艦隊これくしょん -艦これ- ~空を貫く月の光~ 作:kasyopa
吹雪が叢雲に引っ張られて姿が消えた後、涼月と大和の屋台に顔を出したのは綾波だった。
「ご無沙汰してます、涼月さん」
「綾波さんもこちらにいらしてたんですね。お仕事ですか?」
「はい。といってもそんな堅苦しいものではありませんよ」
当然ながら涼月も綾波の役職を知っている為、わざとそのように尋ねる。
その問いかけに対して変わらなぬ笑顔で答えた。
堅苦しいものではないと言われながらも、
彼女が会議に現れてからはまるで腹の探り合いの様な空気になったことを知っている大和は、
ただ黙ることしか出来ない。自然とローストビーフを切る手が震えている。
綾波には自然と周りをそうさせる凄みを持った艦娘なのだと。
まぁ、そういった空気を気にしない涼月は底なしのお人よしなのかもしれないが。
そういった思考と行動を二人に悟られないよう自然な笑顔で切り分けお皿に盛りつけていく。
「綾波さんお待たせしました。ローストビーフになります」
「ありがとうございます大和さん。貴女の料理は有名なので楽しみにしてたんですよ」
「それは、光栄なことですね」
遠巻きにホテルと比喩されているのかと思ったが、深くは考えないようにする。
昔の自分であればおそらく崩れ落ちていただろうが今は違う。
このおいしい料理もこの作戦を成功させるため、士気向上という名の戦略の一つなのだと。
そして、そのローストビーフを口にして美味しそうな表情を浮かべる綾波を見て、
少しばかりしてやったりと思う大和。
「ところで涼月さん、あれからお変わりありませんか?」
「? あの、何のことでしょうか?」
「トラックの件ですよ。お忘れですか?」
お変わりなくという表現に対して自分が今までに体調でも崩したのかのような言い方で、
少しばかり疑問に思ってしまう涼月。
しかしその言葉に流石の二人の表情がこわばってしまう。
「すみません、配慮が足りません出来たね。何もお変わりないようでよかったです」
「……いえ、お気になさらないでください」
そうは言うものの大和の表情は険しいものであった。
「話は変わりますが、涼月さんは海から声が聞こえた時何か言っていたと聞きましたが」
「ソロモンの謎の声、と言われている現象ですね。本当ですか?」
空気を元に戻す為に切り出された言葉。
今この島にいる艦娘の中でもっぱら噂となっていること。
海が赤く染まり始めた時から聞こえ始めたというその声は、
悲し気な女性の声に聞こえるということで、一部の艦娘に多少なり影響が出ていた。
といっても戦場に幾度となく立ち続けた艦娘である彼女達からすれば、
些細なことであり長門達の耳にも入ってはいたが、大した影響はないと割り切られていた。
―――涼月と吹雪がその声に対して言葉を返したということ以外は。
問いかけに対して涼月は目を閉じ自分の胸に拳を置く。
「はい。確かに聞こえました。帰りたい、帰りたいと」
「ではなぜ、その言葉が聞こえたんですか?」
開かれた眼には確信した光がともっている。
しかしその答えだけでは何故聞こえたのか、その答えにはなっていない。
涼月は辺りを見渡し誰もいないことを確認してから小さな声で答えた。
「実は以前、そういった事が何度もあったんです。
具体的には正面海域の解放とMI作戦の時でしたが」
その言葉に大和は驚き、そして綾波は深刻そうな表情を浮かべる。
「ありがとうございます。こちらの件は上に報告させていただいてもよろしいですか?」
「えっ、あの、何かまずいことでも言いましたか?」
「いえ。ただその経験則からすれば、この声も深海棲艦による罠の一種かもしれませんから」
頭を下げその場を後にする綾波。奇しくもその方向が叢雲達の向かった方向と同じであった。
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交流会もほどほどに、再び夜の静けさがその場に戻ってきたころ。
月明かりに照らされる涼月の元にそっくりなもう一つの影が並んでいた。
その影に動じることなく長い髪を揺らす少女は口を開く。
「ご無沙汰してます。秋月姉さん」
「そんなに固くならなくても。あの時の初々しい涼月が懐かしいわ」
先ほどの重々しい空気はどこへやら、
姉妹艦同士が醸し出す温かな雰囲気がその場を癒していた。
「戻ってからも変わりないようで安心したわ。貴女が来たときはこちらも大変だったから」
「ご心配ありがとうございます。私が戻ってからもそちらは大丈夫でしたか?」
「ええ。むしろ不思議なもので新しい仲間が増えたのよ?」
秋月が振り返るとそこには茶髪でセミロング、三つ編みのおさげを拵えた一人の少女がいた。
額には秋月や涼月と同じ、第六十一驅逐隊と書かれたペンネイトが。
つられて振り返るもその少女は驚いた表情で涼月を指さす。
「あー! あの時横須賀駅にいた人!」
「あら、知っていたの?」
「知ってるも何もあれだけ大きな荷物持ってたし、何か不思議な感じがしたからね」
「ああ、あの時の」
涼月はふと考えた後、なるほどと手を打つ。
「秋月型防空駆逐艦、二番艦の『照月』よ。秋月姉さん同様、どうぞよろしくお願いします」
「秋月型駆逐艦三番艦『涼月』です。よろしくお願いします。照月姉さん」
二人目の姉妹艦の登場に少しばかリ頬が緩むも流石の二回目。
それでも嬉しさを隠せないのかもじもじと動く体に合わせてサイドテールが揺れる。
「隣いいかな? いいよね?」
二人の間に潜り込む照月。再び浮かぶ満月を眺める。
「こうして3人がそろうっていうのもいいよね!」
「ええ、本当に。戦いのさなかというのに、こういった出会いがあるのは嬉しいわ」
「そうですね、これからもお願いします。秋月姉さん、照月姉さん」
微笑みあう三人、しかしその空気を壊すかのように声が響いた。
「―――タイ ―――タイ」
「何何? 声!?」
「これは……」
「お二人とも落ち着いてください」
不気味な声に戸惑う二人をなだめる涼月。その顔は真剣そのものだった。
「――あなたの気持ちもわかります。でも、今は「涼月!」」
慰めるように言葉を告げる叫ぶように響いた秋月の言葉に引き戻される。
何事かと思って見るのもそこには何か恐ろしいものを見たような二人の顔があった。
「あの、お二人とも、何かありましたか?」
「あっ、いえ、その」
「なんていうか、すっごく怖かったから。なんか影が落ちてたし」
「何か口角が上がっていたわよ。何かあった?」
なだめる言葉ではあったものの、その実表情は不気味な笑み。
まるで失敗した部下に対して能無しと告げるかの如く。
「いえ、私にも解りません。ですがこの声に恐れることはありません」
「どうしてそう言えるのかしら」
「なんとなく、です」
はぐらかすように笑みを浮かべる涼月に、二人は困った表情しか出来ないのであった。
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一人風に黒髪を揺らしながら浜辺でラムネを傾ける少女が一人。
その視線の先には去り行く姿の吹雪と叢雲。
「終わったか」
「ええ。何事もなくですが」
隣に現れたのは綾波。互いに知っているようだが。
むしろ綾波の物腰が低く敬意を払っているようにも見える。
「変わりましたね。今までは猪突猛進そのものでしたのに」
「そのせいで左遷させられたんだ。流石に覚えるさ」
「戻ってくる気はないんですか? 横須賀元秘書艦の磯風さん」
横須賀鎮守府。そして綾波が秘書艦として任命される以前の話。
その任を受けていたのは磯風。
しかし今ではトラック泊地という辺境の地でただ哨戒と日頃の手伝いを行うだけ。
基地を存続させるという点では重要な任務ではあるのだが、
今までの境遇から大本営が評価していたとは言いづらい。それは正しく左遷そのもの。
「何があったか、聞かせてもらえませんか」
「……いいだろう」
ラムネを飲み干した磯風は一人語り始める。自らの過去を。
それは大本営が勝利に溺れ私利私欲に満たされそうになっていた時のこと。
大規模な建造が行われているという話を聞きつけ、
秘書艦という立場からそれを視察しようとした磯風。
しかしそれは極秘で行われているものとして認められず、その時は大人しく引き下がった。
その後何度か申請をするも全てはねられてしまい、
明らかにおかしいとして裏で調べることにした。
調べていくうちにその建造で通常とは比べ物にならないほどの、
資源と資金が消費されていることを知り提督に言及する。
本来であればはぐらかされるのだがそのことを聞くなり目の色を変え、
トラック泊地への左遷を命じられたのだ。
「それは大和さんの建造だったのではないですか?」
「私も最初はそう思った。しかし大和は私がトラック泊地に送られるよりも先に着任していた」
それも磯風が言うには、トラック泊地の基地設立に関して大和は最初から携わっており、
艤装が完成する前から建物や施設の構想を任せられていたとのこと。
その理由を想像するのは容易だがあえて口にしなかった。
「今のお前なら知っているんじゃないか? 私の至れなかった答えを」
大和建造ではない、大量の資源と資金の消費。
もし大和と同じような大型艦が着任していれば今頃名は知れ渡っていただろう。
だがその時期から見ても着任した艦娘はいない。
大鳳とも言えなくもないがそれはトラック泊地で明石が建造した物であった為、
時期も場所もその消費も合わない。
だからこそ裏の大本営を一掃し過去の資料などを整理したであろう彼女ならと、
期待を込めた目線を流し目で送る。
「………」
「何か解ったが言えない、といった様子だな」
言葉を誘うもあしらうことなく目線を落とす綾波。
しかしそのスカートの裏側から紙を取り出し磯風に手渡す。
それに軽く目を通し口を開いた。
「あの連中、正気の沙汰ではないとは思っていたがここまでとは」
「あんまり驚かないんですね」
「目の前で幾度となく『ありえないこと』を見せつけられてきたからな」
瓶の中に入ったガラス玉をからりと鳴らし、何かを思い出すように遠くを眺める。
「ともかく、お気を付けて」
「何を気を付ける必要がある。今はこの作戦の成功しか考えていないさ」
「その動じなさ、私にコツの一つでも教えてもらいたいものです」
その場に背を向け去っていく綾波。その背を見えなくなるまで眺める磯風。
「それでもお前の強さには敵わないさ。穢れていく環境でも美しく咲き続ける強さには」
以前の大本営の姿を知りながら裏の大本営と呼ばれるまでにおちてなお、
自分の在り方を変えず遂には本来の在り方を取り戻した。
戦場に立つ強さとは別の心の強さ。それを綾波は持っている。
綾波から受け取った紙を懐に仕舞い磯風もその場を後にしようとして、気付く。
自分の影になる場所にあったもう一本のラムネ。まだガラス玉は落ちていない。
「一緒に飲みながら語ろうかと思っていたんだが、すっかり忘れていたな」
叢雲と吹雪の動きを察知し綾波をその場に向かわせたのは磯風であり、
このラムネはそのねぎらいの為に用意した物であったが、
先ほどの昔話に加えて過去の謎について触れてしまったため忘れていたのだ。
「やはり、私は戦い以外のことを期待されても応えられないらしい」
それを回収しその場を今度こそ後にする磯風であった。
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「モウエサヲタラシテマツダケジャ、アキチャッタンダヨネェ」
「ダカラサ、ワタシカラムカエニイクコトニスルヨ」
深淵までのぞけそうなほどに開いた穴のそばに立つ、何かが笑う。
人のようにも見えるそれの口角は歪なまでに吊り上がっており、
その言葉は今から起こる出来事を予言しているようであった。
「マッテテネ、ボクノカワイイアイボウサン」
問い、答える。その答えが何であれ、それは現実なのだ。
以前あった、横須賀鎮守府での過去。昔と今、そしてそれがもたらす結果とは。
あれから随分と間が開きましたが、無事続きました。
お待たせして申し訳ございません。
これからも多忙な身故不定期となりますが、
出来れば艦これアニメ第二期が来るという情報をかき集めながらも、
完結に向けて頑張っていきます。アニメ二期が来る前には終わらせたいな。