とある血涙の奇形変種(フリーク)   作:iとθ

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 できるだけ、いちゃついてみました。


6話 絹旗さん

「じゃあ、坂崎さんにならって私も超自己紹介です」と自己紹介を始める。絹旗最愛と言うのが彼女のフルネーム。漢字で書くと『モアイ』とも読めてしまうので、そう呼ばれると超イラッとくるという。

 

 横に並んで歩くと、絹旗さんの歩幅が小さいことが分かった。こうしていると周りからは恋人のように見えるのではないだろうか。追い越さないように少し速度を落とす。

 

「そういえば、何を買ってたんですか?」

 

 絹旗さんが俺の持っているビニール袋を指していう。格闘技をはじめてみようと思うんだなんて何となく言いたくない。「絹旗さんが見ても面白くないものだよ」と適当にはぐらかしておく。これがまずかったらしい。

 

「えー、超気になります。見せてくださいよ」

 

 絹旗さんがビニール袋に手を出す。突然のことだったので袋はあっけなく俺の手を離れた。

 

「格闘技・・・ですか。超似合いませんね」

 

「えーと、ほら。俺って体細いじゃん?だから鍛えようかなーなんて」

 

 彼女がちらっと俺のほうを見て、それから言った。

 

「坂崎さんのそのホッソリとした体型の方がムキムキよりも好きですけどね」

 

 外見では平静を保ちながらも心の中はその『好き』という単語が反響してとてつもないことになっていた。そうかな、という一言を口にするのが精一杯だ。

 

「そうですよ。結構スタイルいいじゃないですか。筋トレとかして無駄にムキムキになったら超もったいないですよ」

 

「えー、そんなことと思うよ。絹旗さんだってスタイルいいと思いますよ」

 

 行ってしまってから後悔する。今の発言、セクハラっぽくないだろうか。そもそもどこからセクハラなのか、その境界線すらわからない。しかも、もし彼女がそのことでコンプレックスを抱えていたら・・・。

 

「それ本当にそう思ってるんですか?」

 

 やってしまった。もうだめだ。俺みたいな口下手が映画ご一緒させてもらえませんか、なんて言うんじゃなかった。俺はせめて、小さく頷く。

 

 彼女は俺より3メートルくらい離れた信号のところに駆けていった。そして、後ろで手を組んでくるりと回る。俺のほうを向いて笑いかける。

 

「お世辞でも超嬉しいです。早く行きましょう?」

 

 俺も彼女のもとへ駆けていき、一緒に並んで信号を待つ。そんな、周りから見たらごく普通の一コマ一コマが俺にとっての非日常で、本当に、本当に・・・。

 

 

・            ・          ・

 

 映画館に着いて、二人でチケットを買う。やはり、座席は一つも埋まっていなかった。ど真ん中のベストポジションに並んで座る。

 

 まだ劇場は暗くなっておらず、俺は絹旗さんがくれたパンフを見る。いかにもやらかしてる感じがする。

 

「どうです?超危なかっしくて気になりませんか?」

 

「そうだね。見てられないかも」

 

 そうやって、二人で笑い合い、二人別々の味を買ったポップコーンをつまみ合う。口に塩とキャラメルの混ざり合った味が広がる。

 

 やがて上映開始を告げるブザーが鳴り響き、恐ろしくつまらないその映画が始まる。

 

「超つまらないですね」

 

「超つまんないな」

 

 開始五分でこの有様である。一人だったらとてもじゃないけど2時間近くここで座っていられる自信がない。

 

「絹旗さん」

 

「はい」

 

「寝ていい?」

 

「超ダメです。トイレはOKです」

 

 なんて会話をしながらすごす。映画では感染したらその場で死ぬまで盆踊りをし続けるというウイルスを作り出した研究者がそれをばらまいたせいでそれが流行りだした。

 

 チラっと彼女の横顔を見る。つまらなそうだけど、確かに楽しんでは、いる。そんな顔はやっぱり可愛かった。

 

 しかしなんだ、このもやもやした感じ。その気持ちに自分でも驚いているけど確かに気づいて認めている。なのに、行動の一つさえ起こせないもどかしさというか、なんというか。はっきりとしない自分に腹が立つ。

 

 雰囲気だけで言えばこれ以上のものはないだろう。暗い劇場の中で二人っきりで並んで座っている。

 

 それをモノに出来るかは俺の問題だ。彼女の膝に乗せられた小さな手を見つめる。きっと柔らかいその手をどんな風につかめばいいんだろう。きっと暖かいその手をどんなふうに包み込めばいいんだろう。なにもわからない。

 

 彼女は、どこの学校に通っているのだろうか。彼女は彼女の友達とどんな風な会話をしているんだろう。誕生日はいつなんだろう。好きな食べ物はなんだろう。毎日、想い続けている人はいるのだろうか。

 

「超辛いですよね」

 

 急に声をかけられて我に返る。

 

「ん?なにが?」

 

「死ぬまで、踊ってなきゃいけないんですよ。自分の意思でなく、他人の超自分勝手のせいで」

 

 そう考えると、感慨深いものだ。他人の興味本位に自分の人生そのものを捧げなくてはいけない。自ずと自分に重なる。自分に重なるという部分だけ隠して率直な感想を言葉にする。

 

「でしょう?これは比較的あたりですね。こういう映画に限って、メジャーな映画より超メッセージ性があったりするんですよ」

 

 これだからやめられないんです。彼女はそう付け足して微笑んだ。

 

 

・        ・       ・

 

 

 

 映画の上映が終了し、映画館を立ち去る。それでは、と手を振り返ろうとする彼女に声をかけ引き止める。

 

「もしよかったら、お昼ご一緒しませんか?おごりますけど」

 

 彼女は驚いていたようだが「奢らないでいいですよ。割り勘で」と乗ってくれた。

 

 俺はこうやって異性と二人で食事に行くということは初めてである。とはいえ、近くのファミレスに入っただけなので雰囲気がどうのこうのとか全くないのだ。

 

「絹旗さん、ドリンクバーは付けますか?」

 

「私はそれと、チーズinハンバーグで」

 

「あれ、意外と食べるんですね」

 

 すると、「別にいいじゃないですか」と頬を膨らませる。

 

「坂崎さんはどうするんですか?」

 

「俺もドリンクバーと、ミートソーススパ。じゃあ店員呼んで」

 

 注文が終わり、ドリンクバーに行く事にする。

 

「普段ここに来るときはドリンクバー往復係がいるんですよ」

 

「何それ、可哀想だな」

 

 冴えない変態野郎です、と彼女は続ける。

 

 野郎というと男ってわけか。そりゃあそうだよ、絹旗さんみたいな人の周りに男のひとりやふたり。居ない方が不思議だ。彼はきっと、いや、ほとんど絶対俺より彼女のことを知っているのだろう。顔も名前もわからないそいつに苛立ちを覚える。

 

 俺はりんごジュースをコップに汲むと何を飲もうか迷っている絹旗さんを待たずに席に戻る。

 

 俺はふと、違和感を感じた。フロアの店員たちが彼女の方をじっと見ているのだ。その目はビクビクしている物もあれば明らかに敵意(?)を向けているものもある。戻ってきた彼女にもしかしたらと、俺は声をかけた。

 

「この店で何かやらかしたの?」

 

「?いえ、心当たりは超ありませんが。どうしてですか」

 

 彼女は小首をかしげながら取ってきたメロンソーダをストローで飲む。

 

「この店の店員がみんな絹旗さんのほうを見てたから。ちょっとね」

 

「あー、なるほど。普段一緒に来てるメンバーが超やらかしてますね。その一味だから目つけられてんのかもしれません」

 

 このファミレスの常連だったようだ。という事は住んでる部屋が近くに有るのだろうか。気になるがそれを聞いてしまうと踏み出しすぎた。

 

 いい話題が思いつかない。必死になって頭をフル回転させるが気を引けそうなそれは全く出てこなかった。焦りばかりが募る。

 

「坂崎さん」

 

 突然話しかけられたので驚いてしまい、返事をするその声はどこか裏返っていた。

 

「今まで見てきた中で、超好きな映画って何ですか?」

 

 俺は即答する。

 

「明るい絶望と前向きな諦め」

 

 彼女はしばらく考え込むと「あー、なんとなく聞いたことあるような無いような・・・」と曖昧な回答をよこした。

 

「えっとね、原作が小説なんですよ。その小説家さんのファンで、映画やるって言ったから12,3年ぶりぐらいに映画館に。絹旗さんは?」

 

 私はですねー、と長々とその映画について語り始める。本当に映画が好きだってことがその話ぶり、表情からよくわかった。きらきらと星みたいに輝いている笑顔――なんてクサイ表現をつかう日が来るとは思わなかった。だけど、そんな言葉でさえ到底表しきれないほど、魅力的な人だと改めて気付く。

 

「あと、この映画の戦闘シーンが超酷くて・・・って、聞いてますか?」

 

「ん?いやごめん。まったく」

 

「えー!どっからですか?」

 

「最初に話してくれた映画のタイトルから」

 

 ほとんど超全部じゃないですか!そう言ってむすっとする彼女もいいな、って思いながら楽しく会話をしていく。ふと思うのだが、俺からはあまり話を振ってない。少し、情けない気分になる。

 

 料理が届くのは、俺のミートスパのほうが先だった。チーズハンバーグが来るまで待っていようとしている俺に「先いいですよ」と絹旗さんは言ってくれた。冷めないうちに、有難く頂くとしよう。フォークを右手に、左手にスプーンを持って食べるのが俺のスタイルなのだ。今日も例外でなく、フォークに巻いたパスタをスプーンに乗せる。

 

「スパゲッティにスプーン使う人超初めて見ました。本場っぽいです」

 

 ちょうどパスタを口に入れたところだったので、飲み込んでから話し始める。

 

「本場じゃないんだよね。スパゲッティって本場イタリアからアメリカに移ってきて、その後日本に伝わってきたんだけどさ。そのアメリカの時にスプーンを使ってて、それが日本に来たってわけ」

 

 こっちのほうが食べやすいから、というか音が発ちにくいしソースが周りに飛び散らないとか、マナー的な面でこっちのほうが良いと思ったからこれで食べるようにしている。

 

「お。あのハンバーグですかね」

 

 彼女の視線の先には白い湯気を立てるハンバーグがあった。店員がそれを運んでくるのをじっと見ている。

 

 お待たせしましたー、と店員さんはチーズハンバーグをコトリとテーブルに置く。絹旗さんは既にナイフとフォークを両手に準備していた。彼女はそれらを器用に使い、一口サイズに切っていく。中からトロっとしたチーズが垂れてきた。いただきますを言ってから、美味しそうに一口目を頬張る。彼女の体型からは想像がつかなかったがよく食べる方なのかもしれない。

 

 いい匂いが店の空調の関係でこちら側に流れてきた。それが鼻腔を刺激し食欲をわかせる。ハンバーグを見つめる俺の視線に気付いたのか、彼女が「超食べたそうですね。一口食べますか?」と一番小さい一切れにフォークを突き刺し俺の目の前をちらつかせる。それを受け取ろうと手を伸ばす。するとその動きを無視して彼女はそのフォークを俺の口元に近づけた。

 

「口あけてください」

 

 聞き違いか?『口を開けてください』ってことは恋人同士がよくある『はい、あ〜ん』ってやつをやってくれちゃおうとしているわけか?ゴクリとつばを飲む。なにか俺が勘違いしているのではないだろうか。・・・いやこの状況。口元にハンバーグをさしだしてきているのだ。こっから連想されることは、あ~んしかない。勘違いはありえない、と思う。

 

 心拍数が上がっていく。俺はゆっくりと、口を開けた。

 

 その途端、ハンバーグは目の前から消えた。彼女が自分の方に引き戻し彼女の口の中に放り込んだのだ。

 

「・・・え?」

 

 モグモグとよく噛んでからハンバーグを飲み込んで、彼女は「もしかして『あ〜ん』を期待しちゃいました?」と、笑った。

 

「口元に食べ物持ってこられたら、それとしか考えないだろ?フツー」

 

「いや、ちょっとからかってみようかと」

 

 瞬時に顔が熱くなる。耳が赤くなるのを感じた。めっちゃ恥ずかしい。からかわれてただけかよ。『あ〜ん』なんて期待、するんじゃなかった。その期待していた分がそのまま恥ずかしさに変わる。

 

「耳、超真っ赤ですよ。大丈夫ですか?」

 

「だいじょばないよ!てゆーか、絹旗さんのせいですよ?」

 

「顔も赤くなってきましたね。超暑そうです」

 

 そう、過ごしやすい温度のはずの今日がこんなにも暑くなる日になるとは夢にも思わなかった。

 

「で、そんなにあ〜んして欲しかったんですか?」

 

「い、いや、そんなわけないし」

 

 ここではいそうです。なんて言ったら、好感度がた落ちだろうな。

 

「でも口開けましたよね」

 

「そ、それは――」

 

 俺の言葉はそこで止められた。絹旗さんが突如、口の中にハンバーグを突っ込んできたのだ。

 

「今日のお礼です。超美味しいでしょ?」

 

 笑う彼女に聞かれて、俺は頷く。

 

 頷いてはみたが、絹旗さんのその行動に驚き、そのせいで味はよくわからなかった。

 





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