Fate/reverse alternative   作:アンドリュースプーン

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第20話  熾烈なる八日目、その始まり

 聖杯戦争の一週間目である七日目は不気味なほど静かに何事もなく終わり、戦いは八日目に突入する。

 ウェイバーがサーヴァント・ライダーを召喚してから八日目。今日もお世話になってるマッケンジー邸の台所を預かるマーサの朝食に舌つづみをうっていた。

 やはり美味しい。イギリス人であるウェイバーも……もといイギリス人だからか、ウェイバーには朝食が倍は美味しく感じた。

 よもやこの夫妻が日本に定住してしまったのもこの辺りが理由なのでは? と邪推してしまう。

 

「――――――」

 

 そして横で粛々と朝食の席を共にしているのはライダー。

 ライダーの言い訳とマッケンジー夫妻の壮絶なる勘違いにより、何故かライダーはウェイバーの彼女ということになってしまっている。それで無駄に気を利かせた夫妻が冬木市にいる間はうちに滞在してはどうか、などと要らぬ節介をやいてしまったのだ。

 勿論ウェイバーは断った。なんなら再び暗示をかけ直すことも辞さない算段で断った。

 しかしライダーの「暗示の魔術を連続で使うのは神秘の隠匿という意味で問題なのでは?」という諫言と、今後ライダーの姿が目撃する度に言い訳や暗示をかけることの憂鬱さ、食料摂取が微々たるものとはいえ魔力供給に役立つことなどから渋々と首を縦に振るうことにした。 

 正直、魔術師のウェイバーとしては人間を超えた神秘の塊のサーヴァントを一般人の目に堂々と晒す方が問題のような気はしたが、そこは意外に口も達者なライダーならなんとかなるだろう。

 

(うぅ……眠いなぁ)

 

 朝食に舌つづみをうちつつも眠気は収まってくれない。目を擦りながら白米を口に運んでいく。

 これでも論文を書いたりで徹夜などは慣れているのだが、最近は妙な夢ばかり見るせいで眠っても寝た気がしない。

 心当たりはないのだが、寝ると必ず【自主規制】な夢を見てしまうのだ。夢の内容な内容なだけにライダーにも誰にも相談できない。自分はこんなに低俗な人間なのかと少年ウェイバー、密かに絶望中である。

 この一連の淫夢が実はライダーがこっそり自分に吸精していたことが原因だったと知るのは先の話だ。

 ウェイバーとライダーが静かに朝食を食べていると、なにかに気付いたグレン・マッケンジーが話しかけてくる。

 

「なぁウェイバー、マーサはどこだい? 姿が見えないようだが」

 

 キョロキョロとリビングを見渡すグレン・マッケンジー。

 しかし彼の妻であるマーサの姿はどこのも見当たらない。ウェイバーはぼーっとしながらも口を開き、

 

「おばさんなら、さっき新聞を取りに行くって玄関に……あれ?」

 

 そこで違和感に気付いた。

 マーサが新聞を玄関にとりにいったのは三分前だ。三分も前なのである。

 自宅の玄関から新聞をもってくる、それだけに三分も要するというのか?

 グレンの方も同じ疑問を抱いたのだろう。よっこらせと立ち上がる。

 

「ちょっと様子を見て来るよ」

 

 妻の名を呼びながら玄関へいくグレンの背中を見送る。

 しかし朝食を口に運ぶ気にはなれなかった。じっと玄関の方を見つめ続ける。すると暫くしてグレンの叫びが木霊した。

 

「まっ、マーサ!! おいマーサ!! しっかりしろ!!」

 

 慌てたようなグレンの声。

 ウェイバーは弾かれたように立ち上がった。朝食を食べても消えなかった眠気が纏めて吹っ飛ぶ。

 

「ライダー!」

 

「はい」

 

 ライダーを伴いウェイバーは玄関へと走り――――そこで血相を変えて妻の名を連呼するグレンと、意識を失い倒れるマーサの姿を見た。

 

「おじさん、救急車を!」

 

 考えるより先に声が出た。

 ウェイバーに言われたグレンは「どうして今までそんな事に気付かなかったのか」と言わんべき表情で電話機のあるリビングまで駆けだした。

 

「マーサのことを見ててくれ。私は救急車を……マーサ、なんで突然……」

 

 グレンが蒼白になってウェイバーに言う。

 突然、余りにも突然だった。

 マーサは昨日まではなんともなさそうにしていたし、今日だって普通に朝食を作っていた。なにか病気を隠していたとか、そんな様子は見られなかった。

 人間なんてそんなもの。いつ思いもよらぬ病魔に屈するか分からない、といわれればそうなのだろうが。

 

「……ウェイバー、マーサのこの症状。これはただの病などではありません」

 

 病魔の可能性を人ならざるライダーは否定した。

 

「病気じゃないなら、なんだっていうんだよ」

 

「魂喰いです」

 

「――――――!」

 

 あっさりとしたライダーの発言は的確に真実を貫いていた。

 マーサはただ倒れているのではない。命そのものを何者かに奪い取られ、そのせいで意識を保っているだけの力がなくなり倒れたのだ。

 ウェイバーもそういうことがあるということは知っている。

 サーヴァントとは霊体。信仰により精霊の座に至っているとはいえ英霊とは人間霊である。

 自然霊が自然から魔力を供給するのが最も効率が良いように、サーヴァントは人間から魔力を供給するのが手っ取り早い。

 それ故に力なきマスターはサーヴァントの力を高めるために人間を襲う。その人間の命を奪い、魔力を得るために。

 

「治せるのか?」

 

 恐る恐るウェイバーは訊く。

 サーヴァントによる魂喰い、現代の科学が魔術を追い抜いている節はあるとはいえ――――神秘になされた事象を現代医学で癒せるとは考えられない。

 そして認めたくはないがウェイバーの魔術の技量は一流とはいえない。命を喰われた人間の命を戻す術などウェイバーにはないのだ。

 

「もしも限界まで命を奪われていたら、もう手遅れでしたが……マーサは限界まで命を奪われてはいません。これならゆっくり休めば三日ほどで命を自然回復できるでしょう」

 

「そ、そっか」

 

 ほっと一息つく。だが直ぐにそんな自分に嫌気が差した。

 

(なに安心してるんだよ僕は……。僕は魔術師なのに、こんなことで慌てたり利用してるだけの一般人が倒れて、無事だって分かって安心したり……)

 

 家柄も名声も何もないウェイバーは時計塔で自己を保つために、誰よりも魔術師であらんとしていた。自分の才を時計塔に認めさせ、魔術師として大成することを夢見ていた。

 しかしこうも簡単に自分の中の『魔術師』はボロが出る。

 言葉にできない人間としての感情、それが熱く滾っている。これをやった者に怒りを覚えている。

 ぶんぶんと頭を振るう。努めて気を取り直してライダーに言った。

 

「おばさんがサーヴァントにやられたってことは、もう僕達の居場所は敵に知られたってことだよな。なら今すぐ離れないと」

 

「いえ、そうではないでしょう。この魂喰い、直接やったにしてはどうにも荒い。なによりもしサーヴァントが近付いてきたのなら私が気付かないはずがない。アサシンのクラスならば或いはといったところですが、この場に残るものは私と同郷の者の気配。アサシンが佐々木小次郎という侍ならこんな残滓を残すはずがない」

 

「お前と、同郷って。ギリシャ神話の――――」

 

「確証はありませんが、似たようなものは感じます」

 

「そうか」

 

 連日に渡る調査の成果というべきか、ウェイバーはアーチャー、ランサー、アサシンの姿は目撃している。アサシンとランサーは使い魔を通して。アーチャーはライダーとの視界共有で。

 そして聖杯戦争に参加したサーヴァントで直接その場におらずとも人間から魂喰いできるようなサーヴァントはキャスターのみ。

 バーサーカーは狂ってるので論外。セイバーは剣士で、ライダーは自分のサーヴァントだ。

 もしもイレギュラークラスがおらず正常なラインナップで第四次が行われているのなら、これはキャスターのサーヴァントでしかありえない。

 

「行くぞ、ライダー」

 

「行くって、何処へです?」

 

「キャスターのところだよ。……いつまでも穴熊ってわけにもいかないだろ。キャスターは一番狡賢い奴なんだし、早めに倒しておかないとな。それに最弱のキャスターならお前で簡単に倒せるだろ」

 

「素直じゃないですね、ウェイバー」

 

 薄く笑ったライダーを無視する。

 しかしウェイバーは気付かなかったがその耳は真っ赤になっていた。

 

 

 

 とはいえキャスターを倒しに行くと意気込んでも当のキャスターの居場所が分かりませんでは話にならない。

 そのためウェイバーはリュックサックを背負いキャスターの居場所を突き止めるため冬木市中を練り歩き調査をしていた。

 

(……なんだか僕、この聖杯戦争で調査しかしてない気がする)

 

 そんな考えが脳裏を過ぎったがスルーした。

 調査とて大切な作業だ。情報戦を制する者こそが世界を制するのだ、と気紛れに見たB級映画の主人公の台詞を思い出し堪える。

 

「やっぱりだ。この冬木市の霊脈を辿っていくと全部が円蔵山に辿り着く。あそこがこの冬木市で一番霊格の高い土地なんだ」

 

 二時間半余りの散策でその答えに辿り着いたウェイバーが円蔵山――――柳洞寺のあるお山を睨む。

 

「……霊脈? キャスターの居場所を探しているのではなかったのですか?」

 

 霊体化したライダーが尋ねる。

 

「おばさんが倒れた時は気付かなかったけど、おばさんが倒れる前から冬木市でガス漏れ事故が多発してた。つまりキャスターは冬木市中から魔力を吸い上げてるんだ。ガス漏れ事故に偽装して」

 

「それは分かりますが……ああ、成程。盲点でした」

 

 途中でウェイバーの言わんとしていることを悟りライダーが感嘆の声を漏らす。

 

「いくら魔術師のサーヴァントでも街中から魔力を吸い上げるなんて芸当、出鱈目な専用の宝具でもない限り無理だ。でもこの街の霊脈の中心の円蔵山からなら街中から魂喰いするなんてこともできる」

 

 霊脈の中心は謂わば蜘蛛の糸の中心。中心からならば端に掛かった獲物を手繰り寄せるのは難しいことではない。それがキャスターのサーヴァントなら猶更だ。

 

「……ウェイバー、意外に凄いんですね」

 

「馬鹿にするな。こんなこと僕じゃない誰にだって出来る。作戦としては下の下だ! 僕はもっとこう……誰にも出来ないような魔術でもっとスマートにやりたいんだ」

 

 拗ねたように反論しながらも取り敢えず敵の居場所は定まった。

 敵はキャスター。搦め手ならば厄介だが直接戦闘においては最弱のクラス。

 直接戦闘では三騎士には劣るライダーだが、その魔眼と宝具は聖杯戦争に参加したサーヴァントでも随一だろう。最弱のクラスに負ける道理はない。

 

「よっし。早速今日の夜に柳洞寺に行くぞ。それでキャスターを倒して――――」

 

 威勢よくウェイバーは宣言しようとする。だが、

 

「やめておけ。あれはもはやお前達だけの手には余る魔境と化している。迂闊に飛び込めば飛んで火にいる蟲となろう」

 

 人間にしては優美すぎる声に驚き、ウェイバーと即座に実体化したライダーが振り向く。

 二人の敵意ある視線を受けても動じないでいる男は……やはりサーヴァントだった。

 群青色の陣羽織、背にある五尺余りの物干し竿。

 このサーヴァントをウェイバーは知っている。使い魔越しだが確かにウェイバーは見た。

 

「アサシン、佐々木小次郎……?」

 

「私を知るか。それならば話が早い」

 

 アサシンが一歩近づく。

 一歩。それだけなのに膝が踊りだしそうになる。これがサーヴァント。ライダーのような味方ではなく、自分の敵対者であり自分に殺意をもつ英霊という規格外。

 逃げ出したくなる衝動を必死に堪えウェイバーは吼える。

 

「ふ、ふん! この辺りには人気がないけど今はまだ昼だ! さささサーヴァント同士で戦うのは夜になってからだろ!」

 

 どもりながら、だが。

 

「ウェイバー、下がって下さい。このアサシン、掴みどころがない」

 

 慎重に距離をとりながらライダーはアサシンの様子を伺う。

 ライダーの手には鎖つきの短剣。もしアサシンが妙な動きをすれば即座にその短剣を投擲するだろう。

 しかしアサシンはその短剣を見てもやはり緊張感の欠片もなく受け流すだけだ。

 

「武器を納めろ。私とて今お前達と戦う気は毛頭ない。ふむ、直感だがライダーのサーヴァント、といったあたりかな?」

 

「………!」

 

 なんてサーヴァントだ。ただの勘でライダーのクラスをピタリと当ててしまった。

 

「ははははははっ。ライダーのマスター、心の声が顔に出るようでは修行が足りぬぞ? 私が忠言するのも妙な話しであるが……フム。ああ、分かっているとも。淫靡でありながらも天女のような清廉さをもった華を見たのだ。男子ならば心の一つも奪われるだろうに。いや貴様には分からんのだったか」

 

 アサシンが誰もいない虚空に話しかけている。恐らく自分のマスターとラインを通して会話しているのだろう。

 

「さて。ライダーとそのマスターよ。我がマスターが五月蠅いのでな。早速だが用件を言おうか。ああ、そんなに構えずとも良い。私にはほらこの通り、お前達と刀を交えるつもりはないのだから」

 

 両手を広げ自分に敵意がないことをアピールする。

 しかし敵の言う事を素直に信じるほどウェイバーもライダーもお気楽ではないので警戒は緩めない。

 

「柳洞寺に攻めると言ったが、それはお前達だけでは無理だ。諦めた方が良い」

 

「な、なんで断言するんだよ! そりゃキャスターなんだから凄い工房を作ってることは分かるけど、こっちだってサーヴァント……しかもライダーだ。負けるなんて断言される覚えは」

 

「相手がキャスターのみならばそうやもしれん。しかし敵にセイバーが加わるとなれば? そこのライダーのみでセイバーとキャスターの二体を相手取れるのかな」

 

「せ、セイバーだって!?」

 

「左様。我がマスターによれば、セイバーとキャスターは手を結んだようでな。柳洞寺の山門はセイバーが守護している。セイバー一人ならば真っ先に赴きたいところなのだが、その背後に魔術師がいるとなればおいそれと攻めるに攻められん」

 

 事の重大さがウェイバーにも一瞬で理解できた。

 セイバーとキャスター。白兵に特化したサーヴァントと搦め手に特化したサーヴァントの同盟、これ以上に極悪な組み合わせはない。

 

「……待てよ。お前さっき僕達だけじゃ無理って言ったよな。もしかして」

 

「話が早くて助かる。私はお前達に共闘を申込みにきたのだ」


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