Fate/reverse alternative 作:アンドリュースプーン
セイバーの召喚から一時間後。切嗣は冬木市を練り歩いての情報収集から取り敢えずの拠点である衛宮邸へと帰還していた。
切嗣が見た限り、やはり序盤はどのマスターも様子見に徹しているようで目立った動きは見られない。
だがこの衛宮邸に使い魔による監視の目がなかったので切嗣の策略の一つは成功したとみるべきだろう。逆に既に所在が他多くのマスターに知られている遠坂・間桐の邸宅には複数の使い魔が監視をしていた。切嗣は仮の自室とした洋室で今夜収集した情報と事前に得た情報を見比べる。
一年で急造したマスターを駆り出してきた間桐は兎も角、御三家の一角である遠坂はアインツベルンがそうだったように必勝の準備を整えて第四次に臨んでいるはずだ。
最大限に注意を払うべきだろう。
そんな時、部屋のドアが開きアイリスフィールが入ってくる。手には湯呑の載った盆をもっていた。
「そんなに根を詰めたら体に毒よ」
アイリスフィールが湯呑を机に置く。どうやら自分の身を気遣ってお茶をもってきたのだろう。
切嗣は「ありがとう」とお茶を飲もうとして、
「……これは、珈琲?」
口を満たすこの苦みは明らかにお茶ではなく珈琲のもの。
湯呑に茶碗。日本人であっても日本で生活した事は殆どない切嗣が偉そうなことを言えた義理ではないが、湯呑に珈琲というのはアリなのだろうか。
「もしかしていけなかったかしら。舞弥さんがこの国ではそういうグラスを使うんだって教えてくれたから」
「………………」
アイリスフィールのことだ。本当に湯呑に珈琲を淹れることが変だと思っていないのだろう。
彼女は聖杯の器としてこれまでの生涯をずっとアインツベルンの冬の城で過ごしてきた。切嗣が外の世界のことなどを教えたといっても、流石に湯呑とグラスの違いまでは教えていない。
切嗣はそのことを教えようかと考えたが止める。
湯呑だろうとグラスだろうと要は中に十分な量の水分が入ればいいのだ。そのような文化や伝統や作法はどうでもいい。
そんな下らないことを追及してアイリスフィールの好意を無碍にするのも愚かなことだし、教えたところでアイリスフィールの寿命はあと一か月もないのだ。
彼女は聖杯の器として造られたホムンクルス。この聖杯戦争が終わったその時、彼女は用済みとなって死ぬ。このことはアイリスフィール自身も納得している。納得して、この戦いに切嗣と共に臨んでいるのだ。
「いや、ありがとう。丁度体が水分の摂取を必要としていたところだ。珈琲に含まれるカフェインには眠気や疲労感を取り除き、思考力や集中力を増す効果があるからね」
「珈琲にそんなに効果があるだなんて知らなかったわ。切嗣は私の知らないことを沢山知ってるのね」
申し訳程度にアイリスフィールに微笑み、再び視線を集めた情報を纏めた資料に移す。そこには各マスターの顔写真や経歴などがあり、随所に切嗣自身が追加した書き込みがあった。
しかしここにある資料は切嗣を除き全部で五。聖杯戦争に参加するマスターは合計七人。未だここには一人分の名前がない。
「切嗣。この人は誰、アインツベルンの城で情報整理してた頃にはいなかった魔術師だけど。彼が五人目のマスターなの?」
アイリスフィールが指さしたのは『ウェイバー・ベルベット』という青年……否、見た目と年齢からすれば『少年』とするに相応強い魔術師の資料だった。
「まだ確定情報じゃあないけどね。ただこいつが時計塔で英霊の聖遺物のようなものはないか、と時計塔の同期に聞きまわっていたという話は掴んだ」
「といってもこいつが自分の魔術の研究目的で英雄の聖遺物を探していたという可能性もあるけど、こいつがイギリスから日本便の飛行機に搭乗したという情報もある。まだ100%じゃないだけで十中八九こいつが五人目だろう」
「手ごわい相手なの?」
「いいや。データによれば魔術師としての技量は精々三流。本人もなにか武功をあげたという功績は皆無。もし前情報通りなら大した相手じゃないよ」
しかし表向きの情報とは裏腹にウェイバー・ベルベットに秘められている実力がある、という可能性も有り得なくはない。
なのでウェイバーの警戒度を遠坂などの下にはおきはしても、切嗣は全くこの三流魔術師に油断をしてはいなかった。
魔術師を殺すのに一流の魔術師である必要はない。そのことは誰よりも衛宮切嗣が知っている。
(残りのマスターについては現状では後回しにする他ない。もしマスターになるのに相応しい奴が現れなければ聖杯が勝手に『聖杯戦争に参加する意思もないただマスターとしての素養があるだけの者』を選定するだろう)
そしてそういった穴埋め用のマスターは過去の聖杯戦争の例を見ても最後まで生き残れた試はない。必ず序盤で敗退している。
至極当然のことだ。穴埋め用のマスターとは言うなれば戦争に巻き込まれた民間人のようなもの。
戦争という非日常の中にあって、日常に住まう一般人は悲しいまでに無力だ。
(それに……)
切嗣にはもう一つ気になる情報があった。
アイリスフィールに視線を向け口を開く。
「アイリ、僕がセイバーを召喚して直ぐに脱落したサーヴァントが君に取り込まれた。間違いないね?」
「ええ。私はまだ未完成だけど聖杯の器ですもの。なんのクラスのどのサーヴァントが取り込まれたかは分からないけどサーヴァントが一体脱落したのは確実よ」
「そうか」
アイリスフィールは人間の形をした聖杯だ。だがその聖杯は器だけで中身がない。そしてサーヴァントとは聖杯の贄にして中身である。
聖杯戦争とは万能の釡を巡って聖杯に相応しい一組を選定するための儀式……というのは表向きの理由で、その真の目的は英霊の魂というエネルギーを集めその魂を聖杯にくべることで聖杯を満たすことだ。
アイリスフィールの用意してくれた湯呑に例えるのなら、アイリスフィールが湯呑で英霊の魂が珈琲のようなものである。
そのためアイリスフィールはサーヴァントが死亡し脱落した時、その魂を自動的に自身の胎内(器)に取り込む。もっとも英雄の魂は高純度のエネルギーの塊。英霊の魂を取り込む度にアイリスフィールは人間としての機能を削ぎ落とし『聖杯』として機能していくことになる。つまりは人間として死んでいくと言う事だ。真綿で首を絞められるようにジワジワと。
「問題は誰の、どのサーヴァントが脱落したかだ。最も可能性として高いのは外来のマスターで魔術師としての技量も低いウェイバー・ベルベットだが」
まだ情報が少なすぎる。推理はできるが証明することは不可能だ。
切嗣は脱落者については一旦置いておくことにする。今気にするべきなのは残っているマスターとサーヴァントだ。脱落者に構っている時間などない。
「ところで切嗣……セイバーとは話さなくていいの」
「セイバー?」
「そうよ。だってあなた、セイバーを召喚してから一言も口を聞いていないじゃない。今後のためにもある程度はお互いで話した方がいいんじゃないかしら」
「必要ないよ」
切嗣は無情にアイリスフィールの提案を斬って捨てた。
「ステータスは既にマスターとしての権限で見ているし、セイバーの宝具を含めた『性能』については舞弥とアイリ、君達から聞いている。今更そのことについてセイバーの口から説明を受ける必要性は皆無だ」
セイバーのステータスに不満はない。
基本ステータスは幸運を除いて全てがAランク相当。更には必殺の対城宝具まで持っている。これだけの性能があれば大抵のサーヴァントは一方的に駆逐できるだろう。
「それに僕は道具と話す趣味はない」
サーヴァントとは戦うための道具だ。そこに人間と人間としての交流などいらないというのが切嗣の考え方だった。
マスターは聖杯を得るためにサーヴァントを利用し、サーヴァントもまた聖杯を掴むためにマスターを利用する。
相互利用。衛宮切嗣とセイバーの関係はそんな四字熟語がピタリと当て嵌まる。
(それよりも問題なのは……触媒として利用したアヴァロン。聖剣の鞘をどうするかだ)
アーサー・ペンドラゴンを召喚するための聖遺物、アヴァロンは所有者に回復・老化の停滞の恩恵を与える最上位の概念武装。
これをセイバーに返せば、元々強力なスペックを更に引き上げることも出来るだろう。そして所有者でなくともアイリスフィールに持たせればそれなりに寿命を伸ばすことにも繋がる。
(いや)
二つの考えをどちらとも切嗣は却下した。
アヴァロンなどなくともセイバーには強力な自己治癒能力が備わっている。最強のカードをこれ以上、強化しても大した変化はない。
アイリスフィールに渡すというのは論外だ。重要なのはアイリスフィールではなくアイリスフィールの胎内――――聖杯の器。極端な話をすれば、アイリスフィールが死のうと聖杯さえ無事ならばそれでいいのだ。そんなアイリスフィールにアヴァロンを渡す戦略的意味は殆どない。精々サーヴァント脱落を察知するレーダーとして使えるということくらいか。
それならばセイバーにもアイリスフィールにも渡さず衛宮切嗣が自分で使った方が効率が良い。
死んでもいいアイリスフィールよりも。元から死ににくいセイバーよりも。聖杯を掴み恒久平和を為し得るまでは絶対に死んではいけない切嗣の生存可能性を底上げするのが最も賢い選択だ。
(我ながら……下衆な考えをしている)
アイリスフィールがこんな自分の内面を知れば軽蔑するだろうか? それとも怒るだろうか?
だがこれでいい。衛宮切嗣が聖杯を掴み恒久的世界平和を願えば60億の命が救われる。60億の命と妻一人の命。どちらに天秤が傾くかなど考えるまでもない。
思考回路が冷え切っているのが分かる。アインツベルンの城で得た暖かい風はもう心に吹いていない。切嗣の凍りついてしまっている。固く固く、その鉄の心は聖杯を掴むまで壊れることはない。
そんな切嗣の感情を察してか、アイリスフィールはそっと部屋から出て行った。
切嗣の部屋から出たアイリスフィールは廊下を歩くと縁側にセイバーが立っている事に気付く。もしこれが普通のサーヴァントなら霊体化していて姿も見えなかっただろうが、セイバーはとある事情で霊体化が不可能なのでこうして見張りをしている間も確かにその存在感を示している。
恐らくは敵の襲撃がないかどうか見張りをしているのだろう。サーヴァントは魔力供給さえ十分なら食事も睡眠も必要ないのでこういった見張りにはうってつけだ。
切嗣なら「便利な道具だ」という感想しか抱かなかっただろう行為。
しかしアイリスフィールはサーヴァントだからという理由で人間性を度外視し、ただの道具として扱うことを良しとするほど冷酷ではなかったのでセイバーに労いの言葉を言う。
「お疲れ様、セイバー」
「アイリスフィール。マスターの様子はどうでしたか?」
機械的にセイバーが尋ねる。
「元気そうよ、体調の方はね。今は敵マスターの情報を整理してるわ」
「そうですか」
セイバーは簡素に返事をすると再び黙り込む。
「私がこんな事を言うのも筋違いかもしれないけど……セイバーはいいの? 切嗣とは話さないで」
「構いません。マスターがなんの理由もなく行動しているのであれば私も否と言います。ですが舞弥より聞かされたマスターの戦略眼は確かなものだ。私も王としてそれなりの戦は経験してきましたが、この時代での戦いにはマスターに一日の長がある。マスターが私に話しかけないということは話しかける理由がないからでしょう。もし必要があればそうするはずです」
「……………」
なんとなくアイリスフィールにはセイバーが言っていることが理解できた。
つまりセイバーと切嗣は同じなのだ。
切嗣は本人の性質もあるだろうがセイバーと話す必要がないから話しかけようとはしない。セイバーもまた自分のマスターと話す必要がないから話そうとしない。
そしてセイバーは衛宮切嗣の戦略を認めているからこそ、その指示に全面的に従うことを良しとしている。
信頼し背中を預け合う相棒ではなく。一方がもう一方に忠義を捧げる主従でもなく。どこまでも冷淡で事務的に互いの仕事を完遂するだけのビジネスライクな関係。
それが衛宮切嗣とセイバーのペアだった。
自己の感情を排除し効率を優先する。生まれも身分も立場も戦い方もなにもかもが違うが何処となく二人は似ていた。
「そういえばまだ貴女が聖杯にかける望みを聞いてなかったわね」
そんなセイバーが聖杯にどんな望みを抱いているのかが気になりアイリスフィールは尋ねてみた。
「私の願いですか?」
「ええ。貴女はどうしても聖杯が必要と言ってたけど……ちょっと気になったものですから」
どこまでも自分の感情を排しているセイバーが第二の生や受肉という、自分の為の願いを持っているとは考えづらい。となるとセイバーはサーヴァントとなっても自分の為以外に叶えるに値する祈りがあるということなのだ。
「私の願い。それはもしかしたら貴女の夫、マスターにも似たものかもしれません」
セイバーはただ何気なく口を開いただけのつもりだったろう。だが自然とアイリスフィールは緊張しセイバーの言葉を待った。まるで神託を受ける信者のように。
庭に清廉な風が吹く。そしてセイバーは己が胸に抱く祈りを口にした。
「私の願い、それは――――――王の選定をやり直すことです」
ポツリと家の屋根に水滴が落ちる。
それを切欠に滝のような雨が降り注いだ。
雨が降り注いでいた。大粒の雨が死に体の身を叩き、その心までも折ろうとする。
それでも間桐雁夜は走った。理由などない。行く宛などない。ただ意識を覚醒させ魔力切れにより自分が既に敗者となったことを知ると、なにかに背中に押されるように間桐邸を飛び出していた。
桜から向けられるであろう失望の視線に怯えたのか。臓硯から向けられる嘲笑に怯えたのか。それは雁夜自身にも分からない。
「はぁ……はぁ……はぁ」
しかし雁夜の体はこの一年間の無理な鍛錬によりボロボロだ。程なく息が切れ始め、足は走るのではなく歩くという動作をするようになる。
走るのを止めると途端に頭に『自分は脱落した』という動かし難い現実が襲い掛かって来た。
「――――ぁ」
そう。自分は負けたのだ。
桜を葵のもとに帰すと誓っておきながら。一年間の地獄に耐えておきながら。
なにを為すことも出来ずに自分は敗北したのだ。
――――――ふざけるなっ!
こんなのでは終われない。まだ終わってなんてやれない。
だって自分はまだ何も出来ていない。桜を救う事も。時臣に復讐することも。
死ぬのは覚悟していた。元から後一か月も生きられぬ身。死ぬことは恐くない。だがこのまま何も出来ずに無意味に死んでいくのだけは御免だ。
「――――――!」
再び雁夜の両足が力強く動き出す。
全身が軋む。臓硯の手により処置された蟲共が騒ぎ立てる。もしかしたら蟲共は雁夜が死んでしまうのを待っているのかもしれない。死んだ雁夜の肉を内側から喰らうために。
しかしそんなことはさせてやらない。
生き延びてやる。生きて生きて、戦って戦って聖杯を掴んでやる。
理屈ではなく本能が雁夜を突き動かした。そして、
「――――――――」
言葉を失った。
降り注ぐ雨の中、血塗れで倒れている女がいる。左手には歪な形をした虹色の短剣。全身を覆う黒と紫色のローブ。僅かにローブから見える美しい顔立ち。
一目で分かる。この浮世離れした姿形をした女が、こんなにも引き込まれてしまいそうな魔性の美を秘めた女が。この時代の人間である筈がない。
サーヴァントだ。その黒いローブ姿から察するにセイバーなどの三騎士でもライダーやバーサーカーでもない。
十中八九キャスターのサーヴァントだ。それも血濡れで倒れているところを見るとマスターを失ったはぐれサーヴァント。
きぃと雁夜の手に刻まれた令呪が発光する。
マスターとサーヴァントは一蓮托生だ。マスターだけでも勝ち抜くことは出来ないし、サーヴァントだけでも生き残れない。
であればサーヴァントを失ったマスターと、マスターを失ったサーヴァントがすべきことは一つ。
「お前は……はぐれサーヴァントか」
意識があるかも分からないサーヴァントに雁夜は問い掛ける。
するとサーヴァントは力なく弱々しいながらも返答を返してきた。
「ふ、あははは……つくづく運が無いわね。その令呪……まさか契約を切って最初に出会った人間がまさか他のマスターだなんてね……。最弱の身じゃ他のサーヴァントと真っ向勝負なんてできるはずがない。もっとも私に抵抗する力なんて……残ってないけれど」
「契約を切った?」
口振りからするとこのサーヴァントがはぐれサーヴァント……それもキャスターなのは間違いないだろう。しかし敵に襲われマスターを失ったという風にも見えない。
マスター殺し。
クラスという枠に収められているとはいえサーヴァントはマスターよりも遥かに強大な存在だ。人間というのは自分よりも劣る人間の下につくことに少なからず不快感を抱く生き物だ。それは英霊とて例外ではない。事実最初の第一次聖杯戦争は令呪という機能そのものがなかった為、マスターはサーヴァントを御することが出来ず聖杯戦争そのものが有耶無耶になってしまったという。
如何に三度の絶対命令権があるといってもマスターが愚鈍かサーヴァントが狡猾ならば、令呪の存在をどうにかしてマスターを排除することはできる。それが搦め手に長けたキャスターならば猶更だ。
「そうよ。……本当に、どうして聖杯戦争に参加しているのか分からない男だったわ。……人を殺す事を生きがいにしていて、人の体を使った趣味の悪い工芸品を作るのに熱を入れる……そんな腐った男。だから殺してあげたわ。どうやらただ魔術回路があるというだけの聖杯戦争も知らない一般人のようだったから、隙を見てこの短剣を突き刺すのは簡単だったわ」
雁夜は躊躇する。このサーヴァントが自分のマスターを殺めているのは確実だ。
こんなサーヴァントを自分のような男が扱えるのか。
(いや)
何を恐れている間桐雁夜。
聖杯戦争を勝ち抜くにはサーヴァントが必須。自分の前にこんなにも都合よくはぐれサーヴァントが現れるなど二度とはない。
このまま黙して通り過ぎても未来はない。ならばここは命を懸けてでもこのサーヴァントと契約するべきだ。
「おいキャスター、お前は俺を敵のマスターだって思ってるようだけどそうじゃない。俺はお前と同じだよ、自分のサーヴァントをなくした負け犬さ」
「……まさか、あなたは本気なのかしら。私はマスターを殺したのよ。そのサーヴァントと契約するだなんて」
「本気だ。俺はなんとしても聖杯を手に入れなくっちゃいけない理由がある。その為なら魔女とだって契約してやるさ」
「…………………」
キャスターは暫し黙り込む。だがキャスターはコクリと首を縦に動かした。
見れば彼女の体が徐々に透けてきていた。マスターを失い現代に残るための楔を失ったサーヴァントは例え魔力があろうとこの世に留まることが困難になる。
彼女も限界に近いのだろう。後少したてばキャスターのサーヴァントは幻のようにこの世から消失してしまうだろう。
だからこそ彼女が生き延びるには間桐雁夜の手をとるしかないのだ。
「いいわ。けれど一つだけ条件があります」
「なんだ」
「二度と私を『魔女』と呼ばないこと。それを守るのであればこの杖を貴方の従者として捧げましょう」
「分かった。その条件を呑もう」
即座に頷き、雁夜は願う様に再契約の呪文を唱え始める。
「汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば―――――」
「誓いましょう。捧げられた魔力を対価とし、貴方が信用するだけ私も貴方を信用をしましょうマスター」
こうして誰に知られることもなく、此処に第八の契約が成る。
間桐雁夜は漸く自身に相応強いサーヴァントを得、キャスターは漸く自身に相応強いマスターを得たのだ。
チェス盤に全ての駒は並び立った。