Fate/reverse alternative   作:アンドリュースプーン

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第23話  アナタハ最期ニ識ルダロウ

 ライダーはウェイバーを抱えつつ雨あられと降り注ぐ魔弾を回避していく。

 ランクにしてBもの対魔力をもつライダーだ。キャスターの魔術の一つや二つなら受けても死にはしないが、ウェイバーはそうではない。

 神代の魔術師たるキャスターの魔術はそのどれもがAランク。現代の一流魔術師が大規模な術式を構築して漸く発動できるそれをキャスターは一瞬で行使する。

 

「Κεραινο」

 

 キャスターが言葉を紡ぐ。

 柳洞寺に溜めこまれた魔力のバックアップを最大限に活かしAランクの魔術がライダーへ殺到した。

 魔術とは過去に向かって疾走するもの。それは『言葉』にも当て嵌まる。バベルの塔が崩される前、人間は唯一つの言葉を操りその優れた言葉をもって万物を支配していた。

 キャスターのスキル、高速神言。神代の言霊を用いることによりキャスターはたった一言で大魔術を行使することができるのだ。

 それは神代の言葉故に現代の人間には発音することも聞き取ることもできない。

 だがライダーとてキャスターと同じ時代を生きた者。キャスターの発した言葉の内容は理解できた。

 キャスターは『疾風』と言ったのだ。 

 その言葉は違わず台風を小規模に凝縮した竜巻が三つ唸りをあげながらライダーに別方向から迫った。

 

「ウェイバー、少し揺れます。舌を噛まぬよう口を閉ざしていて下さい!」

 

「わ、分かった!」

 

 闘いのど素人であるウェイバーはにべもなくライダーの指示に従う。

 きゅっと顎に力を籠め口を噤む。

 脳味噌が揺れる。内臓が上下に暴れまわる。ライダーはジェットコースターが玩具に思えるような変則的かつ人間離れした動きで竜巻の『隙間』を擦り抜けていく。

 初めて経験した。これが実戦という殺し合い。

 死を友人にして進む決死の踏破。辿り着く場所は生還か敗北か、それとも無残なる死か。

 もはや魔術師としての誇りだの正統なる評価だの言ってる場合ではない。何かしなければ死ぬ。一秒後にはウェイバー・ベルベットの死があるのだ。

 

(くそっ。このままじゃジリ貧だ。どうすれば……)

 

 口を閉ざしながらウェイバーは必死になって頭を回転させる。

 キャスターは魔術で浮遊していて上空だ。倒すにはこちらも空を飛ぶか遠距離へ攻撃する術がなければならない。

 そして自分のサーヴァント・ライダーにはその両方の手段がある。 

 ライダーは空を飛ぶことも遠距離へ攻撃を届かせる術もあるのだ。

 

(でも切り札をきるってことはこっちの手札をキャスターに……そうじゃない。キャスターはもうライダーの真名を知ってる。ならもうあいつに宝具やスキルを隠してる意味なんてないんだ)

 

 ウェイバーが情報漏洩の心配をするべきなのは前方のキャスターではなく、後方でセイバーと戦うアサシンの方だ。

 ライダーの宝具と愛馬は派手に過ぎる。使えば確実にアサシンへとばれるだろう。

 

(どうせ手の内はキャスターに知られてるなら、最初は派手さがない方で)

 

 ウェイバーは竜巻を振り切って着地したばかりのライダーに言う。

 

「ライダー、目だ。目を使え」

 

「……了解です。ウェイバー、私の目は見ないで下さいね」

 

 目というその単語だけでライダーはウェイバーの意図を察した。

 ライダーは一っ跳びにキャスターへと跳躍すると目を覆う眼帯を解いた。

 

「自己封印・暗黒神殿(ブレーカー・ゴルゴーン)」

 

 外ではなく内へと向けられた結界。英霊メドゥーサの魔性を封じ込める為の封印が解除された。

 露わになる宝石の目。その視線はただ真っ直ぐにキャスターへと向けられている。

 英霊メドゥーサの象徴ともいえる『石化の魔眼』。伝承通り目を見た者を石化させるのではなく、ライダーの魔眼は目で見るだけで誰彼構わずに石化させてしまう。

 マスターのウェイバーも例外ではなく、ライダーがウェイバーに目を見るなと忠告したのはそのためだ。

 キャスターが一言で奇跡を為すならライダーは見るだけで奇跡を為す。

 最上位の吸血鬼がもつという『黄金』の魔眼より更に上位、ノウブルカラーにあって『宝石』のランクをもつ魔眼キュベレイ。

 これに勝る魔眼をもつのはタイプ・ムーン、朱い月のブリュンスタッドだけだ。

 

「――――甘いわね蛇女。貴女の真名を知る私がその魔眼になんの対策もしていないと思っていたのかしら」

 

 けれどその魔眼をもってしてもキャスターは動じない。

 キャスターは見せびらかす様に紫色の宝石を見せた。ウェイバーでも分かる。あれは魔術礼装、キャスターの道具作成スキルによって作り出したものだろう。

 

「それは私の石化を無効化するだけの概念武装、ですか」

 

「正解。それ以外にはなんの効果もない三流礼装ですけどね。私の手にかかればこの程度は造作もないわ」

 

「…………!」

 

 ウェイバーは歯噛みする。これが情報量の差。

 聖杯戦争はただ剣を交えるだけが戦いではない。敵よりもどれだけ情報を集められるか。どれだけ自分の情報を隠し通せるかで決まるのだ。

 その観点からいってライダーはキャスターに完全敗北を喫していた。なにせこちら側の真名と宝具に至るまであちらは一方的に知っていて、こちら側はキャスターがギリシャ神話の英霊であることしか掴めていないのだから。

 とはいえこのことでウェイバーは責められまい。キャスターがライダーの真名を知っていたのはウェイバーやライダーが聖杯戦争中にミスをしたのではなく、キャスターが生前からライダーのことを知っていただけなのだから。

 認めよう。情報ではこちらが敗北した。

 だが情報や姦策・奇策・罠・搦め手を問答無用で粉砕する『力』があるのならば。

 覚悟を決めた。アサシンに露見しようと、ここでキャスターに負ければ次はないのだ。

 

「ライダー! 宝具だ! アレを使うんだ!!」

 

 普段からは考えられない程の大声でライダーへ叫んだ。

 マスターの命令を受けライダーは自分の宝具を解放し、ライダーは宝具を解放する準備を整えた。とはいってもライダーの宝具はそれ単体では殆ど役に立たない類のものだ。

 解放するにはそれなりの手順を踏まなければならない。

 

「出す気なの? 貴女の愛馬を」

 

 やはりキャスターはライダーの宝具を――――その操る幻獣をも知っているようだ。

 だがどうしようもない。

 ライダーのクラスは強力な対軍宝具に特化したクラス。石化の魔眼が無力化された今、もはや切り札を切るしかないのだ。

 

(あんだけ余裕があるんだ。もしかしたらキャスターには備えがあるのかもしれない。けど)

 

 ウェイバーにも切り札はある。それが令呪。

 ライダーの宝具の解放と同時にウェイバーも令呪を使う。宝具+令呪……この二つならキャスターの予測を超えることができるかもしれない。

 情けないが戦闘力に欠けるウェイバーが出来ることなどそれくらいしかなかった。

 しかしライダーが宝具を解放するよりも早く――――ウェイバーの目にあるものが飛び込んできた。

 キャスターの背後から白銀の甲冑の騎士が跳躍してくる。味方であるはずのセイバーにより背後からの奇襲。位置関係からキャスターは気付いていない。

 そしてセイバーは躊躇する素振りすらなく、キャスターの右腕を不可視の刃で切断した。

 

「がぁ、な……セイバー、貴女!?」

 

 キャスターの表情が嘗てない驚愕に染まった。それはそうだろう。ウェイバーもなにがなんだか分からない。アサシンならまだしも、どうして味方であるはずのセイバーがキャスターを襲ったのか。

 

(まさか同士討ち!?)

 

 ウェイバーがそのことに思い至って直ぐキャスターの姿が令呪でも使用されたのか消え去る。セイバーもまたウェイバー達には目もくれずに柳洞寺へと突っ込んでいった。

 

「どうなってんだよ」

 

 緊張状態から一転して気が緩む。

 戦場に置き去りとなったウェイバーとライダーだったが「このままではいられない」と気を取り直して、

 

「お、追うぞ! なんか中でなにか起きてるのかも!」

 

 ライダーと一緒に柳洞寺へ急ぐ。

 キャスターの右腕切断とセイバーの不可解な動き。ウェイバーの勘が正しければ柳洞寺の中でなにかが起きているのだ。

 

 

 

 アサシン、ライダー、セイバー、そしてキャスター。

 未だ残存している六騎のサーヴァントのうちの三分の二が集った柳洞寺の奥。雁夜はキャスターの用意した遠見の水晶で戦場の様子を伺っていた。

 水晶にはアサシンと戦うセイバーとライダーと戦うキャスターの姿が映し出されている。

 魔術どころか戦いにおいても門外漢の雁夜に詳しいことは分からない。だがセイバーとアサシンの戦いは一進一退の互角で、キャスターに至っては圧倒しているように見えた。

 

「よし。……いいぞ、キャスター」

 

 二騎のサーヴァントを相手にして自分とキャスターは互角以上に戦えている。

 だが自分の戦力に満足する一方で、遠坂時臣を憎み劣等感を抱いていたからこそ雁夜は時臣への警戒を緩める事はなかった。

 なにせセイバーの戦っているサーヴァントはあのアサシンなのである。

 

「キャスター、油断はするなよ。アサシンのマスターの言峰綺礼が時臣の手下だってなら時臣もどこかでこっちの様子を伺ってるはずだ」

 

 ラインを通して戦闘中のキャスターに言う。

 するとキャスターも余裕があるからか直ぐに返事が返ってきた。

 

『勿論ですマスター。けれど今のところは心配する必要はありませんわ。遠坂時臣のアーチャーはこの寺より3km先の鉄塔にいるのですから』

 

「……狙撃は?」

 

『それもありません。この柳洞寺は私の神殿、アーチャーによる狙撃など許しはしない。マスターは安心して助け出した子とお待ちを。焦らずとももう直ぐ聖杯は私達のものとなるのですから』

 

「ああ」

 

 するとキャスターが再び戦闘に戻り通話が切れた。

 キャスターはこの柳洞寺から冬木市中に根を張っている。キャスターがアーチャーは3km離れた場所にいると言ったのならばそうなのだろう。

 

(…………待っててくれ葵さん。俺は聖杯を手に入れて、時臣を殺し桜ちゃんを貴女のもとへと返す)

 

 当初。桜の体には臓硯によって植え込まれた刻印蟲がいた。

 言うなればそれはセーフティ。

 もし仮に桜が臓硯に抗ったとしても、臓硯はただ「死ね」と念じるだけで命を奪い取ることができる。究極のアドバンテージ。反逆を許さぬ残酷なるシステム。それは雁夜も同じだった。

 間桐臓硯という上位者に下位者(雁夜と桜)は絶対に逆らえないということを絶対とするための首輪。

 これがあるからこそ臓硯は雁夜にサーヴァント召喚を許したともいえる。臓硯が五百年を生きた妖怪だとしてもサーヴァントには敵わない。サーヴァントを召喚した雁夜がそのサーヴァントをもって間桐臓硯に反逆するという可能性をあの妖怪が思いつかないわけがないのだ。

 今思えばバーサーカーを召喚しろと命じたにもその辺りが関わっていたのかもしれない。

 もしも雁夜が魔術に通じたサーヴァントを召喚すれば、その力をもって『首輪』を引きちぎり反抗してくるかもしれない。だが理性のないバーサーカーならそんなことは万が一にも有り得ないが故に。

 しかし臓硯の予定は狂った。

 バーサーカーを失った雁夜はキャスターと再契約した。

 聖杯戦争開始二日目にして発生したイレギュラー。

 こればかりは間桐臓硯をもってしても埒外の事柄だったに違いない。

 キャスターの力により雁夜と桜の体内に巣食っていた刻印蟲は綺麗さっぱり取り除かれた。二人は間桐臓硯から解放されたのだ。

 

(これは。ああ。キャスターのやつ、使ったのか)

 

 水晶に映し出されている戦闘は丁度キャスターが対石化の魔眼用の礼装を使っている場面だった。

 雁夜には今一その凄さというのは分かり辛いのだが、キャスターの作り出した礼装は暗示の魔術一つからも守る力はないが、こと石化に対する防御だけは完璧だ。雁夜にも護身用ということで一つ渡されている。

 キャスターのクラス別技能、道具作成。これのランクAスキルを保有するキャスターは疑似的な不死の薬すら作れるのだ。石化の魔眼を防ぐためだけの礼装を作ることなど朝飯前である。

 これが情報力の差。

 聖杯戦争でサーヴァントが真名を隠す理由がここにある。キャスターは既にライダーの石化の魔眼ともう一つの奥の手、更にはランサーの因果逆転の槍にまで対策をたてているのだ。

 

「いいぞ。このまま押し切れキャスター」

 

 ライダーを倒せば、今度はセイバーとキャスターの二人掛かりでアサシンを相手どれる。

 今でさえ互角のセイバーとアサシン。そこにキャスターが参戦すれば勝利は確実のものとなるだろう。

 そしてアサシンとライダーが消えれば残るは時臣のアーチャーとランサーのみ。

 万が一にもランサーのマスターと時臣が手を組まないうちに打って出て先にランサーを殺す。

 総てが終わった最後に――――万全をもって遠坂時臣を殺し、聖杯を手に凱旋するのだ。

 

「桜ちゃん。一緒に帰ろう、葵さんと凛ちゃんの待つ場所へ。もう君は泣く必要なんてないんだ」

 

 雁夜は安心して寝入っている桜の頬へ右手を伸ばす。

 

「……?」

 

 そこで違和感を覚えた。右手を伸ばしているはずなのに右手が伸びない。それに辺り一面にぶちまけられた赤い絵の具はなんだというのか。

 雁夜は左手を右手に伸ばした。だがおかしなことに左手は右手に触れぬまま空を切る。 

 不思議に思い雁夜は右手の付け根を見て――――そこにあるべき『右手』がないことに漸くになって気付いた。

 

「あ、があぁああああああああああああああああああああああーーーーー!!!!」

 

 久しく忘れていた血管が抉られる痛み。血のアーチを描きながら右腕の切断面を抑え転げまわった。

 訳が分からない。ついさっきまで自分は絶対的な安心感の中にあったというのに。これはどういうことなのか。

 

「あが、があああううぅぅうああああああううあうああああああーーーーっ!」

 

 地獄の釡に焼かれる激痛に苦しみながら雁夜は一人の男を見た。

 黒いコートに黒い髪。なにより何の光も宿さない目をした一人の男を。男は血濡れのナイフと間桐雁夜の右手をもって佇んでいた。

 そう。キャスターの令呪が宿る右腕を。

 男は雁夜の首を掴んで床に叩き伏せると言った。

 

「倫敦へ渡った遠坂葵と遠坂凛、二人は僕の協力者が人質として抑えている。僕の命令一つで命は思うが儘だ。それにそこの間桐桜、彼女も同様だ。今僕が三人を殺すことがどれだけ簡単か……」

 

「ッ」

 

 突然の痛みと出来事で何が起きているのか分からないが、遠坂葵と遠坂凛、そして桜がこの男に命を握られているということだけは分かった。

 

「キャスターの令呪、マスター権を僕へ移譲しろ。そうすれば三人は殺さないでやる。考える時間はない。今すぐ答えを出せ」

 

「わ、分かった! なんでもいい……! なんでもいいから、その三人には手を出さないで」

 

「OKだ」

 

 雁夜の首元に手刀が叩き込まれる。それで雁夜の意識は闇に沈んでいった。

 

 

 

 固有時制御による体内時間の停滞。それにより自分という気配を最大限にまで減少させた切嗣はキャスターの神殿へ忍び込むという偉業を達成していた。

 尤もこの成果にはアイリスフィールの残したヒントによりキャスターの真名を掴めたのが大きい。

 アイリスフィールはキャスターの手に堕ちたがアインツベルンのバックアップは健在だ。それを使いコルキスの魔女メディアに関する情報を出来るだけ集めさせていたのだ。

 そして得た知識をもとにして切嗣は最小限の効率で神殿への侵入作戦を行えたのである。

 切嗣の手には間桐雁夜の右腕、もっといえばキャスターの令呪があった。

 この作戦にとって最大の難関がキャスターの令呪を奪うことだった。切嗣には宿敵・言峰綺礼ほど霊媒治療が上手くはない。というより『切って』『嗣なぐ』という起源をもつ切嗣にとって治癒魔術などは門外漢も門外漢だ。だからこそ首尾よく令呪を奪えるかは一種の賭けだった。

 しかしその賭けの成功率を格段に上げたのがキャスターのマスターが間桐雁夜であるという情報である。

 切嗣は事前に参加するマスターの過去の経歴や戦う理由などを調べていた。無論、それを利用するために。だから雁夜が遠坂葵に複雑な想いを抱いていることも調べがついていた。

 最初に右腕を切断して痛みと右腕を失う『喪失感』で冷静な思考回路を麻痺してやれば、例えブラフの人質でも信じ込ませるのは容易だ。一流の戦士でも一流の魔術師でもない雁夜には『右腕の切断』という異常事態にあっても冷静さを保つことなどはできはしないだろうから。

 切嗣の計画は成就した。 

 キャスターは搦め手に特化したサーヴァント。幻惑などの魔術で自分の変わり身を用意するのは難しい事ではないだろう。正面から切りかかるのは得策とはいえない。

 セイバーがキャスターに奪われたという普通のマスターなら戦意を砕かれてもおかしくない劣勢。だが切嗣はそれを持ち前の鉄の意志と機転により好機へと逆転させた。

 最優のサーヴァントを得たキャスターは油断した。もっといえば衛宮切嗣から目を離した。

 間桐雁夜もそれは同じ。雁夜が警戒していたのは遠坂時臣のみで、サーヴァントを失って尚暗躍する切嗣には目も留めなかった。

 その隙を切嗣は決して見逃さない。四騎のサーヴァントが集ったこの状況すら切嗣の計算通りだ。

 

「キャスターよ、令呪をもって命じる」

 

 素早く切嗣は雁夜から奪い取った令呪に魔力を込める。

 刻まれた令呪は三画。それならばどうするかも既に考えてあった。

 

「この場所に出現せよ。ただし僕に対してあらゆる害となる行動をとることを禁ずる」

 

 令呪が光り、効果が現れる。

 ライダーと戦っていたはずのキャスターが切嗣の前に出現したのだ。しかし右腕が切断されている。恐らくはセイバーがやったのだろう。ならセイバーもそろそろここに来るはずだ。

 

「くっ……貴方は……まさか、マスター……そんな」

 

 キャスターが呪い殺すような憎悪の視線を向けた。それは例えではなくキャスターなら本当に視線だけで呪い殺すこともできただろう。

 だがそれは出来ない。キャスターは切嗣に害となるあらゆる行動を禁じられているのだ。

 それでもキャスターが何かしないとも限らない。切嗣は素早く次の絶対命令を下す。

 

「重ねて令呪にて命じる。キャスターよ、セイバーのマスター権を衛宮切嗣へと移譲せよ。またその際に溜めこんだ魔力を限界までセイバーへと供給しろ」

 

「遅くなりました、マスター」

 

 丁度セイバーが境内に入ってきて、切断したキャスターの右腕を切嗣に投げ渡してくる。

 キャスターは本人の意志とは関係なく魔術の詠唱をする。すると嘗て切嗣の手の甲にあり今はキャスターの手にある令呪。それが再び切嗣のもとに戻った。

 セイバーとの間に繋がるライン。これで元通り。衛宮切嗣はマスターに返り咲いた。

 

「……あは、あはははは。そういうこと。生かさず殺さずに魔力を奪っていたのに人が死んだのは……全部あなたが糸を引いていたわけね。神父もあなたが殺したの。はははは、他のサーヴァントに寺を攻めさせるために。セイバー、貴女は……どうして……聖杯が欲しければこんな貴女を道具としか扱わないマスターなんて」

 

「聖杯は欲しい。だが私もサーヴァントとしてそう安々と"マスター"を裏切ることはできない。第一キャスター、私がお前のことを信用すると思っているのか?」

 

 それが答え。最初からセイバーはキャスターのことを信用などしていなかった。

 セイバーに聖杯を譲るという契約――――しかし強者は弱者との約束を一方的に破ることができる。令呪という力をもつキャスターは、セイバーをいつ裏切っても不思議ではなかったのだ。

 だからセイバーがキャスターに剣を預けるはずがなかった。

 切嗣は最後の令呪に魔力を込める。最後の処理を行うために。

 

「最後の令呪をもって命じる。自害しろ、キャスター」

 

 それで終わり。キャスターは自らの魔術で自らの心臓を破壊した。

 だが何を思ったのかキャスターは自らが消失する直前、神代の言葉を紡いだ。

 その一言で魔術が完成する。キャスターの末期の魔術は間桐雁夜の体を包み込むと、いずこかへと消失させた。 

 

「マスター……どうか」

 

 血濡れの顔で一瞬だけ笑い、最後に憎しみを切嗣へ向けて――――裏切りの魔女メディアはあっさりと消滅した。

 

「なるほど。令呪を失いマスターではなくなった間桐雁夜は僕の脅威たりえない。それを逃がすための魔術なら令呪の縛りから逃れられるか」

 

 どうしてキャスターがマスターを逃がすために力を使ったのかは分からない。切嗣にとってはどうでも良い事だ。

 

「見事な手際でした、マスター」

 

 切嗣の隣に白銀の騎士が言う。

 あの時。キャスターがセイバーを奪った時……切嗣は逃げる前にあることをしていた。

 キャスターの魔弾にワザと腕をかすらせ出血し、初歩的魔術でその血を操り腕に文字を描いたのだ。

 ただ一言『トロイの木馬』と。セイバーにはそれだけで十分だったようだ。切嗣の意図を察し、こうしてキャスターにわざと従うふりをしていた。しかも土壇場になってキャスターが令呪でセイバーを操らないように隙を見て右腕を切断させるまでやってのけた。

 切嗣とセイバーが仲が良いとは言えない関係だったのも幸いしたのだろう。キャスターはあっさりとセイバーを信じてくれた。

 一時の不利も蓋をあければこの通り。セイバーは一度として宝具を晒すことはなく、切嗣は無傷、キャスターは脱落、アサシンの秘剣の情報も掴んだと全て切嗣有利に運んだ。

 それに、

 

(これは間桐桜か。たしか遠坂時臣が間桐に養子に出した旧名は遠坂桜。……対遠坂時臣に使えるな)

 

 間桐桜という遠坂時臣という強敵を殺すための餌を手に入れることもできたのだ。

 もはや自分を外道だと自嘲することもない。自分の行動がエゴだというのは当に知っているし、今更どのような誹謗中傷をもってしても切嗣の心が揺らぐことはない。

 切嗣は鉄の心のままにあらゆる犠牲を良しとして聖杯を掴むだろう。

 その時、セイバーが警鐘を鳴らす。

 

「マスター、敵です」

 

 簡潔にセイバーが言う。セイバーが睨む方向、敵の気配がある。

 切嗣が見るに数は二人。ライダーとそのマスターといったところか。自然な動作で切嗣は二人の隠れる場所に発砲する。

 すると「ひっ」と小さな悲鳴をあげて少年というべき者と妖艶な女が姿を見せた。

 女の方はサーヴァントだろう。それに少年の方は情報にあったウェイバー・ベルベットで間違いない。

 

「お、お前がセイバーのマスターなのかよ。でもなんでキャスターの令呪でキャスターを自害させるなんて」

 

 ウェイバーがしどろもどろに言う。

 様子からして切嗣がキャスターを自害させる場面から見ていたのだろう。

 

「マスター、後ろに。ライダーは私が相手をします」

 

「ああ。任せた」

 

 コクリと頷きセイバーに交戦許可を出す。キャスターへと命じた令呪によりセイバーの魔力は万全。一時とはいえ完全に生前の力を取り戻している。今のセイバーの魔力なら奥の手の宝具を二発は撃てる。

 それにここなら魔術の隠蔽に気を遣う必要もなく派手なこともできるというものだ。だが、

 

「ウェイバー! 彼等は危険です。一旦退却します」

 

 ライダーは切嗣とセイバーになにかよくないものを感じ取ったのか自分の首に短剣を突き刺した。

 

「!」

 

 自分で自分の首を刺すという異常な行動。セイバーが後ろへと跳躍する。

 その瞬間、辺りに目を覆うような突風がたちこめた。それは柳洞寺の柱や瓦を吹き飛ばしながら上昇していき。

 

「―――――」

 

 次に目を開けた時にはライダーとそのマスターは忽然と姿を消していた。

 

「逃げられたか」

 

 柳洞寺に空いた空洞を見つめながら言った。

 

「申し訳ありません。……ですが、それよりもアイリスフィールを助け出しましょう。幸いキャスターのサーヴァントだったので、キャスターがアイリスフィールを幽閉した場所は知っています。ご安心を。アイリスフィールはまだ生きている」

 

 そうか、とも言わずに切嗣はセイバーに続いて歩いた。

 しかし二人がアイリスフィールのいる場所に辿り着くよりも前に、二人はアイリスフィールの姿を目撃することになった。

 アサシンに背負われ連れ去られているのを見る、という形によって。

 

「追います!」

 

 即座に判断したセイバーがアサシンを追走する。が、アサシンはセイバーを見やるとニヤリと笑い、そのまま忽然と消失してしまった。アイリスフィール諸共に。

 知っている。この現象は令呪による空間転移。アサシンの令呪は既に二度使用されている。まさか三度目の令呪をただ逃げる為だけに使ったというのか。

 唯一つだけ分かる事がある。

 アイリスフィールはまたしても敵の手に堕ちたということだ。


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