上条当麻が風紀委員でヒーローな青春物語   作:副会長

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……やられ(たわ)(たわぁ)(ました)(ぜェ)


残された人々〈いっぽうそのころ〉

 

 上条当麻御一行が、学園都市を後にし、上条家新居へと足を踏み入れたその頃。

 

 学園都市――常盤台中学学生寮近くのホットドック店にて。

 

 昨今の我が国にしては真夏にも関わらず清々しい程度で落ち着いている気温と日差しの中、木陰の下のテーブルにて、荒々しくホットドッグに齧り付きながら、御坂美琴は力無い笑みを浮かべながら呟いた。

 

「……やられたわ」

 

 御坂美琴が、妹達(シスターズ)の存在を知ったあの日から欠かさず続けている彼女達の住居への訪問。

 今日もいつも通りの時間に訪れたら、そこに居たのは00003号(三女)一人だけだった。

 

 その理由を問うと、何と上条当麻の帰省に、佐天とインデックスと00001号と00005号だけ同行したというではないか。

 

(流石は佐天さん。……私にはまだちょっと無理な行動力だわ)

 

 どちらにせよ、超能力者(レベル5)の自分では学園都市外への同行などという許可は降りなかっただろうが——しかし、その恋する女子としての黒さとアグレッシブさは、普通の女子中学生の御坂美琴としては、尊敬半分、やってくれたな半分という気持ちだった。

 

 まぁ、食蜂やら白井ならば兎も角、佐天となると御坂としては恋敵や曲者というよりは友達や後輩という面が強い為、余り強く恨みに思うことも嫉妬することも出来ない。

 

 これが果たして好意から来るものなのか、それとも無意識に敵ではないと思っているのか——能力による戦闘(バトル)戦闘ならばまだしも、女子中学生としての初恋を巡る恋愛(バトル)において、果たして自分と佐天にどれだけの戦力差があるというのか。

 

 少なくとも女子力という面では自分にそれほどアドバンテージがあるとは思えないが——そういった自覚はあるものの、今は自分の恋心と向き合うのに精一杯で、目の前でイチャイチャされていたり、その相手が食蜂(しょくほう)操祈(みさき)でもない限りにおいては、今の自分ではそこまで嫉妬心を燃やすことが出来ない。情けないことだという自覚はあるが。

 

 その点においては、自分は生まれて半年のこの妹にも、既に追い抜かれてしまったのかもしれない——と、御坂は、目の前で同じホットドッグを食べながらも、露骨に頬を膨らませている00003号を見遣った。

 

「……まーだへそ曲げてるの? しょうがないじゃない。ジャンケンで負けちゃったんだから。流石に五人は連れて行けないでしょ。そこはアイツや冥土帰し(ヘヴンキャンセラー)先生が正しいと思うわよー」

「目の前にチケットがぶら下げられていたのに、横から同じ顔をした奴に掻っ攫われた悔しさは、お姉様には分かりません、とミサカは初めから蚊帳の外にいた今章ではモブキャラのお姉様に露骨に八つ当たりします」

 

 ぷいっと、御坂から顔を背けながら、もそもそとホットドッグを頬張る00003号に「……こうして学園都市に残されてる時点で、あなたも今回はモブキャラよ」と、苦笑しながら妹の拗ねを宥める御坂。

 

「それにしても、アイツも本当に忙しいわね。この間、幻想御手(レベルアッパー)事件とやら禁書目録(インデックス)の件が終わったばっかりなのに。次は学園都市の外までお使いなんて」

「今回は何かの事件ではなく只の夏休みと聞いていますが、とミサカは自分達だけ新しい水着を新調してうきうきだった姉と妹を思い出し、再びムカムカを蘇らせながら回想します」

「まぁ、そうらしいけど。あれだけいつも忙しそうに走り回っている奴が、只の休暇で終わるわけないよなーって」

「それはフラグという奴ですか? とミサカはお姉様にオススメされた漫画という娯楽で得た知識を活用しながら問い返し——むぐ」

 

 マスタード付いてるわよっと御坂は三女の鼻のマスタードを拭いながら、残っていたホットドッグを口に放り込みつつ立ち上がる。

 

「あっちのことはあっちに任せましょ。アイツが付いてるんだから、何が起こっても大丈夫でしょーよ。それより、あっちが楽しんでるならこっちも負けないくらい楽しみまないとね。夏休みも残り少ないんだから」

 

 取り敢えずは00001号と00005号に負けないくらい可愛い水着を買ってあげる、と00003号の手を取って御坂は立ち上がらせると、00003号は口元を綻ばせながら、こちらもホットドッグを全て食べ終え、ごくんと嚥下したその勢いのまま、笑顔の(オリジナル)に向かってこう言った。

 

「そうですね。水着も勿論欲しいのですが、ミサカ達の名前もそろそろ欲しいです、とミサカは締め切り間近の作家にプレッシャーを掛ける編集者のように追い詰めてみます」

「うっ……。ご、ごめんね、色々と考えてはいるんだけど……なんか考えれば考える程、どれもいいようなどれも悪いようなって感じでドツボに嵌まっていく状態といいますかなんといいますか」

「今回の00001号と00005号は勢いで乗り切ると言っていましたが、今後誰かに自己紹介する機会がミサカ達にもいつ訪れるか分かりませんので、とミサカは残り少なくなった夏休みの宿題はよやれやとお姉様に携帯のカレンダー画面を突きつけながら脅してみます」

 

 御坂は、あははと笑って誤魔化しながらも、00003号の分のゴミを預かりながら、くるりと背中を見せつつゴミ箱に向かう。

 

 ここ数日、毎日のように妹達(シスターズ)の部屋へと通い、彼女達が第一印象よりもずっと個性が異なる、正しく五つ子のような姉妹なのだということが、御坂には分かってきた。

 

 00001号(一女)は、姉妹の中で一番クールであり、一番恥ずかしがり屋であり、いざという時は思いもよらない強さを見せることもある少女。

 00002号(二女)は、姉妹の中で一番おしとやかであり、一番引っ込み思案な所はあるが、それがかわいらしく物静かな少女。

 00003号(三女)は、姉妹の中で一番子供っぽいところがあり、一番寂しがり屋で、だからこそ一番素直な少女。

 00004号(四女)は、姉妹の中で一番負けん気が強く、一番我が強いが、とても責任感が強い少女。

 00005号(五女)は、姉妹の中で別格にフリーダムで、どうしてこんな個性が芽生えたのかと疑問を抱くくらい不思議なキャラだが、だからこそ一番内面が読み取れない少女。

 

 最終個体(末っ子)は、絵に描いたような天真爛漫な少女で、フリーダム具合でいえば00005号と負けないが、しかしその見た目と反してとても賢く包容力のある女の子だ——本当にみんな可愛くて、愛おしくて、だからこそ、彼女達に相応しい素敵な名前をと張り切ってしまう。

 

(でも、だからといってあの子達に不便を掛けたら本末転倒よね……)

 

 学校に通うのは二学期からとはいえ、既にこうして妹達(シスターズ)は街を自由に出歩いている。

 これから多くの見知らぬ人と、妹達は関わっていくのだろう。

 その上で、名前というのは彼女達という『個人』を示すのに必要不可欠なものだ。

 

(……夏休みの宿題、か。……真摯に向き合わなきゃね。一夜漬けなんて(もっ)ての外)

 

 御坂はホットドッグのゴミをゴミ箱に捨てて、00003号の元へと戻る。

 

「ごめんね、お待たせ。じゃあ、行こっ——か……?」

 

 姉が戻るとそこには——(00003号)をナンパしている、小綺麗な好青年が居た。

 

「あのー、御坂さんですよね? 僕ですよ、覚えてないですか? おかしいな、何度も会っているじゃないですか」

「いえ、ミサカはお姉様ではなくてですね、とミサカはこいつしつけえなと人違いであることを真摯に訴えます」

「ほ、ほら! やっぱり御坂さんじゃないですか」

「いえ、このミサカというのはミサカ達のキャラ設定による口調によるもので——」

「おらぁッ! 人んちの妹をなにナンパしてくれてんよ、このチャラ男がぁッ!!」

 

 ごふっ! と、某風紀委員(ジャッジメント)のツンツン頭の先輩からかつて本気で怒られた為に電撃を控えた一撃を、具体的には主に自動販売機相手に日頃からトレーニングを重ねているハイキックを、御坂は(00003号)をナンパしていたと思われる見た目好青年に叩き込んだ。

 

「大丈夫? 変なことされてない?」

「え、ええ。と、ミサカは自分の無事に安堵するよりも先に相手方のダメージを心配してしまう程の一撃を食らったナンパ男に同情します」

 

 00003号は、自分の両肩を掴んでこちらの顔を覗き込んでくる御坂に、足下で転がる男性を指差して尋ねる。

 

「そ、それよりも大丈夫ですか、お姉様。どうやらお姉様のことをご存じのようでしたが、とミサカはこいつ知り合いなんじゃねぇのとナンパ男とお姉様の関係性を問います」

「知り合い? 私にこんな夏の陽気に身を任せてナンパなんて愚行に走るような知り合いなんて――」

 

 と、そこで、御坂は動きを止めた。

 

 頬を真っ赤に腫らせて、その端正な顔を押さえながら立ち上がったのは、残念ながら覚えのある顔だった。

 

「イタタタ。あ、あれ? 御坂さんが――二人?」

 

 海原(うなばら)光貴(みつき)

 ここ最近、御坂美琴の周囲をうろついていた男であり、常盤台中学校の理事長の孫として、これまでは穏便にやり過ごしてた――間違ってもハイキックなどを叩き込んでは大変面倒なことになること請け合いな人物だった。

 

「妹……さん、ですか?」

 

 そして、心配していた妹の自己紹介シーンも唐突にやってきた。

 

 どうする? どうすんのよ? ――と、00003号がじぃーと自分を見詰める視線を感じる。

 

「……はは」

 

 とりあえず笑って誤魔化すことにした。

 

「……いえ、あの――こちらの方は、妹さん、ですか?」

 

 無理そうだ。

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

 上条当麻御一行が、学園都市を後にし、上条家新居へと足を踏み入れた、その頃。

 

 学園都市――統括理事・親船最中の執務室。

 

「……やられたわぁ……ッッ!!」

 

 机に突っ伏しながら悔しさに悶えているのは、ついにはポッと出の新人ヒロインにまで両親への挨拶イベントを先越された、未だ相手方の両親に顔も覚えられていない幼馴染み系ヒロイン・食蜂操祈。

 

(……ま、まだよ! まだ御坂さんは上条さんのご両親とは面識がない筈! まだご両親と挨拶を済ませたヒロインの方が少ない筈よぉ! 出遅れてない! 私は出遅れてないわぁ!)

 

 初めは先頭を走っていた筈なのに、次々と抜かれて遂にはまだ自分よりも後ろを走っている人間を見てまだ私は最下位じゃないと自らを鼓舞する、ヒロインとしては黄色信号が点滅し始めた食蜂。

 

 時系列的には間近に迫った大覇星祭にて、件の御坂美琴と、ついでに今回まだ挨拶を済ませていない残る三人の妹達(シスターズ)(つつが)なく上条夫妻への挨拶を済ませることになることを、ちなみに彼女はまだ知らない。

 あとついでにいえば、ツンツン頭が風紀委員になってからの五年間で、白井黒子と初春飾利(あとついでに固法美偉)はもう既に挨拶を済ませていることを、この出遅れ女王はまだ知らない。

 

「女王。あまり可愛いらしくない声で悶えるのはおやめください。彼女が怖がっています」

「あ、あの、大丈夫ですか? とミサカは食蜂様が何か変なものを食べてしまったのではないかと気が気でありません」

「ご安心ください、00002号。何も食べなくとも女王は時折このような発作を起こします」

 

 何か自分の信頼する側近からとんでもなく馬鹿にされたような気もするが、食蜂は何も聞こえなかったことにして来客に引き攣った笑顔を返した。

 

「だ、大丈夫よぉ、00002号ちゃん。それよりも、お話聞かせてくれてありがとうねぇ」

「お役に立てましたでしょうか? と、ミサカは不安げに上目遣いで問います」

「勿論よぉ。……正直、佐天さんを侮っていたわぁ。これからは警戒力を増大させないとねぇ」

 

 そう言って食蜂は、今更手遅れ感が酷いが、優雅に足を組んで紅茶を口に含みながら体裁を整える。

 

(……確かに佐天さんは一般的には只の無能力者。インデックスちゃんも、不法侵入者ではあるけれど、学園都市の殆どからはその価値は分からないでしょう。……それでも、0000

1号ちゃんと00005号ちゃん――妹達を学園都市の外に出すというのは、流石に意外力が高かったわ)

 

 学園都市一有名な超能力者、御坂美琴の体細胞クローンである『妹達』。

 彼女達は分かりやすい、学園都市の、科学サイドの『闇』であり最奥のブラックボックスの一つだ。

 

 それを、念密な事前プランがあったわけでもなく、昨晩の思いつきで決めた同行に、それも『(ゲート)』から真正面の外出など、それこそ超能力者の食蜂や御坂の外出以上に、通常ならば認められないだろう。

 

(なのに、こうもあっさりとそれが認められるなんて。……学園都市は、本格的に妹達に価値を見い出していない? それとも、上条さんを『外』に出すことと同じように、妹達を『外』に出したい理由力が存在していた、とか?)

 

 だとしたら随分と杜撰な計画だ。上条が妹達を連れて行く可能性など、殆どなかったに等しいのに。

 それともこれはあくまでも偶然で、連れ出したら儲けものとくらいに考えていたのだろうか。

 

 それとも、『外』に出しても、『中』にいようとも、彼等にとっては()()()()()()()――?

 

「あ、あの、食蜂様? とミサカは何か怖い顔をさせてしまうことをしてしまったかと不安げに襲われます」

「っ! いえ、何でもないわぁ。最近は御坂さんに独占されていたから、こうしてあなたと一緒の時間が過ごせて嬉しいのよぉ」

 

 現時点では情報が少なすぎる。

 考えても答えが出ないことは、考えすぎても意味がない。

 

 妹達に関しての学園都市側の価値観に対する情報は、後で徹底的に洗い直そうと食蜂が決意を固め直した所で「……それにしても、海かぁ」と食蜂は思考を切り替える。

 

――ウミっていうところに、いってみたいなぁ。

 

 かつて、友達となってくれた少女の、今際の際の願い。

 それがこんなに早く果たされることになるなんてと、感慨深さ半分、そしてもう半分は――。

 

(――出来れば、一緒に見たかったなんて思うのは……傲慢というものかしらね)

 

 そんな、寂しさのようなものも感じながら、食蜂は00002号に問いかける。

 

「でも、あなたたちはネットワークで繋がっているのだから、00001号ちゃんや00005号ちゃんが得た『外』の情報も共有しているのでしょう? なら、あの子達の経験力も、あなた達の経験力となるのだからよかったじゃない」

 

 食蜂のそんな笑みと共に掛けられた言葉に、00002号は俯きながら答える。

 

「……確かに、ミサカ達はミサカネットワークによって、あらゆる情報を共有出来ます。……しかし、ミサカ達の自我が芽生えるにつれて、その在り方は少しずつ変化しています。とミサカはミサカ達の最新情報を解禁します」

「変化力?」

 

 00002号は、食蜂の言葉にこくりと頷き、そしてぽつりぽつりと繋げた。

 

「分かりやすく言えば、他の妹達には知られなくないことは、隠すようになったのです。とミサカはプライバシーという概念が適切かと解説します」

「……なるほどねぇ。つまりは、群体としての『妹達(シスターズ)』の他に、個人としての『00002号(シスターズ)』として確立しつつあるということね」

 

 食蜂は、その言葉に真剣な顔で頷いた。

 それは軍用量産型兵器として生み出された『妹達(シスターズ)』にとっては当初は想定されていない機能だろう。

 

 全ての情報や経験を共有しているが故に、彼女達は無限に成長するクローンとして、彼の学園都市第一位を絶対能力者(レベル6)へと押し上げるに足る『経験値』として認められていたのだから。

 

 しかし、この世に生まれた生命の一つとしては、一つの妹達(しまい)の在り方としては、とても健全な成長だと、食蜂は思った。

 

「素晴らしいじゃない。それはつまり、あなたたち一人一人が、一つの生命として自立力を発揮し始めたということでしょう」

冥土帰し(ヘヴンキャンセラー)先生もそうおっしゃっていました。無論、共有すべき情報は今でも共有していますし、あの方とのあれやこれやを自慢する意味でネットワークに挙げてくる個体もいるのですが、とミサカは今まさにあの方とのツーショット記録をネットワークにアップしてくる00005号(いもうと)に対して殺意を燃やしながら答えます」

 

 そ、そう、と、どうかミサカネットワークは、人間達が構築するインターネットのように、人間の嫌な面をこれでもかと凝縮したような代物にはならないで欲しいと願いながら、食蜂は相槌を打つ。

 

「つまり、簡単に言えば、共有したいと思う情報は共有出来るし、共有したくないと思う情報は上げないことも出来るし、受け取らないことも出来るのです。とミサカは最新のミサカネットワーク事情を食蜂様に報告します」

「……なるほど」

 

 それはある意味では、ミサカネットワークの利便性を失ったともいえる改変だ。

 情報の取捨選択が出来るということは、取るべき情報を捨ててしまう選択ミスが生まれるということでもある。

 

 それでも、そこから生まれるプライバシーともいえる概念は、今でもだんだんと五色に分かれてきた妹達の個性を、さらに明確に色分けすることになるだろう。

 

 つまりそれは、これまでは機械的に処理するだけだった情報を、仕分ける回路が五種類に増えるということ。

 

 そうなると、一概に改悪とはいえないと、食蜂は考える。

 何より、知られたくない、共有したいという感情が生まれることは、妹達にとってはかえがえのない成長だと思えるのだ。

 

「それで……ですね、とミサカは本題に入るべくもじもじしながら意を決して言います」

 

 すると、目の前の生まれて半年ほどの少女は、同じ時期に生まれた姉妹の中でも殊更に引っ込み思案な少女は、言葉通りもじもじと、頬を赤く染めながらも指を擦り合わせていたが、ゆっくりと消えゆくような声で言った。

 

「……今回の帰省で、ですね……きっと00001号と00005号がネットワークにアップするであろう景色(がぞう)を、ミサカは受け取らないようにしようと思うのです、と、ミサカは表明します」

「え? そうなの? どうして? あなたたちにとって初めての『外』の景色でしょう?」

 

 以前、布束砥信によって初めて研究所の外に連れ出された時に見た『外の世界』に対する感動を、嬉しそうに目の前の00002号(この子)が語ってくれた時のことを、食蜂はよく覚えている。

 

 自分にとっては科学の檻としか思えない学園都市(この街)の景色ですら、初めて触れる妹達(この子たち)にとっては心打つ絶景に感じたのだ。

 

 そんな妹達にとって、初めて見る海というものは、果たしてどんな風に映るのだろう。

 自分には想像も出来ないが、きっと素晴らしいものだろう。0号(あの子)も、あれだけ憧れていたのだから。

 

 ならば、そんな体験こそ姉妹で共有するべきなのではと疑問に思う食蜂に、00002号は、恥ずかしそうにもじもじしながら言った。

 

「初めては……食蜂様と……あの方と、一緒がよくて。……と、ミサカは……ミサカは」

「尊い」

「女王!?」

 

 気が付いたら巨乳に00002号を埋めていた。

 理由? 可愛すぎるのが悪いと言わんばかりに、しあわせプレス(意味深)の力をどんどんと増しながら、食蜂は全力で愛を注ぎながら叫ぶ! 愛するその子の酸素を奪いながら!

 

「ええ! 勿論よ絶対に観に行きましょう! あなたと上条さんと私の三人で! ええ、ええ、それこそがしあわせの形よ、今決めたわ! 世界一美しい海を見せてあげるわ新婚旅行はやっぱりハワイかしらね!」

「女王! 女王! 00002号のタップする腕がだらんと下がっています! もう限界そうなので解放してあげてください!」

 

 少し先の未来ではあるが、そのハワイにも噂の上条パイセンは御坂美琴と共に訪れる事件があるのだが、それを食蜂はまだ知らない。

 

 常盤台の女王のヒロインへの道は、まだまだ長く遠く険しい。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 上条当麻御一行が、学園都市を後にし、上条家新居へと足を踏み入れた、その頃。

 

 学園都市――風紀委員177支部では。

 

「…………やられましたわ」

「…………やられましたね」

 

 ピンク髪のツインテールの少女と、黒髪に花飾りの少女が、それぞれの手持ちのデスクでずーんと肩を落としていた。

 

「まさか、昨日の今日でもう学園都市の外に出て帰省とは……相変わらずあの方は読めないですの」

「それにちゃっかり同行しちゃう佐天さんも佐天さんですよ。抜け目ないというか何というか」

 

 まぁ、でも、佐天さんはそういう人だと、初春は妙に納得していた。

 好きなものに対する憧れが強くて、自分に自信がなく躊躇う時もあるけれど、いざという時の行動力はとても真っ直ぐで力強い。

 

 そして、無能力者(レベル0)ということもあるが、ある意味で上条当麻の周辺では珍しい“――普通”な女の子だ。

 オシャレに敏感で、向こう見ずで、なにより今の佐天にとっては――恋愛こそが全てだろう。

 

 佐天だけが唯一、十代の女子らしく、恋愛が全てになり得るのだ。

 自分や白井のように風紀委員として職務を抱えていない、御坂や食蜂のように超能力開発に対する実験協力も必要ない。

 

 この学園都市で珍しい、学校と友達と恋愛だけで形成された青春。

 そんなありふれた、けれどこの学園都市だからこそとても貴重な“当たり前”を、佐天涙子は満喫出来る。

 

 常に非日常の世界に突発的に飛び込み、日常の世界を守る為に戦い続けている上条当麻という少年にとって、そんな彼女はとても希少なキャラクターとなるだろう。

 

 守るべき日常の象徴――上条にとって佐天は、そんな存在になり得るかもしれない。

 

「……本当に、強敵だなぁ」

 

 佐天自身は、御坂や白井や初春のように、上条が飛び込む非日常で隣に立つことが出来ないことに苦悩していたようだけれど。

 帰るべき日常でヒーローの帰還を信じて待ち続けているというのも、立派なヒロインの形だと初春は思う。

 

 いや、むしろ上条の周囲のことを考えれば、そちらの方が競争率が低いポジションなのでは――と、机に突っ伏しながらむむむと考え込んでいると。

 

「はぁ。まぁ、こんな所で今更うんぬんと唸っていても、行ってしまったものはしょうがないですの」

 

 そう言って初春よりも幾分か早く気持ちを切り替えたらしい白井が立ち上がると「上条さんが帰省し、固法先輩が上条さんの有給届けを本部に提出しに行った今、片付けなければならない仕事は山積みですから」と呟きながら、普段は上条専用と化しているコーヒーメーカーでホットコーヒーを淹れると、自分用と来客用の二杯を持って、この佐天一行抜け駆け話を持ち込んでくれた情報提供者の元へと歩いて行く。

 

「お話、ありがとうございますの、00004号さん。これ、上条さんがお気に入りのブレンドですのよ。一緒に飲みましょう」

「いただきます。とミサカはあの人の匂いがしますと若干危ない発言と共にコーヒーの香りを味わいます」

「ねぇ、白井さん。私の分はないんですか?」

 

 白井は00004号とは向かい側のソファに座り、カップを両手に持って嬉しそうにコーヒーを飲む00004号を見守る。

 

「ねぇ、白井さん。私の分はないんですか? 白井さーん」

 

 一口飲んで、その苦さに顔を顰めるも、憧れの人の好きなものだからと頑張って飲もうとするのは、どこか意地っ張りで子供っぽい、自分の憧れの人と似ている。

 

 顔や体型だけではない。やはり、妹達(シスターズ)御坂美琴(お姉様)の妹なのだと、そう感じることが出来る。

 というか、御坂(お姉様)が自分には見せないような萌え仕草を見せてくれているようで興奮する。やばい涎が。ぐふふ。

 

「ちょっと、聞いてますか白井さーん」

「もう鬱陶しいですの! というか机から立ち上がったのならご自分でお淹れなさいな!」

 

 自分の妄想を肩を揺さぶることで強制的にストップさせた初春を露骨に邪険に扱いつつ、何か寒気を感じたのか気が付いたらコーヒーを飲むことを00004号が中断していたので、仕方ないと白井は真面目な話に移る。

 

「それで。00004号さんは、上条さんが戻るまで風紀委員の仕事をお手伝いしたいと、そういう要件でよろしかったですの?」

「はい。痛恨にもジャンケンに敗れてしまったミサカですが、だからといって姉や妹がネットワークに上げる露骨な煽りメモリにただ指を咥えてぐぬぬする夏休みを過ごすつもりはありません、とミサカは負け犬のままでは終わるつもりはないと腕を捲ります」

 

 無表情で常盤台の夏服の短い袖を捲る00004号の仕草に、真面目な表情の裏でひゃっはーしている白井(変態)が目の前にいるのだが、謎の悪寒を感じるだけで00004号は目の前の危機に気付くことが出来ない。

 

 00004号は、ゆっくりと袖を直しながら続ける。

 

「あ、あの方がいると、危ないから駄目だと言われてしまうので。あの方が留守にしている間に、あの方のお仕事がお手伝い出来るようになりたいのです、とミサカは自分が使える女だとアピールする方向に舵を切ります」

「なるほど。留守を守るのではなく、職場で肩を並べることで隣に立ちたいと。……その気持ち、すごくよく分かりますの」

 

 白井はうんうんと頷きながらも、内心でちょっと不味いと思っていた。

 風紀委員として現場で肩を並べるというのは、最近、ちょっとアピール不足気味な白井にとっては唯一といっていい、他のライバルに比べての白井の強みだった。

 

 ここで00004号にもそのポジを奪われたら、自分が上条にアピールすることが出来る数少ないポイントが奪われてしまうかもしれない。

 

 だが――。

 

「で、でも00004号さんは異能力者(レベル2)でしたわよね。この177支部は街中で起きた能力者トラブルを解決することも職務ですの。正直言って、かなり危険なことに巻き込まれる可能性がありますわよ」

「覚悟の上です。確かに、ミサカは00001号や00002号(あね)達やお姉様ほどに強力な能力は使えませんが、妹達(シスターズ)として学習装置(テスタメント)によって刻まれた戦闘知識があります、とミサカはそんじょそこらの不良(スキルアウト)程度には遅れは取らないとアピールします」

 

 ああ、やっぱりと、白井は嘆息する。

 この00004号は、他の妹達と比べても負けん気が強く、言ってしまえば頑固なのだと、他でもない御坂美琴が聞いていた。

 

 つまりそれは、御坂美琴とそっくりだということ。

 こうと決めたら絶対に曲げず、困難に直面しても諦めるということを知らない。

 

 そして――何より。

 

「……駄目、でしょうか?」

 

 御坂美琴にそっくりな顔で、そっくりな表情で、そんなことを言われたら。

 他でもない、御坂美琴の妹に、そんな可愛いおねだりをされて、この白井黒子が断れる筈もなかった。

 

「……分かりました。けれど一先ずは、上条さんが戻るまでの間だけですよ」

「いいんですか? 白井さん」

「仕方ないですの。お姉様も少し前に風紀委員見習いのようなことをやっていましたしね。固法先輩は私が説得しますわ。けれど、正式に風紀委員となるには、二学期に入って学籍を得てからきちんと手続きを踏んで――」

「いえ、それも勿論なんですが――」

 

 初春がこっそりと白井の耳に口を近づけて囁くように言う。

 

「白井さんの唯一のアドバンテージを捨てるような真似をして」

「ぶっ殺、ですの」

 

 あなただって最近は佐天さんの後塵を拝してばかりじゃないですの、やめてください頭の花を毟らないでください、と、白井が初春をヘッドロックしてお前最近生意気だなあーんとパワハラを噛まそうとしていますが風紀委員177支部はいじめなど存在しない笑顔溢れる楽しい職場です。

 

 白井は、そこではぁと初春の首に腕を巻いたまま溜息を吐くと、涙目の初春が「白井さん?」と問いかける。

 

 そこで白井は「ご覧なさいな、初春」と言って目線を誘導すると、そこには。

 

「――やった♪ とミサカはガッツポーズします!」

 

 無表情ながらも、口元に笑顔を作って。

 小さく呟くように、自分の足で踏み出した一歩を噛み締める少女が居て。

 

「……あんな顔をされたら、我が儘を叶えてあげたくもなりますの」

「……そうですね」

 

 そう言って白井は初春と顔を合わせると、初春を解放して「それでは00004号さん。さっそくパトロールに出かけましょうか」と、00004号に向かって声を掛ける。

 

「言っておきますが、風紀委員は厳しい仕事です。例え、お姉様の妹君だろうと、見習いであろうと、指導に手を抜くつもりはありませんことよ」

 

 白井は00004号の袖に腕章を着ける。

 それは、訓練所を卒業したばかりの新人風紀委員が、若葉マーク代わりに身につける腕章。

 00004号がずっと憧れの視線を向け続けた少年が、いつも身につけているそれにそっくりな腕章。

 

「覚悟はよろしくて?」

 

 白井が不敵に笑いかける。

 00004号は、色々な感情が篭もった無表情を、ぐっと引き締めながら敬礼した。

 

「――はい。よろしくお願いします、先輩、とミサカは決意を新たに気合いを入れて返答します!」

 

 その後、「……先輩呼び。……萌え」と言って、少しの間、白井(変態)が使い物にならないハプニングが発生したりしたが。

 

 こうして、00004号の風紀委員体験記は幕を開けた。

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

 上条当麻御一行が、学園都市を後にして、上条家新居へと足を踏み入れた、その頃。

 

 学園都市――とあるファミレスにて。

 

「ずるい、ずるい、ずるい~~~!! ってミサカはミサカはじたばたと手足をばたばたさせてみたりぃ~!!」

「…………やられたぜ」

 

 注文したハンバーグセットが届くまでの僅かな時間を利用して、ここに来るまでの道中ずっと両頬をリスのように膨らませていた打ち止め(ラストオーダー)は、今正に狙い時とばかりに、身体いっぱい使って不満をこれでもかと露わにしていた。

 

 そんな子供の癇癪を宥めるという、大変キャラに合わない面倒くさい役割を押しつけられた真っ白な少年は、「……面倒くせェ」としっかり口に出してぼやきながら、この状況を作り出した同居人に心中で死ぬほど文句を言っていた。

 

(このガキが大人しく留守番役なんかに納得出来るわけねェだろォが。絶対にこうなることが分かって俺にガキの守り役を押しつけやがったンだよ、あのヒーロー。帰ってきたら覚えとけよ、クソが)

 

 まぁ、当のヒーローも突然の帰省に女子中学生四人を同行しなくてはならなくなった身の上、さらに内二人(インデックスと00005号)は間違いなくトラブルメーカーとして活躍すること請け合いなので、その上、更に目を離したら何をしでかすか分からない打ち止め(ラストオーダー)も引き受けることは出来なかったのだろう。ジャンケンに負けてくれて正直ほっとしてくれたに違いない。

 

「てか、いい加減、飲食店でジタバタするのはやめやがれ。埃が舞うだろうがァ」

「イタッ。暴力反対ってミサカはミサカは憤慨してみたりぃ~」

 

 学園都市第一位の手加減に手加減を重ねたデコピンにより、頬の膨らみはそのままだが、大人しくはなってくれた打ち止め(ラストオーダー)に、ドリンクバーの薄いコーヒーに更にイライラを募らせる一方通行(アクセラレータ)は溜息を吐く。

 

「にしても、こンなところに俺を連れ出してよかったのかァ? 一応、俺はあのヒーロー様の留守中、他の妹達の護衛を請け負ってるンですがねェ」

「あなた、ミサカが来るまで爆睡してたじゃない。って、ミサカはミサカは職務怠慢を指摘してみたり」

 

 その時、打ち止め(ラストオーダー)が注文したハンバーグセットが届き、不機嫌だった打ち止め(ラストオーダー)の表情が喜色満面になる。「ご注文は以上でよろしいですか?」「大丈夫でェす」と店員を送ると、早速、打ち止め(ラストオーダー)がメインのハンバーグにフォークを勢い良く突き刺す。

 

 ナイフを使えよ……と、一方通行がもう面倒くさいので心の中だけで呟いていると、ソースを口元にべったりと着けた打ち止めが「他の姉妹のことは心配しなくて大丈夫だよ、ってミサカはミサカは太鼓判を押してみたり」と会話を続ける。

 

「00002号はみーちゃんと、00004号は白井さんと初春さんと一緒にいるみたいだから。ミサカがあなたを連れ出してここに来る時は部屋でひとりぼっちで拗ねてた00003号も、今はお姉様と一緒にいるみたい、ってミサカはミサカは上位個体らしく部下の行動を把握していることをアピールしてみたり」

「はっ、口をべったり汚して何が上司だ、威厳ゼロだな」

 

 一方通行はテーブルに備え付けてある紙ナフキンで乱雑に打ち止めの口元を拭うと「むぅ、もっと優しくして? ってミサカはミサカは色っぽくおねだりしてみたり」「色気を語るのは十年早ェぞ、ガキンチョ」と打ち止めの戯れ言を一蹴し、「で? なんで、テメェは俺をこんな所に連れ出したんだァ?」と理由を問う。

 

「理由なんて特にないよ? ただ単に00001号と00005号だけがヒーローさんと遊びに行くのがずるいから、ミサカはあなたで我慢してあげるのってミサカはミサカはプランBで妥協してみたり」

「はっ、そりゃあどォーもォー」

「それにヒーローさんがいなかったら、あなた本格的に家でひとりぼっちで寝ているだけだから。流石にそれは可哀想だし、ってミサカはミサカはヒーローさん以外に友達がいないあなたの将来をそこはかとなく憂いてみたり」

「そりゃァ、どォーもありがとォー!」

「ぐぐぐぐぐぐぐぐだから優しくしてぇ~! てミサカはミサカは唇が剥がれる危険性を示唆してみたりぃぃぃい!!」

 

 拭いてから二秒で再び汚した打ち止めの口元を、一方通行はごしごしと拭う。そこには子供に痛い所を突かれた怒りなどまるで込められていない。流石は第一位。子供の世話をやらせてもそつがない。ないったらない。

 

 むう、あなたなんてもう知らないってミサカはミサカはハンバーグにだけ真摯に向き合ってみたり、と打ち止め(ラストオーダー)がハンバーグに集中し始めるのを、一方通行は溜息を吐きながら眺めて呟く。

 

「はっ。それにしても飽きねェなぁ。何度目だァ? 何かにつきゃあ、ここのハンバーグセットをお強請りしやがるけどよォ」

「……飽きるわけないよ、ってミサカはミサカはフォークを置いて意味深に声のトーンを落としてみたり」

 

 一方通行の言葉に、打ち止めは食器を静かにテーブルに置いて、そして言う。

 

「――だって、あなたとヒーローさんに連れてきてもらった、ミサカの初めてのご飯だもの、ってミサカはミサカは大切な思い出っ! って満面の笑顔を浮かべてみたり!」

「…………」

 

 打ち止め(ラストオーダー)の、言葉通りの輝くような笑顔に「……だったらもっと味わって食いやがれ」と言って、窓の外に視線を動かす第一位。

 

 すると――そこで一方通行(アクセラレータ)は、自分達を狙うような()()()()()()()()()()

 

「…………ガキィ。ちょっとしゃがめェ」

「え? なに? ってミサカはミサカは――あ、ちょっ、あぶッ」

 

 突如として身を乗り出して顔を近づけてきた一方通行(アクセラレータ)に、打ち止めは頬を染めて慌てたが、途端に赤く染まったその顔面は、真っ白なライスの上に押しつけられることになった。

 

 一方通行(アクセラレータ)は、打ち止めの頭を下げて窓の外に視線を移すが――そこには既に、こちらを見据えてた何者かの気配は感じない。

 

「…………おい。なにゼロ距離で米食ってンだクソガキ。食い意地張るのもいい加減にしやがれ。出るぞ」

「ぷはっ! ミサカにそんな野生児キャラを付けないでってミサカはミサカは正統派ヒロイン路線を希望したり! ってもう出るの? まだハンバーグ残ってるんだけど!」

 

 米粒だらけの顔を勢いよく上げてキャンキャンと吠える打ち止め(ラストオーダー)を半ば強引に引っ張る形で窓際の席から引き剥がした一方通行は「夜にはもっといいもン食わしてやる。だから至急、ミサカネットワークで他の妹達に注意喚起を促せ」と打ち止め(ラストオーダー)に命令を出す。

 

(…………こりゃあ、ヒーロー不在の学園都市で何かが起こるかもしれねェって親船の予測は、あながち的外れじゃねぇかもな) 

 

 一方通行(アクセラレータ)は、どういうことと問うてくる上位個体の手を引きながら、どこかを睨み据えて言う。

 

上条当麻(ヒーロー)不在の学園都市で、よからぬことを企むバカが居るって話だ」

 

 きっと、その命知らずな何者かは知らないのだろう。

 

 例え、ヒーローはいなくても、今、この学園都市には。

 

 とびっきり怖くて頼もしい、悪党(ダークヒーロー)がいるということを。

 

 凶悪な笑みを浮かべる学園都市最強の第一位の手を、強く握り返しながら、打ち止め(ラストオーダー)は思った。

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

 一方通行と打ち止めがファミレスでハンバーグセットを食していた、その傍。

 

 学園都市に無数に屹立する、とあるビルの屋上。

 

「へぇ。暢気に幼女とランチタイムなんて洒落込んじゃってるから、半年でどれだけ平和ボケしちゃったのってがっかりしたけど、そこまで致命的に錆び付いてはいないみたいだね」

 

 それは白い女性だった。

 アオザイと呼ばれる真っ白なベトナム民族衣装を身に纏っている高校生ほどの外見年齢の女性は、豊満な胸部を初めとする体のラインを強調するようなその服を、ビル風に靡かせながら呟く。

 

「これだけ離れてて、しかもミサカが一瞬だけ込めた殺気に瞬時に反応した。それだけあの幼女が大切なのかねぇ。もう只のお飾りの司令塔なのに」

 

 吐き捨てるように、見下すように笑った――その時、白い女性はぴくりと身体を硬直させて、そしてにんまりと凶悪に笑う。

 

「りょ~か~い。引き続き何か動きがあったら教えてちょ~だい。1()0()0()3()2()()()()()()♪」

 

 ふふふと、その凶悪なアオザイの女性は笑う。

 

「そっかぁ。()()()()()()()()()()()()()()()。ざ~んねん。二人同時にぶっ殺せると思ったのににゃあ。まぁ、メインディッシュは後に取っておくのも一興か」

 

 世界中に配備された同胞――否、型式としては旧式の量産型のネットワークに割り込ませてもらっているといった方が正しいが――からの報告に、番外の個体は機嫌よさげに笑う。

 

「……楽しそうに笑っちゃってまぁ。自分達がどれだけおぞましい目的で作られたのかも忘れて。自分達が知らない所で、自分達と同じ存在がどれだけおぞましい目的で動かされているのかも知らないで。子供(ガキ)ってのは無邪気で羨ましいにゃあ」

 

 あぁ――殺したい。

 全く感情の篭もらない声で、悪意を集約する機能を持つ人形は。

 

 番外個体(ミサカワースト)は、一方通行(アクセラレータ)最終信号(ラストオーダー)を、遠い場所から眺めながら言う。

 

上条当麻(ヒーロー)が帰ってくる前に、一方通行と最終信号(アイツラ)をぶっ殺したら、どんだけぐちゃぐちゃなことになるかな?」

 

 ふふ。うふふ。と、恍惚に笑う。

 ヒーローを殺し、ダークヒーローを殺すべく生み出された悪役(ヴィラン)は、平和な世界を楽しそうに眺めていた。

 

 あぁ、どんな風に、台無し(ぐちゃぐちゃ)にしてやろうかと。

 

 その時、再びびくりと、番外個体の身体が硬直する。

 楽しい時間を邪魔されたように不機嫌に舌打ちをすると、誰にともなく呟くように言う。

 

「……分かってる。アンタの計画(プラン)を邪魔することはしないわ。ちゃ~んと、あの主人公(ヒーロー)どもの物語(せいちょう)の為の悪役(かませ犬)になってあげるわよ。でも――」

 

 殺し(勝っ)ちゃってもいいんでしょ? ――と番外個体が返すと、それ以上、最上位個体を通じた返答はなかった。

 

「……そんなに、計画外に生み出された番外個体(ミサカ)制御(コントロール)下に置きたいのかしら? それとも、ミサカじゃそんな大番狂わせ(ジャイアントキリング)は起こせないと高を括ってる?」

 

 上等だとも。元々、誰にも望まれずに生まれた存在だ。

 ただ一人、歪んだ狂気によって番外の個体を作り出した科学者(ちちおや)も自ら殺した身だ。

 

 既に、自分の勝利を願う者など存在しない。

 誰も、自分の生存を喜ぶ者など存在しない。

 

 上等だ。上等だとも。

 だからこそ、悪役(ヒール)として、勝利を目指す甲斐があるというものだ。

 

「――絶対に殺すよ。ミサカは、ただそれだけのミサカだから」

 

 そう呟き、番外個体(ミサカワースト)は、背中からゆっくりとビルの下へと落下した。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 番外個体(ミサカワースト)が、とあるビルの屋上から落下する映像を。

 

 巨大なフラスコの中から逆さまになりながら、その『人間』は見ていた。

 

「やれやれ。天井君も、面白いながらも面倒な存在を生み出してくれたものだ」

 

 人知れず生み出された番外の個体。

 だが、この学園都市の全てをその手中に収める支配者――学園都市統括理事長・アレイスター=クロウリーは、当然として、この枠外(イレギュラー)妹達(シスターズ)の誕生を把握していた。

 

 そして、生みの親を誕生と同時に殺害し、数分と立たずに天涯孤独となった彼女に、すぐさまお気に入りのゴールデンレトリバーを派遣し、自らの手の内へと引き込んだのがついこの間のこと。

 

 上条当麻や一方通行(ヒーロー)達の目を盗んで世界中へと配備した、00006号から20000号までの妹達(シスターズ)によって構築された本命のミサカネットワークへと加入させ、その悪意を蒐集しやすいという特性を利用して、ヒーロー達の成長を促す為のヴィランとして利用することとしたのだ。

 

「やはり、彼女を計画(プラン)に組み込むのは無理があるのではないかね?」

 

 ゴールデンレトリバーの言葉に、アレイスターは「問題ない」と決まりの台詞を返す。

 

「元々、妹達は一方通行の成長に利用するつもりだった。『黒翼』までこぎ着けたとはいえ、当初の計画を大幅に前倒したからな。黒から白へと到達させる為に、番外個体は非常に有用な(ピース)となる」

 

 それは、進行方向から右にずれた車を思い切り左にハンドルをきって修正するような、ひどく危なっかしいものにゴールデンレトリバーには思えた。一度加えた修正によって生じた歪みを再び強引に修正する、それを繰り返していく内に、歪みはどんどん大きくなっていくような。

 

 しかし、ゴールデンレトリバーは何も語らなかった。

 そんなことは、この『人間』も把握しているだろう。そもそも、この『人間』の想定通りにことが進むことの方が少ないのだから。

 

 だが、例えそのような危険性を有していたとしても、今の一方通行(アクセラレータ)は余りにも最強過ぎる。

 本来ならば作り出していた筈の弱点も、この世界では生まれていない。

 その上、上条当麻という存在が、一方通行を精神的にも強くしすぎてしまった。

 

 本来ならば、超能力者(レベル5)という『超能力』を制御下に置きやすくする為に、彼等は強烈な個性(パーソナリティ)と共に、精神的な歪みを持ちやすいように教育(調整)する。

 

 だが、一方通行(アクセラレータ)の根本に潜ませる筈の孤独という歪みを、上条当麻は解消した。

 その上で、打ち止めや妹達といった守るべき者を得た今の一方通行は、名実共に最強として完成されてしまっている。

 

 しかし、()()()()()()()()()()()()()()()()、アレイスターとしては困るのだ。

 彼はもっと壊れて、もっと追い込まれて、もっともっと高みへと上ってもらわなければならない。

 

 その為に、アレイスター=クロウリーは、一方通行(アクセラレータ)という主人公(ヒーロー)となるべき登場人物(キャラクター)を作り上げたのだから。

 

(……確かに、そういう意味では、あの番外の個体は第一位の起爆剤へとなりうるだろう)

 

 しかし、それは博打であることは確かだ。

 吉と出るか、凶と出るか――全ては、これからの賽子の転がり方次第だ。

 

 ゴールデンレトリバーは失笑する。

 当初は出る目すらも全て制御(コントロール)していた筈なのに、今では神に祈らなければならないとは。

 

 これは、そんな魔神(かみ)を殺す、魔法(オカルト)を滅ぼす、物語(プラン)であった筈なのに。

 

「――それで? 子供に聞かせるべきではない大人の話は終わったか、アレイスター」

 

 その時、この『窓のない部屋』にいる、『人間』、『最上位個体』、『ゴールデンレトリバー』以外の、正真正銘の『学生(こども)』が声を掛けた。

 

 金髪にサングラスにアロハシャツの少年――土御門元春は、この学園都市の支配者にこう語りかける。

 

「こちとら旅行の出発を遅らせて呼び出しに応じてるんだ。さっさと要件を済ませてくれ。今度は俺にどんな汚いことをやらせるつもりだ?」

「今回、私が君に頼むのは、至極簡単なことだよ――その旅行の出発を一日遅らせて、今晩はここに泊まってくれれば、それでいい」

 

 何? ――と、土御門が言葉を失う。

 そんな土御門の絶句に気にも留めずに、アレイスターは更にこう続ける。

 

「あぁ、そうだ。ついでと言ってはなんだが、君が今回の旅行の同居人として誘っているお連れの魔術師にも、一泊遅れるように連絡をしておくといい。しっかりと、()()()()()()()()()()()()()()()とな」

 

 その言葉に、土御門はサングラスの奥の眦を鋭くして、アレイスターに問い掛ける。

 

「…………貴様。何をする気だ?」

 

 アレイスターは、土御門の方を見ることすらせずに、どこも見ていないような、何もかもを見通しているかのような目で、誰にともなく呟く。

 

「私は何もしない。起こるべきことが起こるだけだ」

 

 そう、それが、この世界の正しい流れだと。

 

 何かに、誰かに向かって、神に祈らない『人間』は言った。

 




上条当麻のいない学園都市で、新たに何かが騒めき出す。

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