Fate/reverse alternative   作:アンドリュースプーン

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第19話  影の参加者達

 キャスターによる教会の襲撃。

 監督役の璃正は真っ先にキャスターの魔術にやられて倒れた。――――が、璃正は死んではいなかった。

 言峰璃正は高齢ではあるが、聖地を歩き巡礼した精神力と毎日欠かさず修練に励んでいる肉体は相当のものである。もしも喧嘩慣れした若者十数人に囲まれようと璃正は己が肉体のみでそれを鎮めることができるだろう。

 その精神力と肉体は璃正のことを裏切りはしなかった。

 キャスターの魔術で気絶させられながらも直ぐに意識を取り戻した璃正は、キャスターやそのマスターに気付かれないよう教会を出る。

 

「………………」

 

 常人なら泣き喚きたくなる苦痛の中、それでも巌のような貌は動じたりはしない。

 負傷により足を引きずりながらの遅々たる行進。それでも璃正はキャスターのいる教会から少しずつ離れつつあった。

 

(時臣くんと綺礼にこのことを伝えねば……) 

 

 璃正は見た。キャスターの隣にいた男、あれは間桐からの参加者になる筈だった間桐雁夜だ。

 間桐家からの報告ではサーヴァントを召喚した瞬間に魔力切れで敗退したということになっていた。その雁夜がどうしてキャスターのマスターとして共にいるかは知らない。大方再契約したか、脱落そのものが間桐家の虚言だったかだろう。

 その時だった。しゅっという空を切る音。璃正の喉に短刀が突き刺さる。

 

「あっ―――――ごぁ……」

 

 強靭なる肉体、揺るぎない精神力。

 しかし璃正は人間を超えた者ではない。人間を逸脱した者でもない。人間としての急所を貫かれれば死ぬしかない。

 喉元に突き刺さった意匠からしてギリシャ製の短剣は確実に言峰璃正の命運を奪い去っていた。

 ゴボゴボと口から、喉から鮮血が溢れ出る。

 

「……状況、完了」

 

 璃正はそんな冷淡な女の声を聞いた。だが視界はおぼろげでそれが誰なのか判別することはできない。

 女が去っていく。

 だがまだ璃正はまだ生きていた。後数秒で消える命。それでも生きているならば出来ることはある。

 最後の力を振り絞り、自分の流した血を文字にして時臣や息子へ遺言を残した。

 敵マスターの名前を書いたところで、これを殺害者が見てしまうかもしれないという可能性に思い至り、最も重要なことは見られぬよう僧服の裏に記す。

 そして遺言を書き終わったのと同時に言峰璃正は永久にその瞳を閉じた。

 

 

 

 一仕事を終えた舞弥は素早く殺害現場より離れる。長居は無用だ。これ以上留まっては時間がなくなる。

 アイリスフィールが遺したヒントでキャスターはギリシャの英霊――――コルキスの魔女メディアだということが分かった。

 舞弥がわざわざアンティークなギリシャ製の短剣を言峰璃正を殺害する武器としたのはその為である。

 状況証拠は完璧。これでこの惨状を見た者は言峰璃正を殺したのはギリシャに縁のある者の仕業と考えるだろう。

 後は言峰璃正を即死ではなく致命傷を与えるだけに留めておけば、勝手に最後の力を振り絞ってダイングメッセージを残してくれる。自分を殺したのはキャスターだという。

 そこで舞弥はダイイングメッセージの内容を確認するために一度璃正の遺体のある場所へ戻る。

 計画通り。言峰璃正はダイイングメッセージを残していた。

 

(下手人はキャスター。……それにマスターは間桐雁夜……。これは切嗣に報告しなければ。まだこれは掴んでない情報だ)

 

 思わぬ収穫を得た舞弥だが、遠坂時臣にここまでの優位を与える必要はない。

 マスターが間桐雁夜という情報を特殊な薬品を使い消し去ると、急いでその場を後にした。

 

(今日はついている。まさか疑わしい監督役を始末できるのみならず、それをキャスターの仕業にできたのだから)

 

 舞弥がここにいるのは本当にただの偶然だ。

 切嗣に教会は怪しいからそれとなく監視しておけと命じられ、そうしていたら今日のキャスター襲撃。

 お陰で誰よりもこの場に駆けつけ、誰よりも速く仕掛けを施すことができた。

 

(それにしても、まさかキャスターが強硬策にでるなんて。セイバーを自分の支配下に収めて油断している……? それとも勝利を信じて疑ってない?)

 

 だとすれば幸先の良いことだ。

 どれほどの強者でも油断すれば隙が生まれる。その隙を突くのは『衛宮切嗣』が最も得意とすることなのだから。

 

 

 

 キャスターにとって間桐雁夜と出会えたのは奇跡的な偶然だった。

 彼女は聖杯戦争の第一夜、ギリシャ神話に悪名高い裏切りの魔女は"肉親を切り刻んだ"という共通の咎を触媒として、一人の殺人鬼に召喚された。

 しかし殺人鬼は魔術師ではない。本来ならマスターに選ばれる筈もない、ただ祖先が魔術師だったというだけの一般人。それが彼女の最初のマスターである。

 名前は知らない。訊く前に彼女は自らの宝具で契約を切ってしまったからだ。幸い魔術の知恵もない召喚者に令呪を使うことなど出来る筈もなく処置は簡単だった。

 だが彼女にとって想定外のことがあったとすればその後だ。 

 彼女は契約を切っても大した問題はないと考えていた。他のサーヴァントならいざ知れず彼女はキャスター。マスターからの魔力供給以外に魔力を得る術など数えきれないほどある。しかしサーヴァントの契約とはそう甘くはない。

 サーヴァントは過去の存在であって"この世のもの"ではない。この世のものではないサーヴァントを現世に留めるにはこの世のものの憑代が不可欠だったのだ。

 もしも彼女が万全の状態ならばマスターを失っても数時間は行動できただろう。だが彼女が契約を切断したのが召喚直後だったこと、召喚そのものがイレギュラーだったこと、マスターが魔術師ではなかったことなどのイレギュラーが重なり、彼女には自らの肉体を現世に留めるだけの力が致命的に欠けていた。

 そうして朦朧とする意識の中で彷徨い歩き――――出会ったのが間桐雁夜である。

 召喚して早々にサーヴァントを失ったマスターと、召喚されて早々にマスターを失ったサーヴァント。

 奇しくも境遇はまったく同じだった。

 再契約に至るまで時間はかかることはなく、二人はこうして『八番目』の契約を結んだのだ。

 彼女にとって間桐雁夜は恩人であり賛同者であり同胞である。

 もしも雁夜と契約していなければ彼女は誰と戦うでもなく人知れず雨にうたれながら消滅しただろう。そんな惨めな最期から彼女を救ったのは間違いなく雁夜だった。

 そして間桐雁夜はキャスターにとって『同胞』でもある。恐らくは間桐雁夜自身も自覚していないだろうが。

 

「……俺の願いなんて大それたことじゃない。桜ちゃんを救うんだ。それだけでいい。俺の身がどうなってもいいから桜ちゃんだけは」

 

 雁夜は己が願いをそう語った。

 絵に描いたのような綺麗な夢。自分を犠牲にしても誰かを救いたいという、愚かでありながらも崇高なる自己犠牲。

 自分が魔道から逃げたせいで、愛した女性の娘がその地獄に堕ちてしまった。だから自らの命に代えても少女を救い出したい。

 嗚呼、それはとても素晴らしい夢だろう。まともな人間なら彼の願いにエールの一つでも送るかもしれない。

 けれどラインを通じて見た雁夜の過去や話しを聞いている内に気付いてしまったのだ。間桐雁夜の願いにある致命的な矛盾を。

 サーヴァントとして忠実であらんとすれば、その『矛盾』を諫言するべきなのだろう。主が間違えればそれを正そうとするのが忠臣というものだ。

 しかしキャスターはそれを言わない。

 彼女は魔女。忠誠心高き騎士ではない。裏切りと毒と陰謀とに彩られた英雄の敵対者だ。

 間桐雁夜の精神は非常に不安定だ。もしもこの矛盾を指摘しまえば壊れてしまうかもしれない。いや、もしかしたら聖杯戦争から脱落してしまうかもしれない。彼女にとってそれは最悪の結果だ。

 だが彼女は利己的な性格をしているとはいえ人間の情がないわけではない。いや寧ろ情があったからこそ、境遇の反動でここまで彼女は歪んでしまったのだ。

 雁夜に対して恩は感じていたし、出来れば幸せになって欲しいとも思う。

 なればこその聖杯だ。

 聖杯というのは無尽蔵の魔力。キャスターのサーヴァントたる彼女が聖杯を使えば、それこそ不可能なんてものはなくなる。死者蘇生だろうとサーヴァントの受肉だろうと自由自在だ。

 戦いに勝利し、聖杯を手中に収めてしまえば後はどうとにもなる。

 雁夜の矛盾を矛盾のままに全てを修めることもできるだろうし、雁夜の寿命すらも解決するだろう。

 そうして間桐雁夜は己の願いを成就させ、新たなる人生を。

 キャスターもまた第二の生で、次こそはただの幸福なる人生を。

 故に同胞。

 彼女は彼女のために。そして雁夜へ報いる為にも聖杯を手に入れる。

 いいや彼女はもう聖杯を手に入れているのだ。

 歴代の聖杯戦争において最高の魔術師である彼女だ。この地にある聖杯の正体についても大まかには理解していた。……その中にある『異常』についても勘付いていたが問題はない。彼女の技量をもってすれば、聖杯に『異常』があれど問題なく願望器として使うことができるのだから。

 聖杯を手に入れたのなら後は中身を満たすだけ。

 既に聖杯にはバーサーカーが注がれている。必要とするのは最低でも五つ。四体のサーヴァントを注ぎ、この柳洞寺に溜まりに溜まった魔力も合わせれば雁夜と彼女の願いを叶えるには十二分の魔力が溜まる。セイバーの願いを叶えてもお釣りがくるだろう。

 

「勝つのは私たちですわ。マスター」

 

 月を見上げながら彼女は――――キャスターは歌う様に呟く。

 そうして夜は更けていく。

 

 

 

 

 

 遠坂邸ではいつになく悲痛な空気が漂っていた。

 時臣とセイバー襲来により負傷をし今はこの家に匿われている言峰綺礼はただ静かに無言のままいる。

 それでもいつまでも喋らずにいるということはできない。

 現実を受け入れたくなくとも、時間は無情に過ぎていくのだから。

 

「……璃正さんが、殺されるなどとは。なんたることだ……」

 

 右手を血が滲むほど握りしめ時臣がテーブルを叩く。

 自分への不甲斐なさ、襲撃者への怒り、古き友人を失った傷み、死者への悼み。それらがケイネス・エルメロイを前にしても奪えなかった男の優雅さを一時奪っていた。

 言峰はそんな師の姿をどこか遠い世界のもののように見つめながらも、外面的には『父を失いどうしていいのか分からないでいる息子』を形造る。

 

「我が父は今際の際、導師へ遺言を残されました」

 

 璃正の死を第一に発見したのは言峰だった。

 いつものように時臣が璃正へ定時連絡をしようとした折、何故か連絡が繋がらなかったのでアサシンを伴い言峰自らが様子を見に行ったのだ。

 時臣は表向き『死者』となっている言峰が外へ出ることを渋っていたが、言峰は自分も驚くほどの饒舌さをもって時臣を説き伏せた。

 思い返せば、その時より言峰にはある種の予感があったのかもしれない。

 父は既に自分の手の届かない所にいるという。

 そして言峰が目にしたのは血だまりで倒れる父と、父が血文字で残した遺言――ダイイングメッセージだった。

 

「父が血文字をもって地面に記した遺言よれば聖堂教会を襲撃したのはキャスターのサーヴァントとのことです」

 

「キャスターがっ! くっ……そうか、最弱のサーヴァントであるキャスターがこのような凶行に出るとは。いや最弱だからこそ、か。キャスターを見誤っていた。魔術師のサーヴァントなら最低でも聖杯戦争の最低限のルールくらいは守るだろうなどと。もっと私がキャスターに注意を払っていれば」

 

「導師。これは私見なのですが、我が父の直接の死因となったのは喉元に突き刺さった短剣でした。その短剣はどうにもギリシャ製のもので」

 

「……ロード・エルメロイもウェイバー・ベルベットもギリシャを祖とするものではない。消去法でいけばキャスターはギリシャ縁の英霊ということになるが」

 

 しかし一口にギリシャといっても、ギリシャ出身で魔術師のクラスに該当するサーヴァントなどそれこそ五万といる。

 それにギリシャ製の短剣がキャスターの残した囮ということもありえるのだ。気に留めておく程度で信頼するべきではないだろう。

 

「綺礼。キャスターの横暴は留まることを知らない。冬木市全土の魂喰いは死者も出始め、セイバーと衛宮切嗣のペアと同盟をし、今また監督役の璃正さんまでもが犠牲になった。これ以上、横暴を許すわけにはいかない」

 

 監督役はサーヴァントを失ったマスターを保護するという役目以上に、神秘の隠蔽の総責任者にして総司令としての役割を担っている。

 その監督役が死んでしまった以上、嘗てほどの隠蔽能力は期待できない。

 ましてや言峰璃正は年こそ離れているが時臣にとってはかけがえのない友人である。友人を無残に殺され怒りを覚えぬ者は友人ではない。

 

「……キャスターのマスターと衛宮切嗣以外のマスターを召集して、狩りを行うと?」

 

「そうしたいのは山々だが難しい。璃正さんがいれば監督役権限でそれも可能なのだろうが、その璃正さんがいないのではな。璃正さんの腕にあった予備令呪がない以上、マスターへの報償もまたない。他マスターに利害を説き共闘するしかないだろう。綺礼、ロード・エルメロイとウェイバー・ベルベット。両名の所在は?」

 

「調査は進んでおりません。父上は冬木中のホテルで両名の名前や外見の一致する人物が宿泊していないかどうか調査をしていたようですが……芳しくなかったようで」

 

「ならば急ごう。私もアーチャーを使いマスターを探す。君もアサシンを使ってマスターを探してくれ」

 

「分かりました」

 

 時臣は霊体化しているアーチャーに命じると部屋から出て行った。

 その後ろ姿を見送ると、言峰は自然と口元に笑みが広がる。

 

『良かったのか綺礼、父の予備令呪を継承したことを伝えずにいて』

 

 霊体化したままアサシンが話しかけてくる。

 そう。時臣には話さなかったが言峰は父の予備令呪を継承していた。父の遺言にあったのはキャスターについてだけではない。

 もう一つ、父の僧衣の裏にはヨハネ福音書4:24と刻まれていた。

 言峰がなんのことかとその一節を読み上げてみれば、次の瞬間には言峰綺礼の腕に予備令呪は刻まれていたのだ。

 

「問われれば応えていたとも。だが訊かれぬことを喋る義務は私にはない。それに父が地面に記した遺言は私が語ったので全てだ。別の場所に遺言がなかったなどとは言ってはおらんよ。これでも聖職者。嘘はつけん」

 

『建物の爆破の際に、自らが死んだと虚言を吐かせたのは?』

 

「さあ。私はお前にもしもこうであったのならばセイバーが退くやもしれん、と貴様に伝えただけで貴様に嘘を吐けと命じた覚えはない

 

『……とんだ生臭坊主がいたものよ。私の時代の坊主も中々に下衆な者はいたが、お前は中でも極上よ。表面こそ神職でありながら、その内面は酷く悍ましい』

 

「自覚はあるとも。やはりな、父の死を見て再確認できた。人間ならば自分の父親が無残に殺されているのを見て悲しむべきだ。嘆き泣くべきだ。くくくっ、だが私は逆だよ」

 

――――どうせ死ぬのなら、私の手で殺したかった。

 

――――言峰綺礼の内側をまざまざと見せつけ、絶望させてから殺したかった。

 

「まったく貴様の言は正しい。どこまでも悍ましく下衆な考えだ。お前が美しいと感じる花・鳥・風・月――――それらが私にはどうしようもなく醜いものとしか思えないのだから」

 

『…………』

 

「だがそのようなことは些細な問題だろう、アサシン? 私はお前を友人として呼んだのでも理解者として呼んだのでもない。お前にはお前の目的があり、私には私の目的がある。価値観が正反対とはいえ私にはお前が必要であり、お前には私が必要なら協力はできるだろう?」

 

『口も回ることよ。――――しからば、いや……そうであるな。現世に迷い出、あのような極上な剣を見せて貰った事、その一点において綺礼、貴様には借りがある。そして私はあのセイバーとは果し合いをせずにはいられん。その為にはお前という憑代が必要なのもまた正しい』

 

 アサシンはくつくつと笑うと言峰に背を向け歩いていく。

 

「どこへいくアサシン?」

 

『アーチャーと同じ。協力者を探すのであろう? この街を見聞するついで、探して来ようというのだ。願わくば可憐なる華に見えたいものよ。ここはどうもむさ苦し過ぎるのでな』

 

「勝手にしろ」

 

『それと綺礼。お前の美観は私には到底理解できぬものだが、唯一つの生き方を追求することはまこと天晴なことよ。そこのみは嫌いではないぞ』

 

 それだけ言い残しアサシンのサーヴァントは消えていった。

 言峰は一人、自分だけしかいなくなった部屋で空を仰ぐ。

 

「衛宮切嗣……奴に答えを聞くには、どうにも他のマスターとサーヴァントが邪魔だ」

 

 自分と衛宮切嗣との邂逅に部外者などは不要だ。

 その前に他の邪魔者を一通りは掃除しなければなるまい。

 言峰綺礼の腕に刻まれた数多の令呪が不気味に光った。


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