艦隊これくしょん -艦これ- ~空を貫く月の光~   作:kasyopa

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第十八話『信頼』

 

赤城達は艦載機を一度は呼び戻し、被害を抑える事にした。

 

「でもまず第一目標は達成、といったところね」

「ええ。駆逐艦を全て撃滅出来たのは、本当に」

 

機動力が高く数も多い駆逐艦を全て蹂躙できたのは僥倖ともいえる。

しかしこのまま無策で発艦させても先ほどのように撃墜されるだけだ。

 

「赤城さん、私の航空隊で涼月の気を逸らします! その間に取り巻きの深海棲艦を!」

 

返事を返す前に飛龍は弓に矢を番えている。

確かに艦載機が攻撃をしている間、涼月と思われる深海棲艦は対空に集中している。

他の深海棲艦はもはや対空の意味をなくしており、ただそれだけを注意すればいいだけだった。

敵の射程内に入る前に早急に決着をつける。それが空母のあるべき戦い方だった。

 

「友永隊、よろしく頼むわよ!」

 

艦戦をいくつか放った後、時間差で艦攻を放つ飛龍。

それに続くかのように背後から艦戦が放たれた。

 

「飛龍さんばっかりにいい顔させられないわ!」

「瑞鶴、どうして」

「どうしても何も、涼月に見せつけてやるのよ。あの時の私とは違うって!」

 

雪辱戦、というと完全に私情なのだがプライドの高い瑞鶴はあの時のことを根に持っていた。

模擬戦とはいえ一発も涼月に当てられなかったこと。手のひらの上で踊らされていたこと。

涼月は才能で物を言わす天才でないが、彼女は努力を積み重ねる天才だ。

ならば自分だって負けてはいない。涼月が大湊に行っている間、血の滲むような努力を続けた。

次の一戦で、彼女をあっと言わせたいが為に。

 

「瑞鶴らしいわね……私も涼月さんに頼ってばかりでは、いけないもの!」

 

翔鶴も後に続いて艦戦を発艦させる。

他の艦載機に比べて速いが全ての艦載機を無差別に撃墜しているところを見るに、

心苦しくはあるが多少の時間稼ぎは出来るだろう。

 

幾多の艦戦を的確に打ち抜くも、だんだんと精度が悪くなっていく深海棲艦。

見れば連装砲の砲身が焼け付くように赤く、煙を上げている。

それを好機と見て赤城と加賀は艦攻を発艦させ、

魚雷を投射後即時離脱させる。その芸当を持って取り巻いていた戦艦2隻を撃破した。

 

「このまま距離を保って新型深海棲艦の周囲に展開している深海棲艦を全て撃破、

 その後は合流阻止に努めます!」

「「「了解!!」」」

 

引き付けるには戦果は大きすぎたがここで防空埋護姫を引き付けておけば、

突入艦隊が気兼ねなく任務を遂行できる。

このまま主砲の射程距離に入らずヒット&アウェイを繰り返せば、時間稼ぎとしても問題ない。

別の深海棲艦と挟撃にならないように索敵を密に行えば、おそらく。

 

「おい、あれ!」

 

反転を開始したとき、深雪が何かに気付いて声を上げる。

反射的に振り返るとそこには肩についていた連装砲を外し、

独立させて航行させる防空埋護姫の姿があった。

しかも足に巻き付いた錨をその連装砲に巻き付け牽引している。

それによって航行速度は上昇し少しずつ接近を許してしまっていた。

 

「っ! 舞風、魚雷用意!」

「分かった!」

 

航行速度が上がったとはいえ牽引される形であれば旋回速度は遅くなる。

それに相対速度の関係で魚雷到達までの時間も短くなり回避は困難になるだろう。

戦友として戦った仲であっても、降りかかる火の粉は払わなければならない。

艦娘として戦場に立つ以上それは避けられない運命だった。

 

2人が息を合わせて発射した魚雷。しかし残存していた重巡と戦艦が盾になり防がれてしまう。

 

「これなら、どうだぁー!」

「ちょっとは、本気出す!」

 

もう防空埋護姫を守るものはなくなった。その隙を逃さず初雪と深雪が魚雷を発射する。

航行不能にすれば、武装を全て破壊できれば、鹵獲して作戦成功を待つだけでいい。

そうすればきっと、彼女が戻ってくると信じて。

 

「―――ダメーーー!!」

 

島風が声を張り上げ3基の連装砲ちゃんが火を噴く。

それは2人の放った魚雷と防空埋護姫の間に突き刺さり、

その衝撃によって魚雷は全て爆発してしまう。

 

「島風ちゃん!? どうして!」

「だって、あれは涼月ちゃんの連装砲ちゃんだよ!」

 

島風が指すのは防空埋護姫を牽引する2基の連装砲。

 

「連装砲ちゃんって、涼月さんにはそんな子達は」

「それでもあれは涼月ちゃんの連装砲ちゃんなの! 大事な仲間なの!」

「……いや、実際そうかも」

 

そんな馬鹿な、と言いそうになるも初雪と深雪は知っていた。

秋月も照月も長10cm砲ちゃんという自我を持った連装砲がいることに。

駄々っ子のように喚く島風ではあったが説得力はある。

 

「だとしても、あれをどうにかしなければ追いつかれてしまいます!」

「追いつかれる? だったら!」

 

島風が陣形を崩し一人で防空埋護姫に向かって突撃を開始する。

 

「連装砲ちゃん、やっちゃってー!」

 

もう一度連装砲ちゃんが火を噴き、砲弾が敵目掛けて飛んでいく。

それは至近弾となるも全てが直撃せず、進路を妨げるように水柱を立てる。

驚いたように進路を変える2基の連装砲は、

隣をとてつもない速度ですり抜ける島風に狙いをつけ追いかけ始めた。

だが単独で水上を駆け抜ける彼女の速度には到底追いつくことはできない。

 

「私には誰にも追いつけないよ!」

 

煽るようにその場で回転してみせたり、ぎりぎりを通り抜ける彼女の姿はまさに風のごとし。

諦めて連合艦隊を追おうとするも、それを見透かし再び進路を塞ぐために砲撃を行う。

 

「にひひっ。貴女って遅いのね!!」

 

その眼には涙が浮かんでいる。それは決して怖いからではない。

 

最初は誰とも違って、誰とも仲良くできなかった。

自分が誰よりも早いから誰も追いつけない。皆に連装砲ちゃんなんていない。

手で持つタイプの艤装ばかりだった。

 

でも涼月と話して分かった。

自分がこうやって早いのも、連装砲ちゃんという手に持つことのない艤装を持ったのも。

この早さで誰かに追いつくために、何も持たない手で誰かを引っ張るためにあると。

 

『私は貴女のほんの少し前を行くだけ! 貴女の早さならすぐ追いつけるから!』

 

あの時如月を助ける為とはいえ少しだけ先を越されてしまったこと。

そのまま涼月が手の届かないほど遠くに行ってしまったこと。

 

こうして追いかけてきてくれた彼女の為に、島風は自分なりの方法で手を伸ばす。

例え忘れてしまっていてもいい。自己満足でもいい。

もうこれ以上誰かを傷つけて戻れなくなってしまう前に、自分が連れ戻すと決めた。

 

防空埋護姫の砲撃をかいくぐり、2基の連装砲すら踏み越えて縛られた手を握る。

連装砲ちゃんはその連装砲に飛びつき、動きを鈍くしていた。

 

『……っ!』

 

激しくその身を震わせ振り払おうとするも島風は決して離さない。

 

『最初の採掘場見つけた時に遠くに居た涼月ちゃんが走ってきてくれて、

 私すっごく嬉しかった。だから次は絶対離さないって』

 

その約束を果たすために。

 

「だーかーらー! 島風からは、逃げられないって!」

 

涙声で訴える島風は、今までになく真剣だった。

 

「っ! 初雪、いや、スノーイエロー! 行くぞ!」

「深雪ちゃん……?」

「大切な仲間一人助けられなくて、何が正義のヒーローだ!」

 

深雪も島風と防空埋護姫の右肩に突っ込み抑え込む。

今は島風と連装砲ちゃんが邪魔をしている為、砲撃が飛んでくることはなかった。

 

「馬鹿野郎! 深海棲艦になるならヒーローショーだけにしろー!」

 

スノーバスターを共に演じたが、本当に彼女が深海棲艦になるなど予想できるはずなく。

今回の出来事は深雪らしい純真さが傷ついてしまった。

艦としての戦いの記憶を持たない彼女故のものであり、多少の責任感を背負い込んでいた。

 

「叢雲が居ないから代わりに言ってやるよ! まだ手紙の返事書いてないんだろ!?

 だったら早く書いて無事を知らせてやれよ畜生ー!!」

『!』

 

その言葉に反応するかのように、一瞬だけ動きを止める防空埋護姫。

大湊提督府で出会った掴みどころのない少年は、ただひたすらに涼月を信じていた。

そしてそれは今も変わらないのだろう。

 

「はぁ……見た目クソゲーとかやる気しないけど、やってみたら神ゲーってこともあるよね」

 

その兆候が見られたから初雪もただ抑える為だけに突っ込んで左肩を抑える。

その言葉は遠回しに、やってみないと分からないという意味ではあった。

駆逐艦3人の力を合わせて、ほんの少しだけ速度が落ちたように見える。

 

「舞風、私達も行きましょう」

「うん! 涼月と一番付き合い長い私達が行かないわけにはいかないよね!!」

 

自分の思いを伝える為に武器を向けて話し合う者はいない。

銃を突きつけられて仲良くしようなど、もはや脅しに他ならない。

そんなものが無くても止められる。そして何より2人には返しきれていない恩がある。

 

『私の大切な貴女達の手を取り、導きたいと思います』

 

あの日の怖い夢も彼女が手を差し伸べてくれたからこそ、抗えた。

そして涼月が今もあの日のような怖い夢を見ているのなら、今度はそれを返す番だと。

 

2人は防空埋護姫の後ろに回り込み抱きしめる。それは引き留めるのではなく、何かを促す為に。

あの日2人が赤城を救うためにしたように。

 

辛いなら、苦しいなら、泣いて吐き出してしまえばいい。

こんな苦しい定めも誰かと分かち合うことができたら少しはマシになるかもしれない。

 

『ワタシガネ……マモッテイクノ……』

 

力ない声が響く。それを聞いてか知らずか、皆の力が強くなっていく。

 

「涼月ちゃんがずっと守っていかなくちゃいけないんじゃないの!」

「そうだ! みんなで守っていくんだ!」

「私も、頑張るし!」

「涼月さん、素直になりましょう。少しだけでもいいんです!」

「涼月も怖いんだよね。皆を裏切ることが。でも今ならまだ間に合うから!」

 

「「だから、今は泣いていいんです!」」

 

 

 

暗闇の中で、何かが響く。

 

それは今まで自分が人に与えた何かで、今の自分が持っていない何か。

 

自分が振りまいてきた、何か。無責任に、無自覚に差し伸べた何か。

 

そこまで深くは考えていない。ただこれがいいと思って与えてきたものだ。

 

『だーかーらー! 島風からは、逃げられないって!』

 

逃げようとはしていない。貴女が私の手をとっただけだ。

――だからこんな私の汚れた手を取らないで。

 

『馬鹿野郎! 深海棲艦になるならヒーローショーだけにしろー!』

 

望んでこうなったわけではない。そういう役回りだっただけだ。

――だからこんな私にかまわないで。

 

『叢雲が居ないから代わりに言ってやるよ! まだ手紙の返事書いてないんだろ!?

 だったら早く書いて無事を知らせてやれよ畜生ー!!』

 

こんな自分はいなくなった方がいい。他の誰かがうまくやるだろう。

――だから早く私を見捨てて、ほしい。信じていても裏切られるだけだから。

 

自分は、深海棲艦。全てを等しく水底に返し、未来永劫、皆の安息を守ると決めたのだ。

絶望も、倦怠も、悲しみも、全てを等しく。

 

「私が、守り抜きます(ワタシガネ……マモッテイクノ……)」

 

皆が自分の体にまとわりつく。放してくれない。

牽引している連装砲を戻すことができない。スカートの連装砲も海中にある。

振り払おうとしても振り払えない。

あの時縋りついていた温かさとは違う何かが流れ込んでくる。

 

嫌だ。いらない。それを知ってしまえばまた絶望してしまう。

それを繰り返すくらいならと、ここまで堕ちてきたのに。もしかしたらと空を見上げたくなる。

 

『涼月ちゃんがずっと守っていかなくちゃいけないんじゃないの!』

『そうだ! みんなで守っていくんだ!』

『私も、頑張るし!』

『涼月さん、素直になりましょう。少しだけでもいいんです!』

『涼月も怖いんだよね。皆を裏切ることが。でも今ならまだ間に合うから!』

 

それ以上言わないで。捨てた筈の何かがこみ上げてくる。

それが何かは分からない。でもそれは一度歪んだ自分にはあまりにもまぶしいもので。

 

『『だから、今は泣いていいんです!』』

 

――だから私を裏切らないで。

 

 

 

『ア、アア、アアアアアア!!!』

 

誰よりも裏切られてきた少女の悲痛な叫びが響き渡り、目から青い血が流れ始める。

それと同時に連装砲が暴れだし皆は振りほどかれてしまった。

 

「皆!!」

 

赤城が助けに入ろうとするよりも早く、防空埋護姫は反転しレコリス沖へと駆け抜けていく。

自らを水面に打ち付けてまでして、高速で去る姿は尋常な様子ではなかった。

 

「……涼月さん、泣いてましたね」

「うん。もっと早く気づければよかった」

 

自分達では止められなかった。あと一押し、彼女を取り戻すには何かが足りない。

それは約束か、決意か、信念かは誰にも分からない。それでも可能性は失われていなかった。


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