艦隊これくしょん -艦これ- ~空を貫く月の光~   作:kasyopa

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第十九話『虚偽』

一方その頃、大和をはじめとした第一突入艦隊と、

伊勢をはじめとした第二突入艦隊が黄昏時を合図に浸食海域へと進行を行っていた。

 

「……皆さん、機動部隊の方から連絡がありました。

 新型の深海棲艦が単艦でこちらに向かってきていると」

 

深刻そうな顔で告げる大和に皆が覚悟を決める。不測の事態、というわけではない。

以前戦場を共にした仲だからこそ、情が沸いて不覚を取るということもありえたからだ。

 

「機動部隊の皆さんは健在、深海棲艦も連合艦隊を組んでいたそうですが、

 そちらの方は撃破した、とのことです」

「その深海棲艦の損傷状態は解りますか?」

「損傷は見られない、というよりも現在暴走状態にあるそうです。もし接触しても恐らくは」

「大和さん、もし辛かったら私達に任せておいて」

「せめてもの情けに苦しまずに逝かせよう」

「ありがとうございます。ですがそれは本当に最後の手段でお願いします」

 

伊勢と日向が腰に携えている刀へおもむろに手をかける。

もしどうにもならないと判断したときはそれで介錯するのだろう。

 

ここに至って何故暴走したかまでは、機動部隊の面々は通信を飛ばしては来なかった。

しかし何らしらの変化があったはずだ。暴走しているということは不安定ということ。

あわよくばそのままこちらに引き込むことも不可能ではない。

そこまで考えた大和の脳裏に黒い影が映る。対空電探から飛ばされた敵機の反応だ。

 

「敵機来襲! 数は3! 対空戦闘準備!」

 

数は少ないが圧倒的な速度でこちらに接近を図る。おそらくは敵の偵察機。

レコリス沖では群島が多い為偵察機による索敵が最も効果的だ。

ここで全て仕留めておかなければ空襲の危険が伴う。

 

「三式弾装填、急げ!」

『解ったー!!』

「大和さん! あれ!」

 

大和の声に答えた妖精さんは早急に装填を開始する。

吹雪が指した空の先を見てみれば、黄昏に照らされ黒く光る敵機の姿があった。

 

『装填完了!』

「三式弾、一斉射! てぇー!!」

 

戦艦の物とは思えないほどの轟音が鳴り響き、空に花咲く炸裂弾は全ての目標を撃墜した。

 

「流石、大和型戦艦の誇る46cm砲ですね。感服します」

「ですが未帰艦機が出たとなれば敵もこちらの存在に気付くはず。

 今すぐこの場を離れましょう!」

 

鳥海の感嘆の声にも表情を崩さず、

今までにないきびきびとした指揮を飛ばす大和は既に覚悟を決めている。

突入艦隊はそれに引っ張られるように、目標地点を目指しただひたすらに突き進んでいく。

 

そして赤く染まった死の海、浸食海域へと侵入を果たした直後。

 

「っ! 九時の方向に駆逐艦2!」

 

周囲を警戒していた川内が声を上げ砲撃を開始する。

その方向には目視できる距離にまで接近した敵がおり、

皆の砲撃を待たずして発見した者から素早く撃破したため被害はなかった。

しかし水上電探に敵艦接近の知らせはなく、群島の影から現れたものでもない。

完全な不意打ちである。

 

「どうして、電探にもソナーにも反応はなかったわ」

「私達の電探でも同じだ。もしや浸食海域で一斉に壊れたか」

 

由良と日向が訝しむ。しかし共に電源はついており一見して壊れたようには見えない。

 

「っ! 六時の方向に駆逐艦です! 数は1!」

「睦月ちゃん!」

 

後方を走っていた睦月の声。如月もそれに気づき集中砲火を浴びせて撃沈させる。

今まさに電探やソナーへ注目していた為、その声と共に反応を返したことを2人が見つけた。

 

「これはまた、厄介なことになりそうだ」

「どうしたのさ日向、やっぱり故障?」

「そうではない。敵は今まさにここで出現したばかりなんだ」

 

言い終える日向は水上電探に走った反応へと即座に砲撃を行う。

巨大な水柱が立つ場所で多少の爆発が巻き起こる。

そこに立っていたのは重巡級の深海棲艦だったが、

何が起こったのか分からないような表情を浮かべ先ほど負った傷に悶えている。

隙を逃さず鳥海が顔面に砲弾を叩き込み水底へと還した。

 

「悠長に話す時間すら与えてくれないか。各自水上電探から目を離すな。

 そして特に周囲に警戒するんだ。発生した直後であれば隙はある」

 

まるで命が宿った原初の海のように、深海棲艦が生まれる浸食海域。

既に艤装の浸食も始まっており、一刻の猶予もない状況でさらなる悪化。

 

「まるで地獄のよう」

「地獄なら番犬の私がお似合いだね!」

 

弱音を零す由良であったが、それを何事もないとジョークで返す夕立。

満面の笑みを浮かべる彼女の跳ねた髪は、確かに犬のたれ耳に見えなくもない。

それを見てなんとなく深雪と似ているなと思う。

 

「三時の方向、敵です!」

 

今度は吹雪の方から敵が出現した。編成は重巡2・駆逐1。

大和が副砲で敵の砲撃を妨害しつつ夕立が駆逐艦に向けて砲撃、

拘束されている重巡2隻は伊勢と鳥海の主砲によって撃沈。

 

「八時の方向! 重巡1、軽巡1!」

 

爆発と共に由良が警戒していた方向から出現が確認される。

魚雷を発射し砲撃を開始する。しかし敵も同じように魚雷を発射したのが見えた。

魚雷接近の報告をするよりも早く、那珂が加勢し対空気銃も使用して接近前に迎撃。

 

「ありがとう、那珂さん」

「那珂さんじゃなくて那珂ちゃん! アイドルはいつでも皆の味方だからね」

 

念を押されるも今の由良にあまり関係のないことだとが、気にかけてくれていることは解る。

敵の反応速度も上がってきている為、決して油断ならない戦況になりつつあった。

 

 

 

何度目か分からない戦闘を終えて、さらに奥地へと進む艦娘達。

目立った被害はないものの、精神的な疲弊が激しい。

そして浸食海域の影響も少なからず出ており身に覚えのない損傷もあった。

 

そんな中、開けた視界の先にこの世ならざる光景が飛び込んできた。

 

「あれが……すべての元凶」

 

水平線の彼方に見える、天を貫く黒き光。

面妖な光を放つそれはまさに儀式の祭壇と言っても過言ではなかった。

 

『カエリタイ――――カエリタイ――――』

 

脳裏に響く声が鮮明に聞き取れる。ここまで近付いてはその手の呪詛も強い物となっていた。

その根本に逆光を浴びて黒く浮ぶ一人の影。報告にあったもう1隻の深海棲艦、戦艦レ級である。

影が動くとその周囲に戦艦2・重巡1・駆逐1の編成が並ぶ。

全てが目から黄色のオーラを漂わせているが、姫級の艦が存在しないのは唯一の救いか。

 

「皆さん、もう一度陣形を整えましょう。敵は強大、しかし私達も負けてはいません。

 

皆が頷きあい陣形を単縦陣へと変える。

 

「伊勢さん、日向さん、主砲の一斉射で蹂躙します! 後に続いてください」

「分かったわ、いつでもどうぞ!」

「こちらもいける。派手なのをかましてやれ」

 

徹甲弾を装填した大和の射程距離を持って敵の戦意を削ぎ落とす算段だ。

 

「敵艦補足、全主砲薙ぎ払え!」

 

正確に放たれた砲弾は吸い込まれるようにレ級へと飛んでいき、

弾着する前に重巡1隻が盾になってそれを防ぎきる。

まず1隻と思った矢先、また同じ場所に重巡が生成された。

 

「主砲、四基八門、一斉射!」

「航空戦艦の真の力、思い知れ!」

 

次に放たれた砲弾もレ級を狙うも2隻の戦艦が庇い目標にまで届かない。

それに装甲が強化されているからか、

一部の兵装が損傷しているが大きなダメージにはなっていない。

その機に乗じて軽巡と駆逐が接近し砲撃を開始する。

 

「さあ仕掛けるよ! 用意、てー!」

「よく……狙って!

 

回避行動をとりつつも川内と神通がそれを難なく撃破。

しかし撃沈したその場から蘇るように出現する2隻。

それに追従するように周囲からも駆逐艦群が出現し始めた。

 

「どっかぁーん!」

「よく狙って……てーぇ!」

 

那珂と由良も砲撃に参加するもその数は一向に減らない。

これには思わず駆逐艦4人も攻撃に参加する。

 

「私が皆を護るんだから!」

「主砲も魚雷もあるんだよっ!」

「ソロモンの悪夢、見せてあげる!」

「改装された如月、見惚れていたら、やっちゃうわよ?」

 

主砲も魚雷も余すことなく使用して数を減らす努力をするも、

まるで1体倒せば2体に増えるかのように数を着々と増やしていく深海棲艦。

そして当然そこで時間をかけていれば、敵艦の接近も許してしまう。

 

戦艦レ級が行動を起こす。尾の先にある口から大量の魚雷を投射する。

その数は重雷装艦に負けずとも劣らない数で、容易に回避するのは難しい。

対空機銃を使用してまで回避を試みようとしても、浸食が進んでいて機能しなかった。

 

「っ! 隊列を崩すな、私が切り開く!」

 

すると日向が声を張り上げ三式弾を手に取り、飛行甲板で底をうち付けて爆発させる。

放射状に飛び出した散弾は多くの魚雷を迎撃するも全ては不可能であり、

今度は飛行甲板と自らの艤装を盾にして突っ込む。大きな爆発を伴い日向が飲み込まれた。

 

「日向!」

「飛行甲板は、盾ではないのだが」

 

いくつもの砲身が捻じ曲がるもその場に立ち上がる日向。

彼女の賢明な判断によってほかの艦娘は守られた。

無事を確認するや否や、伊勢と大和は同時砲撃でレ級の周囲を陣取る戦艦に攻撃を行い、

片方を大和が撃破する。

もう片方の戦艦は体勢を崩しただけであったが、

それに追加して飛行甲板を投擲して完全に転倒させ、その首を抜刀で跳ね飛ばす。

 

『ヘェ、艦娘ナノニ刀ヲ使ウナンテ珍シイネェ』

「くっ!」

 

その背後でレ級が口を開く。

返し刀で背後へ振りぬくも、尾の口が白刃取りのように刀へ噛み絞め刀身をへし折る。

その切っ先をそのまま伊勢の右肩へ突き刺し、砲撃して更に刃を食い込ませた。

 

「伊勢さん!」

「この程度で戦艦は沈まない!」

 

後退しつつも砲撃を繰り返し退路の安全を確保する。

しかしそれもダメージを与えられる様子はなく、尾の上にある副砲で迎撃されてしまう始末。

 

『カッコイイネ、私モ刀トカ使ッテミヨウカナ?』

「貴女が、涼月さんを陥れたのですか!?」

 

にやにやと笑みを浮かべるレ級に対して大和が叫ぶ。明確な意思を持つ、強大なる敵。

戦いを楽しむその姿は悪魔そのものであり、

この戦術を見てもその狡知さから涼月を陥れた『物』と見て間違いないだろう。

 

『ダッタラドウスルノサ、カワイイ艦娘サン?』

「質問に答えなさい! さもなければ私の持てる全ての力を持って、貴女を撃ちます」

 

大和の持てる全ての主砲・副砲・対空砲がレ級へと向けられる。

 

『ソレ質問ッテ言ウヨリ脅シ―――』

 

大和の副砲が火を噴き、レ級の顔面を掠める。その勢いでフードが外れた。

 

『兵器ガ自我ヲ持ツト、ロクナコトガナイネ』

「どの口が!」

 

一度ならず二度までもこちらを欺こうと態度に、情けはいらないと一斉射を行う大和。

それに対してレ級は傍に浮かんでいた戦艦の死体を掴み上げて盾にし、

爆炎に紛れて大和の胸へ自らの尾を叩き込んだ。

肺の空気が全て吐き出され、気付いた時には尾の口から大口径の主砲が覗いていた。

 

『ジャ、サヨナラ』

 

尾の先で閃光が放たれる。しかし砲弾が飛び出す前に側面から火が噴き、

砲弾は明後日の方向へと消えていった。

2人がゆっくりとその方へと視線を向けると、

砲身から煙を上げる連装砲を持ち肩で息をする吹雪の姿があった。

後方では吹雪を除く皆が全力を挙げて深海棲艦を撃破しており、

彼女一人を先に行かせたことが見て取れた。

 

「大和さんは、やらせません!」

 

信念のこもった目で敵をにらむ。それに対して愉悦の表情を浮かべるレ級。

 

『ヤット来テクレタネ、イレギュラーサン』

 

それは吹雪の素性を知ってか知らぬかの言葉。大和を尽き飛ばしゆっくり近付くレ級。

吹雪の砲撃が顔面に飛び、眼球に直撃してもなお止まらないその姿は化け物そのものだった。

 

『痛イナァ。自分ガサレテ嫌ナ事ヲ他人ニシチャイケナインダヨ?』

「それなら何故涼月さんを!!」

『何言ッテルノ。アレハマダ自我ヲ残シテルンダヨ?』

「えっ」

 

変わらぬ笑みで歩み寄る彼女の放つ言葉は、思わず吹雪を戸惑わせた。

哨戒中の艦隊を全員大破、重傷に追い込んだ深海棲艦が自我を残している。

それはつまり、涼月が自分の意思で仲間を傷つけたということ。

 

『絶望シヨウガ、結局最後ニ決メルノハ自分ノ意思ダヨ。

 アレ? モシカシテ私ガ洗脳シテ操ッテマス、ッテ言ッテ欲シカッタ?』

「なら、どうして仲間を……」

『ソンナノ、君達ガ攻撃シタカラニ決マッテルジャーン!!』

 

満面の笑みを浮かべながら空を仰ぐレ級。

その後方で大和の主砲が火を噴き大きく前にのけぞった。

 

『三回モ撃ツト流石ノ私モ怒ッチャウヨ!』

 

仏の顔は三度までといわんばかりに大和へ大量の魚雷を発射する。

足の遅い戦艦でそれを回避することはできず、艤装の半分が消し飛び反動で吹き飛んだ。

 

「大和さぁん!!」

 

遠くで顔から血を流し、かろうじて意識を保った大和の姿。

吹雪の目前まで深海棲艦が迫っているが、先ほどの言葉のせいで動くことができない。

結局は最後に自分達まで彼女を裏切ってしまったから、反撃を受けた。

あの人は最後まで信じていたのに。

 

「吹雪さん! 離れて!」

 

神通の声に引き戻されるように現実へ帰ってきた吹雪は、

目前に立ち上った水柱に驚き後方へとバランスを崩す。

 

それを合図に神通が砲撃を繰り返し、至近弾によってレ級の阻害を行った。

しかし合間を縫って発射された副砲の砲撃が神通に直撃する。

水柱が消えないうちに川内が魚雷を手にレ級へと切りかかるも、

後ろにのけ反り回避して尾を横腹に叩き込みつつ副砲も発射して吹き飛ばす。

 

体勢を立て直さぬうちにレ級へ由良の投擲した爆雷が迫り目前で爆発した。

舞い上がる爆炎を尾で払いのけ睨みを利かすその眼に鳥海の探照灯が当てられ、

怯んだ隙に那珂と鳥海の砲撃が胴体に突き刺さるも大した効果は得られない。

大量の魚雷が近距離から放射線状に発射され3人に突き刺さった。

 

『雑魚風情ガイクラ群ガロウガ!』

「ならこれで、どうっぽい!」

 

弾着の煙に紛れ夕立も接近し抉れた目に連装砲をゼロ距離で発射する。

体勢を完全に崩しつつも尾が夕立の腹に突き刺さり後方の大和と激突した。

仰向けに着水するレ級だが尾で水面を蹴り四つん這いにまで持っていくことで反動を抑える。

そこには睦月と如月は放った魚雷が目前まで迫ってきており、弾着して巨大な水柱が立った。

それを突き抜けるように漆黒の艦戦が2人の艤装に特攻し、火を噴きあげ互いに倒れこむ。

 

「皆!?」

 

一糸乱れぬ見事な連携であったが、各個撃破されてしまい、残るのは吹雪だけ。

辺りには再度湧き出た駆逐艦や軽巡の姿もあり、状況は絶望的だった。

その場で座り込む吹雪に、駆逐艦がその頭を食いちぎらんと水中から飛び上がった。

主砲を構えようとするも先ほどバランスを崩した時に手から離れてしまったのか、

その手には何もなかった。

 

『ヤリタイヨウニヤッテモ、無駄ダッタネ。イレギュラー』

 

終わる世界で悪魔のような笑みを浮かべるレ級。もう今度こそ助からない。

 

 

 

 

『ワタシガネ…マモッテイクノ……ッ!』

 

戦場に響き渡る声。水上を駆け抜ける影。

白い深海棲艦に酷似した2つの存在が、レ級を除く全て敵を全て食らいつくしていく。

それが敵を一つの鉄塊に替え、その頭から伸びた連装砲で撃ち貫いた。

 

『……ワタシガ、オアイテ、シマス……』

 

揺らぐ白いもう一つの影。防空埋護姫の姿がそこにあった。


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