ところで、明日から新学期です。
春休み超短い・・・。
映画にはまってから数ヶ月。よく晴れた春の日のことである。
俺は今日、比較的ラフな格好で家を出た。日差しが暖かく、心地よい風まで吹いている。こんなすがすがしい日は外に出る限りだと思った。
映画館に着くと、今の時間帯に上映される映画はすべて既に見た作品だった。同じ作品を二度楽しむのも悪くはない。伏線がどう貼ってあったかとかそういうのを楽しむことだってできるが今俺はそういう気分ではなく、仕方ないからしばらく待って別の映画を見ることにした。
ポップコーンを買ってから、持ってきた本を取り出し、椅子に腰掛け読み始める。Y.Aの作品だ。M.Tは彼の大ファンで少なからず影響を受けたのだ。そんな彼の作品にはショッキングなものが多く、いちいちハラハラさせられたり、そのグロテスクな描写に顔をしかめることも多々ある。が、一度読むと病みつきになる作風だった。
半分ほど読み終えたところで顔を上げると俺にとって未視聴の映画が10分後に上映されるようだった。急いで立ち上がるとチケットを買いに店員のいるカウンターに足を運ぶ。
そしていざ座席を選ぼうとしたその時、財布からお金を取り出そうとしていたその手をはたと止めた。まさかの全席空席。よっぽどのB級映画だろう。流石に二時間ぐらいを棒に振るのは気が引ける。今からでも別の映画を見ることにしようと店員に切り出そうとする。
すると隣の列から「幻の池!チケット一枚超ください!超急いで!」という声が聞こえた。補足しておくが『幻の池』というのは俺が見ようかどうか悩んでいるその映画である。思えばタイトルからクソだ。池ってなんだ池って。
声のした方を見ると、中学生くらいの女の子が手にポップコーンを抱えながら係員さんを待っていた。お世辞抜きで結構可愛い。その子のワクワクした顔がなんとも可愛いのだ。すごく楽しそう。
俺は座席を選んだ。
隣にいた子の顔を見て俺は思ったのだ。この子にこんないい顔をさせる映画が果たしてクソなのか。いざとなったら、B級ならB級の楽しみ方がある。
劇場に入ると、既に暗くなり始めていた。例の中学生はちょうど劇場ど真ん中、ベストポジションにもう座っていて、上映が始まるのを今か今かと待っていた。
俺はチケットに書かれた座席を確認し、階段を登っていく。I列は会場の真ん中の横列である。するとど真ん中に陣取った彼女と同じ列なわけで、1、2、3と番号を確認しながら彼女の方へと歩いていく。横の列は29座席あって、彼女はその15番目の席のようだ。従って、俺の買ったI‐16のチケットは彼女の隣である。
俺はその事実に気づいても平然と歩を進める。そして座る。I-13に。
俺がわざわざ彼女から二つ離れた13に座ったのには二つの理由があった。
一つ目は隣に座ったところでうちのクラスのK氏のようにさりげなくアプローチができるわけでもなく、むしろ「うわ、こいつ私の隣ですか。なんか超嫌だなあ」とか思われてしまうんじゃないかと気が気でないから。
二つ目の理由は俺がいる場所、俺が座るべき席、そして彼女。その三つの位置関係にある。F列は今彼女により1~14の席と16~28の席に分断されている。そして俺は1~14の方にいる。目指すべきは16。つまりだ。この狭い通路の中、俺は彼女の前を通させてもらわなければならない。
さらに追い討ちをかけるように彼女の服装が目に付いたのだ。なぜそんなにふとももを出しているんだ。万が一アレに触れてしまったら・・・こうなったら俺はなすすべがないのである。もちろん、彼女がもし普通か、それ以下の顔立ちだったとしたら迷いなく16番を目指したことだろう。彼女が可愛いからこの判断をした。そして、今この劇場には二人しかいないんだ。少しずれても問題はないだろう。
我ながらどうでもいいことに精一杯頭を使った俺は座席で買ってきた白ぶどうジュースをのむ。俺は炭酸は無理なのだ。そこで安定の白ぶどうジュースである。甘すぎない味が口の中を冷たくする。
二つ右で「あ」と声が漏れる。
「席を超間違えてました」
彼女はそうつぶやくとI-14、要するに俺の隣に移動してきた。
なぜだ。君はあのまま座っていればそれで解決したじゃないか。わざわざ、むさくるしい男子高校生のとなりなんぞに座らないでも良かったじゃないか。しかも劇場内でもしこれが俺じゃなかったら襲われていたかもしれないのだぞ?
「・・・・」
「・・・・」
そして、間が持たない。それをどうにかするためにジュースを飲む。この分だと随分早く飲み終わりそうだな。ポップコーンも、もう・・・。
「・・・・」
「・・・・」
映画よ、早く始まってくれ。いつもだったらとっくにもうすぐ公開される映画の宣伝とかが入ってくるはずだがC級映画ともなると無くなるようだ。シアターにはジュースを啜る音と、ポップコーンを食べる音が響く。
何か話しかけたほうがいいのだろうか。女の子に気の利いた言葉の一つもかけてあげられない自分が嫌になる。
頭の中で文章を必死で組み立てていると、嬉しいことに向こうから話を振ってくれた。
「こんな超つまらなそうな映画を見に来るなんて、あなた超物好きですね?」
「え?あー、宣伝さえ入ってこない映画はこれが初めてですよ」
「へーそうなんですか」
「はい、そうです・・・」
何が「はいそうです」だチクショウ。せっかく話題振ってくれたのに続かないだろうが。俺は必死に頭の中の語彙を総動員して会話を続けられるよう頑張ってみる。5w1hで聞けばいいんだ。さらに思考を進めたどり着く。『How about you?』これだ。
「あなたは、よく見るんですか?B級映画」
「そーですね。超ヒットしてる映画よりやらかしちゃったの方を超多く見ますね」
クソつまらない映画ばかりを好んで見る人が居ると言うのは小耳に挟んでいたが、彼女もまたその一人だったわけか。
「へぇー、どうしてですか?」
「そうですね、私が好きなのは大ヒットを目標に超頑張って作ったのにB級になった映画なんですけどね」
・
・
・
そうやって、俺が頑張って会話を続けているとやっと映画が始まった。
開始してからすぐに、これはB級でさえなく、C級だなということが見えてきた。
FBIとか、そういう職業は映画では定番であろう。宇宙パルサーってなんですか。カッコ良さげな単語二つ並べてみましたー的な意味不明な造語である。大迫力のスクリーンの中で、「貴様が宇宙パルサーか?」「そうだ私が宇宙パルサーだ」とかいうやり取りがなされている。制作時誰か止めなかったのかな?というほどに「だぁー超つまらないです」そう、超つまらない。
って、それを言うなよ。いま必死でこれの楽しみ方を模索していたのに。
「あなた、超すごいですね。こんなのを真面目に見てるなんて」
「いや、全然そんなことないよ?あまりの酷さに呆れてたよ?」
つまらないという単語を聞いたとたん映画がより一層色褪せて見えてきた。こういう時、言葉の力というものを感じる。
ポップコーンの箱に手を入れると指が箱の底を叩いた。もうなくなったのか。ジュースももう半分以下である。俺は少し考えてから話しかけた。
「あのー、この映画って何時間かわかります?」
「2時間45分です。ちなみに上映されてから今やっと三十分くらいです」
あと2時間15分。135分。ポップコーンはもうない。ジュースも半分以下。これはまずい。
ということで俺は眠ることにする。
何分が経過しただろうか。
「起きてください、朝起きてください。超急展開ですよ」
なに?俺は目をこすって、スクリーンを見つめる。宇宙パルサーが敵の基地に突っ込んで行くところである。
「いや別に急展開ではないと思うんだけど」
「超冗談ですよ」
「は?」
「劇場で寝るやつは超外道なので、起こさしてもらいました」
「え、ありがとう」
余計なお世話な気もするのに、なぜありがとうと言ったのだろうか。咄嗟に出て言葉なのでしょうがない気もするが、もう少しあっただろ、気の利いたいい言葉が。
うとうとしては起こされ、うとうとしては起こされ、本人はトイレに立ったりと理不尽さを感じないでもなかった。トイレならいいのかな。
飲み物もとっくに底をついて残されている暇つぶしといえば会話くらいのものだ。といっても俺からはあまり会話を振らず、彼女が話し手で俺が聞き手になっている。
「タイトルの『池』って超惹かれませんでした?」
「いや、むしろそれ見てコレ見んのやめようかと悩んだけど」
「そうですかね。名前からして危なっかしいので超面白そうだと思いましたが」
「俺にはわからないよ」
時間が進むにつれ会話するのにもだいぶ慣れてきた。相変わらず気の利いた言葉は言えないけど少なくとも俺は楽しいし、彼女だって笑ってくれている。
そうしていると2時間というのはいつの間にか過ぎて、上映は終了した。
「俺は変な単語を大真面目に使ってるとこがシュールで笑えたといえば笑えたな」
「どんなとこで、ですか?」
「ほら、炎の中から主人公が出てきて、敵のほうに歩いてくるシーンあったのわかります?」
「はい、超覚えてます」
「そこで、敵がつぶやくんです。『宇宙・・・パルサー・・』って。名前どうにかしろよって思いません?」
彼女が笑ってくれる。
「いや、今笑ったのはあなたの声の演技が・・・超おもしろくて・・・あはは」
それに釣られて俺の顔もほころんでいく。
受付の所に出ると彼女のケータイから着信音がした。
「はい、絹旗です。はい・・・わかりました、ちょうど映画終わったので超直ぐ行きます」
彼女は絹旗という苗字らしい。仕事かなにかの電話だろうか。彼女は電話を切ると「今日は超ありがとうございました。いま用事が入ったんでそれでは」と手を振って走っていってしまった。
家路に着きながら楽しかったなと今日のことを振り返ってみる。また、映画館にクソ映画を見に行こう。あの子がいたら楽しいし、そうでなくても面白いことがあると信じたい。
ああ、もっとおしゃれをしてくれば良かった。春物の衣装ケースを押入れから出すのを面倒くさがらずやっておけばよかった。
子猫が路地に走って行く。何となくそれを追ってみると猫はもう見えなくなっていた。代わりにいたのはガラの悪い高校生二人組。
踵を返して元の道に戻ろうとする。背中に重い衝撃が走った。俺は突然のことに対応できず、バランスを崩し地面に倒れ込む。
「兄ちゃん金だしてけよ~、せっかく来たんだからさあ。出さないとどうなるか・・・」
俺はそいつの顔を見た、そいつも俺の顔を見た。そいつは血相を変えて逃げ出す。連れも、急いでそいつのあとを追う。
俺はそこに座り込んだまましばらく動けないでいた。
痛みを感じると、それは出てくる。瞳が真っ赤に染められて、人じゃない証が体に表れる。
深呼吸をしてから、俺は近くにあったガラス窓を覗いた。目は元どうりになっていたので俺はうつむきながら再び歩き出す。
家まで十五分ほど、帰ってくると珍しいことに投函物があった。
一通の手紙。『坂崎いつかへ』。
お待ちかねの最愛ちゃんです!
最愛ちゃんの可愛さが表現できているか微妙です。
なので、こうしたらいいんじゃないかと言うアドバイスお待ちしてます。
感想、質問も受け付けてます。