上条当麻が風紀委員でヒーローな青春物語   作:副会長

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 それでは、エピローグです!(これで終わるとは言ってない)


エピローグ 終わっていた悲劇。そして始まる姉妹の物語

 

 

 

「――こうして、俺達は絶対能力進化(レベル6シフト)を止めることが出来たんだ」

 

 

 こうして、長い、長い昔語りは終わり、部屋の中を沈黙が満たした。

 

 

 部屋の中のメンバーの視線は、御坂美琴に注がれる。

 

 誰よりも事件の渦中の存在で在りながら、数多くの激戦を潜り抜けることでなんとか集結したその悲劇を、結局最後の最後まで、その存在すら知らずに、ずっと光の世界にいた少女を。

 

 

 その少女が闇の存在を知らずに済むように、どれだけの人間が戦ってきたを、少女は――御坂はようやく理解した。

 

 自分がいったい、どれだけ上条当麻に守られているだけの、箱入りの姫君(ヒロイン)であったかを、御坂は思い知らされた。

 

 

 上条は、そんな御坂の胸中を察しているのかいないのか、俯き続ける御坂の方を見ずに、事件(ものがたり)後始末(エピローグ)を語り始める。

 

絶対能力進化(レベル6シフト)は半永久的に凍結した。あれは一方通行(アクセラレータ)が最強であるということを前提にした実験だったから、俺が曲がりなりにも一方通行(アクセラレータ)に勝てたことで、その前提を覆したからな。……まぁ、全員が全員納得した訳じゃなさそうだったけどな」

「なにしろ研究所自体の崩壊力がすさまじかったから、もちろんカメラなんかも軒並み全滅で、映像は残ってなかったしぃ、奇跡的に死亡者はいなかったけど、全員残らず研究者の奴等は気絶してたしねぇ」

「……今から考えれば、本当によく死んだ奴いなかったよなぁ。洒落にならない大怪我した奴等はいっぱいいたみたいだけど」

「はっ、殺されねェだけありがたい話だろうが。あンなクズ共」

 

 そういって白けた視線を上条に向けられた一方通行(アクセラレータ)は、不貞腐れたようにそっぽを向く。

 

 上条も少しは心が痛むけれど、それでも妹達(シスターズ)に対して行った仕打ちを考えると、同情するのもおかしな話なので、これ以上恨まないことでその感情に折り合いをつけ、さらに話を続ける。

 

「それから、妹達(シスターズ)はその実験の後、全員冥土帰し(ヘヴンキャンセラー)先生の病院に匿ってもらってたんだ。……妹達(シスターズ)はクローンだから、そのままだと肉体的な寿命が、すごく短いらしくてさ」

「えっ?」

 

 その上条の言葉に、重く俯いていた御坂がバッと顔を上げ、上条を見つめた。

 

 その表情を、その瞳を見て、上条は、少なくとも御坂が妹達(シスターズ)を失うことに、恐怖を覚えていてくれていることが分かり、微笑んだ。

 

「大丈夫だ。その辺を治す為に、冥土帰し(ヘヴンキャンセラー)先生が頑張ってくれたんだ。この半年で、その件は大分改善された。だからこそ社会勉強も兼ねて、妹達(シスターズ)だけで生活するなんてことが出来てるんだ。ほら、俺達の部屋の隣に住んでるって言ったろ?」

 

 その言葉を受けて、御坂はゆっくりと六人の“妹達”の方に目を向ける。

 

 打ち止め(ラストオーダー)が安心させるように満面の笑みを浮かべ、その他の五人の妹達(シスターズ)も無表情ながらもコクリと頷いた。

 

「俺と一方通行(アクセラレータ)がここに住んでるのは、妹達(シスターズ)に対する護衛も兼ねてるんだ。……もう絶対能力進化(レベル6シフト)は凍結してるけど、まだ実験の再開を狙ってる奴もいるかもだからな」

「元々、上条さんが第一位さんと同居してるのも、それを防ぐ為なのよぉ。樹形図の設計者(ツリーダイヤグラム)はまだまだ健在力全開だから、実験プランを練り直して再開とかもあり得るからねぇ」

「……でも、どんな実験をしようと、すでに絶対能力者(レベル6)に到達しうるのは一方通行(アクセラレータ)だけだって演算結果が出てる以上、絶対に一方通行(アクセラレータ)には接触してくる」

「かっ、そン時はスクラップにしてやるがなァ」

「そ、そうなんだ……」

 

 そう。すべてはもう終わったことで、その事件の後処理ですら、御坂は関わらせてはもらえなかった。

 

 いや、違う。自分は気づかなったんだ。思いもしなかったんだ。

 

 

 自分が幼い日に、軽はずみに行った行動の結果、どんな悲劇が生まれたか。

 

 そのことで、どれだけたくさんの人間が、戦っていたか。

 

 自分は何も知らず、何も気づけなかった。

 

 

 だから、上条達を恨むのは、筋違いなのだろう。

 

 けど、それなら――

 

 

「――私は、どうしたらいいの?」

 

 

 ポツリと、御坂は呟いた。

 

 その言葉に、一方通行(アクセラレータ)と食蜂操祈は、真っ直ぐに御坂を見据えた。

 

 その視線を受けて、御坂は視線を合わせられず下を向いて、唇を噛み締め、ギュッと制服のスカートの裾を握る。

 

 

 分かっている。今更だってことは。

 

 自分は上条や食蜂達が戦っている時、何もしなかった。

 

“妹達”が苦しんでいるときに、何も出来なかった。

 

 誰よりも当事者のくせに、自分は最後まで傍観者ですらなかった。

 

 

 完全に、部外者だった。

 

 

 そんな自分が、今更何かをしたいだなんて、烏滸がましいのかもしれない。

 

 

 それでも、もう部外者でいたくなかった。

 

 だって、だって、彼女達は――

 

 

「御坂」

 

 ビクッと、思わず震える。

 

 御坂を呼びかけた上条の声は、優しく穏やかだったのに、責められるかもしれないと思ってしまった。

 

 怯えるように、上条と向き直る。

 

 上条は、そんな御坂を優しく見つめていた。

 

「もう妹達(シスターズ)は、全員日常生活が問題なく送れるくらいには体調は問題ないんだ。まぁ、一応週一で冥土帰し(ヘヴンキャンセラー)先生の所に通ってるけど、それでも一般的な生活を送る分には問題ない。……そこで、だ。本人達や冥土帰し(ヘヴンキャンセラー)先生、それから布束さんや芳川さん、食蜂や一方通行(アクセラレータ)、縦ロールと何回も話し合っていたことがあるんだ」

 

 そして、上条はそこで真剣な表情を作り、御坂に向かって、覚悟を決めて言った。

 

 

妹達(シスターズ)を、学校に通わせようと思う」

「――――え」

 

 

 御坂は呆然とする。そして、その言葉を理解した時、立ち上がって慌てだした。

 

「え!? ちょ、だって――――アンタ、正気なの!?」

「ああ。そこで、御坂に頼みがあるんだ」

 

 上条は立ち上がった御坂を見上げるようにして、真っ直ぐに言い放った。

 

 

「彼女達に、名前を贈ってほしいんだ」

 

 

 今度こそ、御坂は動きを止め、硬直する。

 

 御坂は、胸の中から不思議な感情が湧き起こってくるのを感じた。

 

 

「……名前? この子達に、私が?」

「ああ。学校に通うとなると、仮でも名前や戸籍がいる。多少強引だけど、こいつ等は御坂の一年年下の五つ子の妹ってことにしようと思うんだ。で、打ち止め(ラストオーダー)は少し歳の離れた末っ子の妹ってことで」

「そういうことなので末っ子、ちょっとパン買ってこいや、とミサカは姉妹の上下関係を知らしめます」

「むぅ~~~!! ミサカは上位個体なのに!! ってミサカはミサカは見た目っていうハンデキャップに嘆いてみたり」

「こら、まだ上条様のお話の途中ですよ」

 

 00005号と打ち止め(ラストオーダー)のじゃれ合いも、それを窘める縦ロールの声も、御坂には届いていないようだった。

 

 ゆっくりと掠れるような声で、御坂は上条に問いかける。

 

「……そ、そんなこと、本当に出来るの?」

「入学の方は、親船さんの権限で何とかしてくれるそうだ。……もちろん、見た目とかの面で、御坂の方にもいろいろ言われると思う。だから、この話は御坂の許可をとってからと思っていた。……どうだ? 了承してもらえないか?」

 

 上条が、御坂を気遣うような声色で問いかける。

 

 00005号も、打ち止め(ラストオーダー)も、縦ロールも、口を閉じて御坂の言葉を待った。

 

「――な、なんで、私なの?」

 

 御坂の言葉は、涙声のように震えていた。

 

「だって、私は、何も知らなくて……。アンタ達が戦ってたことも……妹がいるなんてことも知らなくて……何も出来なくて……この子たちにひどいことも言って……それなのに」

 

 御坂は、ついに涙を零しながら――――懺悔するように、言った。

 

「――私なんかが、この子達に名前を贈るなんて……」

 

 その時、一人の妹達(シスターズ)――00001号が、御坂の事を、優しく抱きしめた。

 

 抱擁した。

 

「ミサカは、お姉さまから名前を頂きたいです。とミサカは所望します」

 

 御坂は目を見開く。

 

 自分と全く同じ姿形の妹達(シスターズ)。そんな存在に抱き締められているのに、全く嫌悪感はなかった。

 

 彼女達を初めて見たときのような、生理的恐怖は、最早微塵もなかった。

 

 温かい。本当に、彼女達は温かかった。

 

「ミサカ達は、お姉さまのことをまったく恨んでいません。とミサカは当然のことを言います」

 

 そして、さらに続いて00002号が、御坂を優しく抱き締める。

 

 自分が食蜂にされた時のように、優しく、包み込むような抱擁を。

 

「なぜなら、お姉さまがあの日、DNAマップを提供してくれたおかげで、ミサカ達はこうして生まれてくることが出来たのです。とミサカは感謝します」

「ミサカ達は、誰一人として殺されていません。とミサカは自分達の無欠っぷりをアピールします」

「そして、お姉さまは言ってくださいました。とミサカはここばかりは真面目に決めます」

 

 00003号、00004号、そして00005号が、御坂を慰めるように周りに集まる。

 

 

「ミサカ達のこと、妹だって! すっごく嬉しかったよ! ってミサカはミサカは上位個体らしく決めセリフを掻っ攫ってみたり!」

 

 

 そして、00001号と00002号の肩に飛び乗るようにして、打ち止め(ラストオーダー)が満面の笑みで、御坂に言った。

 

「――あ」

 

 

――だって、私は、何も知らなくて……。アンタ達が戦ってたことも……妹がいるなんてことも知らなくて

 

 

 そうだ。自分はごくごく自然に言っていた。

 

 

 彼女達のことを、妹だと。

 

 

 心の中で、気が付いたら認めていた。

 

 

「おのれ、ミサカが言うはずだった決め台詞を、末っ子の分際で。とミサカは憤慨します」

「や~い、や~い、捕まえてみろ~! ってミサカはミサカは己のコンプレックスの身体の小ささを活かして逃亡を企ててみたり~!」

 

 

 目の前で明るくはしゃぐその姿は、まさしく子供で。

 

 

 己と同じ姿形をしていても、全然違う一つの命で。

 

 

――お姉さまがあの日、DNAマップを提供してくれたおかげで、ミサカ達はこうして生まれてくることが出来たのです。とミサカは感謝します

 

 

 そして、自分と同じDNAを持つ、同じ血が流れている。

 

 

 御坂美琴(わたし)妹達(いもうとたち)なのだ。

 

 

 御坂は、00005号と打ち止め(ラストオーダー)のはしゃぎあいを眺めている00001号を、後ろから、彼女の背中に顔を埋めるようにして抱き締める。

 

「? お姉さま?」

 

 

 

「……ありが……とう」

 

 

 

 こんな私を、姉と呼んでくれて。

 

 

 

 震えながら、押し殺したように言葉を漏らす御坂(あね)に、00001号(いもうと)は何も言わず、背中を貸し続けた。

 

「あ~~!! 00001号ずる~い!! ってミサカはミサカはいい雰囲気に乱入してみたり!」

 

 やがて元気いっぱいの打ち止め(すえっこ)に見つかり、そこに00005号が、そして他の妹達(シスターズ)が、御坂の元へ一斉に集まった。

 

 

 上条達はそっと部屋の片隅に移動して、その様を優しい眼差しで眺めていた。

 

 

 仲良くじゃれあうその光景は、しあわせそうな姉妹以外の何物でもなかった。

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

「あ、私、これから毎日ここに来ることに決めたから」

「え、は、う、ええ!?」

「ちょ、ちょっと御坂さん!? 何言ってるのぉ!?」

 

 その後、しばらくして。

 何か吹っ切れたような表情をした御坂は、上条に向かってそんなことを言い放ち、傍にいた食蜂が分かりやすく狼狽えた。

 

 今、目の前では四人の妹達(シスターズ)と縦ロールがガールズトークをし、打ち止め(ラストオーダー)一方通行(アクセラレータ)とじゃれあっている。

 そんな様を少し離れた場所で、上条と食蜂、そして御坂と00001号が眺めていた。

 

「だって名前よ、名前。そんな気軽につけていいものじゃないし、やっぱりその子を表すしっかりしたものをつけたいじゃない? なら、しっかりとあの子たちのことを知りながら考えたいわ。学校に通うのも、どうせ二学期からでしょ。それに夏休みだし」

「そ、それはそうだけど……でも、白井がなんていうか」

「どうせ黒子はこの夏休みも風紀委員(ジャッジメント)で忙しいわよ。それにここに来れば佐天さんとも、インデックスとも会えるしね」

「あ、あらぁ、御坂さん。常盤台のエースともあろうお方が、夏休み中、殿方の家に入り浸るのは如何なものかしらぁ?」

「何を言ってるの食蜂? 私は妹と友達の家に遊びに来るだけよ。たまたま、その間に殿方の家があるだけよ」

「ぐぬぬぬ」

 

 御坂のふふんという笑みに、食蜂が女王に相応しくない表情で悔しがる。

 

 食蜂はこの時、大分長い過去編を挟んだので忘れていたが、上条の家に上がることが出来るという、長年自分(達)だけが持っていたアドバンテージをなくしたことに気付いた。

 

 御坂が言った通り、これからは佐天はお隣だし、白井も初春も御坂のように何かと理由をつけてこの家を訪れるようになるだろう。

 

 どんどん自分のアドバンテージが減っていく。その事に焦りを覚えるいまだ想い人を下の名前で呼ぶことが出来ない乙女な女王、食蜂操祈。

 

(だ、大丈夫よぉ! なんせ、上条さんと一番付き合いが長いのは私なんだからぁ!)

 

 己を鼓舞することが出来る理由づけが付き合いの長さだけになるのは幼馴染ヒロインとしてはかなりやばい黄色信号なのだが、果たしてこの傲岸不遜ながらも初恋に奥手な女王は気づくことが出来るのだろうか。

 

「これからは、たくさんお姉さまと会えるのですか? とミサカは沸き立つ心を押さえながらウキウキで問いかけます」

 

 御坂は無表情ながらもどこか瞳を輝かせる00001号(いもうと)の頭を、優しい眼差しと共に撫でる。

 

「……ええ。これからは、出来るだけ会いに来るわ」

 

 その姉妹の微笑ましい一幕を、上条は優しく見つめる。

 

 こんな光景を見るために、己は右拳を振るったのだと、満たされるような気持ちになる。

 

「そういえば、この子達はどこの中学に通うの?」

 

 御坂がそう上条に問いかける。

 上条はそういえば言ってなかったと思いながら「この話は佐天達もいる所で話そうと思ってたんだけど」と話し始めた。

 妹達(シスターズ)に関する話で佐天の名前が出てきたことに首を傾げる御坂に、上条はその答えを言った。

 

「五人の妹達シスターズは、00001号と00002号が強能力者(レベル3)で、残りの三人が異能力者(レベル2)なんだ」

「へぇ、そうなの」

「ちなみに打ち止め(ラストオーダー)強能力者(レベル3)な。そんなわけで、五つ子として一つの学校に編入させるよりも、二人と三人で別々の学校に行かせる方が、混乱が少ないと思うんだ。もちろん、双子なのかとか聞かれたら五つ子と答えるようにはする。街中で五人とかで歩いてる時に見つかって騒ぎになるのは面倒だからな。それでも、いきなり五つ子として編入するよりは、まだ受け入れやすいと思う」

「まぁ、双子や三つ子ならまだしも、五つ子ってなかなかいないわよね。もちろん、いることはいるんでしょうけど」

「ああ、そんなわけでだ――」

 

「――00001号と00002号には“常盤台中学”。00003号と00004号と00005号には“柵川中学”に編入してもらおうと思ってる」

 

 上条の言葉に、御坂が一瞬呆気にとられ、驚愕を示す。

 

「え、常盤台(うち)!?」

「ああ。これは、親船さんとも話し合って決めたことだ」

 

 上条は御坂の驚愕を織り込み済みであるという風に、話を続ける。

 

「常盤台中学なら、お前や食蜂――超能力者(レベル5)が学校内でサポートが出来る。これは柵川中学も同じだ。日常生活を送ることが出来るとはいえ、やっぱりまだまだ妹達(シスターズ)のみんなは常識知らずだ。彼女達のことを知っていて、サポートしてくれる存在が必要だからな」

「……そうね。確かに」

「それと、護衛という理由もある」

 

 上条はそこで、語気を鋭くして御坂に言い含める。

 

妹達(シスターズ)は、超電磁砲(おまえ)のクローンなんだ。それだけで、利用しようとする奴等は必ず現れるはずだ。絶対能力進化(レベル6シフト)とは関係がなくてもな。そんな時、超能力者(レベル5)のお前達が傍にいれば、それだけで抑止力になる」

「……佐天さんや初春さん――柵川中学の方はどうするの?」

「それは、一方通行(アクセラレータ)が見張ってくれている。柵川はこっから近いし、実質今の一方通行(アクセラレータ)はニートみたいなもんだからな。一日中暇してるし」

「かァァァァみじょうくゥゥゥゥン!!!! 愉快な戯言がきこえたンですけどォォォォ!!!」

「ちょ、アクセラさん!? こんな室内でベクトルを操作しないで!! ぎゃぁぁぁ!!! 不幸だぁぁぁあああ!!!」

 

 その様を呆れたように見ていた御坂は、ちょいちょいと袖を引かれる方を見ると、00001号が御坂の方を見つめ、そして――

 

「――ミサカは、お姉さまと同じ学校に通えるのですね。とミサカは期待に胸を膨らませます」

 

 無表情ながらも、やはりその瞳はどこか輝いてみえて。

 

「……そうね。私も嬉しいわ!」

 

 どうしようもなく、その姿が愛しく感じた。

 

 

 

 

 

「……御坂さぁん。ちょっとシスコン発症してない?」

「ちょっ! ばっ! 何言ってんのよアンタは!!」

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

 あの後、さすがに帰らなくてはまずいだろうということになり、上条は御坂を寮に送り届けていた。

 

 食蜂は最後まで食らいつこうとしていたのだが、今日くらいは御坂と一緒に行かせてあげるべきだろうと縦ロールが食蜂を押さえつけたのだ。

 

 その際に、御坂と縦ロール、共にゲコ太を愛するゲコラー同士のアイコンタクトによって、見事なコンビネーションがなされていた。縦ロールの主君への忠誠を揺るがすとは恐るべしゲコ太。

 

「もうすっかり日が沈んでも蒸し暑くなってきたな」

「しょ、SHOWねっ!」

 

 帰り道、お互いの間に会話はなく、というより上条はちょくちょく思いついたことを呟いて沈黙をなくそうとするのだが、御坂はなぜかテンパって意味の分からない返しをし、会話が全然生まれない。

 

 やがて、全く無意味な時間を浪費し、御坂の暮らす常盤台の寮が見えてきた。

 

 御坂は大きく深呼吸をし、真っ赤に染まった頬をパァン! と両手で叩いた。

 

「ど、どうした御坂!?」

「か、蚊が止まったのよ!」

「両頬に同時に!?」

「うっさい、黙りなさい、焦がすわよ!」

「なんで!?」

 

 御坂は大きく深呼吸をし、そして、ついに意を決して、言った。

 

 

「アン――いえ、上条当麻!!」

 

 

 そして、御坂は両手を膝に着け、勢いよく頭を下げる。

 

 

 

「ありがとう!!――――私の妹達を、助けてくれて!!」

 

 

 

 上条は、純粋に驚いた。

 

 

 悪い奴じゃないことは知っていた。優しい奴だとは分かっていた。

 

 

 それでも、どこか素直じゃないこの少女が。

 

 変に意地っ張りで、超能力者なのに子供っぽいこの少女が。

 

 

 自分に向かって、上条当麻に向かって頭を下げて、こんなにも真っ直ぐにお礼を言うなんて。

 

 

 言うことが出来るなんて。

 

 

 御坂は、頭を下げたままなおも続けた。

 

 

「もし、アンタが実験を止めてくれなくて……何人もの妹達(シスターズ)が犠牲になっていたら、きっと私は、自責の念で壊れてた。……あの子達の姉だなんて、絶対に名乗れなかったと思う」

 

 

 そんなことはない、と上条は叫びかけた。

 

 

 確かに“前の”世界において、一万人以上の妹達(シスターズ)が犠牲になってしまったあの世界において、御坂は本当に追い詰められた。

 

 絶対に敵わない一方通行(てき)に殺されることで実験を止めようなどと血迷ってしまうくらい、御坂は壊れかけた。

 

 

 それでも、御坂美琴はそんな軟な少女ではない。

 

 

 最後には、あの学園都市最強の前に、妹を守る為に立ち上がり、立ち塞がり、堂々と、この子は自分の妹だと、言ってのけることが出来た、そんな強い少女だった。

 

 

 だが、そんな上条のおせっかいなど吹き飛ばすように、御坂は勢いよく顔を上げる。

 

 

 それは羞恥故か、それとも決心の強さ故か、この夜の暗さの中でも真っ赤に染まっていると分かる顔で、表情を凛々しく変え、上条に向かって宣言するように言い放った。

 

 

 

「私は、これからあの子達を守り続ける! 二度と、あの子達の悲劇を見逃さない! 見過ごさない! それが、あの子達の“姉”として、私が一番誇れる生き方だから!」

 

 

 

 上条は、その宣言を聞いて、口を大きく開いて呆気にとられ――そして、ふっと笑みを浮かべた。

 

 

 やはり、御坂美琴は強い少女だ。

 

 

 凛々しく、カッコよく、そして美しい。

 

 魂が、心が美しい。誰よりも真っ直ぐな心を持つ、光の世界の超能力者(レベル5)

 

 

 きっと彼女なら、誰よりも立派な“姉”となるだろう。

 

 

 上条は口を開いて、頑張れと言おうとした――が、それは何かが、少し違う気がした。

 

 

「――そうか。頑張ろうぜ、御坂!」

 

 

 そうだ。御坂だけじゃない。

 

 

 俺も、一緒に守りたい。

 

 

 あの無垢なる少女達が、しあわせになっていく道のりを、この右手で切り開いてやりたい。

 

 

 そんな思いを込めて、御坂のことをじっと見据えると、色々と限界だったのか、御坂は真っ赤な顔をさらに真っ赤にして。

 

「じゃじゃじゃじゃそういうことだから!! ま、ままままままま」

「落ち着け落ち着け、御坂、なんかよく分からねぇがとりあえず深呼吸しろ」

「うっさい! 落ち着いてるわよ! 焼き焦がすわよ!」

「理不尽!」

 

 御坂はそのまま上条の横を通りすぎていく。

 

 そして、去り際に――

 

 

「――またね」

 

 

 と、呟きながら、寮のエントランスへと駆けて行った。

 

 その後ろ姿が消えるのまで見送って、上条は大きく息を吐く。

 そして、常盤台の寮に背を向けて帰っていった。

 

 夜空を見上げると、星座に疎い上条でも知っている、夏の大三角が輝いている。

 

 

 まだまだ、上条の波乱の高一の夏休みは、始まったばかりだ。

 

 

 たまにはこんな夜空を眺めながらゆっくり歩くのもいいかな、なんて上条が思っていると――

 

 

 

『御坂ぁ!!! 貴様何時だと思ってるんだっ!!! 門限って言葉の意味をその身体に叩き込んでやろうかぁ!!!』

『い、いや、あの、これには深い訳が……黒子! 黒子ぉぉおおおおお!!!!』

 

 

 上条は後ろも上も向くことなく、ただ一心に前だけを見据えて、後ろから聞こえる絶叫から逃げるように夏の夜道を全力で駆け抜けた。

 




 これで妹達編は終わりじゃないよ! もうちっとだけ続くんじゃ!

 なんと、次回もエピローグです!
 妹達編のエピローグは上中下の三篇方式となります。

 ……どうしてこうなった(笑)

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