とある血涙の奇形変種(フリーク)   作:iとθ

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 イチャイチャシーンって苦手かもですね。描写難しー。


8話 哀

 俺は硬いベッドの上で夢から覚めた。いつもの見慣れた天井、家具の配置。いつの間に家に帰ってきたのだろうか。

 

 ゆっくりと体を起こす。頭が割れるように痛い。口にはなぜか鉄の味が広がっていた。鉛のように重い足を引き摺るように歩いてキッチンへ向かう。コップになみなみと水を注ぎ、うがいをする。吐き出したその水は透明そのもので、血の色の面影すらどこにもなかった。下で口内を舐めまわす。確かに血の味はするのに。

 

 ちょっと疲れてるのかもしれない。だから口の中がこんな味なのだ。俺はその疲れを取るためにシャワーを浴びに壁に手をつき、どうにかバランスをとりながら浴室へと向かった。

 

 浴室のドアを開けると、その床を赤みがかった水が濡らしていた。生ぬるい鉄の匂いをした温風が顔をくすぐる。足が震える。浴槽に張った水の中にピエロのマスクが浮かんでいた。

 

 昨日の記憶が帰ってくる。じめっとした地下駐車場、銃声、叫び声。俺は、われを忘れて暴走した。あの場所にいた全員を殺してしまった。殺してしまった。ただ、俺がどのくらい人と戦えるのか試すという私利私欲のために。自分は悪くないと思い込むための材料として。

 

 自分のやったことに吐き気がした。今回ばかりは怪物の力のせいにできない。全部俺のせい。吐き気を抑えきれなくなり、浴室に吐く。出てくるんは唾液や、胃液ばかりでその酸っぱさに涙もにじみ出てくる。

 

 人殺し、大量殺人者。これじゃあ、本当に化け物みたいじゃないか。いままで、そういう頭の行かれた犯罪者を軽蔑していた。同時に、自分に言い聞かせた。どんなに俺がバケモノの体でもせめて心は人であろうと。なのに自分がそれに、気狂いなってしまうとは夢にも思わなかった。きっと、俺はこれから自我を保ってられなくなって、本当に狂って、心もなくなってしまうんだ。俺は、その場に座り込んで自分が狂うそのときを待った。

 

 だが一向に狂っていく気配はない。鏡を見ると歪んだ醜い、哀れな人間が、俺がいた。俺はまだ、殺人鬼になってそれでもまだ、人間であるのだ。その事実に少しだけ勇気づけられる。瞬きをして、もう一度その顔を見る。その表情はもう怯え、悲しんでいるそれではなかった。確かにこれは俺の顔だが、何かが決定的に違う。これは誰だ?

 

 その鏡の中の人は俺に笑いかけた。彼の口が動く。

 

 『大丈夫。悪いのは君じゃない。全部J.Mのせいだよ』

 

 鏡の中に自分じゃないだれかが俺の声でそう言った。鏡の中に自分と似た人が入り込んでいる現象。そんなことはありえない、幻だ。分かっていても俺がその鏡に触れようとする自分の体を止めることはなかった。間近で鏡を覗くと、そこには自分の顔があった。もう歪んではおらず、哀れなものであることに変わりはないが、醜くはなかった。

 

 幻に大丈夫だと言われただけで立ち直ってしまう俺を異常だと思える。だが立ち直れた事実に変わりはないのでその異常さを責める気にもなれなかった。俺は立ち上がって、シャワーから水を出し、浴室の掃除を始めた。

 

 

・   ・   ・   ・

 

 

  掃除が終わり、ソファーに座ってテレビをつけると、例の地下駐車場での惨劇がすでにニュースとなっていた。その駐車場自体に監視カメラはなかったのだが、現場の近くの監視カメラに一瞬だけ映っていた。ピエロマスクをつけた男が現場から走り去っていく映像がニュースで何度も繰り返し再生される。おおごとになってしまったが、ここであのピエロマスクが活きてきた。

 

 お腹がすいたので、冷凍のフライをレンジでチンする。タッパーに入れて保管してあった白米も温め遅めの朝ごはんとした。フライには塩味が付いていたはずだが、別のまた変な味がした。古くなっていたのだろうと、そのぐらいにしか考えなかったが。フライは結局食べる気もせず、捨ててしまった。ご飯も同じで、食べれなくはないがいつもとは明らかに違う味だった。ご飯は昨日炊いたものなので古くはないし、お腹もすいていたので我慢して全部食べた。

 

 疲れた。その一言に限る。お腹がいっぱいになってそれなりに疲れているのだ。これはもう眠らないという選択肢はないだろう。俺はゆっくり瞼を閉じ、意識を手放そうとした。

 

 その時だった。床に落ちていた携帯がメールを受信したことを告げる。俺は手を伸ばしてそれを手に取り、差出人の名前を見た。

 

 絹旗さんから。それを確認したとたん、眠気も疲れも吹き飛んだ。ベッドからは寝起き、内容を確認する。

 

 こんにちは。絹旗です。この前超見たいと思っていた映画を明日見に行く予定なのですが、空いていますか?

 

 もちろん空いている。これといってやらなくちゃならない用事はない。やったほうがいい事はあるかもしれないのだが。

 

 さて、メールが届いた瞬間に返すべきなのか、それとも少し経ってから返すべきなのか。

 

 今返せば、返信が早くて喜ばれるかもしれないが、ずっと絹旗さんからのメールを待ってた風に思われるかもしれない。

 

 少したってから返せば、返信が遅くて予定とか立てるのに支障をきたしたり彼女の気分を害したりするかもしれないが、『今返した場合に発生する可能性のある問題』を解消することができる。

 

 どうしたものか。一瞬だけ考えて少しは積極的な姿勢に診てもらったほうがいいのではないかという結論に達した。明日でいいという旨を伝える文を送り、返信を待つ。

 

 十分たっても二十分たっても、彼女からの返信は来なかった。これは・・・?積極的が裏目に回ったのか?いや、積極的と言えるほど積極的な内容でもなかったが。悪い方に悪い方に考えてしまい、不安になる。こんなことなら、メールに気づいてないふりして後で返せばよかったな。

 

 そんな後悔をしはじめたその時に手の中のスマホが震える。しばらく操作して、スマホを机の上に置く。

 

 明日の10時に映画館に直接集合。さっきまで、嫌われてしまったんじゃないかと不安になっていた自分が馬鹿らしかった。絹旗さんの事を考えると、やたら不安になるけど一緒にいると誰と一緒にいるときよりも楽しい。俺はこんなことで、本当に絹旗さんのことが好きになってしまったということを思い知った。





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