Fate/reverse alternative   作:アンドリュースプーン

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第8話   ウェイバーの受難、ケイネスの災難

「朗報だぞライダー! アサシンの真名が分かった!」

 

 時刻は午前0時過ぎ。代わり映えしない住宅の一室にマスターの一人であるウェイバー・ベルベットの声が響いた。

 しかしその声に答えるべき人影はどこにもいない。第三者から見れば独り言を嬉しそうに喋る危ない人にも見られなねないが……実際にはウェイバーの他にもう一人その部屋にはいた。

 コミュニケーションに支障があると判断したからか、徐々にその姿が見え始める。

 流れるように長く美しい紫色の髪、目を覆う魔眼封じの眼帯、扇情的な姿かたち、隠れていて尚も異性を……或いは同姓すら惹きつけてやまないであろう顔立ち。

 彼女こそウェイバー・ベルベットの召喚したサーヴァント、ライダーであった。

 

「アサシンの真名? お言葉ですがマスター、そんなものは調べるまでもありません」

 

「え?」

 

 ウェイバーの顔が引き攣る。

 聖杯戦争初戦が開幕して早々に敵サーヴァントの真名を掴んだことを教えればライダーもウェイバーに賞賛の一つでも送ると思っていたのだが……ライダーの口振りだとまるでアサシンの真名をとっくに知っているようだった。

 

「どういうことだよ。お前、アサシンの真名を知ってたのかよ」

 

「知ってるもなにも。クラスに適合した英霊が呼ばれる他のサーヴァントと違い、アサシンのクラスで召喚されるサーヴァントは"アサシン"の語源にもなった中東の暗殺教団の頭首ハサン・サッバーハだけです」

 

「――――――――」

 

 これはウェイバーの知らない情報だった。時計塔で調べた聖杯戦争の資料にそんなことは書いてなかった。ただ英霊の召喚には原則として聖遺物が必要としか。

 ハサン・サッバーハ。これは十世紀末の中東。シーア派イスラム原理主義ニザール派の創始者の名である。この派は自分達の教義に対して迫害や圧迫を加えた体制派指導者たちに対抗する政治的対抗手段として暗殺を正当化し行ってきた。これが俗にいう暗殺教団である。

 その手口や所業は謂わば現代におけるテロリズムの原型とすらいえた。

 彼等の標的は多種多様で政治的大物や英雄、十字軍の将校までもが彼等の手にかかり死んだ。そして暗殺教団の名は十字軍やマルコ・ポーロの東方見聞録によりヨーロッパにも広まった。

 アサシン(Assassin)という英語名詞はここから生まれたのである。

 ただしサーヴァントとしてのハサン・サッバーハはその創始者ではなく、暗殺教団の頭首を代々継承してきた暗殺者へ送られる称号であり忌み名だ。

 ハサンとは個人を示すのではなく集団を示す名。ハサンとなる者は鼻を削ぎ落とし顔を焼き"元の自分を殺す"ことでハサンとなる。

 そしてハサンの名を持つ者は其々が特異な能力をもっているという。それは鏡写しの心臓を投影するシャイターンの魔腕でもあるし、百の貌の多重人格でもあるし、脳味噌を爆薬にかえる力でもある。

 聖杯戦争に呼ばれるハサンはそういった歴代のハサンの中から召喚者と最も相性が良い者が選定され召喚されるのだ。

 

「…………」

 

 しかしである。

 そういう概要は置いておくとしてウェイバーには府に堕ちないことが山ほどあった。

 

「なぁ。ハサンって中東出身のサーヴァントなんだよな」

 

「ええ。そうですが」

 

「それで暗殺者ってことは暗殺者っぽい恰好してるんだよな?」

 

「直接見た事はありませんが聖杯からの知識によれば、全身を黒い布に包み白い髑髏の面を被っているそうです。ステレオタイプの暗殺者ですね」

 

「だよなぁ。……じゃあ、あのアサシンはどういうことなんだよ」

 

 ウェイバーの脳裏にあるのは今日……いや0時を過ぎているので、昨日のアサシンとランサーとの戦い。

 ランサーのルーン魔術で監視用の使い魔を破壊されてしまったため戦闘の様子は見る事が出来なかったのだが、アサシンの姿や真名を名乗る事はバッチリと視認できた。

 そのアサシンの顔立ちというのは端正な美青年で白い髑髏の面など何処にもない。中東出身者特有の浅黒い肌もなく黄色い肌をしていた。つまりは中東でもヨーロッパ出身でもなくアジア系。 

 しかも纏っていたのは黒とは程遠い雅な群青色の着物。なけなしの日本知識が間違っていないなら陣羽織と呼ばれるものだったはずだ。日本の戦士"サムライ"が好んで着たらしい戦装束だ……と思う。何分日本など来たのが初めてなので良く分からない。

 

「どういうこととは?」

 

「僕の見てたアサシン、明らかにサムライっぽい恰好してておまけに"佐々木小次郎"って名乗ったんだけど」

 

「は?」

 

 これは予想外だったのかライダーにも驚きの色が浮かぶ。

 

「佐々木小次郎……宮本武蔵という男と戦ったという侍、でしたか。申し訳ありませんウェイバー。マイナーな英霊のようで私も詳しくは」

 

「あっ。宮本武蔵なら少し知ってる。たしかゴリンノショってやつを書いた奴だろ。これならどっかで聞いたことある」

 

 ウェイバーはその名が示す通りヨーロッパ人。生憎と日本の英雄には疎い。佐々木小次郎と言われてもまるでピンとこない。

 しかし宮本武蔵の五輪の書はそれなりに知名度もあるのでウェイバーも知っていた。

 

「佐々木小次郎、朝にでも図書館で調べてみるかな。この国の英霊ならそいつの書籍も多いだろうし」

 

「それが良いでしょう。どうして山の翁以外がアサシンのクラスで召喚されたかは不明ですが、そんなことを調べるよりも佐々木小次郎の力について調べた方が能率が良い。他になにか分かったことはありますか?」

 

「他っていっても。ランサーがルーン魔術の使い手ってことしか」

 

 この程度の情報ではライダーも特に嬉しくないだろう。

 そう思って力なく発言したのだが意外にもライダーは、

 

「――――謙遜することはありません、十分な情報です。魔術の基本は等価交換……しかしウェイバー、貴方は今宵たかだか使い魔一つの消耗でアサシンの真名とランサーの能力の一端を掴んだのです。これは誇っても良い成果でしょう」

 

「ぅ」

 

 召喚する前、ウェイバーは一体全体どんなおっかない化物が出て来るのかと戦々恐々としていた。

 それは無理のない事だろう。

 ゴルゴンの怪物、メドゥーサはギリシャ神話でも最も有名な蛇の怪物。最終的には英雄ペルセウスによって討たれたが、それまでに数えるのも馬鹿らしいほどの屈強な戦士を返り討ちにし喰らってきた化物だ。

 召喚する前はそれこそ髪の毛が蛇で恐ろしい形相をした魔物が出てくるのを覚悟していた――――が、蓋を開けてみれば召喚されたのは目もくらむような美女。

 おまけにマスターには忠実で礼儀正しいときている。クラスこそライダーであるが宝具もスキルも強力なものばかり。

 大当たりと呼んで差支えない結果だ。ただ一つ欠点をあげるとするのなら、

 

「ふふふ。本当に凄い御手柄ですウェイバー。それだけの手柄ですので貴方に仕えるサーヴァントとしても"なにかしら"の形で報いなければなりませんね」

 

 妖艶に微笑みながらライダーがずいとにじり寄ってくる。

 サーヴァントとして十分に合格点のライダーの欠点がこれだった。能力も人格も良いのだが、この熱のこもった対応はどうにかして欲しい。

 もしウェイバーが百戦錬磨のプレイボーイなら望む所なのだろうが良くも悪くもウェイバーは初心だ。いや寧ろだからこそライダーの琴線に触れてしまったとも言うべきなのだろうか。

 ウェイバーは命の危険とは別のなにか大事なものを失う危険を感じ後退した。だが所詮は部屋の一室。直ぐに壁に追い込まれる。

 

「そ、そんなに褒めても僕は……いや、わ、私は! 栄誉ある時計塔の魔術師として当然のことをしてまでなんだよ……ええ、なのだ! だからそんなに気にする必要は……」

 

「やはり良いです貴方は。その背伸びする姿はとても愛らしい」

 

「ひぃぃぃいいい!!」

 

 ニヤリと形容するのがピッタリな笑みを浮かべるライダー。

 三画の令呪の存在すら忘れてウェイバーが身を守るように両手でバッテンを作る。

 しかしサーヴァントであるライダーにウェイバーの細腕による防御など何の意味もない。逆にその姿がライダーの嗜虐心を誘う。

 

「知っていますかマスター。私は吸血鬼ではありませんが吸血種。血を吸うことで精気を吸い魔力を供給することができます。特に初心な少年の血は美味しいんですよ、貴方の血はとても私の口に合いそうです」

 

「な、なにを言ってやがりますか……こ、この……」

 

「勿論聖杯戦争のためですよ。この身を魔力が満たせば満たすほどに私は強くなれる。なら私がマスターの血を頂くのは立派な戦術ですよ」

 

「う、嘘だっ! 絶対にそれ以外に何か考えているだろ!」

 

「肉類はしっかり食べていますか? 昨日は魚と野菜と白米しか食べていませんでしたがそれはいけない。肉を食べないと血にコクがなくなってしまいます」

 

「ああもうっ! 大人しくしないと令呪使うぞ令呪ーーっ!」

 

 漸く令呪の存在を思い出したウェイバーが刻印を見せつけるように怒鳴った。

 するとライダーはさっきまでの積極性が嘘のようにしれっと。

 

「冗談ですウェイバー。明日は図書館でしたね。なら今日はもう休んだ方が良いでしょう。見張りは私がしておきます」

 

「…………」

 

 まるで今までのことが本当に冗談だったかのような言動。

 しかし騙されない。

 ライダーはサーヴァントとしては頼りになるし自分の命令にも忠実だが、やはり警戒は欠かしてはいけないだろう。色んな意味で。

 ウェイバーはそう肝に銘じた。

 

 

 

 アサシンとの戦いから帰還したランサーを出迎えたのはご立腹のマスターだった。

 冬木市ハイアットホテル。そのワンフロアを丸ごと借りきったランサーのマスター、ケイネス・エルメロイはブランドの髪をオールバックにした青年だ。

 だが聖杯戦争に参加する彼が唯の青年であるはずはない。

 ケイネスは時計塔有数の魔術師であり名門アーチボルト家の九代目当主でもある。そして高級ホテルのワンフロアを貸し切ることから分かる通りかなりの金持ちでもあった。

 

「では聞かせて貰おうかランサー。私に勝手で宝具を使用しておき、尚且つアサシンを取り逃がすという失態。どういう言い訳を聞かせてくれるのだね?」

 

「あー、すまねえな」

 

 ポリポリと頭を掻きながらランサーは謝罪した。

 そんな心の篭らない謝罪にケイネスが納得するはずがなく、

 

「貴様はふざけているのかっ! お前は因果逆転の魔槍を使ったのであろう! なのに何故あのアサシンは生きているのだ!」

 

「何でって令呪を使われたからだろ。ま、確かに俺の失態なのは違いねえよ。ゲイ・ボルクを使う以上、必殺でねえといけねえってのに。俺も焼きが回ったってことか」

 

「一人で納得するな!」

 

「そう怒るなよケイネス、あのアサシンの野郎はどうにも苦手だ。ああいう奴は遠くから攻めるに限る」

 

「遠くから攻めて殺し切れなかったではないか?」

 

「今回はな。今回はアサシンのマスターが令呪でサポートしたから逃げられた。だけどよ令呪ってもんは無限じゃねえ。三度限りの絶対命令権。つまりアサシンが俺のゲイ・ボルクを躱せるのは最大でも後二回が限度ってこった」

 

「……お前はアサシンに二度同じ宝具を使用しろと」

 

「まさか。そこまで必殺を安売りするほど俺も堕ちちゃいねえよ。アサシンの使う剣技はどうにも厄介だが、あいつ自身は特に厄介な力はもってねえ。幾らでもやり様はある」

 

 粗暴な態度から勘違いされ易いがランサーはただ槍を振るうだけの戦士ではなくルーン魔術を極めし魔術師。

 刀の届く近接戦闘でこそアサシンは対処困難な絶技を使う魔人だが、刀の届かない範囲にいる分にはアサシンは無能なサーヴァントだ。

 全てを修め全てを極められずにいる器用貧乏ではなく、究極の一をもちながらも別の方面でも優れた才気をもつランサーなら幾らでも対処の使用がある。

 

「寧ろ厄介なのはアサシンよりアーチャーの野郎だろ。俺の張ったルーンの結界をあっさり突破して戦いに水を差しやがった。気に喰わねえ野郎だ……面は見てねえが絶対に捻くれた顔してるぜありゃ」

 

「……ふむ。たしかにアーチャーは面倒そうな相手だ」

 

 ケイネスの専門は降霊術、召喚術、錬金術であるがルーン魔術も一通りは会得し成功を収めている。

 故にランサーのルーン魔術師の技量も正確に認識していた。

 ケイネスにとっては非常に腹立たしいことであるのだが、ルーン魔術にかけてならばランサーはケイネスよりも上の実力者である。

 原初の18ルーンを自在に操るランサーの結界は城の外壁にも匹敵しよう。サーヴァントとマスターとの間のラインを除けば決して外から中の様子を視認することなど不可能な守りで戦場は覆い尽されていた。

 なのにアーチャーはあっさりと結界を透視し正確にアサシンとランサーを諸共葬りさる必殺を叩き込んできたのだ。

 ケイネスとランサーはこのホテルのワンフロア全域に共同で魔術結界などを構築し『工房』にしている。

 しかし件の狙撃がアーチャーの実力だとしたら今まさにこの部屋にアーチャーの宝具が飛んできかねないのだ。これを厄介と言わずして何と言うのか。オチオチ眠ることも出来ない。

 

「先ずはアーチャーを狙いしかる後に真名を知られ、またこちらも真名を知っているアサシンを討つのが妥当……か」

 

 顎に手をあてながらそう口にする。

 聖杯戦争で最もマスターにとって脅威となるのは気配遮断によりマスター殺しを狙うアサシン。そして遠距離からの狙撃をしかけてくるアーチャー。

 この二騎を倒せば今後の展開も随分と楽になる。そう考えてのケイネスの案だった。

 

「いいんじゃねえか。俺もアーチャーは気に喰わねえしな。弓兵に背後を狙われてるとあっちゃ存分に殺し合いもできねえ」

 

「ならばランサー。貴様は一刻も早くアーチャーとアサシンの所在を探し出し殺すのだ。貴様も私のサーヴァントならよもや出来ないとは言うまいな」

 

「あいよ。了解した」

 

「此度の失敗の責はそこで晴らす事だ。私は此度の聖杯戦争、片田舎に住まうマクレミッツに借りを作ってまで貴様を呼び出したのだ。それだけの価値は見せてくれるのであろうな?」

 

 確認するようにケイネスがランサーに言う。

 しかしランサーが答えるよりも前に冷たい声がケイネスに降りかかった。

 

「あら。戦いはサーヴァントに任せて自分は一人安全な場所で傍観者気取り。時計塔の神童が聞いて呆れたものね」

 

「そ、ソラウ……」

 

 ケイネスがソラウと呼んだ人物。彼女は降霊科学部長を歴任してきたソフィアリ家の直系にしてケイネスの婚約者でもある。

 そしてケイネスはこのソラウに心底惚れこんでいるため数少ないケイネスの頭の上がらない人物であった。

 

「ねぇケイネス。貴方はサーヴァント召喚と契約の仕組みを調べ上げた上で魔力の供給を私が、令呪やマスターとしての権限を貴方が担うという分担契約をした。それはランサーがサーヴァントと戦っている間に貴方自身が万全の状態で敵マスターと戦うため。そうだったわよね?」

 

「も、勿論だとも!」

 

 ケイネスとて伊達や酔狂と格好つけたさだけでソラウという婚約者を冬木の地にまで連れて来たのではない。

 幾ら魔術師としては基礎的な魔術しか教わっていないとはいえソフィアリ家の直系たるソラウの魔術回路は一級品。サーヴァントへ魔力供給するのには十二分だ。

 

「だというのに貴方ときたら。この冬木に来て以来、やったことなんてただ『工房』の作成と調整だけ。戦いに赴く事は一度としてない。時計塔のエリート講師が聞いて呆れるわね。この聖杯戦争で武功という華を添えるために参戦したっていうのは嘘だったのかしら。それとも工房でじっと引きこもってることを貴方は武功というのかしらね」

 

「ち、違うんだソラウ。今は序盤故にまだ私が出る頃合いではないと――――」

 

「ならいつが貴方の出る頃合いなの? まさかサーヴァントが残り1騎になった時とは言わないわよね」

 

「つ、次だ! 次こそは私も本腰を入れようとも!」

 

「おおっ。恐い恐い」

 

 ケイネスとソラウのやり取りをニヤニヤと笑いながら観察するランサー。

 だがそれがソラウの癪に障ったのか矛先が今度はランサーに向いた。

 

「貴方もよランサー。へらへらと笑ってないで仮にも半神半人の英霊ならサーヴァントの一騎や二騎は軽く刈り取りなさい。貴方に魔力を送っているのを誰だと思っているの?」

 

 肩を竦ませランサーは「へいへい」と頷く。

 咎められたと言うのにランサーに不快感はなかった。というより目一杯にランサーは今の状況を愉しんでいた。

 

「それじゃ私は眠るわ。明日は精々ケイネス・エルメロイの才気を存分に振るうことね」

 

 言ってソラウはさっさと部屋に引っ込んでしまう。

 婚約者に散々といわれガックリと肩を落としたケイネスにランサーの軽快な声がかかる。

 

「そう落ち込むことはねえよケイネス。気の強い良い女じゃねえか。女ってのは気が強ければ強いほど良い。俺がスカサハから受けた言葉なんざあんなもんじゃなかったぜ」

 

「サーヴァントの貴様に何が分かるっ! 口を慎め口を!」

 

「まぁまぁ。義理で忠告するがな、確かにソラウは良い女だしあれに怒鳴られりゃビビっちまうのも情けねえが無理はねえ。だがな、本気でモノにしたけりゃ時に強引に押し倒しっちまうのも大切だぜ。俺はそうした」

 

「……強引……ソラウに――――って、貴様は私になにをさせようとしているのだ!」

 

「なんなら俺が口説いっちまうか?」

 

「それだけは許さんぞランサー。もしもそのような真似をしてみろ。お前が何かする前に令呪で自害させてくれる」

 

「ジョークだよジョーク。だからそう令呪に魔力込めるなって」

 

 飄々とケイネスの怒気を躱すランサー。

 "総合的"な魔術師としての技量はケイネスが上だが、こと人生経験においてはランサーはケイネスの遥か上をいっている。本人の性格もありケイネスのヒステリックなどは面白可笑しいことでしかなかった。

 

「ソラウの言う通り明日は色々とやらねえといけねえんだ。お前も眠っとけ、幾ら魔術師といっても寝不足じゃ満足に力は振るえんだろう。俺のように『不眠の加護』をもってるわけじゃねえんだし。……あっ。今は俺も『不眠の加護』がねえんだったか。聖杯戦争の開催地がアイルランドなら最高だったんだがねぇ」

 

「……お前の本拠地で開催されてたなら、お前はどの程度のものになったのだ?」

 

 興味本位からケイネスが訊く。

 

「そうさな。恐らくスキルが幾つか増えて……いや戻って、戦車と城が宝具に加わるだろう。基本ステータスも幾らかは上がるはずだ。この国じゃ俺の神話は知名度が低いみてえだからな。どうにも生前の力が出し切れん」

 

「……そうか」

 

 どうせ参加するのならば日本で知名度の高い英霊にしておくべきだったか。

 ケイネスはそう考えたが後悔先断たずとはこのこと。もう召喚してしまったサーヴァントを今からチェンジすることは出来ない。

 それに先程は怒鳴り散らしたものの、ランサーの実力は折り紙つきだ。知名度補正での不利など気にならない程のポテンシャルをランサーはもっている。

 ならばケイネスに不満はない。知名度の差など自分の魔術師としての才気があればどうにでもなる。

 ケイネス・エルメロイはこの聖杯戦争に参加した魔術師の中でも随一の実力者なのだから。

 

―――――故に彼は知らない。世界には魔術師の天敵がいるということを。

 

 それは突然のことだった。

 何の警報も予兆もなくケイネスの宿泊するハイアットホテルに仕掛けられていたらしい爆弾が爆発する。

 ケイネス・エルメロイとクーフーリンの二人が共同で組み上げた鉄壁の魔術攻防は、なんの神秘も宿さぬ科学兵器によりあっさりと崩壊した。


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