上条当麻が風紀委員でヒーローな青春物語   作:副会長

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明日から君、来なくていいわよ。


御使墜し編
有給休暇〈なつやすみ〉


御使堕し(エンゼルフォール)?」

 

 夏休みも終盤に差し掛かった、とある日。

 

 なんとか小萌先生特製の補習テストを一夜漬けで乗り切った上条当麻は、誰もいなくなった夕暮れの教室で、金髪サングラスにアロハシャツの男と机を挟んで話し合っていた。

 

 話題は、二周目の高校生活を送る上条が、一周目のこの時期に体験した、世界中を巻き込んだとある大魔術的事件について。

 

「――あぁ。なんだっけか、セフィロトの()? てのが関わってて……確か、天使を人間に下ろして、その天使の居た場所を空席にするっていう術式だった筈だ。その結果、世界中の人間の外見と中身がビリヤードみたいに連鎖的にランダムに入れ替わって――最終的には天使と戦ったりしたんだ」

「……なんというか……それだけで一本の神話が作れちまいそうなスケールの話だな。それを夏休みの宿題レベルでこなしちまう辺りが、カミやんらしいというかなんというか」

 

 開けた窓から身を乗り出すような形で座り込む土御門は「だが、冗談抜きでそんなレベルの魔術は、それこそローマ正教でも数年単位の綿密な準備をして、それでも成功する確率なんてほんの数%レベルの難易度の儀式が必要な筈だぜい」と言いながら、上条に向かって問う。

 

「そんな世界をひっくり返すレベルの、世界の仕組みを根本から変えちまうレベルの大魔術を成功させてみせたのは、一体どんな魔術師だったんだ?」

「俺の父親だ」

 

 は? ――と、不敵な笑みを崩さなかった土御門が、この時、初めて呆気に取られていた。

 上条は、そんな土御門の方ではなく、夕陽が落ちてきた窓の外を頬杖をつきながら眺めながら、感情の篭もらない声で続けた。

 

御使堕し(エンゼルフォール)を作動させたのは、俺の父親――上条刀夜(とうや)だったんだ」

「……まさか、カミやんの親父さんが魔術師だったとはな」

「いや、俺の父さんは魔術師じゃない。どこにでもいる、ごく一般的なド素人だ」

 

 はぁ? と、本格的に首を傾げ始めた土御門に、上条は大まかな真相をあらかじめ告げた。

 

 上条当麻の父――上条刀夜は。

 幼い頃から『不幸』な出来事に巻き込まれるが故に『疫病神』と呼ばれ続けた息子、当麻の為に。

 気休めとは知りながらも、世界各地に仕事で出向いた際に、ご当地のお土産や民芸品などの『オカルトグッズ』を買い集めていた。

 

 そして、最終的に三千を超える数となったそれらが、上条夫妻が暮らしていた一軒家の、それぞれ魔術的に絶妙な位置に()()()()配置された結果、上条夫妻が『海』へと赴いたことがトリガーとなって、『御使堕し(エンゼルフォール)』という前代未聞の大魔術を引き起こしてしまった――という顛末らしい。

 

「……なんというか、流石はカミやんの父親というべきなのかにゃ?」

「まぁ、俺も真相を知った際はなんだそりゃと思ったもんだが。実際にあの時はとんでもないことになってたんだぜ?」

 

 天使『神の力』をその身に堕とした少女――サーシャ=クロイツェフはミーシャ=クロイツェフと名乗り、天使の力を解放して元に居た『座』へと戻るべく、御使堕し(エンゼルフォール)の術者である刀夜を殺そうとしたり。

 その時、刀夜一人を殺す為に世界を焼き尽くす『一掃』を放とうとするなど、本当に世界の終わりに近い光景が繰り広げられた。

 

「それでも、カミやんはなんとかしたんだろう?」

「なんとかしたのは、土御門、お前だよ。父さんがやらかした御使堕し(エンゼルフォール)の真相を突き止めたのも、その儀式場になった俺んちをぶっ飛ばして解決したのもな。俺は何もしてない。……何も出来なかった」

 

 今、思えば。

 自分はあの事件の時、狼狽えるばかりで、本当に何も出来なかった。

 

 天使の力を発動して暴れたミーシャを止めたのも神裂火織だったし、事件の真相を暴き解決したのも前述の通り土御門元春だった。

 

 上条がやったことは、父親を害そうとした土御門の前に立ち塞がり、完膚なきまでにのされただけ。それも土御門が我が身を省みずに儀式場を破壊するのに魔術を使用しようとするのをどうせ十中八九止めようとするからという理由で動けなくされただけで――言ってしまえば、自分はプロとしての土御門の足を引っ張ることしかしていなかった。

 

 そんなことを言い訳がましくぽつぽつとこぼしていると「カミやん目線だとカミやんフィルターが掛かってるからにゃー。その辺りは信用出来ないんだぜい」と言ってからからと笑う。そして「――で? こんな時間にまで学校に残ってそんな話をしたってことは、これからその御使堕しが起こるってわけかい?」と言って窓枠から尻を退かして降りた。

 

「いや、さっきも言った通り、御使堕し(エンゼルフォール)は父さんが買い集めたオカルトグッズが、たまたまそういう配置になって発動した偶発的なもんだからな。当時の土御門曰く、下手に動かすともっと別のとんでもない効果が生まれるかもしれないってことだったから――“二週目(こっち)”に戻ってきてから、父さんにはもうそういうオカルトグッズを買い集めるなって言い含めてある」

 

 だから、あんなことはもう起こることはないと思うけどな――と、上条は鞄を手に持って席を立ちながら、土御門に言う。

 

「それでも、この間、父さん達からもうすぐ引っ越して新居に移り住むっていう連絡が来てさ。……それは前回にはなかったことだし、ちょっと嫌な予感がして。ないとは思うけど、一応、お前には『前』にこういうことがあったってことくらいは、耳に入れといてもらおうと思ってな」

「信頼されてるようで恐悦至極だにゃ~。カミやんの英雄譚は、それだけでも物語(はなし)として十分面白いから、これからも新作を楽しみにしてるぜい」

 

 上条はそんな土御門の戯言を鼻で笑うと「悪かったな、こんな時間まで引き留めて」と言って、教室を後にしようとする。

 土御門は、そんな上条に向かって言った。

 

「面白い話を聞かせてもらったついでだ。てことは、『絶対能力進化(レベル6シフト)』と同じく、前回じゃこれから起こる筈の事件をカミやんはもう解決済みってことだろ? これから少しは暇が出来るんじゃないかにゃー。どうだい、明日、偶には普通の高校生みたく夏休みをエンジョイしないかにゃ?」

 

 前回は出来なかったことだろうと、土御門は上条を誘うが「お誘いありがとうよ。けど、前回と違って上条さんは風紀委員(ジャッジメント)やってるもんで、夏休みも休日返上でお仕事ですのことよー」と言いながら、土御門に背中を向けたままひらひらと手を振る。

 

 土御門は「つれないにゃー」と言いながら口を猫にしながら、級友を見送った。

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

「あ、上条君。明日から君、来なくていいわよ」

 

 次の日――上条当麻は風紀委員の先輩、固法(このり)美偉(みい)に唐突に肩を叩かれた。

 

「――え? …………リストラ、でせうか?」

 

 上条は優しい笑顔で告げられた言葉に呆然としながら手に持っていた(溜め込んでいた)書類をばら撒く。

 

 そんな悲しいヒーローの姿に、同僚たる白井黒子、初春飾利もあ~と言う目を送った。

 

「遂に、始末書じゃ誤魔化せないようなことをやらかしちゃいましたか。上条さん」

「累積警告かもしれませんわよ。イエローカードもたんまり溜まってましたものね。その書類と同じくらい」

「ちょ、ちょっと待ってくれ中学生ズ! 上条さんはそんなラフプレーを働いたじ……か……く……は――」

 

 上条は女子中学生の後輩達の手厳しい言葉といつかこうなると思ってましたばりの哀れむような視線に反射的に反論しようとするが、だんだんと声のトーンと頭部の角度が下がってくる。

 

 確かに、上条はこれまで度々、風紀委員の本部から警告を受けている。

 別の支部の担当地域の不良(スキルアウト)を独断で壊滅させたり、本部から静観命令を受けている事件にも独断で介入したり、合同捜査作戦にも参加せずに独断で動いたり、とにかく独断で行動しまくってきた。

 成果も挙げるが故にお咎めだけで済んでいたことはあるが、お陰で本部からも他支部からも覚えは最悪であり、書いてきた始末書も今さっきばらまいた書類の枚数では足りないくらいだ。というより、今さっきばらまいた書類の一割くらいは未完成の始末書だ。

 

 白井や初春が言うイエローカードという例えも決して的を外れてはいない。

 というか、本部のお偉いさんから次同じことやらかしたら分かってんだろうなあ~んということを直接本部に呼び出されて言われたことも一度や二度ではない。

 

 だが、しかし、確かにイエローカードはめちゃくちゃ鼻先にくっつくくらいまで突きつけられていたのかもしれないが、ここ直近で何かとどめになるようなことを上条自身はやらかした記憶はない。

 

 ついこの間、幻想御手(レベルアッパー)事件のことでめちゃくちゃ怒られたばかりだが、もう涙目になるくらいに色んな先輩や大人(もちろん固法先輩にも)に怒られまくったが、結局は通常の1.5倍のボリュームの始末書を書くことで許された筈だ。

 

 駄目だ。検討がつかない。取り敢えず謝ろうと上条はいつも通り土下座をしながら謝罪しようとして――。

 

「――違うわよ。いや、全く違わなくはないけど。ぶっちゃけ上条君のリストラを望む声は本部では大きいけど」

 

 少なくともまだレッドカードは出てないわよ。ギリッギリね――と、床に両膝をついて土下座スタンバってる上条の眼前に、親指と人差し指の間を限りなく狭くして突きつける固法は、はあと大きく溜息を吐いて上条に向かって言う。

 

「……上条君。あなた、夏休みに入ってから休んだ?」

 

 入院以外で――と。

 固法は呆れ果てるように言った。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

「――有給消化?」

 

 と、いうわけで。

 出勤して早々に事務所を追い出された上条は、そのまま食蜂と縦ロールと合流し、親船最中の執務室に来ていた。

 

 いつも通りの報告会を終えた後、己が告げられた戦力外通告の真相を、他の面々が紅茶を頂く中、自分用に縦ロールが淹れてくれたホットコーヒーを飲みながら上条はざっくりと告げた。

 

 それに対し、食蜂は首を傾げながら上条に向かって疑問を呈す。

 

「風紀委員にも有給制度が存在してたの? これまで上条さんがそんなものを取っていたような記憶力は皆無なのだけれど」

「本来、その名の通り、風紀委員は各学校に設置された委員会のようなものですからね。名目上は、夏休みも毎日義務的に出席するようなものではないのですよ」

 

 風紀委員(ジャッジメント)とは、学園都市の治安維持組織として設立されたものではあるが、生徒(能力者)によって形成されるという性質上、本来の活動の場は各学校の校内だ。

 

 しかし(今思えば一周目でも普通に白井などは学外でもバリバリ取り締まっていたが)上条の二周目であるこの世界では、その原則が少し変更されている。

 

 本来、各学校にそれこそ委員会として『支部』が置いてある筈の風紀委員だが、そもそもが能力者が跋扈するこの学園都市において治安維持を担当するというだけで、大多数の学生達にとっては二の足を踏む役職だ。

 

 それも「子供達を危険に晒すわけにはいかない」「子供達に危険を蹴散らすだけの力を持たせない」という縛りの元、装備も非殺傷性のゴム弾や信号弾など最小限のものばかり(白井の鉄芯は自前のものだし、上条の特殊装備は親船によるコネ入手の代物だ)。

 

 さらに、風紀委員となる為には、九枚の契約書にサインして、十三種類の適正試験を突破し、四ヶ月に及ぶ研修で優秀な成績を残さなければならない。

 

 学級委員になることすら押しつけ合う昨今の若者の中で、これだけの高いハードルを超えてまで、言ってしまえばボランティアに近い激務をこなすことになる風紀委員になりたいというものが、果たしてどれだけ集まるというのか。

 

 学園都市の治安維持と謳っている以上、求められているのは『外』の世界の風紀委員のような髪型や服装の乱れを注意することではない(勿論、それも風紀委員の仕事の一部ではあるが)。

 

 警備員(アンチスキル)という、大人達による武装治安維持組織がある上で、それでも学生達による、子供達による治安維持組織が設置された理由は、大きな声では言えないが――『能力者には、能力者を』だろう。

 

 つまり、風紀委員には、超能力を悪用する学生を止めるという仕事が求められる。

 だが、それは少なくとも、トラブルを起こす学生以上の『能力』が必要となる業務だ。

 

 ここで、この学園都市の常識について話は戻るが。

 超能力開発を人工的に行うこの街は、実に住人の八割が学生だが、その六割は無能力者(レベル0)なのだ。

 

 つまりは、学校に一人も能力者がいないという学校も、普通に存在する。

 また、能力者は居たとしても、学園都市の能力は強能力者(レベル3)まで到達してようやく実用的と言えるレベルだ。

 

 そんな能力者など、この学園都市に果たして何人いるというのか。

 

 長々と語ってきたが――とどのつまり。

 能力者トラブルを解決出来る程の風紀委員など、この学園都市においてもほんの一握りの人材のみだということだ。

 

 つまり、上条にとって二周目のこの世界においても、同じレベルの(無)能力者が集まる学校に通う生徒を取り締まることは可能だということで、活動範囲を『校内のみ』としている風紀委員は、一周目と同じく存在している。

 

 しかし、中には校外でのトラブル解消も任務とした、特別な『支部』も同時に存在する。

 白井黒子や初春飾利など卓越した能力や技能を持った風紀委員を集めて結集させた、いわばエリートが集まる、学校の枠を超えて精鋭が集まる特別支部。

 

 上条当麻も所属する『177支部』は、いわばそういった支部の一つなのだ。

 

 だからこそ、上条が風紀委員となった五年前から、上条は夏休みも冬休みも碌に休みもせずに、東奔西走しながらトラブル解決に務めてきたわけだが――。

 

「――ああ。それが何故か、今になって問題視されたんだ。あの風紀委員(ジャッジメント)はいつもずっと働いているが、子供を労働力としてそこまで酷使するのはいかがなものか、ってな」

 

 その言葉も分からなくはない。

 本来、いくら能力者とはいえ、一つの都市の治安維持を中学生や高校生にやらせるのはいかがなものかという意見は、風紀委員という制度が生まれたからずっと消えない火種だ。

 

 しかし、学園都市で生まれるトラブルの大きな要因が能力トラブルである以上、能力者ではない警備員(アンチスキル)の大人達のみで解決するのは難しい。能力者に対抗するには武装が必要だが、武装とはいわば武器である以上、やり過ぎてしまう危険性が常に付き纏うからだ。

 

 そういった意味合いも込めて、校外を対象とする風紀委員の存在が必要視されたわけだが、しかし本分が学生である以上、休日も完全拘束するのは無理がある。他の学生との兼ね合いもある。

 

「初春も白井も固法先輩も、ちょくちょく休暇は取っていたみたいだ。元々が委員会である以上、他に用事があったら休むことは当たり前に出来てたしな」

 

 だが、上条だけは、よっぽどのこと(親船経由でもたらされたトラブル解決など)が無い以上はずっと制服姿に腕章を身に着けながら街をパトロールしていた。それが遂に見つかり、そういえばアイツずっと働いてね? とお偉いさんに問題視される結果となったのだ。

 

「それは、しょうがないことでは? むしろ、今までが異常だったというか……」

「完全にワーカーホリック力過剰だったものね。これを機に少し休んだらいいんじゃない? 大きな事件も解決に導いたことだし」

 

 縦ロールと食蜂はそう言って上条を宥めるが、上条は「……確かに、これだけならそうおかしなことじゃないんだけどな」と険しい表情を隠そうとしない。

 それは、177支部で固法に強制的に有給を取らされた後、他でもない親船から電話連絡を受けていたとある事柄が理由だった。

 

「……それで、親船さん。本当なのか? 俺に学園都市からの『外出許可』が降りたって」

 

 食蜂と縦ロールは、その言葉に今度こそ驚愕する。

 親船は「……『外出許可』というよりは、『外出命令』と言う方が適切かもしれないような口ぶりでしたけどね」と、溜息を吐いて語る。

 

「上層部曰く、何故か()()()()()、学園都市第一位の能力者『一方通行(アクセラレータ)』が無能力者(レベル0)風紀委員(ジャッジメント)に撃破されたという()()()()が流れているそうです。それにより、上条君、あなたを打倒して学園都市最強にチャレンジするという()()()が、今、巷で流行りつつあるようで」

「な、なによそれぇ~!」

 

 親船最中の言葉に、食蜂がテーブルを叩いて腰を浮かせながら叫ぶ。

 上条は険しかった顔にさらに眉根に皺を寄せた。

 

「どういうことなのよぉ。上条さんが第一位に完全勝利力を見せたのは()()()()のことよぉ。これまで何の噂もなかったのに、どうして今になって――」

「先日にお話した、御坂様や佐天様らから漏れたのでしょうか」

 

 驚愕の様相の食蜂の横で、縦ロールがタイミング的に最も怪しい可能性を口にするが「いや、御坂達はこんなことを軽々しく話す奴らじゃない」と上条が庇い、縦ロールが「失言でした。申し訳ありません」と恭しく頭を下げる。

 

「一般人からのリークではないでしょう。タイミング、そして噂が広がる速度から考えて、間違いなく上層部の息の掛かった勢力が意図的に拡散しています」

「で、でもぉ、理由は何? 絶対能力進化(レベル6シフト)の再開を目論んでいる連中からしたら、第一位の最強力を疑われるような噂の拡散なんて逆効果なんじゃ――」

「――だとしたら、目的は他にあるってことだ」

 

 上条は、そう言って、前回と同じ流れを生もうとしている何者かに向けて目を細める。

 風紀委員(ジャッジメント)の強制有給。学園都市からの外出許可(命令)。そして、上条打倒による学園都市最強へのチャレンジの流行(ブーム)

 

 三つの線が繋がる先の、その見えない目的とは。

 

「上条君を、このタイミングで学園都市の『外』へと出したがっている何者かがいる。そう見て間違いないでしょう」

 

 親船最中の言葉に、上条は重々しく頷く。

 

 上条当麻は逆行者だ。

 二周目の世界を生きる上条は、この世界でこれから起こるであろう様々な事件を知っている。

 

 しかし、一周目に置いて禁書目録(インデックス)守護者(ガーディアン)であった上条にとって、巻き込まれた事件の殆どが『魔術サイド』にて発生するものだった。

 だからこそ、上条は風紀委員(ジャッジメント)となったこの五年間において、正確には親船最中と出会ってからのこの五年間において、あらゆる手段を用いて、自身を学園都市の『外』へと出られるように手を尽くしてきた。

 

 だが、学園都市の学生といえば、いわば学園都市の技術が詰まった『商品』でもある。

 一般的な学生でも機密保持や各種工作員からの拉致の危険性を考慮して、『外出許可』が降りることは相当に難しい。

 

 それが高位能力者や、上条のような特異な『原石』ならば尚更のことだ。

 だが、それを考慮しても、この五年間の上層部の頑なさは、二周目の上条をもってしても異様といえるものだった。

 三枚の申請書、血液中への極小機械の注入への同意、保証人の確保、全て完璧のこなしても、まるで許可が降りる気配すらなかった。

 

 確かに、自分の右手は特異だが、それでも学園都市側としての上条当麻への姿勢は『何か不思議な右手を持ってるけど、ただの無能力者ですよ、そいつ』というものであった筈なのに。

 まるで、上条当麻を頑なに学園都市の『外』へは出すまいという意思が働いていたかのように。

 

 だが、今日になってまるで人が変わったかのように、まるで追い出すかのように上条の『外』への道が強制的に用意された。

 ずっと望んできたことではあるが、その道の整備のされ方が余りにも露骨で、喜びよりも警戒心が先に立ってしまう。

 

 その上、上条にとっては、不気味さを感じる、もう一つの大きな理由があった。

 

(……なんだ? ここまでの展開が、余りにも一周目のあの時と同じだ)

 

 今日、夕陽が差し込む放課後の教室で土御門に語った――御使堕し(エンゼルフォール)事件。

 あの時も、上条は一方通行(アクセラレータ)を打倒したことで学園都市中のスキルアウトに狙われることになり、ほとぼりを冷ますという理由の元、学園都市の外へと出され、御使堕し(エンゼルフォール)事件へと巻き込まれることになった。

 

「……ちなみに、学園都市の『外』へと出た後、ここに行けみたいな指示もあるのか?」

「そこは、通常通り保証人の所(親元)へと向かうようにと。ああ、それと、急な話だからということで、旅行先を都合してくれたそうですよ。ご家族の分も」

 

 親船がそう言って差し出してきたとは、見覚えがあり過ぎる――海の家『わだつみ』のパンフレット。

 色々と思い出深い、一周目で御使堕し(エンゼルフォール)事件の舞台となった、神奈川県某海岸にて営業している色々とギリギリな宿泊施設である。

 

 これにはつまり、ここなら遠目から護衛してやるけど、別の所で好き勝手に夏休みしてて拉致られてもこっちは責任取りませんからと、学園都市からの外出先を実質指定しているようなものである。

 

 どうしても上条当麻を、この時期にあの寂れた宿泊施設に送りたい『誰か』がいるらしい。

 いや、目的は――上条当麻と上条刀夜を会わせることか?

 

「まぁ……上の誰のどんな目論みかは分かりません。もしかしたら本命は、上条君を『外』に出した上での『中』かもしれませんしね」

 

 上条は親船のその言葉にハッと目を見開いた。

 そうだ。自分は確かに御使堕し(エンゼルフォール)のフラグは事前にぶち殺したが、一周目でも自分が海の家『わだつみ』で世界の危機に直面している間に、この学園都市で何か別の事件が起きていたかどうかは全く知らない。

 

 いくら二周目の世界の時系列が『今の』上条当麻が誕生したその後に追いついたとはいえ、幻想御手(レベルアッパー)事件のように、上条当麻が関わらなかった大事件というものは無数に存在している。自分が知ることすら出来なかった悲劇も、この世界には当たり前のように存在している。

 

 ならば、今回の急な学園都市外への上条放逐も、上条を学園都市の外の世界での事件に関わらせるのではなく、これから学園都市の中で起きる事件に上条を関わらせない目的故の行動ということもあり得るのだ。

 

 もし、そうならば、自分はいかにしてこの上層部からのお前ちょっと外行ってろバカという命令に背き、いつものように独断行動をするかを考えなければならないのかと思考の方向を変えようとしていると。

 

 親船は「しかし。今回ばかりは、そんな上層部の思惑に乗るべきだと、私は思うのです」と、上条に向かって微笑みながら言った。

 

「――え? どういうわけだ、親船さん」

「あなたが私の元へとやって来て、風紀委員(ジャッジメント)となってからの五年間。私の力不足で、あなたを学園都市の『外』へと出してあげることは叶いませんでした。……しかし、ようやく、その機会を用意してあげられるのです。私は、正直に言って嬉しい」

 

 その微笑みは、学園都市統括理事としての顔ではなく、まるで一人の母親のような表情だった。

 

「これまでの五年間、あなたは本当によく頑張ってくれました。この機にゆっくりと夏休みを楽しんできてください。そして――ご両親に、あなたの元気な姿を見せてあげなさいな」

 

 上条は、その言葉に何も言えなくなってしまった。

 確かにこの五年間、いや、上条が二周目の世界に逆行してから、この学園都市に足を踏み入れてからと考えるとおよそ十年もの間、上条当麻はこの学園都市の『外』に出ていない。

 当麻が両親に会う機会は、年に一度の『大覇星祭』くらいだ。

 それも上条が風紀委員(ジャッジメント)となってからは、能力者が直接ぶつかり合うこの祭りにおいては大忙しとなるため、この五年間は親子の時間をゆっくり作れたとは言い(がた)い。

 

 そんな後ろめたさがある中で、親船最中はそんなつもりはないだろうが、人の親としての表情でそんなことを言われたら、間違っても孝行息子などとは言えない自覚のある上条当麻としては無碍には出来なくなる。

 

「……そうですね。親船様のおっしゃる通りです」

 

 親船の援護射撃をしたのは女王の傍に仕える側近――縦ロールだった。

 

「ただでさえ、我々学園都市の学生からしたら、ご家族と顔を合わせる機会というのは貴重なものです。どのような思惑の元であれ、これは上条様が身を粉にしてきた献身が報われて得られた休暇でしょう。ごゆっくりと水入らずの時間をお過ごしください。学園都市の留守は我々に任せていただければ」

「え~。私も一緒に行きたいわぁ。いい加減上条さんのご両親に挨拶もしたいし、水着で悩殺力満載なアピールもしたいんだぞぉ」

「女王。いい話をしているので邪魔をしないでください。それと私はもう上条さんのご両親に挨拶を済ませましたよ。未だに上条さんのご両親に名前を覚えてもらえないのは女王が直前でいつもへたれるせいです」

 

 唐突な側近の裏切り発言に「いつの間にっ!?」と驚愕する、この五年間の大覇星祭の全てにおいて上条夫妻への挨拶へのチャレンジに失敗し(顔を真っ赤にして直前逃亡)、未だに名前を覚えてもらえない幼馴染み系ヒロイン食蜂(しょくほう)操祈(みさき)

 

 その間「帆風(ほかぜ)潤子(じゅんこ)と申します。上条様にはいつもお世話になっております」と、まるで見合いの席のように優雅に挨拶を決めていた、縦ロールこと帆風潤子。ちゃっりと読者よりも(作者よりも)先に上条夫妻に本名を覚えてもらうことに成功する。ちなみに上条当麻もそこで初めて本名を知った。(「お前、帆風っていうの!?」「これからも縦ロールで結構ですよ。可愛くて気に入っています」)。

 

 思っていた以上に自身が出遅れていることにわなわなし始める女王に「そもそも超能力者(レベル5)の女王に外出許可など降りるわけがないでしょう」と溜息を吐く側近。

 そんな二人を見て微笑していた上条は「……分かった。留守は頼むな、食蜂、縦ロール」と言って親船最中と向き合う。

 

「分かった。学園都市の『外』に行こう。何かあったら、すぐに知らせて欲しい」

 

 まるで出先でも携帯電話を手放さないビジネスマン(ワーカーホリック)のような口ぶりの上条に、親船最中は苦笑を返した。

 




こうして物語は、遂に学園都市の『外』へと飛び出す。

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