艦隊これくしょん -艦これ- ~空を貫く月の光~   作:kasyopa

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注意)この話には艦これの轟沈ボイスに関するセリフが含まれます。
   苦手な方はご注意ください。








第十二話『郷愁』

涼月と大和は二人で明かりの消えた部屋でベッドに腰を掛けていた。

自らの変容は涼月にとって受け入れがたい事実であり、

それを察した大和はいつものように外へは駆り出さず部屋の中で月を眺めている。

 

「すみません。怖い、ですよね。私のこの髪」

「そうは思いませんよ。むしろ月の光をよく吸い込む素敵な髪ではありませんか」

 

振るえるように弄るその髪は未だに戻っておらず、心底恐怖しているのが見て取れる。

 

明石からの報告によって涼月の変容が明かされたのは会議が終わる直前。

というよりもその報告によって一時的に切り上げとなり、

詳しい艦隊編成などは明日へと先送りにされたのだった。

その場にいた皆が心配したが事を大きくするわけにもいかず、

代表して大和が自ら名乗りを上げ早急に向かったのである。

 

その怯えた姿は大和ですら見たことはなかったものの、

だからこそ傍にいなければという固い意志によってここを訪れた。

 

「誰も助けてとは言えませんでした。誰もがこんな私を見て怖がらないはずがないんです」

「涼月さん……」

 

トラックと呉での経験を経て誰かに頼るということを覚えた彼女であったが、

こんな成れ果てる手前の姿では艦娘の誰もが恐怖する。

大湊で自分の背中を守ってくれている人々を知った彼女であったが、

今この地に頼れる無知な存在などどこにもいない。

最後の砦であった自分自身も答えてくれない。

 

真の孤独に閉ざされた世界を生きるには、少女はあまりに幼すぎた。

 

「たとえ涼月さんが何になっても、何になっても、私は貴女の傍にいます。必ず」

 

そういって大和は懐から『必勝祈願』と書かれた桜色のお守りを取り出す。

 

「それは?」

「桜の髪飾り変わりとまではいきませんが、お守りです。

 私お手製で、本物ほど効果があるかわかりませんが」

 

大和から手渡されたそれは今の涼月にとって何よりうれしい贈り物だった。

それを首から下げて笑う涼月は、無理をしているようにも見える。

 

「今日はずっと傍にいますから、安心してください」

「ありがとう、ございます」

 

何がどうなってこのような事態に陥ったのかは分からない。

声の内容までわかるからなのか、それとももっとほかの理由があるのか。

彼女とほとんど状況が同じなのは吹雪だけではあるのだが、

逆に彼女はそういった症例が出ていないことを考えると、

やはり涼月にしかない何かがあると考えるのが妥当だ。

 

しかし彼女に自覚症状はなく、この怯えようから見ても理解できているとは言えない。

となると彼女だけ深海棲艦の呪詛の影響を強く受けている、ともいえる。

しかし何が引き金となって? それこそ海域に響き渡る声を理解してしまったからか。

 

日本の都市伝説には「くねくね」と呼ばれるものが存在している。

様々な通説があるものの共通して言われる要素の一つに、

「理解してしまうと知覚障害や精神異常を引き起こす」というものがある。

ただこれは呪詛の類ではなく伝承の類であり実際にその症例が報告されたことはない。

 

どちらにせよ憶測の域を出ないが、

少なくとも彼女が皆と違うという一点でみるならそれが妥当だろう。

 

「大和さんには、助けられてばかりです。私が初めて出会った時も、今も」

「そんなことはありません。私だってMI作戦の時に助けられました」

 

月下の謙遜合戦が始まろうとして、笑い声を零す涼月。

 

「私達、似た者同士ですね」

「はい。違いありません」

 

二人の手のひらがに重ねられ、言葉を交わすことなく優しい時間が過ぎていく。

それは時間にして短い物だったかもしれないが、

不安を抱く彼女にとって永遠にも思える時間に思えた。

心を落ち着け、立ち上がった涼月は窓の傍へと寄り添って大和の方へ向き直す。

 

「大和さん、少しだけお話してもいいですか?」

「はい、私でよければいくらでも」

「ありがとうございます」

 

その内容は、自分が艦娘になる前の記憶がないということだった。

最初に艤装を装備し戦場へと赴いた金剛も大戦艦である大和でさえ存在している、

艦の前世としての記憶ではない、現世の記憶。

多くは学生と過ごしていたものが大半ではあるが、

基本的にこの話に触れないのが原則とされている。いわゆる黒歴史に近いものだからだ。

 

「でも、どうしてそんな話を?」

「貴女には私の全てを知って欲しかった。私が、他の誰かと違うということを」

「背負いこまないでとは言いましたが、そこまで話すことは」

「いえ、そこまで知っておいてほしいんです。これは、私のわがままです」

 

そんな彼女を見て大和は本能的に察してしまった。

まるでこれが最後ということを悟ったように言葉を告げていることに。

それでも彼女を止めることはできなかった。怒ることも悲しむこともできなかった。

どんなことをしようとも自分には分からないことだから。

 

「人としての記憶を持たない私がこうして誰かのために戦えたのは、

 ほかでもない皆さんのお蔭です。特に大和さんからは多くの物を貰いました」

 

「それを知ってもらいたかったんです」

 

それは違う、と言いかけた時扉がノックされる。

違いませんよとだけ呟いた彼女は扉を開く。そこには睦月・如月・夕立・吹雪の姿があった。

 

「あの、カレー持ってきたんだけど」

「ありがとうございます。中で頂きますね」

「涼月ちゃん、本当に無理してない?」

「はい。私は大丈夫です」

 

その言葉を聞いて4人は胸をなでおろすが、大和は嘘だと思った。

彼女はもう自分が助からないと思っている。全てを諦めている。

彼女の生きてきた証を知ってもらうことで未練をなくそうと思っていた。

そしてそれは成されてしまった。

 

それからというもの。

彼女の体調を気にして多くの艦娘がお見舞いとして様々な料理を置いていった。

彼女が一人では食べきれない程であっても、嬉しそうに受け取っていた。

最初こそ涼月の様子に驚いた者も居たが、涼月の変わらぬ笑顔を見て安心した表情を浮かべる。

それこそ彼女が今まで築き上げた信頼の賜物であり、最も効果的な嘘だった。

 

「だって、皆さんに心配をかけるわけにはいかないじゃないですか」

 

「私は皆を照らす光であり、英雄なんですから」

 

「大和さん。貴女が私の大切な人でよかった」

 

歪み切った彼女の信念に対して大和は何も言えなかった。

 

 

 

時間が立ち皆が寝静まった頃。大和と涼月は同じベッドで眠っている。

 

眠りに落ちた涼月が見る夢。

灰色の水底に立つ自分と、空から崩れ落ちてくる艦船の姿。

それが沈むたびに、崩れるたびに、少女達の無念な声が響く。

 

『嫌、嫌だよぉ―――』

『少しは、役に、立てたのか、な―――』

『―――のこと、忘れないでね―――』

『―――、また、会えるかなぁ―――』

『また……逝くのね―――』

 

その声は良く知っている声で、受け止めようにも小さな少女の体に収まることはない。

流れ込む悲しみは絶えず彼女の心を、崩れ落ちる艦船の亡骸は彼女の体を押しつぶす。

言葉にならない痛みと苦しみが涼月を襲うも意識だけは繋ぎ止められている。

彼女の魂をつかんで離さないように、歪み砕かれ形を変えていく。

 

何とか耐えて現実へと帰ってきても海から聞こえてくるのは嘆きの声。

 

『カエリタイ―――カエリタイ―――』

 

最初は皆の力になればと耳を傾けていたが、今は耳を必死に塞ぎ聞こえないことを願う。

それでもすり抜けるように自分の中で響く。

まるでそれが自分の意思だと思わせるほどに『解ってしまう』のだった。

声から逃げるように意識を眠りへと誘えばまた降り積もる亡骸に潰される。

 

安らかに見えるその時間は、涼月にとって地獄そのものだった。

精神がすり減らされるごとに髪は白く染まり、今まで自分の中に無かった感情が生まれていく。

嫉妬・憎悪・怨恨。そして破壊衝動。それらを全て自らの理性と意思で押し殺す。

大和のぬくもりも自らの力に変えて、ただひたすらに耐えるだけ。

 

何度目の夢かも忘れた頃。瓦礫に四肢は潰され首に破片が深く深く突き刺さっている。

涼月は思ってしまった。

こんな苦悩を味わう理由がどこにある。こんな仕打ちを受ける理由がどこにあるのだと。

 

「解ル、解ルヨソノ気持チ!」

 

どこかで聞いたことのあるような声がする。目だけを動かしてその声のした方へ視線を送る。

そこには胸元が大きく開いた黒いフードを身にまとった一人の少女がいた。

 

「悲シイヨネ、辛イヨネェ、戦ッテモ戦ッテモ終ワラナイナンテサ」

 

腰から生えた尾がガチガチとこちらの様子を吟味するように、歯を鳴らしている。

その尾の上には三連装砲、側面には連装砲がついており、

あごに当たる部分には大口径の単装砲が生えている。

 

「ナライッソノコトコノ世界ゴト終ワラセヨウヨ!」

「世界……を?」

「ソレナラ誰モ苦シマナイシ悲シマナイ! ソシテ何ヨリ人ニ使ワレルコトモ無イ!」

 

この少女は何を言っているのだろうか。

理解出来ないが繋ぎ止められた僅かな意識が違うと答える。

人の世界を守る為に戦ってきた私達がその誘いに乗る事はない。

 

「ナラドウシテコンナ罰ヲ受ケテルノ? 今ダケジャナイ、前ダッテソウダッタヨネ?」

 

「一人デ泊地ニムカッタ時ニ死カケタノハ? 空母ニ殺サレカケタトキハ?」

「そのことは、関係ない、じゃないですか」

 

涼月は思う。あれは自分の判断で至った結果だ。

特に後者に関しては結果としてトラック泊地を守ることができた。

しかしその後に展開されたMO/MI作戦の前半まで尾を引くとは思ってもみなかったが。

 

「アア! 身ニ覚エノナイ罪ヲ着セラレタ可哀想ナ兵器!

 ソノ真実ヲ私ハ教エテアゲラレルノニ!」

「身に、覚えのない……?」

 

その言葉を聞いて一つのことが脳裏を走る。失われた自分の過去。

――彼女はそれを知っている?

 

「教エテホシイ? ホシイヨネェ!? ダッタラ思イ出ストイイヨ!

 自分ノ守ッテキタ世界ノ真実ヲ!」

 

黒い闇が一帯を包み、瓦礫は塗りつぶされ押し流される。

黒の空間に一人取り残された涼月は、四肢が動くことを確認するとその場で立ち上がった。

遠くに見える小さな光が道しるべとなり駆けていく。

 

 

 

その道しるべはやがてセピア色の廊下となり、涼月は建物の中に立っていた。

色は変わらず建物がはっきりとし始めてから、廊下を歩く人々が現れ始める。

白衣を纏った男性と女性。車いすに乗る男性。点滴が吊るされたスタンドに体重を預ける女性。

 

「ここは病院、なのでしょうか?」

 

しかし患者と医師と思われる人物以外は全員軍服に身を包んでいる。

横須賀や大湊で見た自衛官の服によく似ていた。となるとここはそういう病院なのだろう。

 

「あの、すみません」

 

とりあえず情報を聞き出そうと涼月が通りがかった看護師に声をかけるも、

無視され通り抜けていく。それはまるでこちらに気付いていないかのように。

不審に思い何度も別々の人に声をかけるも、誰も振り返ることはおろか気付きもしない。

おかしい、と立ちすくむ涼月の後ろから医師が体を通り抜けていった。

すぐさま自分の体を確認するも変わったところはなく、痛みもなかった。

まるで幽霊が体をすり抜けるかのような光景に、

すぐさま彼女はここが現実ではないことを理解する。

ただ同時にこれがあの夢の続きだとするなら優しすぎるとも思えた。

 

病院を調べていくうちに様々なことが解ってくる。

 

・人や物はすり抜けられるが壁は無理だということ

・廊下の突き当りに階段があるが、上がっても下がっても同じ廊下にたどり着くこと

・ここにいる人々にはあらゆる形で干渉できないということ

・意識だけの世界でしたように艤装を展開できないこと

 

一通りの調査が終わって壁にもたれ掛かるも、体に疲れはなかった。

 

「こんなところに閉じ込める敵の目的とは一体……」

 

見たこともない、ただ声は知っているような深海棲艦が現れてから夢の世界は変質した。

ならばこれも一種の精神攻撃だと分析する涼月。

しかしこのままじっとしていても埒が明かないのも事実。そんな中で一つの動きが起こる。

ある一室から3人ほどの医師が頭を悩ませながら出ていった。

それほどの重篤患者がいるのかと思い、その扉が閉まる前に中を覗く。

 

お金持ちなのか中々に広い個室の病室。

そこでは長い黒髪の少女が開かれた本を手に、上半身を起こして窓の外を眺めていた。

傍にある机にはお見舞いの品であろう、

フラワーアレンジメントや食べ物や飲み物が並べられている。

その少女が手に持っていたのは戦争に関する本。中に映る写真は一隻の軍艦。

少なくともこんなうら若き少女が読むような本ではないのは確かだ。

 

窓の外には海が見えていて、6人の少女達が艦隊を組んで水面を駆けていた。

それは今の涼月にも見たことのない艦娘達。

 

『いいなぁ……』

 

少女が言葉を漏らす。その視線は常に海を駆ける少女達に向けられている。

涼月は彼女の顔と声を一番よく知っていた。

 

「私……?」

 

もう一人の涼月が、そこにいた。


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