艦隊これくしょん -艦これ- ~空を貫く月の光~   作:kasyopa

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エピローグ 1

レコリス沖、鉄底海峡から発生した光は浸食海域を浄化し、

当海域周辺にて深海棲艦の出現が確認されることは無かった。

これをもってして当海域での作戦は成功とされ、

ショートランド泊地からの一時撤退が命じられた。

 

「………」

 

そんな中砂浜に一人立ち朝日を眺める女性の姿があった。

赤い番傘を手にどこまでも続く水平線の彼方を見つめる彼女の名前は、大和。

日本が世界に誇る大和型戦艦、その一番艦の名を冠する艦娘である。

 

足音が近づいてきて、その傍で立ち止まる。

 

「おはようございます、大和さん」

「はい。おはようございます。吹雪さん」

 

隣には柔らかな笑みであいさつする少女、吹雪がいた。

ちらりと顔を向けて静かな笑みを浮かべる大和は、再び水平線へと視線を戻した。

そこにいないはずの誰かを見つける為に。

 

彼女は決まって日が昇るこの時間、島の最も東の砂浜で誰かを待っている。

 

それは大和にとって一番大切な人であり、約束を交わした人物。

彼女が生きてきた中で、ここまで共にあった人物はいなかった。

これからはどうか分からないが、それでも今までずっと共にいた。

 

「涼月さん、帰ってきますよね」

「はい、必ず帰ってきます。必ず」

 

あの戦いの後、深淵へと投げ込まれた吹雪を含めた全ての艦娘は帰還を果たした。

涼月というたった一人を除いて。

すぐに捜索と行きたかったが燃料は底を尽きており、

本部から燃料の追加要請をしたものの燃料に乏しいこの国では、

所属する鎮守府に帰還するための分しか用意することはできなかった。

 

そして今日、その燃料が届き随時撤退を始めることとなっていた。

この泊地もここを離れれば元の国に還元され再開発が行われることだろう。

そうなってしまえばいくら艦娘とはいえもう一度訪れることは出来ない。

 

いつか、誰かが発見してくれたとしても無事に国に帰ることが出来るとは限らない。

深海棲艦による海上封鎖が続き、メディアが流すのは不幸なニュースのみ。

時折艦娘の活躍によって海域が解放しても、

今度は解放した領土の問題で政治家が口論を始めるだけ。

そういったことが続けば人の心は遊み、妬みによって思いもよらぬ行動を起こすこともある。

また甘美な勝利に溺れ、裏の大本営のような存在が出現するかもしれない。

戦場に立ち続ける艦娘は精神衛生を保つ為にもそういった情報とは隔離されおり、

そういったことを知るすべはほとんどないが、決して世界の未来が明るいとは限らなかった。

 

そんなご時世だからこそ、出来ることならこの泊地を離れる前に彼女を見つけておきたい。

 

いや、そんなことは大和にとってはどうでもいいこと。

何よりも彼女に帰ってきてほしい。そんな一心でずっと待っていた。

 

「もし涼月さんがここにいたなら、『私のことは忘れてください』とでもいうのでしょうね」

「でもそれも、嘘ですよね」

「はい。だから私は信じて待ち続けます」

 

素直になれない彼女だからこそきっとそんなことを言うだろうけども、

いつまでも背負い込んでしまう彼女だからこそいうだろうけど、

いままでそうしてきたように待ち続ける。

 

日が完全に水平線を離れ完全な円になった頃、総員起こしのラッパが泊地に鳴り響く。

間もなく朝礼が始まり長門から今日の予定が告げられる。

本日は基本的に撤退に関しての順番や手順の説明となる。

もちろん反感の声は上がるだろうが、艦娘にはまだ終わっていない戦いがある。

この海域の深海棲艦が消滅したという事実が、今後の戦いをもっと苛烈にするだろう。

 

白く光る海に白い影が映る。

薄いグレーの長い髪が日の光を吸ってさらに白くきらめいている。

海面に顔だけ浮いた一人の少女が、

足にくくられたペンネントを咥えた2基の連装砲に引っ張っられている。

自我を持った連装砲は大きく損害を受けた艦首部分と思われる最低限の艤装をつけて、

時折沈みながらも必死に少女をけん引していた。

 

その光景を見た時、2人は考えるよりも先に行動していた。

海に飛び込み少女の元まで泳いで体から上を抱き上げるように大和が引っ張ると、

その反動で連装砲2基が海中へと沈んでしまう。

それを咄嗟に潜った吹雪が拾い上げ、海面へと持ってくる。

最初はワタワタと暴れていたが、少女が無事な様子を見るとすぐに落ち着きを取り戻した。

 

浜辺に引き上げるも少女は既に息をしておらず、意識もない。

 

「吹雪さんは自動体外式除細動器を! 診療所に置いてあります!」

「は、はい!」

 

吹雪が工廠へ向けて走り出し、大和は気道を確保して顔を横に向けさせる。

心臓マッサージを開始するとしばらくして口と鼻から海水を吐き出した。

吐き出した海水が逆流しないように口で吸いだし、再び心臓マッサージ。

 

「ガハッ、ゴボッ……!」

 

またしばらくして激しくせき込み、目を見開く。意識が覚醒したらしい。

それは彼女が艦娘ゆえの頑丈さがあったからか、それは分からない。

しかし先ほどの海水が少し逆流したらしく呼吸が安定していない。

背中を優しくさすっていると、何度か激しい咳をした後に呼吸が安定し始めた。

 

「あの、申し訳ありません。助けていただいた、んですよね」

「気にしないで、海に生きるものとして当然のことをしただけだから」

 

一人の少女がうつろな顔で謝る。その顔は大和のよく知った顔。

 

「涼月さん、お帰りなさい」

 

満面の笑みで彼女を抱きしめる。

髪は深海棲艦化の影響か完全には元に戻っていないものの、少女は涼月本人だった。

 

「髪、白くても綺麗ですよ」

「あ、あのあの!」

 

最後に彼女として会ったあの日の夜を思い出しながら、大和は白い髪に触れていた。

それに驚いたのか声を上げ慌てる涼月。

 

「ごめんなさい、感極まって思わず」

 

いくら彼女でも急にこんなことをすれば驚いてしまうのは当然。

大湊から戻ってきたときのお風呂でもそうだった。

今のように怯えた様子で、まるで彼女とは思えないような気弱さを纏った―――

 

「貴女は、えっと、どちら様でしょうか?」

 

――彼女と思えない気弱さは、大和の知らない少女だからこそのものだった。

 

 

 

その後自動体外式除細動器を取ってきた吹雪と出会うも、

涼月は彼女のことも名前ごと忘れてしまっていた。

 

そして今、診療所の一角で明石の診断を受けていた。

明石は作戦終了後、綾波から涼月の深海棲艦化について聞いており、

極秘情報とはいえ彼女に提出するための涼月のカルテなどをまとめているところだった。

 

「では質問ですけど、貴女の名前は覚えてますか?」

「秋月型防空駆逐艦、涼月です」

「名前はおっけー、っと。貴女の所属している鎮守府……じゃなかった。泊地は?」

「えっと、泊地、ですか? すみません、私はまだ艦娘として正式な訓練を受けていないので」

「あ、あー、ごめんなさい。失礼しました」

 

~~~~~~~~~

 

「涼月ちゃん、大丈夫かなぁ」

「うーん、全然聞こえないっぽい~」

「吹雪ちゃんがいうには、記憶がトンじゃったらしいわよ」

 

診療所の扉では睦月・夕立・如月の3人が聞き耳を立て中の様子をうかがっていた。

発見者である吹雪と大和は指令室にいる長門に一連の出来事を報告するためここにはいない。

そういったことから朝礼は急遽中止となり、

3人は吹雪からの情報を元に一目散に診療所へと向かったのである。

 

~~~~~~~~~

 

「正式な訓練を受けてないとのことですが、訓練はどちらの鎮守府で受ける予定でした?」

「佐世保鎮守府の病院で診断を受けていたので、治り次第そちらでとのことでした」

 

その答えに何かがひっかかるように首をかしげる明石。もしかすると、もしかしれない。

綾波から提供された情報によればだが。

 

「ちなみにどのような症状で入院されてました?」

「下半身不随です。だったはず、なんですけど。今は歩けてますから……どうしてでしょう?」

「いやぁそれを私に聞かれても」

「あ、そうでしたよね。すみません」

「あー! すみませんすみません!(なんだか随分謙虚というか気弱な涼月さんだなぁ)」

 

~~~~~~~~~

 

「もうちょっと近付けば聞こえるかな」

「んー、ドアがぴっちり閉まってて隙間からも聞こえないっぽい~!」

「ちょ、ちょっと2人とも、ドアに引っ付きすぎよ~?」

 

一方ドアの外では何とかして聞いてやろうとドアに張り付く睦月と夕立の姿が。

如月はさすがにやりすぎだと思い一旦ドアから離れて2人をなだめている。

しかし子供2人の力とはいえ艦娘。

特に夕立においては改二となり、パワーは駆逐艦のそれを凌駕しており……

 

「「「あっ」」」

 

バキリと音を立ててドアの留め具が外れ、押し倒してしまった。

しかしその扉は完全に倒れることなく斜めのままで止まった。

 

「っぽい?」

 

その不思議な現象に夕立がとぼけた声を出しながらも、

扉の斜面を滑るように2人が床へとうつぶせになり、如月が謝るためにその元へと駆け寄った。

 

「艦娘とはすごいですね。木製の扉であってもこんなに簡単に持ててしまうなんて」

 

はつらつとした声でその扉がしゃべる。何事かと思い見てみればその陰から涼月が顔を出した。

 

「「「涼月ちゃん!!」」」

 

吹雪から話は聞いていたものの、やはり実物を見ると実感がわくというもの。

ゆっくりと扉を隅に置く彼女には睦月と夕立は飛びつき、如月もほんのりと寄り添う。

それに対して困惑の表情を浮かべるしかない涼月。

 

「あ、あはは。貴女方も私の忘れてしまった方々、なんですよね」

 

そして、実際に言われてみればこれもまた実感の沸くもので。

彼女は3人のよく知る姿かたちをしているも、中身は全くの別人であった。

 

「申し訳ありません。もしよろしければもう一度お名前をお聞かせ願えませんか?」

 

その恐ろしいまでの謙虚さがさらにその『らしからぬ』雰囲気を加速させる。

それでも優しい彼女に返さぬ言葉はなかった。

 

「む、睦月型1番艦の睦月だよ!」

「同じく、睦月型2番艦の如月よ」

「し、白露型駆逐艦の4番艦、夕立だよ!」

「白露型! 貴女は白露型の艦娘なんですね」

 

夕立の自己紹介を受けて見るからに表情が明るくなる涼月。

何かを思い出したかと期待の色に染まる彼女だったが、放たれた言葉は残酷なものだった。

 

「実は佐世保鎮守府で貴女のお姉さんの、時雨さんとよくお話していたんです。

 その時はまだ時雨さんも訓練生で私も一緒に訓練ができたらいいと毎日お話していて……」

「ま、待って待って! 時雨ちゃんが訓練生って随分前の話っぽい! ぽいぽいぽーい!」

「あっ、すみません、つい」

 

感激のあまり手を取り目を輝かせて昔話を語る彼女であったが、

あまりに唐突すぎる話題に頭がこんがらがり自分でも何を言っているのか分からなくなり、

いつもの口癖が暴走する夕立。

手を大きく広げて慌てる様子は、2人がまるで着任したての頃を思い出すほどだった。

 

「あの、よろしければ時雨さんが今どこにいらっしゃるかご存じですか?」

「時雨ちゃんは随分前の鎮守府再編成の縮小の煽りで佐世保に戻っちゃったっぽい。

 たまにお手紙をくれるから今も元気にしてるっぽいよ」

 

夕立が語るに、呉鎮守府正面海域突破の作戦実行の際に、

あらかじめ各鎮守府から駆逐艦をはじめとした戦力の集中が行われたそうで、

作戦が無事成功したため多くの艦娘は元の鎮守府へと戻っていった。

 

ちなみにそれを早とちりして舞鶴鎮守府の秘書艦が書類の手続きをしくじり、

トラック泊地に転属となった2人の艦娘がいたそうだが、今から見れば不幸中の幸いだった。

 

「そうですか。良かった」

 

安堵の表情を浮かべるが、それは目の前の3人に向けられたものではない。

遠い記憶にいる優しい誰かに対してである。

 

「で、話は終わりましたか?」

 

涼月の後ろでは若干こめかみが痙攣している明石の姿があった。

その姿を見るや否や反射的に謝罪した後飛び出すようにその場から逃げ出した。

 

「はぁ。壊した扉代は睦月さんと夕立さんのお給料から引いておきますねー!」

「およよ~~!」「ぽいい~~!」

 

遠くに見える3人にくぎを刺しつつため息をついて扉を立てかける明石。

 

「あの、すみません。私がこんなことになっているばっかりに」

「涼月さんは気にしないでください。どうあれあの子達も嬉しいんです。貴女が帰ってきて」

「そう、なんですか」

 

自分が記憶をなくしてしまっている事自体に責任感を持っている涼月。

そういうところも当時の彼女と変わらないと思って眺める明石。

彼女を知っている艦娘としても、艦娘専用の医師としての顔を持つ彼女としても、

なんとか力になってあげたいと思うのだった。

 

「艦娘で記憶喪失っていうのは初めてですけど、とりあえず私もお手伝いしますし」

「ありがとうございます。えっと……」

「あ、自己紹介まだでしたね。工作艦の明石です。工作艦っていうのは――」

「主に艤装や装備の修理を担当されている艦種の艦娘さんですね」

「あらら、よくご存じで」

「ふふ、入院中はずっと艦娘の勉強ばかりしていましたから」

 

彼女曰く、入院中の日課は天気がいい日は勉強と他の艦娘の演習の見学、そして自分との対話。

天気の悪い日はほかの艦娘に交じって座学に参加していたという。

 

そんな何気ない雑談から明石は情報をまとめ彼女の精神的負担を考慮し、

一旦診療所のベッドに返すことにした。

 

「さて、質問は以上です。涼月さんから何かご質問はありますか?」

「では、1つだけ」

 

まるでとある刑事ドラマの真似をする彼女。しかし表情は明るくない。

 

「私は手術の為に横須賀に転院したんですがその後の記憶が全くなくて。

 ここに私がいるということは、手術は成功したんですよね?」

「……はい。成功しましたよ。間違いなく」

 

おおかたそれは、多くの人が望まなかった成功であっただろう――








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