上条当麻が風紀委員でヒーローな青春物語   作:副会長

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つまらない不束者ですが! 末永くおいしくいただかれます!


帰省〈がいしゅつ〉

 上条当麻は(そういえば、いつもは有無を言わさず唐突に巻き込まれるから、こうして丁寧に旅支度をするのは久しぶりだなぁ)なんて暢気なことを思いながら、鞄一つにラフに纏めた荷物を肩に担ぐと、今日もソファで横になりながら本を顔に被せている同居人に出発の挨拶をしていた。

 

「そんじゃあ、行ってくるな」

「あァ」

「週末には帰ってくる。名産品とかない所だから土産とかは期待しないでくれ」

「あァ」

「学園都市でトラブルがあったら、親船さんか縦ロールからお前の携帯に連絡がいく手筈になってるから、何かあったら頼むな」

「あァ」

「いつもみたいに腹が空かないからってコーヒーばっか飲むなよ。ちゃんと白いご飯食べるんだぞ。ただでさえ、おまえいつまで経ってもガリガリなんだから。鍛えろとは言わないが三食きちんと――」

「アァァアアアア!!! うっせェェェェェ!!! てめェはオレのおかァさんですかァァアアアアア!!?? さっさと行けェェ!! んで二度と戻ってくるなァァアアア!!!」

 

 上条はいつものように癇癪を起こし始めた第一位に「週末には帰るよぉ」とひらひらと手を振りつつ、何かが割れた音を意識から排除して、そのままスニーカーの靴紐をしっかりと結んで立ち上がり部屋を出た。

 

「あ、おはようございます! 上条さん!」

 

 ガチャンと扉が閉まる音と同時に、横からそんな声が掛かった。

 上条は、はぁと一度小さく溜息を吐くと、頑張って笑顔を作りながら「……あぁ。おはよう、佐天」と挨拶を返す。

 

 そこには、ついこの間、上条家の隣の部屋に引っ越してきた中学一年生の無能力者(レベル0)の少女・佐天涙子が、夏らしいノースリーブと五分丈のパンツ姿で笑顔を向けていた。

 

「………………」

 

 上条はそれを見て笑顔を固まらせていると、その視線は佐天の横に並んで、同じくこちらに笑顔を向けている少女達に向けられる。

 

「おはようなんだよ、とうま!」

 

 いつも身につけている『歩く協会』という法王級の防御結界である真っ白な修道服を脱いで、真っ白なノースリーブワンピースに着替えている少女・インデックス。

 

「おはようございます、と、ミサカはあなたに初めて見せる勝負服が変に見えていないかもじもじします」

 

 だんだんと感情表現が豊富になり、今も恐らくは生まれて初めて身につけたミニスカートの裾を押さえながら顔を赤くする、スカート丈はいつも身につけている常盤台の制服とあまり変わらないと気付いていない少女・ミサカ00001号。

 

「ふふ。何を恥ずかしがっているのですか、数分だけお姉様。こういうのは堂々とした方が()えるのです、と、ミサカは今流行りの(キてる)オシャレ服を纏ったことによる昂揚感を抑えきれずにニヤニヤします」

 

 十代女子向けのファッション雑誌に『この夏はこれで決まり!』という見出しの元に紹介されていたものをマネキン買いした爽やかな服装で、無表情ながらもむふーとしている少女・ミサカ00005号。

 

 以上、四名の(外見年齢は)中学生の女子達のやる気まんまんな服装と――もれなく全員がその手に持っている旅行鞄を見て。

 

 これから両親の元への帰省を予定している男子高校生(彼女なし)上条当麻は、半分以上諦めの篭もった、けれど問わずにはいられなかった最終確認を彼女達に尋ねた。

 

「……あのさ。最後にもう一回だけ言うけど、俺がこれから向かうのは、ただの俺の実家と、クラゲ大量発生中でお客さんゼロのハズレビーチですよ? ……それでも、おたくらは学園都市の最新鋭プールではなく……俺の帰省に同行するでオーケー?」

 

 四人の女子中学生は、ぐっと流れるように親指を立てた。

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

 一度行くと決めたからには、百戦錬磨の上条当麻、そこからの行動は素早かった。

 

 前の世界では上条と両親(+従妹の竜神(たつがみ)乙姫(おとひめ))は海の家『わだつみ』での現地集合だった。

 しかし、どうせ外に出るならと上条は前の世界よりも出発の予定を早め、上条家の新築に立ち寄り、刀夜が上条の忠告通りにオカルトグッズの蒐集をやめているかの確認と、万が一集めているようなら『海』に行く(最終トリガーを引く)前に対処しようと、親船の執務室からの帰り道、歩きながら刀夜に電話を掛けた。

 

 すると、思ったよりも引っ越しの日は早く、明日にでも学園都市を出なければ間に合わないということが分かり(万が一にも配置されてしまったら術式解除はプロの魔術師の手を借りなくてはならなくなる。最悪、前回のように儀式場(上条家)ごと吹っ飛ばすしかなくなる)、自分も早めに行って引っ越しを手伝うという名目で、上条家新居へと向かう約束を取り付けた。

 

 そして上条は両親との通話を終えると、そのまま土御門へと連絡を付ける。

 何故か話の流れが前の世界の御使堕し(エンゼルフォール)事件をなぞっていること、そして数日の間だけ学園都市を離れることになったことを告げると、土御門は――。

 

「――確かに。嫌な予感がするな」

 

 語尾ににゃーを付けずにシリアスな声色で、自分も学園都市を抜けて影ながら上条に同行することを告げた。

 その際に「それはそうと、やっと巡ってきた機会なんだから、有効活用はしなくちゃいけないにゃー」と、魔術サイドとのパイプの強化の意味も兼ねて、神裂(かんざき)火織(かおり)も連れてくると約束した。

 

 いや、そのメンバーだとますます前の世界の御使堕し(エンゼルフォール)をなぞっていると上条は思ったが、万が一、前の世界と同じく御使堕し(エンゼルフォール)が発動したら、神の力(ガブリエル)を押さえられるのはそれこそ神裂しかいないと考えて了承した。

 

 勿論、何事も起こらず、普通に引っ越しを手伝って、高校生にもなって気恥ずかしいが両親と旅行し親孝行をして、夜の時間にでも旅館を抜け出して土御門や神裂とこれから起こる魔術サイドの事件に対しての対策会議でも出来れば、それに越したことはない。有意義な夏休みといえるだろうが。

 

 上条の右手が、幻想をぶち殺す右手が、そんなハッピーエンドを導いてくれるのか――。

 

「…………」

 

 そんなことを考えながら握った右手を見ていると、第一位の莫大な奨学金で住居とすることを許されている高級アパートへと辿り着いていた。

 

 エレベーターで五階に上がり、家の鍵をポケットから取り出した位の所で、そういえばと思い、そのまま自宅の隣の部屋――先日、越してきた佐天とインデックスの部屋のインターホンを鳴らした。

 

 佐天とインデックスには、自分が守護者(ガーディアン)として守り易いようにという理由で、わざわざ引っ越してもらっていた。

 なのに、そのほんの数日後に自分は帰省で学園都市を離れるなどあまりにも身勝手な言い分だと思ったのだ。

 

 勿論、自分がいない間は一方通行(アクセラレータ)に彼女らのことは頼むつもりだが、それでも自分の口からちゃんと説明するのが筋だろうと、上条は隣部屋のインターホンを鳴らす――と。

 

「はいは~い。どちら様ですか~?」

 

 インターホン越しの会話もないままに開けられたドアから姿を見せたのは、髪が少し湿ったままのパジャマ姿の佐天涙子だった。

 

「あれ? 上条さん、こんばんは。どうしたんですか?」

「い、いや」

 

 ふわっと香ってきたシャンプーの匂いに一瞬ドキッとした上条だったが、部屋の中からかしましく聞こえてくる声に「誰かお客さんか?」と話を逸らす。

 

「あぁ、妹達(シスターズ)ちゃん達が遊びに来てるんですよ。今日はパジャマパーティなんです」

 

 さっきまで御坂さんも居たんですよ。白井さんに門限だって連れて帰られちゃいましたけど、と佐天は言う。

 

 上条は本当に御坂は毎日来てるんだなという苦笑と、妹達が佐天達と上手く馴染めているようでよかったという微笑を浮かべると「そっか、邪魔して悪かったな」と返した。

 佐天は「いいえ。でも、こんな時間に何の用ですか?」と首を傾げた。

 

 なんだかんだで、時刻はすっかり日が落ちて、既に夕食時となっていた。

 まだ寝るような時間でもないが、あんまり少女達のパジャマパーティを邪魔するわけにもいかないと、上条は「ああ、ちょっと佐天とインデックスに報告があってな」と、早めに要件を済ませようと口を開く。

 

「急な用事が入ってな。明日、学園都市の『外』に帰省することになったんだ」

 

 そこからは、流石は恋愛脳の女子中学生、その行動は素早かった。

 

 がしっと上条の腕を掴んで、シャンプーの香りが充満するパジャマだらけの(外見年齢は)女子中学生で一杯の部屋の中に連れ込むと、すぐさま女子会(議)と上条への尋問が始まった。

 

 まずはその帰省の話がどこまで広がっているのかを確認し、食蜂と帆風(縦ロール)は知っているが参加出来ない、御坂と白井と初春にはこの情報は届いていないことを確認した後、自分達も参加すると上条に向かってものすごい勢いで詰め寄った。

 

 それは流石に無理だと上条は断ろうとしたが、佐天は自分は無能力者(レベル0)であり『外』に出るハードルは低いこと、風紀委員(ジャッジメント)の仕事もないこと、守護者(ガーディアン)というなら自分とインデックスは一緒に行った方がいいと猛烈な勢いでまくし立てた。

 

 結果、『(ゲート)』で追い返されたら大人しく帰ることを条件に佐天とインデックスの同行は(渋々ながら)許可した上条だったが、流石に妹達(シスターズ)はまだ退院したてなんだからと上条は説得しようとした。

 

 だが、それでも諦めない妹達(シスターズ)に、上条はこうなれば本職に説得してもらおうとカエル顔の医師・冥土帰し(ヘヴンキャンセラー)に電話を掛けると。

 

「大丈夫なんだね。むしろ、新しい環境からどんどん新しい刺激を受けるべきだ」

 

 まさかの全肯定だった。

 プロからのお墨付きを得たクローン達はミサカ達も連れて行けと大合唱を始め、結果、混乱を避ける意味でも五つ子は無理、せめて双子(ふたり)までと(そこは冥土帰し(ヘヴンキャンセラー)も賛成した)言ったことで、そこからは某限定ジャンケンばりのシリアスなジャンケン合戦が始まり――結果。

 

 見事、ミサカ00001号(一女)ミサカ00005号(五女)が権利を手に入れた。

 

 二女はしょんぼりし、三女は床に四つん這いになり、四女は窓の外の夜空を眺め、末っ子(打ち止め)は五女に煽られて頬を膨らませていたが――流石にそれ以上は覆らず。

 

 その後は、帰省旅行の詳しい日程を聞き出し、その行程に(クラゲだらけの)海があると分かると、明日の出発を何とかお昼までずらして、開店と同時にセブンスミストで新しい水着を買う時間を捻出して――今朝の大分早い時間に、隣の部屋から響くばたばたで上条が目を覚ますと言った一幕を経て。

 

 今に至る。

 

 上条は「……不幸、なのか?」と、(外見年齢は)女子中学生四人を引き連れての帰省となったことに、一人小さく呟いた。

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

 前の世界でのこの場面でのインデックスの件からそうかもとは思ってはいたが、やはりというか案の定というか、(ゲート)警備員(アンチスキル)は佐天やインデックスは勿論、00001号も00005号も見事にスルーだった。

 

 お役所仕事ばりの流れ作業で無痛注射針(モスキートニードル)で血管内に極小発信機(ナノデバイス)を流し込み(インデックスだけは今回も暴れに暴れた。右手で頭部に触らないようにするのにものすごく神経を使った)、タクシーでいざ学園都市の『外』の世界へと旅立った。

 

 初めは余りにもゆるゆるなセキュリティに呆れ顔の上条だったが、すぐにこれも恐らくは上条当麻を『外』に出したい何者かの根回しによるものなのだろうと表情を引き締めた。

 

 既にこうして親船が手配したタクシーに乗って学園都市の『外』へとそいつの目論み通りにまんまと出て来てしまった身分では、どれだけ警戒していようとそいつの思惑に乗るしかないのだろうが、だからといってまるっきり無警戒でいるわけにはいかない。

 

 何はともあれ、まずは新居の確認だ。

 御使堕し(エンゼルフォール)を防ぐことは大前提――その上で、自分が知っている事件(トラブル)の前倒しや、自分の知らない新たな事件(トラブル)が発生する可能性も視野に入れて行動する必要がある。

 

 だが、今は――後部座席ではしゃいでいる四人の女子中学生の笑顔を守ることを第一に考えようと、上条は助手席にてふと小さく微笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

 途中、何度かPA(パーキングエリア)での休憩を挟みながらも、上条(+女子中学生×4)ご一行は、神奈川県某所の住宅街へと降り立っていた。

 

 上条夫妻と竜神乙姫と合流後は、刀夜が借りたワンボックスカーで向かうことになっているので、タクシーの運賃を某第一位から借りたクレジットカードで支払い、上条が電話からメモした住所が書かれた紙を片手に徒歩で新居へと向かう。

 

(……俺の記憶にある、前回の上条家があった場所とは、ほんの少しずれているか……)

 

 前の世界において、逃亡犯・火野(ひの)神作(じんさく)が逃げ込み、最終的に土御門の『赤ノ式』によって吹き飛ばされた木造二階建ての建売住宅。

 

 九州地方を中心に展開する大型ショッピングセンター、その唯一の神奈川県内の支店を、地図上で旧住所(上条の記憶内にしかない住所だが)と挟むような座標に、この世界での上条家の新築は存在した。

 

(……まぁ、引っ越す前の住所も、俺の知る場所じゃあなかったんだが――)

 

 そう。そもそもの話、火野神作とやり合った、あの思い出深き旧上条家は、この世界では存在すらしていない――らしい。

 らしいというのは、上条はそれを直接確認したわけではなかったからなのだが、刀夜から聞いた話では、この世界の上条当麻の生誕地、つまり実家は、駅からは近いが決して広くはない賃貸マンションだったようだ。

 

 これまたようだというのは、今の上条当麻がこの二周目の世界に降り立ったのは、上条少年が学園都市に足を踏み入れたその瞬間であり、それから今日までのおよそ十年に渡って上条は学園都市の『外』に出たことがないので、これまた直接この目で確かめたわけではないからだ。

 

 大覇星祭でそんなことが発覚した時、上条は思わずヤシの実サイダーを吹き出したものだが、風紀委員(ジャッジメント)制度の微妙な違いといい、一周目の世界と二周目の世界では細かい差異があることは確かなので――それが、この世界は決してあの世界ではないという、確かな証左でもあるのだが――上条はその場では何も言わなかったのだが、こうして見知らぬ地が実家となる光景を見ると、決して思うことがないでもなかった。

 

 記憶喪失である身としては、それも一度通った道ではあるのだけれど――全て失った場所に新たな思い出を植え付けるのと、一度植え付けた場所にまた新たなそれを植え直すのでは、やはり感覚が違うように感じた。

 

(……ひょっとしたら……これが本当の“喪失”ってやつなのかもな)

 

 上条はそんな複雑な心境を抱きながら、前回のそれとは違う、少し小綺麗な、いってしまえば高級そうな住宅街をメモを片手に歩きながら、上条は遂に――『上条(KAMIJYOU)』と書かれた表札を見つけた。

 

「ここなの? とうまのおうち」

「へぇ~。綺麗ですね!」

「…………まぁ、建てたばっかの新築だからな」

 

 目の前にはシャッターの降りたガレージ(まだマイカーは購入していないらしいが。明日の旅行もレンタカーだ)と、玄関へと続く階段があった。

 

 佐天の言うとおり、汚れ一つない綺麗な白い家だった。

 豪邸という程に巨大ではないが、二階建てで、広くはないが庭もある。

 

 上条刀夜という男が、父親として、家族を幸せにする為に獲得したマイホーム。

 派手ではないが、決して小さくない偉業。その確かな証。

 

(……すげぇな。父さん)

 

 上条は、息子として、父親に対する尊敬を少なからず上書きしながら、階段を上った。

 

「さて、じゃあ中に入るぞ」

「そ、そうですね。……今更ですが、ちょっと緊張してきました」

「はは。そんな大層なもんじゃねぇよ。ただの俺の家族だ。いつも通りでいい」

 

 だから緊張するんですよぉとぶつぶつ呟く佐天を先頭に、四人の外見年齢女子中学生(現役:1、修道女:1、クローン:2)を引き連れ、上条当麻は見知らぬ実家の扉を開けた。

 

「とうさーん、かあさーん、ただいまぁ」

 

 扉を開けた上条の目に、まず真っ先に飛び込んできたのは――ごく普通の傘立てだった。

 

 木刀の一本も差さっていない、全て傘のみが中身の傘立て。

 上条はほっと息を吐いた。

 

 赤いポストの置物もない。

 玄関の近くに檜も植えられていない。

 見る限り、見渡す限り、ごく普通の、ごくごく普通の、ただの民家だ。

 

(……よかった。父さんはきちんと、オカルトグッズ蒐集をやめてくれたんだな)

 

 これで、この世界でも御使堕し(エンゼルフォール)が発生するかもという懸念は完全に消えた。

 上条が四人の少女達を玄関内に招き入れながら安堵していると「はいはい、お待ちしていましたよ、当麻さん」と廊下の向こうからぱたぱたというスリッパの足音が聞こえてくる。

 

 四人の少女達は、上条の母に会うという緊張からか表情を引き締めていたが――いざ本人が登場すると、その顔を揃って呆け顔に変えた。

 

「あら? あなた達が、当麻さんの後輩の方達かしら?」

 

 上条の母・上条詩菜は、十年ぶりの帰省に息子が四人の女子連れという状況に対し微塵も臆することなく、その柔和な笑顔を来客に向ける。

 

 対し、現役中学一年生とクローンの長女は、その衝撃から言葉を返すことが出来ない。

 上条はそんな少女達に対して苦笑する。

 

(分かるなぁ。俺も初めて母さんを見た時は本気で父さんの犯罪行為(ロリコン)を疑ったもんだ)

 

 どこからどうみても二十代後半(おねえさん)にしか見えない詩菜だが、その正体はしっかりと刀夜と同い年である。

 御坂美鈴(の母親)といい、学園都市の違法技術をこっそりと横流ししているのではと疑うレベルの外見なので、初対面の少女達が衝撃を受けるのも仕方ないといえる(佐天は兎も角、00001号は正しく自分こそ学園都市の違法技術の産物であるのだが)。

 

 しかし、その点、この二人は心臓が違った。

 

「はじめまして、とーまのおかあさん! わたしはインデックスっていうんだよ!」

「あらあら。元気なご挨拶をありがとう。私は当麻さんの母親で、上条詩菜っていいます。初めまして。……ん? インデックス? 目次ちゃん?」

「初めまして。未来のお義母様。ミサカは仮名ミサカ00005号ですと、ネットで調べた完璧な角度のお辞儀を披露しながら完璧な第一印象を演出します」

「あらあら。素敵な自己紹介をありがとう。えっと、みさか……ごごうさん? 仮名?」

「はい。正式な本名は今現在お姉様が絶賛模索中ですので、命名が済みましたら後日改めて自己紹介させていただきますとミサカは――ふぐ」

「ああ! この子達は俺の風紀委員(ジャッジメント)の後輩の先輩の妹なんだ! 二人のことはミサカととりあえず呼んでくれないか!?」

「あらあら。随分と複雑な関係なのね? でも、二人ともミサカちゃんじゃ混乱しちゃわない? ほら、お顔もそっくりだし。双子ちゃんかしら? あなたのお名前は?」

「み、ミサカはミサカ00001号といいます! み、ミサカのことは気軽にみーちゃんと――」

「ミサカと! 呼んで! くれないか!」

 

 上条はぺらぺらと衝撃の自己紹介をする00005号とがちがちと迷走の自己紹介をする00001号の口を塞ぎながら詩菜相手に勢いで押し切る。

 

 流石に未命名の妹達(シスターズ)を連れてくるのはやはり無理があったかと思いながら苦笑いで誤魔化す上条。

 そこに「当麻。無事に着いたか」と、廊下の奥から声が届く。

 

「よお、当麻。久しぶりだな。――おかえり」

 

 現れたのは、詩菜と違い年齢通りの外見の男だった。

 無精髭を生やし、体は崩れてはいないが筋肉質でもない、身長はすらりと高いがモデル体型と言うほどに足は長くない。

 だが、どこか当麻に似た顔立ちに浮かぶのは、見るものを安心させる人たらしの笑顔。

 

 上条刀夜。

 大きな外資系の企業に勤める会社員であり、夢のマイホームを手に入れたばかりの父親は、どこかやり遂げた満足感のある笑みを浮かべて、新居に足を踏み入れた我が子を迎えた。

 

「ああ。……ただいま」

 

 そして上条は、そんな両親の笑顔の出迎えに、心からすんなりと、そんな帰宅の挨拶を返すことが出来た。

 

(……不思議だ。さっきまで見覚えのない、居心地の悪い場所とすら感じてたのに。父さんと母さんに出迎えられただけで、途端に我が家だって思えちまうなんてな)

 

 我ながら単純だと気恥ずかしさを誤魔化すように靴を脱いで廊下に上がろうとした時、「それにしても、当麻――」と、刀夜が顎髭をなぞるようにしながら、父親の微笑みからゲスな笑みへと表情を変化させて、上条の後ろに並ぶ四人の女子達へと視線を移す。

 

「新たな我が家に早速、四人も後輩女子を連れ込むとは、随分と甲斐性を養っているじゃないか。父さんは嬉しいぞ」

「あらあら。当麻さん的には年下が好みなのかしら? それとも女子中学生フェチなのかしら?」

「おい! そこの面白夫婦! 息子の帰省早々、思春期男子が一番不愉快な親子コミュをかますんじゃない!」

 

 上条がいつも通りの上条夫婦を発揮し出した両親に突っ込みを入れるのと同時に、ぐいっと前に出た佐天が、一体どこで購入したのか、綺麗に包装された菓子折を突き出しながら、真っ赤な顔でこう言った。

 

「あ、あの! つまらない不束者ですが! 末永くおいしくいただかれます!」

 

 きっと色々と言いたいことが混ざって大変面白いことになってしまったであろう、この佐天の上条夫婦に対する自己紹介は、これから長きに渡って一人の少女の枕に叫び込まれることになるのだが。

 

 それは彼女の名誉の為に、ばっさりと割愛させていただこう。

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

 その後、顔面を真っ赤に沸騰させた佐天涙子が、上条よりも早く上条家新居のトイレの中へと駆け込み、数分間に渡って悶え苦しむというハプニングこそあったが、上条と両親の再会、女子中学生ズの自己紹介というイベントは比較的恙なく終了し、そのまま本日のメインイベントである、上条家の引っ越し作業の手伝いへと移ることになった。

 

 引っ越し業者こそ手配しているものの、やはり力仕事は山のようにあり、上条という男手の活躍の場は豊富で、上条は夜までの間、みっちりと額に汗して働くことになった。

 その間に刀夜に念を押すように、オカルトグッズを買い集めていないか尋ねてみたが。

 

「ああ。もう、あんなものに頼ろうとは思わないさ。――お前があれだけ胸を張って、自分の手で『しあわせ』を目指すのだと、そう言ってくれたのだから」

 

 刀夜はそう言って、どこか労るように上条の髪を撫でた。

 それは一瞬だったが、上条は何かを見透かされているように感じて、刀夜の目を見ることが出来なかった。

 

 だが、オカルトグッズを買い集めていないというのは本当のようで、上条がこの日に開けた何箱もの段ボールの中にも、お土産もお守りも一つたりとも入ってはいなかった。

 

 風呂場に亀の置物もないかも確認したが、そこではインデックスが薄手のワンピースにシャワーをぶちまけてスケスケになるというハプニングがあっただけで何もなかった。上条の頭部に歯形が刻まれただけでとても平和でした。

 

 女子陣は詩菜の指揮の下、新居の掃除や小物や服の収納に精を出していた。

 初めは緊張していた佐天や00001号も、不思議な包容力を持つ詩菜に絆されたのか、フリーダムさと非常識さが余りにもあんまりなインデックスや00005号から目を離せなくなってそれどころじゃなくなったのか、気が付けばすっかりと肩から力が抜けたようで、かしましくも楽しげな時間を過ごしていた。

 

 そして、すっかり日も暮れて引っ越し業者も仕事を終えて上条家を後にし、今は佐天と00001号が詩菜の夕食作りを手伝い、インデックスと00005号が夕方アニメにコメンテーター気取りで解説とコメントをしている頃。

 

 上条は、新居に確保されていた『上条当麻の部屋』の扉の前にいた。

 

「…………」

 

 二階への階段を上りきった先の正面のドア。

 流石にとーまの部屋と書かれた札などは掛けられていないが、こうして滅多に帰省しない自分の為にも一室を用意してくれることに、上条はむずがゆい何かを覚える。

 

 反射的にノックしようとしたが、ここは他でもない自分の部屋だと思い出し、腕を下げる。しかし、他人の部屋に無許可で這入ろうとしているような、後ろめたい罪悪感のようなものは消えない。

 

 だが、いつまでもこんな風に立ち尽くしている方が不審だと、上条はドアノブに手を掛け、ゆっくりとその扉を開ける。

 

 電気の点いていない真っ暗なその部屋は、ちょうど半年前まで上条が暮らしていた学園都市の学生寮と同じくらいの大きさの部屋だった。キッチンやテレビはないが、ベッドと本棚は用意されていて、後は未開封の段ボールがいくつか置かれている。

 

 刀夜と詩菜が、賃貸マンションの旧上条家から、『上条当麻』の私物だったというものを片っ端から詰め込んだ代物だ。

 流石に上条が学園都市に行く前の私物だから、今の上条が必要としているものはないだろうが(子供服などは詩菜が大事に保管しているようだ)、それでも当麻の物だからと、何を捨てて何を残すのかの取捨選択権は当麻にあるといって、目につく物は全て持ってきてくれたようだ。

 

「………………悪いな」

 

 上条は、他人の宝物箱を勝手に開けるような気分になりながらも、ゆっくりと一つ目の段ボールを開ける。

 

 中に入っていたのは、十年以上前に放送されていた戦隊ヒーローのフィギュアだった。覆面姿のライダーの変身ベルトや、怪獣と戦う光の巨人の人形もあった。

 二つ目の段ボールに入っていたのは幼稚園の卒業アルバムだった。幼い上条少年はいつもどこかに傷を作っていて、周りに友達が集まっている写真は少ないが、決して涙は流さず必死に笑顔を作っているような表情ばかりだった。

 三つ目の段ボールに入っていたのは家族旅行の写真だった。先程の幼稚園のそれとは違い、当麻少年も心からの笑顔を見せている。幼い少女も写っている。おそらくはこの子が上条の従姉妹の竜神乙姫だろう。『疫病神』と疎まれながらも、両親や親族の温かい愛情に囲まれて育った少年の『しあわせ』が、ここにはあった。

 

 上条当麻は――そのどれもを、()()()()()()()()()()()()()()()

 

(……他人のアルバムを見るよう、とは、よく言ったもんだな。……これらは全部、()()()()()()()()の筈なのに)

 

 自分はかつて、インデックスを守る為に記憶を失った上条当麻から、まるでバトンを受け継ぐように生まれた『上条当麻』だ。

 

 周囲の人間全てにそれをひた隠し、ずっと嘘を吐いて生きてきた。

 嘘と共にあるのが『上条当麻』であると言っても過言ではない程に、自分は騙し騙し生きてきた。

 

 ずっと他人の人生を歩んでいるような気持ちだった。

 アイツの立ち位置を、上条当麻の財産を、間借りしながら生きているような気持ちだった。

 

 自分は自分だと、記憶を失っても何も変わりはしないと――『上条当麻』は、上条当麻だと。

 

 そう言い張るのは簡単だ。だって、自分に全てを奪われた上条当麻は、もうどこにもいないのだから。

 何も言えなくて、何も出来なくて――だからこそ、自分は上条当麻の分まで、『上条当麻』でなくてはいけなくて。

 

(……でも、それは違った。()()()()()()()()()は――もう一人、居たんだな)

 

 それもかつての一人目の上条当麻とは違う。

 彼は自分の意思でインデックスを守る為にいなくなったが、この【上条当麻】は――この世界で六歳まで確かに生きていた、この家族の愛情に包まれていた幼き【上条当麻】という少年は。

 

 上条当麻が逆行してきたことにより、その存在を乗っ取られた【上条当麻】は――ただ純粋に被害者だ。

 

 上条当麻という簒奪者によって、その全てを奪われた、ただの不幸な少年だ。

 

(……ひょっとしたら、覚えているのかもと思った。何らかの何かでこの身体に乗り移ったのだとしたら、前の時みたいに脳細胞が破壊されているわけではないこの身なら、どうにかすれば、【上条当麻】の記憶は思い出せるのかと思っていた)

 

 だが、それは儚い幻想に過ぎなかった。

 こうしてかつての【上条当麻】の思い出を突きつけられても、他人のアルバムを覗いているような罪悪感しか覚えなかった。

 

 思い出せる気配がない。生き返る気配がない。

 突きつけられる――【上条当麻】は、死んだのだと。

 

 他でもない、『上条当麻』が、この世界から殺したのだと。

 

「………………ッ!!」

 

 分かっていた筈だ。

 時間軸を逆行する、平行世界へ漂流する、そんな魔神の力でもなければ不可能な奇跡が、何の代償もなしに享受出来る筈などないのだということは。

 

 この世界は、オティヌスが作り出した、『しあわせ』な黄金の世界ではない。

 

 事件もある。失恋もある。借金もある。

 誰かの犠牲の上に成り立つ――歪みのない不完全な世界だ。

 

 都合のいいだけの奇跡なんて起こらない。幻想をぶち殺す右手は、そんな儚い希望すらも容赦なく破壊する。

 

『疫病神』と呼ばれた少年は、別の世界から来た本物の『疫病神』に不幸にもいなかったことにされた――ただ、それだけの真相だった。

 

「――当麻」

 

 上条が床に膝を着けて、【上条当麻】のアルバムを眺めながら打ちひしがれていると、再び上条当麻の部屋のドアが開き、廊下の明かりが差し込んでくる。

 

 そこにいたのは、上条刀夜だった。

 

「どうした? 電気すら点けないで」

「……いや、つい、懐かしくてさ」

 

 咄嗟とはいえ吐いた『嘘』に、最早、反射的なまでに吐いてしまうようになってしまった『嘘』に、上条は再び己の心を影が覆うのを感じる。

 

 しかし、そんな表情は決して見せずに、上条当麻は仮面を被る。最早、己の皮膚にまで同化したといえる程に馴染んでしまった仮面を。

 

 刀夜はそんな上条の表情ではなく、上条が広げていた家族旅行の写真のアルバムを上から覗き込む。

 

「ああ。これはお前が学園都市に行く前に、最後に行った旅行の写真だな。懐かしい。お前も覚えてくれていたのか」

「……あぁ」

 

 そしてまた、『上条当麻』は『嘘』を吐いた。

 

「初めは三人で行く予定だったんだが、お前にもうすぐ会えなくなるというので、乙姫ちゃんが寂しがってなぁ。どうしても着いていくって聞かなかったんだ。お陰で賑やかでとても楽しい旅行になったが」

「……あぁ」

「乙姫ちゃんは明日、ここに来ることになっている。お前に会えるのをとても楽しみにしていたぞ。そうだなぁ、お前が高校を卒業するタイミングにでも、また一緒に旅行に行こうか。お前はもう親と旅行なんて恥ずかしいかもしれないが」

「……いや、そんなことねぇよ。……そうだな。それもいいかもな」

 

 その時まで、果たして自分がこの世界にいるのかは分からないが。

 

 もし、『上条当麻』が元の世界へと帰還した時――果たしてこの身体は、一体どのようなことになるのだろうか。

 

 元の【上条当麻】の意識が復活を果たすのだろうか。それとも、まるで抜け殻のごとく、上条当麻という人間が死を迎えるのだろうか。

 

 分からない。分からないが――どうか、前者であってくれと思う。

 

 そこだけは、希望のある都合のいい奇跡であってくれと。

 全部の不幸は、この『疫病神』が引き受けるからと。

 

「……あぁ。楽しみだ」

 

 そして『上条当麻』は、また再び――『嘘』を吐いた。

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

 夕食は、季節外れの鍋になった。

 

 いやそこは引っ越し蕎麦とかじゃないのという上条の突っ込みを聞き届ける者はおらず、他人の新居だというのに遠慮という概念を知らない暴食シスター、そしてそのシスターの暴食加減を主に家計という意味で思い知っている中一女子、そしてなんか面白そうだからフェスティバルには基本的に参加しとけ精神の五女が、ゴングが鳴る前に鍋レオンと化した為、上条も一足遅れにせめて肉一切れだけでもと急いで箸を伸ばした。

 

 詩菜はそんな食欲溢れる十代パワーをあらあらと言いながら見守り、ちゃっかりそんな詩菜の隣の席を確保した一女は鍋レオン達が争う戦場の中から一人分をバランスよく小皿に確保し(未来の)姑への点数稼ぎとばかりに詩菜へと差し出して出来る(未来の)新妻っぷりをアピる。

 

 刀夜は、初めはそんな無法地帯な食卓を呆然と眺めていたが――。

 

「こんな賑やかな夕食は、本当に久しぶりだ」

 

 そう呟いて、己が獲得したマイホームでの初めての夜を、本当に嬉しそうに噛み締める。

 

 詩菜はそんな夫の笑顔を本当に温かい笑顔で眺めて。

 

 白菜と豆腐しか手に入れられなかった己が戦果にがっくりと肩を落としていた上条も、そんな両親を見詰めて、ゆっくりとたっぷり出汁が染み込んだ野菜を咀嚼する。

 

 ああ、これが――家族の味なんだと。

 

「――美味い」

 

 その日の夜、上条は本当に久しぶりに、ぐっすりと眠れた。

 




上条当麻は、見知らぬ実家で、己が知らない【上条当麻】を知る。

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