魚型のミサイルを回避した後、上条は物陰に身を潜め、絹旗とフレンダの様子を伺っていた。
(……合流したか。さて、どう来る?)
上条は絹旗最愛、ここにはいない滝壺理后、そして第四位の麦野沈里の能力は把握している。
だが、目の前のあの金髪の少女――フレンダ=セイヴェルンの能力だけは把握していない。
正確には能力者なのか、それとも無能力者なのかも把握していない。
食蜂曰く、彼女はこと戦闘において能力を使用しないらしい。だが、かといって滝壺のように後方支援用員というわけでもない。
彼女が使うのは――爆弾。そして
まるで人間が人間を殺すように、人間を殺す人間の少女。
そんな彼女は、こちらを見てにやりと笑うと、絹旗とともに建物の奥へと駆けだした。
(……誘ってるのか)
あまりにも分かりやすい誘導。
だが、それはこの状況では愚策とはなり得ない。
なぜなら、彼女達『アイテム』に課せられた任務は、この研究所からのデータ移送が済むまでの間の研究員の護衛と、侵入者の撃退。撃滅ではない。
いうならば、ここで上条を取り逃がしても、結果的に
だが、上条はそうはいかない。上条の目的は、ここで、この研究所にて、本来の実験が行われる場所の情報を得ること。何の情報も得ずにここで立ち去ることなど出来ない。
フレンダはこう思考する。
上条は
それはつまり、どうしても達成しなくてはならない目的があるということ。
そして、それを達成するには、少なくとも上条の方は、自分達を撃破する必要があるということだ。
つまり、上条は自分達を追ってくる。そう、フレンダは踏んでいる。
そして上条は、フレンダがそう踏んでいることを踏んだうえで、それでもその策に乗る。乗らなくてはならない。
現状、彼女達こそが、最も有力な情報源なのだから。
(……行くか)
上条は意を決し、フレンダと絹旗の後を追った。
彼女達は今いる大きな空間から隣の大きな部屋へと繋がるトンネルのような通路に入る。
上条は、この暗い空間の足元、もしくは壁面に爆弾が仕掛けられているのかと注意深く観察しながら、速度を緩めることなく足を踏み入れる。
その時、フレンダはにやりと笑いながら――
ジッ。と、壁面のテープを発火させた。
ドアや壁を焼き切る特殊ツール。それを利用し、導火線に火をつける。
そのテープは――導火線は、一気にトンネルの天井に向かって走り――
「ッ!?」
格子状に亀裂が走って、倒壊した。
天井が瓦礫群と変わり果てて上条に向かって降り注ぐ。
倒壊前にトンネルから脱したフレンダは、その凄惨な有様を見てご機嫌に笑い――
「一丁上がりって訳よ!」
パチーンと指を鳴らして勝ち誇ったが――
ダッと飛び込むようにトンネルを脱してきた人影があった。
「…………え?」
顔を引き攣らせながらその人影に顔を向けると――フレンダに向かって不敵な笑みを向けている上条がいた。
倒壊といっても、全ての瓦礫が同時に降り注いでくるわけではない。
そして上条は、発火した導火線によって、落ちてくる瓦礫の形や大きさなどを把握できた。
それにより、そして何より長年の
フレンダと絹旗は再び逃げる。心なしか先程の誘導と違いフレンダは全力疾走な気がした。
絹旗は淡々とフレンダに向かっていう。
「……あれが超普通の
「つ、次よ! 結局、次が本番って訳よ!」
フレンダは最高速度では自分達を上回る上条相手に巧みにルートを限定しながら逃走することでなんとか距離を保つ。
そして予め爆弾をセットしておいたポイントに誘導し、最高のタイミングでリモコンのスイッチを押す。
(今!!)
だが、上条の読みはフレンダのその上を行く。
爆発の瞬間を読み切り物陰に身を隠し、時には何処からか拾い上げた瓦礫や鉄板を使って、その全ての爆発を防ぎきる。
「っっ~~!! もう~~!! なんで死なないって訳!?」
そして上条は、フレンダ達の追跡を続けながら、並行して分析も続けていた。
(……このぬいぐるみ爆弾、どうもあのリモコンで爆発させているみたいだな。あくまでフレンダの遠隔操作。センサーで自動爆破するものじゃない)
なら少なくとも地雷などは仕掛けていないか、と思考しながら上条はフレンダ達を追い続ける。
振り切れない上条相手に業を濁したのか、フレンダは絹旗に抱きかかえられながら上へと跳んだ。その先には別のフロアへと繋がる道がある。
さすがの上条も生身であんな跳躍は出来ない。
よって、金属製の壁際に備え付けられた階段に向かって駆けだす。
フレンダ達を注視しながら上を向いて走っていると――
――通路を抜けた先で、死角に爆弾が仕掛けられていた。
(――しまっ!?)
だが、自分はフレンダから目を逸らさなかった。彼女は絹旗に抱きかかえられた際に、リモコンは仕舞っていた筈――
上条はその時、そのぬいぐるみが今までとは違い、時計を抱えていることに気付く。
(タイマー式かッ!?)
上条は遮二無二に前方に向かって飛び込む。
バンッとぬいぐるみが爆発する。それはそれまでのものとは違い爆風ではなく破片を飛ばすものだった。
上条は拾っていた鉄板を空中に投げ出す。それにより破片は弾かれ、間一髪事なきを得た。
が――
(……これで拾った瓦礫は弾切れか。……今度、まともに爆弾を食らったら終わりだな)
上条は冷静にそう考えながら、再び階段に向かって疾駆する。
その様子を、フレンダと絹旗は上から見下ろしていた。
「……まさか時限式陶器爆弾までクリアされるなんてね」
「……フレンダ?」
「……大丈夫よ。結局――」
フレンダはリモコンを取り出して、上条を見下すように笑う。
「――これで、ジ・エンドって訳よ♪」
ピッと、こちらを見上げる上条に見せつけるようにそれを押した。
「!?」
瞬間、上条が駆け上がっていた階段の安定感が失われ、背筋がゾっとするような浮遊感に襲われる。
階段が、消失した。
まるでパズルを崩したがごとく階段がバラバラになり、ごっそりと上条がいた周辺のみが落下した。
「どんなにしぶとい人間でも、重力には勝てないって訳よ! さすがにこの高さから落下す……れ……ば?」
勝ち誇って高笑いしようとしていたフレンダの表情が引き攣る。
隣にいた絹旗も、口を開けたまま固まっていた。
上条は、“
正確には、階段が隣接していた壁面に走っていた鉄骨――壁面を強化する為の鉄骨にしがみついていた。
足場はない。ただ己の両腕の筋力のみで。
そして、すぐに懸垂をしているかのように身体を持ち上げ、そのまま高スピードで移動する。壁面を登る。今の自分は格好の的だと分かっているのだろう。そして、階段が残っている部分が近づくと、振り子のように己の身体を振って、跳んだ。
ガっ! と端を掴み、グイッと体を引き上げる。
そして、フレンダと絹旗を見上げた。いや、見上げるというほどの距離でもない。
すぐ目の前にいる。すぐ目の前まで追いつかれた。
「ッ!?」
絹旗はフレンダを抱え一目散に奥のフロアへと駆けた。
抱えられるフレンダは、もう完全に怯えている。
「ひぃぃぃぃいい!!! 何あれ!? 何あれ!? SAS○KE!? 完全にターミ○ーターじゃない! アイルビーバックって訳よ!」
「超落ち着いてくださいフレンダ。このままだと埒があきません。超協力プレイと行きましょう」
「で、でも、それだと特別ボーナスが」
「このままだと任務失敗で、特別ボーナスどころか私達が麦野に超
「う、うぐぅ……」
フレンダは悔しそうな顔をしながらも、結局は麦野が怖かったのか、「……分かったって訳よ」と了承した。
「でも、どうするの? 言っておくけど、その先は袋小路って訳よ」
「……ええ。これからフレンダはあそこで――」
絹旗はフレンダの耳元に口を近づけて囁く。
その作戦を聞いて、フレンダは頬を引き攣らせて、言った。
「……え? マジで?」
×××
布束を先導に、『食蜂』は研究所の奥深く、地下深くへと潜っていく。
その間、布束はこんな話を食蜂に聞かせた。
「
布束は
「それが、急に
それで、出来上がったのは案の定、レベル2~3の
その時、初めて布束も、
「はじめに五体しか製造しなかったのは、これまで理論上でしかなかった仮説を実証してみるため。
つまり、クローンを製造する実践的なノウハウを入手することが必要だったのだ。
「……まぁ、実際にはそれ以前にも何体か、プロトタイプを作ったりはしてたようだけれどね」
「…………」
食蜂の脳裏に、いまだに彼女の心の一番やわらかい場所を占める少女の顔が浮かぶ。
だが、前を歩く布束は、そんな彼女の顔色の変化に気づかずに、さらに話を進めた。
「――それで、クローンの量産のノウハウを確立した私達は、そのまま一気に上からの命令通りに二万体のクローンを製造する手筈を整えた」
「……ねぇ、少しいいかしらぁ? 前から疑問力が高かったんだけど、それっておかしくないかしら?」
ここまで、ただじっと布束の話に耳を傾けていた『食蜂』が、ここで話を遮り疑問をぶつけた。
「なぜ一気に二万体もの
「……分からない。そこは私も疑問だったのだけど、そこは上からの、かなり強い要望によりそういうことになったそうよ」
食蜂は、二万体を一気に製造するというやり方に疑問を覚えていた。
クローンの寿命は短い。それに、
二万体ともなると、秘匿するだけでも一苦労だろうし、それなら実験の都度、必要な分だけ製造して、積み重ねたデータをその度に上乗せして活用するのが、最も実験のクオリティを高めるやり方であると、食蜂は考える。そう考えると、一気に二万体を製造するというやり方には欠点しか見えない。
製造してからの
それでも腑に落ちない。今から二万体の製造を行っても、後半の
その時は新しいのを作ればいい、と学園都市の科学者はいかにも言いそうだが、それはただの二度手間だ。
(……それとも、二万体を揃えることで生まれる特別な意味が何かあるのかしらぁ?……でも――)
「――それでも、二万体の製造を待たずに、実験は始まるのねぇ」
「……ええ。これも上からの強い要望、というより命令ね。一刻も早く、第一次実験を遂行しろとのことよ」
それにより、試作品ともいうべき五人の
これは、考えられる理由が多すぎて理由は推測できない。
単純にまだ見ぬ
どちらにせよ、学園都市の上層部は、この実験に多大なる興味と、何やら表にしていない思惑を抱いている。それは間違いないと食蜂は確信した。
「――それにより、どこかの誰かが恐れを抱いたのかもしれないわね」
「……件の末っ子ちゃんのこと?」
布束の呟きに、先程彼女の記憶を読み取ったことでその意味を理解している食蜂が相槌を打つ。
布束は「Right」と、いつも通り言葉の最初に英単語をつけ、ポツリポツリと語る。
「元々、
「……それでも、二万体のクローンの製造がまだ始まっていないにも関わらず、その子は優先的に作られた」
「
布束は足を止める。それに少し遅れて『食蜂』も足を止めた。
彼女達の目の前には、これまでとは違い、暗証番号を入力するテンキー、網膜認証の為のカメラなど、明らかに厳重なセキュリティの扉。
布束は、そのテンキーに膨大な桁の暗証番号を入力し始める。
それと平行して、『食蜂』に話の続きを語る。
「二万体ものクローンを、こちらに抵抗させないように“教育”しているとはいえ、なんの
「……ミサカネットワーク、ね」
「Right。さすが、そこまで読み取ってたのね」
彼女達は、一つの大きなネットワークでつながっている。
これにより、彼女達は殺された前の個体の経験を十全受け継いで、次の個体へと引き継げる。
こうして彼女達は、
それ故に彼女達は、強敵との戦闘により
だが、この
全ての個体をつなげているということは、そのネットワークの主――上位個体の命令が、瞬時に全ての個体に適応されるということだ。
「たった五体のクローンでも、彼らは恐れたのよ。第三位――『
「……それで、
それでも、食蜂操祈はいまいち釈然としなかった。
それだけの理由で、
これだけ厳重なセキュリティの扉の中ということは、あえて灯台下暗しを狙ったのかもしれない。この場所も本当に研究所の最奥で、とてもではないが重要なものがあると知らなければわざわざ向かうことがない場所だ。
それでも、自分でいうのもなんだが、こちらには『
だが、それでも。
今、食蜂操祈は、
話を聞く限り、
つまり、チェスでいうならば、取られては負けのキング。絶対に守り抜かなくてはならないはずの王。
……これで、いいのか? 自分達は、敵の思惑を超えて、計画の心臓部へとたどり着いたのか?
消えない。
気持ち悪い違和感が、消えない。
「――
布束はそう言った。食蜂は言われるまでもなく理解していた。
先程も言ったように、
彼女を手に入れれば、
そんな存在を“縛る”にはどうするか?
簡単だ。檻から出さなければいい。大事に閉じ込めておけばいい。
吐き気がするほど、合理的だ。
「もうすぐ開くわ」
布束が言う。彼女はテンキー入力を終え、網膜認証へと移っていた。
「ここは実験の関係者の中でも一部の研究者しか知らず、足を踏み入れられない場所。……けれど、全くの無人ということは考えられないわ。だから――」
「分かっているわぁ」
それでも、そいつが第四位ということはありえないだろう。
第一位も、第二位も、第三位でもありえない。
ならば――
「――私に任せなさい」
――
『食蜂』は、リモコンを取り出し、不敵に妖しく微笑んでみせた。
前回、ルビミスしてました。
無能力者(レベル0)→無能力者(にんげん)
場面転換前の、フレンダの最後の台詞です。
どうでもいいところかもしれませんが、直しておきました。