバかったが、オリアナの場合はなんてことはない、正統派の意味でヤバい! ていうか似合い過ぎだろっ! 普通にオリアナの私物なんじゃねぇのかこのエ○水着っ! アイツこういうの好きそうだしッ!)
と、脳内でこの世界ではまだ出会っていないオリアナに勝手に風評被害を与えていると、そこは女性として伊達に
「あらあら。当麻さん的には、この
「なにぃ! 当麻! 確かに母さんは今も衰えぬ美人さんだが、例え当麻だろうと渡さないからな! それはそれとしてやはり親子だな。この水着の良さが分かるとは。何を隠そう、この水着は父さんから母さんへのプレゼントで――」
「貴様ぁ! やっぱりかぁ! オカルトグッズ分の余った金で、何を課金してやがるっ! 息子と女子中学生がいる海岸で
金髪碧眼のナイスバディの肩を抱く合衆国大統領という危なすぎる絵面に向かって、躊躇なく右拳を振るうことが出来る系男子上条当麻の咆哮は、女子中学生達の教育に悪すぎるという理由で、上条家の(夜の寝室的な意味での)闇を葬ることに成功した。
そして、海には二・三着異なる水着を持ってくる系女子力を誇る詩菜が、比較的健全な水着(それでもエロく見えてしまうのは、上条の目にはオリアナに見えているからだと必死に己に言い聞かせた上条であった)に着替えたのを確認すると、佐天達にちょっと疲れたから部屋で休むと言って上条は海岸を後にした。
×××
わだつみの家の自分に宛がわれた部屋に入り、すぐさま水着から動きやすい私服に着替えると、上条は土御門に向かって電話を掛ける。
(何はともあれ、まずは土御門と合流することだ。アイツも既に学園都市を出ている筈。……言葉だけの説明と実際に体験するのでは訳が違う。混乱していないといいんだが)
そうは言うものの、実際に土御門が
出会ってからの印象故か、それとも何度も窮地を導いてくれたからか、上条にとって土御門とは、まさしく『プロ』という言葉の体現者だった。
神裂やステイルも上条にとってはプロの魔術師だが、それぞれの扱う強力な魔術故か、上条にとっては彼等を表すには『魔術師』という言葉が先に出てくる。
しかし、土御門は、普段は魔術を行使出来ないからか、学園都市側のスパイとしての顔も見せるからか、上条にとっては、土御門こそ、感情のままに状況に流されることしか出来ない『素人』の自分とは対局の、まさしく『プロ』のエージェントだった。
親船最中の子飼いとして、学園都市の闇の中で動く機会が増えた今の世界においても、上条は土御門の立ち振る舞いを何度も参考にした。
言ってしまえば、上条にとっては一種の憧れの姿であり、誤解を畏れずに言わせてもらえるのならば、土御門は上条にとって最も頼りにしている存在といっても過言ではないだろう。
そんな土御門元春が、例え世界規模の大魔術の直後でも、慌てふためいている姿というのは想像出来ない。
だが、一つ気がかりなのは、部屋に戻り、真っ先に確認した携帯に――
事前に
(……前回の土御門達は、確か
しかし、この世界では、全く何の接触もない。
そのことを不審に思いながら、上条はコール音を繰り返す電話を耳に当てながら思考する。
(……いや、待て。確か、前回、土御門や神裂が
今回の世界で土御門は、
その上、上条当麻の『外出』に遠目から同行するようなことも言っていた。
つまり――土御門は、ロンドンには戻っていないということになる。
そこまで考えて、上条の背中から冷たい汗が噴き出す。
(……まさか、俺が中途半端に未来を明かして、ずらしちまったから……今回、土御門は完全に
上条がそんな思考に至った瞬間、電話が繋がり『もしもし……カミやんか?』と、土御門との電話が繋がった。
一瞬、安堵しかけた上条だったが、まだ確信は出来ない。
通話の向こう側の土御門が、全く別人の『
「……土御門。今の状況が分かるか?」
故に、無意識に声のボリュームを落として尋ねる上条に、土御門はふっと笑って。
『おいおい。事前に忠告してくてたのはカミやんだろう? その上で吞まれちまうようなヘマは土御門さんはしないぜよ。俺は土御門元春だ。見た目もイケメンなおれっちのままだぜい』
その言葉を聞いて、改めて安堵した上条は「そうか。なら、早速だが土御門、合流しよう。今、俺は――」と早口で言い募ろうとしたが『――と、いいたいところなんだがにゃー』と土御門が上条の言葉を遮るように言う。
『本当に不甲斐ない話なんだが、カミやん。
「――あ、そうか。いや、それは気にしないでいい。『前回』のお前達もそんな状態だった。それでも俺にはちゃんとお前が土御門に見える筈だ。だから――」
『あの『部屋』の結界でも完全に防げない程のものだったのか、それともあえて防がなかったのかは俺には分からん。しかし、アイツをある意味信用して自前の結界を更に構築しなかった俺のミスでもある。だから、この状況は俺の自業自得だ。本当にすまない、カミやん」
「……? だ、だから気にしないでいいって。俺にはお前がしっかりと土御門に見える。その筈だ。だから、早く合流しようぜ。お前の力が必要なんだ」
『――いや、
土御門はそう断言した。
そんな電話の向こうからは――パトカーのサイレンの音が聞こえる。
『俺の姿は今――他の人間からは、
上条は――絶句する。
「――――ッ!!」
そして、そのまま勢い良く部屋を飛び出し、階段を駆け下りて、全く見たことのない知らない眼鏡少年の『
「あ、ちょっと――」
この
インデックスは『前回』は青髪ピアスだった。だが、『今回』はアイテムの絹旗最愛になっていた。
竜神乙姫は『前回』は御坂美琴だった。だが、『今回』は天草式十字凄教の五和になっていた。
上条詩菜は『前回』はインデックスだった。だが、『今回』はフリーの運び屋であるオリアナ=トムソンになっていた。
人間に堕ちた天使がその中身を追い出して、追い出されたその中身が別の誰かの中に入り、そしてまた中身を追い出して、といった連鎖によって、世界中の人間の『
よって、『外見』と『中身』の組み合わせはランダムである。それ故に、『前回』はそうだったからと言って、『今回』もそうではないというのは納得が出来る。
だから、前の世界ではアイドルの『
しかし、だからと言って――。
『――現場から中継です。本日未明、都内の新府中刑務所から脱獄した死刑囚・火野神作が、この神奈川県○○市で目撃されたとの情報があり、警察は現場周囲一帯を立ち入り禁止として、現在緊迫した空気が流れて――』
確かに、『前回』の
しかし、結果としてはそれは的外れの推理で、彼はある意味で巻き込まれただけの部外者だったわけで――故に、今回の事件においてはまったくの無関係で終わる筈の役者で。
「……お前、まさか」
『いやぁ、面目ないにゃー』
電話の向こうでそんなことを間延びした声で言う土御門だが、その息は荒く、どこか疲れが見えるようだ。
土御門は『自分の状態がどうなっているのかを確かめないままに『外』に出たのは失敗だった。自分が注目を集める存在になっているって知っていたら、いくらでもやりようがあったんだがな』と言いながら、徐々に声を潜めていく。近くに警察官でもいるのだろうか。
上条は、無意識に土御門に合わせるように声のボリュームを調節しながら「大丈夫なのか? 万が一にでも逮捕なんかされたら――」と言い、土御門も『こんなとこで易々と捕まるようじゃ、
『カミやん。悪いが、そっちはそっちでなんとかしてくれ』
その言葉に、上条は思わず息を詰まらせる。
土御門にも言ったが、『前回』の御使堕しにおいて、上条は終始流されることしか出来なかった。
解決に導いたのは他でもない、土御門だ。
その上、今回の
犯人も、トリックも、全く異なる犯行が行われたこと――それしか分からない。
上条は思わず唾を飲み込む。それだけで色々と伝わったのか、電話の向こうの土御門は『大丈夫だにゃー』と間延びした声を返す。
『何もカミやんだけでなんとかしろって言ってるわけじゃない。既にねーちんも向かっている筈だ。俺も時間は掛かるだろうが、そっちに向かう。……だが、この儀式はいつ完成するか分からない。未確定だが、しかし、
土御門は力強く、荒れた息を整えることもなく言った。
『一刻も早く解決する必要がある。その為に、俺を待つことなんかするな。……いつもいつも悪いが、今回も、お前の手に世界がかかっているんだ、カミやん』
幸運を祈る――そう言って、通話は切れた。
上条は、己の不幸を嘆くことも忘れ、幻想を殺す右手で携帯を握り締めた。
こうして、幻想を殺すヒーローは、何も持たない両手で、新たなる