Fate/reverse alternative   作:アンドリュースプーン

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第6話  標的

「よくやった。アーチャー」

 

 時臣は満足そうに微笑み、一仕事終えたアーチャーに惜しみない賞賛を送る。

 するとアーチャーの方もラインから言葉を返してきた。

 

『ふむ。マスターも満足してくれたようで幸いだ。使い魔は事前にランサーが破壊していたがサーヴァントやマスターの幾人かも戦いの様子は伺っていただろう。こちらの手札も一枚は切ってしまったが……』

 

「予期せぬイレギュラーだが大したことではない。アーチャー、君の真価は究極の一をもつ他の英霊とは違い手数の豊富さにこそある。君自身が召喚したその日に言った事だ。ならばあの宝具を一つ見られた程度は問題ないだろう?」

 

『慧眼恐れ入る』

 

「序盤の戦果としては上々だよ。この戦闘で綺礼のアサシンは負傷してしまったが代わりに三騎士の一角たるランサーの宝具と真名を看破することも出来た。贅沢を言えば最後にして最優のサーヴァント……セイバーの情報も欲しいところではあるがな。バーサーカーも脱落済み。後気にするべきはライダーとキャスターか」

 

 自分のサーヴァントであるアーチャーは元よりアサシンも味方のサーヴァントであるので気にする必要はない。 

 バーサーカーについては召喚して早々に魔力切れで脱落したと間桐家の方から教会へ報告されている。

 

(間桐雁夜。一度魔道から背を向けた身でありながら聖杯に目が眩み一年の急造でマスターとなったとは聞いていたが……所詮はにわか仕込みの魔術師。聖杯を求め争う闘争には役者不足だったということか)

 

 惨めな敗者に目を向けることはないだろう。時臣は雁夜のことを一先ず思考から外す。

 

『……時臣、たしかサーヴァントを失ったマスターはマスターを失ったはぐれサーヴァントと再契約するという話だったな。そのバーサーカーのマスターとやらはまだマスター権を放棄し教会に保護を求めに来てはいないそうだが放置していいのかね? 必勝を期すためならばバーサーカーのマスターを探しだし確実に始末する必要があると考えるが』

 

 アーチャーが進言する。

 

「心配性だなアーチャー。間桐雁夜は魔術の素人、仮にサーヴァントと再契約したところで大した戦力には成りえんよ。魔道とは一年やそこいらで身に刻めるものではない」

 

『むっ。マスター、そうやって敵を侮るのは悪い癖だぞ。どうやら君は大抵の物事は完璧にこなしても肝心な所で足元が疎かになる悪癖があるようだな。平時であればいざ知れず今は戦時だ。ほんの僅かな油断が死に直結する』

 

 もしサーヴァントをただの道具としか思わないマスターであれば、或いはこの諫言にムッとしたかもしれない。

 だが時臣は人の身に余る偉業を成し遂げ英霊にまで昇華されたサーヴァントに対して一角の敬意を抱いている。如何にアーチャーが無銘の英霊であろうと、サーヴァントを己が目的の為に使い潰す算段をしていようと、アーチャーは時臣にとって頼れる従僕であり敬服する対象なのだ。

 なによりも下の者の諫言を受け入れられぬほど遠坂時臣は器の小さい男ではない。

 アーチャーの諫言も素直に受け入れる。

 

「君の言う事は尤もだ。どうやら序盤が上手くいったことで私の中にも僅かな『慢心』が生まれていたようだ。早い段階で気づかせてくれたこと感謝する」

 

『分かってくれたのならばいいさ。最も大きな過ちとは過ちを改めぬことを差すのだからね』

 

「だが間桐雁夜の力量に恐れるところがないというのは動かしようもない真実だ。私も奴とは面識が少しだがある。私の目から見て雁夜は兄よりは魔道の才があったものの、それとて他と比べても並みというだけのもの。天賦の才とは無縁の男だ。僅か一年間でマスターに耐えうるだけの力を身に着けているとはどうしても思えん」

 

 時臣の考察に「フム」とアーチャーは言うと、

 

『君が言うのだ、その間桐雁夜が魔術師としての力量が君に遠く及ばないというのはそうなのだろう。だが元来魔術師というのは足りないものがあれば他から持ってくる人種だ。間桐雁夜が自分に足りないものを他で代用するという可能性は幾らでもある。サーヴァントとは霊体、魂喰いだからな。マスターからの魔力供給が足りないのであれば人間の魂を喰らうことで代用できる』

 

「…………………魂喰いか」

 

 成程。それは十分に考えられることだ。

 雁夜だけではない。魔術師としての力量が足りなければサーヴァントの力も足りなくなる。それを補うために魂喰いというのは倫理的問題などに目を瞑れば一つの策ではある。

 時臣自身はマスターとしての素養も十二分であり、個人的な思想面からもそのような手を使う気は毛頭ないが。

 

「分かった。動向が掴めん雁夜にも一応は注意を払っておこう。間桐の翁によれば家を飛び出したきり居場所が掴めないでいるそうだからな。雁夜についてはそれでいいとして……やはり気になるのは未だ姿を確認していない三騎」

 

 サーヴァントの情報は不明だがマスターの名前は判明している。

 時計塔のエリート講師であり、あらゆる部門で名だたる成果を残した一流の魔術師、ケイネス・エルメロイ・アーチボルト。そのケイネス・エルメロイの弟子であるウェイバー・ベルベット。

 そして遠坂に並ぶ御三家の一つアインツベルンが雇った殺し屋。

 

「衛宮切嗣、か」

 

『……………………………』

 

 ラインの向こう側でアーチャーが黙り込んだ。まるでなにかを堪えているかのように。

 珍しい事もあったものだ。

 時臣の知る限りこの慇懃無礼で皮肉屋な弓兵がこのように閉口するところなど見た事も聞いた事もない。

 

「どうかしたのかな? 衛宮切嗣という男がどうかしたのか」

 

『なに。大したことではない……マスター、もう一つ御節介かと思うかもしれないが忠告しよう。衛宮切嗣には気を付けろ』

 

「言われるまでもないとも。奴の魔道に対する姿勢は気に喰わないが、奴自身の実力を軽んじているつもりはない。いや、この聖杯戦争に参加したマスターで最も危険な男とも考えている」

 

『まだ足りない』

 

「足りない?」

 

『もしかしたら時臣、君は衛宮切嗣のことをただの金目当ての男などと思っているのかもしれないが大きな間違いだ。奴は目的達成の為ならば自分の命すら平然と道具として使う……皮肉なようだが、非常に魔術師らしい男だ』

 

「やけに衛宮切嗣のことに詳しいのだな」

 

『サーヴァントとしての勘だとでも思っていてくれ。生前、私もその手の輩とは戦ったしその手の戦い方をする必要性もあったのでね。……話を戻そう。君の家族は今どうしている?』

 

「葵と凛ならば葵の実家である禅城の家に帰省させている。聖杯戦争に巻き込むわけにもいかないのでね」

 

『――――甘いぞ、時臣。もしも私が衛宮切嗣で君をなんとしても殺す必要に迫られた場合、私は君の最も弱い場所を狙うだろう』

 

「…………それは、衛宮切嗣が葵と凛を人質として攫うと?」

 

『ないと言えるのかね』

 

「――――――――」

 

 言い切れるはずがない。

 衛宮切嗣の経歴にもあった。恋人・家族・友人・弟子などを人質にとった上での殺害というものが。

 時臣は魔術師だ。根源に到達することを至上目的としているし、その為なら全てを犠牲にするという覚悟がある。

 だが魔術師としては間違いなのだろうが、時臣は一方でただの夫として父としても葵と凛のことを愛している。もしも二人が衛宮切嗣という外道の手に落ちることがあれば。

 果たして時臣は一切の躊躇なく二人のことを見捨てることが出来るだろうか。

 

「……分かった。万が一のこともある。凛と葵には倫敦へ行って貰おう。あそこには知人も多いし、切嗣も魔術協会の本拠地で派手なことはできはしないだろう。まして聖杯戦争中ともあればな。凛にもあそこは良い刺激になる」

 

『それが良い』

 

 アーチャーの語る最悪の仮定を避ける為にも時臣は二人を倫敦へと送る準備を始める。

 と、その前に。

 時臣は一仕事を見事に達成してくれた弟子に労いの言葉を送るため通信用礼装を起動する。

 アーチャーの狙撃の為に一時的に繋いだラインは急造だったために既に途切れてしまったのだ。

 

「綺礼、今宵はご苦労だった。アサシンが負傷したこともある。暫くは休んでくれ」

 

『……いえ。本来ならば未だ様子見に徹するはずだったアーチャーまで動員する事態になり申し訳ありません』

 

「戦場にイレギュラーは付き物だよ。それにその程度のことならイレギュラーとは言わん」

 

 本当のイレギュラーは召喚直前に触媒が紛失することだ、とはアーチャーの手前口に出しはしなかった。

 

「バーサーカーは早々に脱落したとはいえ聖杯戦争はまだ第一戦が行われたばかり。これから激しさを増していくだろう。綺礼、君にはこれからも助けて貰わねばならない。十分に英気を養っておいてくれ」

 

『分かりました。それと―――――――…………ッ! 申し訳ありません導師、やはり二画目の令呪を使用することになりそうです』

 

「なに!? どういうことだ綺礼――――っ!」

 

 唐突に声色を変えた言峰に時臣の語彙も自然と強まる。しかし時臣が声を発した時には既に通信は途切れていた。

 嫌な予感が脳裏を過ぎる。

 言峰綺礼は元代行者だ。並みの魔術師では太刀打ちできないほどの戦闘力をもっている。

 魔術師としての技量なら時臣が完全に上だが、ただの戦闘者と見た場合、場数の差で言峰に分があるとすら時臣は考えている。

 その言峰がサーヴァントを呼び出すという事態となれば、それは尋常ならざる相手。サーヴァントの襲来に他ならない。

 

『やはり一筋縄ではいかなかったか』

 

 アーチャーがどこかこの展開を予想していたかのように呟く。

 時臣はなにも言う事が出来なかった。

 

 

 

 ただの観戦だけのつもりだったが思ったよりは収穫があった。

 切嗣は戦場となった学校から離れたビルの七階で煙草に火をつける。煙が肺にまで届くたびに心が凍てつくような気がするから煙草というのは良い。あの冬の城で得た温かみというものを消し去ってくれる。

 

(ランサーの張ったルーン魔術による結界のせいで肝心の戦闘を見ることは出来なかったが……得たものはある)

 

 一つ目にはランサーがただの槍兵ではなくルーン魔術にも秀でた英霊であること。更に遠方から見た顔立ちから判断するに西洋圏出身の英霊であると予測される。

 更にマスターの一人であるケイネス・エルメロイが赤枝の騎士の末裔であり数少ない宝具の現物を現代に伝えるマクレミッツ家に触媒入手のためコンタクトをとっていたとすれば――――考える限り思い当たる真名は一つ。

 生涯において無敗を貫き、原初の18のルーンをも修めたという半神半人の光の御子。

 

「アイルランドの大英雄クー・フーリンか。厄介な相手だな……ケルト神話に馴染がない日本だから良いが、これが西洋圏での戦いならアーサー王に並ぶほどの英傑だ」

 

 英霊が信仰を糧とする精霊である以上、その信仰が強ければ強いほどに力を増す。

 聖杯戦争においても例外ではなく、この日本で知名度の高い英霊ほどステータスにプラス補正がかかり、低い英霊ほどマイナス補正がかかるのだ。

 

「となるとケイネス・エルメロイのサーヴァントはクー・フーリン……ランサーか。手ごわい敵だが」

 

 普段なら切嗣は真っ先に魔術師として強いケイネス・エルメロイこそを第一の標的としただろう。しかし今の切嗣にはランサーとケイネスという優勝候補にもなりうるペアよりも気にかかるものがいた。

 

(結界のせいで中の戦闘は視認はできなかったが、途中で強大な魔力の発露は確認できた。……たぶん宝具を使用したんだろう。そしてその直ぐ後に放たれたアーチャーのものと思われるAランク相当の宝具による射撃、負傷していたアサシン。無傷のランサー)

 

 普通に見れば強力な千里眼スキルをもつアーチャーが結界を透視しアサシンとランサーを纏めて殺そうとした……という風に思える。

 しかし本当にそうなのだろうか。余りにも出来過ぎではないだろうか。もしもアーチャーがアサシンを逃がすためにあの矢を撃ったのだとしたら。

 

「…………」

 

 自分でもどうしてこんな考え方をするのか分からない。推理には何の根拠もなく理屈もない。

 だが幾たびの戦いで培われてきた戦闘倫理があのアサシンになにかを感じるのだ。いや、もっといえばアサシンの背後にいる何者かに対して。

 そんな時、舞弥からの連絡があった。

 切嗣は電話の通話ボタンを押すと「もしもし」とも言わずに。

 

「なんだ?」

 

『報告です。ケイネス・エルメロイと言峰綺礼、両名の滞在場所を発見できました』

 

「……朗報だな」

 

『はい』

 

 常道ならばサーヴァントの情報も知れているケイネス・エルメロイを狙うべきなのだろうが、切嗣の本能や勘というべきものは「一刻も早く言峰綺礼を排除しろ」と警鐘を鳴らしていた。

 言峰綺礼のサーヴァントがどんなものなのかは以前として不明だ。あのアサシンがそうなのかもしれないし、そうでないのかもしれない。

 だがそれでも狙うべきだ。この勘には従うべきだ。

 

「言峰綺礼を狙う。奴はどこに滞在しているんだ?」

 

 舞弥から聞かされた言峰の所在は……残念ながら切嗣の現在地からやや離れた場所だ。

 しかし逆に舞弥とセイバーの待機している場所からは程近い。

 

「良し。セイバーに言峰綺礼の滞在しているホテルを襲撃するよう伝えろ。舞弥は例のものの準備を。それとセイバーには追加でもしも戦いが長引きそうならば一時撤退しろとも言っておいてくれ」

 

『分かりました。では』

 

 必要最低限の会話を済ませると電話を切る。

 夜は長い。聖杯戦争の第一戦が行われた次の瞬間には最優のセイバーが動き出そうとしていた。


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