朝倉涼子さんと消失   作:魚乃眼

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Intermission1

 

 

 サンタクロースを信じるか信じないかはそいつら次第だが、都市伝説赤服じーさんが存在していないとしても異世界人は存在する。他でもない俺自身だ。

 しかし異世界まで来てやっていることが二度目のガクセー生活なのだから最高に笑えない。

 季節は春で、四月。

 新生活が始まる時期などとよく言われているがご多分に漏れず俺もそうだ。

 つい先日に高校の入学式が終わったとこで、ついでに授業も最初の一回であるガイダンスが消化され、本当の意味で高校生活がスタートした。そんな時期。

 

 

「だから最初のうちはゆっくりしてもいいと思うんだよね」

 

「黙って布団から出なさい」

 

 コタツから引きずり出される猫の気持ちがよくわかるよ。うん。

 うるさい目覚まし時計よりよっぽど厄介な朝倉さんのおかげで今日もこうして元気で登校できるのだ。幸せだなあ。

 中学時代は通学に際し私鉄に乗って市街まで行く必要があったが北高は一応歩いて通える距離なため毎日長々と歩く必要がある。

 自転車通学が楽なのは言うまでもないが北高はそれができないことで有名だ。理由は北高周辺の道路が急こう配なため、知るか。

 とまれ春だ。家を出て住宅街をゆけば桜の木がちらほら見受けられる。

 

 

「……綺麗」

 

 そんな桜を飽きもせずにショーケースのトランペットを眺める少年よろしくキラキラした目で眺めているのは長門さんだ。

 予想はしていたが彼女も北高に通うことになっていたとはね。流石に原作みたいに春でもカーディガン着てはいないが。

 これで一年五組の教室にあの涼宮ハルヒがいたら俺の安眠生活は灰燼に帰すが、涼宮ハルヒなる女子生徒は北高に存在しないそうだ。一安心なのかね。

 あるいはこの世界が【涼宮ハルヒの消失】というシリーズ全編を通しても特殊な設定が適用されている世界だったらまた別の話になるので、これについてはあまり考えないようにしている。いずれわかることだからな。

 して、学校に到着。隣のクラスである長門さんとは別れ、教室に入り込んで自分の机のフックに鞄をかけ、ホームルーム前にトイレでも行こうかと席を立って廊下に出たところ、後ろから誰かに肩を叩かれた。

 

 

「よう」

 

 と呑気な声で絡んできたのは谷口だ。その髪型、似合ってねえぜ。

 わざわざ呼び止めたのだから俺に対して言いたいことでもあるのだろう。面倒だな。

 だが義理で一応伺うだけはしておく。

 

 

「んだよ、なんか用か?」

 

「ちょっくら聞きてえんだが」

 

「後にしろ」

 

 俺はスタスタ廊下を歩き出す。

 すると谷口もついてきた。うざい。

 

 

「お前、あの朝倉涼子とどんな関係なんだ?」

 

 あのってどのだよ。俺が知っているのは三年くらい前までちんちくりんの胸はつるつるぺったんだったのに一、二年で大躍進政策かってぐらい発育が良くなって俺は目のやり場に困りつつある青色セミロングの委員長気質女子な朝倉さんのことか。

 まあ、どうせこいつが俺に聞きたいことなどそんなこったろうと思ってた。原作通りの色眼鏡野郎だな。

 

 

「ただの幼馴染だ」

 

 そうらしいので彼女の間柄を他人に聞かれた時はこう返すようにしている。

 特に顔色を変えずに谷口は続けて、

 

 

「んじゃあ長門有希とは?」

 

 こう尋ねてきた。

 質問は一回にしろ。

 

 

「彼女は朝倉さんの友達さ。同じマンションに住んでるから顔を合わせるうちに仲良くなったんだってよ」

 

「はーん」

 

 聞きたいことはそれだけか。

 だったらお前も小便がしたいってわけじゃないなら教室に戻ってほしい、野郎と股間の大きさ対決なんて御免だぜ。

 俺の言葉にちげぇよ、と谷口は苦笑しながら返し、

 

 

「自分で気づいてねーのかもしれねえがお前ちょっとした有名人だ」

 

「……あん?」

 

 俺が有名人。なぜ。

 男子トイレ前で谷口は立ち止まり一方的な話を始めた。仕方がないので聞いてやることに。

 

 

「この年にもなりゃあ女子と登校してるってだけでもまあまあ目立つのによ、それがお前の場合はAAランク+の朝倉涼子とAランク-の長門有希、二人もだぜ。だから噂になってんのさ」

 

 そうかい。なんとも勝手な連中だこと。

 ところで谷口は校内の女子に対してランク付けを行っているようだ。

 女子からすれば快いもんじゃないと思うんだけどね。

 

 

「友達どうしで仲良くやってるんだ。そっちがどう思おうが自由だけど、あんましあることないことだけは流布せんでくれよ」

 

 俺の言葉を受け谷口は気色悪い笑みを浮かべ、

 

 

「あいわかった。がな、朝倉と長門、どっちがお前の本命か知らないが早いとこツバはつけておかねえと横取りされちまうぞ」

 

「誰にだよ」

 

「俺とか」

 

「ははっ、面白いな」

 

「よく言われる。じゃまた」

 

 死ぬほど余計なお世話を俺にして一人で来た道を戻っていった。

 その後、小便のキレがなんとなく悪かったのは彼に絡まれたせいかもしれない。

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 既に一度終わらせたことを再びやるのは無駄で面倒で手間で苦痛以外の何物でもない。

 そのうえ高校一年生の授業など中学生のそれと大差ないほどだ。やる気が出る方がスゴいって。

 つまり授業時間真っ只中である今、俺は寝ている。センコーの話を聞いていてもつまらんからな。涼宮ハルヒリスペクトさ。

 中学時代、朝倉さんは最初のうち俺の授業態度を非難していたが睡眠学習でも俺は成績が悪くないのでいつしか黙っているようになった。

 とんだ自堕落野郎だという自覚はあるがそもそも俺にセカンドチャンスなど必要なかったのだ。

 世の中には生きたくても明日がないような奴がたくさんいる、俺なんかよりずっともっと前向きに生きていける奴だっている、なのにどうして俺なのか。考えはしたがわからなかった、永遠にそうなのだろう。

 トラウマのおかげですっかり心折れている俺であるが高卒ニートというのは周りが許してくれなそうだしどうあれ就職するしかないようだ。でもやりたい仕事なんてねえぞ俺。

 どうせなら今度こそはマシな人生設計をしたいものだと夢うつつで時間を食いつぶしていると本日最後の授業が終わるチャイムが鳴った。

 にしても何故このまま帰らせてくれないのか、帰りにホームルームをやる意味とはなんなのか、気になります俺。

 

 

「いつでも寝てるあなたには関係ないじゃない」

 

 放課後、朝倉さんの買い出し手伝いにスーパーへ向かう道中で彼女にその旨を訊ねてみたが彼女もなぜショートホームルームなどという時間が毎日設けられているのかは知らないようだ。

 日本人というのは儀式的な行いを好む傾向が多分にあるため、中身がすっからかんな時間でも自然消滅せずにカリキュラムに組み込まれているんだろうな。じゃあどうして最初に始めようと思ったんだか。ひょっとしてこれも米国式なのか。

 

 

「オレに言わせりゃ学校の授業なんて受けようが受けまいが変わらんのさ。何が大事か決めるのは教師じゃあなくてオレなんだからな」

 

「まったく、後で痛い目にあっても知らないわよ」

 

 わかってるさ。

 だが朝倉さんはこいつにはいくら言っても無駄だろう、みたいなどこか悟った様子だ。

 自分に否がある上での舌戦など勝負にならないので話題を変えることにしよう。えーっと。

 

 

「ところで髪切った?」

 

「……ええ、一週間前に」

 

 ちょっとイラッとしているみたいなのは気のせいかい。

 似合ってるぞ、みたいな気の利いた台詞でも言うのが女子にモテる秘訣だとは思うが別に彼女は髪型を変えたわけでもないし、がっつりカットしたわけでもない、整えましたって感じ。だからこそ気がつかなかったのだが。

 我ながら失敗したなと思いつつも気づかなかったから謝ることでもなかろう。過ちは認めて次の糧とすればよい。

 

 

「そのタイミングなら高校デビューしてもよかったんじゃあないの」

 

「私がそういうタイプに見える?」

 

 いいえ。

 

 

「たかだか高校入学程度で我を忘れる私じゃないわ」

 

 かっこいい台詞だ。髪の毛をファサってやりながら言ったら某社のアニメキャラにそっくりだぜ、それ。

 その後、スーパーに到着した俺と朝倉さんは手分けして買い出しを行った。

 時たま思うのは俺たち二人は客観的にどう見られているのだろうということだ。身内は別にして。

 最初はあまり考えないようにしていたけど朝倉さんは"ただの幼馴染"と評すには実際の関係が深い気がする。

 昔、俺がかつて生きていた世界でも異性の幼馴染というのは数人いた気がする。

 気がするで止まってしまうのは俺が中学二年にもなった頃にはすっかり疎遠になっていたから。こっちが普通じゃないのかね。

 なんてことは朝倉さんに相談できないため結局のところ自分で判断するしかないのだ。

 

 

「ねえ」

 

「ん」

 

 呼び止められたので反応する。ふと辺りを見るともう既に某分譲マンション前まで来ていたようだ。

 エントランスホールに入って朝倉さんが自動ドアのキーを解除、それからこちらを伺い、

 

 

「うちで食べていくでしょ?」

 

 いや。

 

 

「遠慮しておくよ」

 

 自分でも驚くほどたやすくそう言っていた。 

 彼女は少しきょとんとしてから小声で、 

  

 

「どうして?」

 

「あんまし食欲がわいてないんだ。作ってもらっても残しちゃあれだろ、今日は帰るよ」  

 

「……そう」

 

 朝倉さんは俺から視線を外して伏目がちになっていた。

 俺は持っていたスーパーの戦利品が入っているレジ袋を彼女に渡し、自動ドアをくぐることなく、

 

 

「また明日」

 

「うん、また明日……」

 

 どこか残念がっているような声を耳に入れ、分譲マンションを後に。

 一人になりたい、とまでは言わないが本当に何も考えなくていいような時間が欲しかった。   

 旅でもすれば気分転換にはなりそうではあるもののそこまでの行動力がある俺ではない。

 そして自分の部屋に引きこもればいいという問題でもない。

 俺がこう思い詰めているのは全てあれが原因なのだ、あの、去年のクリスマスの出来事が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だからこそ翌日に俺はふたつの決断をした。

 ひとつは暫くの間、長門さんと朝倉さんの二人で登校してもらうこと。先に行っててくれという話だ。誰かに余計なことを言われたのがきっかけじゃないからな。なんとなく、だ。

 もっとも俺と一緒に登校せずとも俺を起こすためだけに朝倉さんは我が家に立ち寄るらしいから何かがそう変わるわけでもない。

 話す相手がいないと、やけに日差しがそこそこだとかまあまあ暖かいだとか天気について意識するようになるのかと思ったぐらいさ。昨日までは気にしてなかったのに。

 で、もうひとつについてだ。こっちが本題かもしれない。

 放課後、当番だったので音楽室の掃除を適当に終わらせた俺はそのまま帰宅せず、北高敷地内にある別の校舎へ移動した。

 文科系クラブを中心に各教室がそいつらの部室として割り当てられているそこはいわゆる部室棟である。

 帰宅部の俺がそんなとこに何故行くのか。決まっている、とあるクラブに入ろうと思っているからだ。

 おかげさまで校内の階段を下りたり上がったり手間をかけさせられたがほどなくして目的の部室の前までやってきた。ドアの上にあるプレートには"文芸部"と書かれている。

 さて、軽く深呼吸、俺はコンコンコンとノックをした。

 ちょっとして扉の向こう側から、

 

 

「は、はい」

 

という声が聞こえたかと思えば、カチャ、と恐る恐る扉が開かれ、俺の顔を見た長門さんはレンズの奥にある目が点になってしまった。

 

 

「……あっ」 

 

「どうも」

 

「こ……こんにちは……」

 

 絶対「なんで俺が文芸部にやって来たんだろう」って彼女は思っているはずだ。

 脅かしに来たわけじゃないんだけどな、と内心で苦笑しつつ、

 

 

「お邪魔しても大丈夫かな」

 

「あ、うん。いいよ」

 

 俺は初めて北高文芸部の領地に足を踏み入れた。

 一歩して、立ち止まり部室の中を見渡す。

 いつかどこかで見たような、メイド服やナース服や諸々のコスプレ衣装がラックされているハンガーセット、お茶を淹れるためのカセットコンロやヤカンそして茶葉、まさかの冷蔵庫――なんてものは当然ここに置いておらず、あるのは本棚と長テーブル、あと年季が入ってそうなデスクトップぐらい。想定通りの光景だ。安心した。

 

 

「どうかしたの?」

 

 ぼーっと突っ立っているのを不思議そうに長門さんが言うので俺はなんでもないと返すと足を休めるためにパイプ椅子に腰かけた。鞄は机の上に置かせてもらう。

 長門さんは申し訳ないといった表情で、

 

 

「ここじゃお茶も出せないんだけど……ごめんね」

 

「突然押しかけたオレに気なんて遣わなくていい」

 

 喉が乾いたら自分で自販機にでも行くさ。部室棟からは歩く必要があるが。

 窓辺からパイプ椅子をわざわざ俺の向かい側まで持ってきて座った長門さんは改まって、

 

 

「それで、わたしになんの用?」

 

 んー。長門さんに用があるっていうか、ここに用があるというのが正しい。

 ズバリ単刀直入に言えば。

 

 

「文芸部に入りたいんだ」

 

「……本当?」

 

 嘘ついてもしょうがないだろう。

 しかし長門さんは訝しんでいるようだ。

 ここは建前を述べておくとしようか。

 

 

「家にいても面白くないしね。それにここなら落ち着けると思ったんだ」

 

「たしかに落ち着けるけど、あなたにとっては退屈かも……やることがあるわけじゃないから」

 

「構わないさ。君さえよけりゃあね」

 

「わかった。いいよ、文芸部に入っても」

 

 ふっと笑みを浮かべる長門さん。なんだかこっちまでつられて笑いそうだ。

 もし俺の目の前にいるのがあの長門有希だったらどうなっていたのだろうか。

 彼女が涼宮ハルヒ絡みじゃない人間の入部を許すとは思えないが、なら普通の人間にギリギリ含まれないかもしれない俺は文芸部に、いや、SOS団に入れるのだろうか。わからない。

 実のところ、俺が文芸部に入ったのはこの世界が本当にアニメの世界そのままなのかを見極めたいと思ったからだ。

 ここが【涼宮ハルヒの憂鬱】の世界じゃないとしても【涼宮ハルヒの消失】の世界だったら。

 俺は将来訪れるであろう十二月を静観すればいいのか、あるいは――

 

 

「棚にある本は好きなの読んでいいから」

 

 と長門さんが言ったかと思えば彼女は自分の鞄をガサゴソと漁り、携帯ゲーム機を取り出した。

 携帯ゲーム機だって? 

 俺のエイリアンでも見るかのような視線に気づいた長門さんはバツが悪そうに

 

 

「あ、これ? ……先生にバレたら没収されるから、その、内緒にして」

 

「おう……それはいいんだが……」

 

 何?長門有希は文学少女ではないのか!?

 てっきり彼女は三度の飯より本を読むのが好きかと思っていた、朝倉さんが作る料理をガツガツ喰うもんだからそれよりも読書に対する熱があるのだと思っていた、だからこそ文芸部なんかにいるものだと。

 アニメで見た消失の長門さんはゲームのゲの字も知らないようなガッチガチの読書マニアといったイメージで、休日は自宅よりも図書館にいるのが自然だ。

 人は皆、思い込みの中で生きている。

 俺が見極めなければいけないものは考えているよりも多いのかもしれない。

 気をとりなおし、俺は電源が落ちているパソコンを指さして彼女に訊ねる。

 

 

「あのパソコンは使ってもいいのか?」

 

「うん。でもインターネットには繋がってない」

 

 そうだろうな。

 LANケーブルが刺さっていないようだし。

 

 

「まあマインスイーパが入ってんなら充分だ」

 

「有名どこはだいたい入ってるはずだよ」

 

「そいつはよかった」

 

 パソコンはまた後日だ。初日なんだし今日のところは文芸部らしく読書をするとしようかね。

 本棚には読むものに困らないほどの本が整列されており、その中にあった【地球の狂った日】を読むことにした。小学生の時、死ぬほど読んだぐらい好きな作品だ。

 最初のイラストつき登場人物紹介を数秒眺めてから早速読み進めていく。

 部室内はカチカチとゲーム機のキーを操作する音しかしない。

 そういえば俺と長門さんが二人きり、というのは初めてのことだ。いつも朝倉さん含む三人でしか関わっていなかったのだ。

 ゆえに彼女がややそわそわしている感じなのだろう。じきに慣れてほしい、まだ俺と彼女は友達の友達レベルに近いのだから。俺も善処するさ。

 昔、散々読んだ小説だけあってページをめくる速度は速いが今見ても面白いと思うのはこれが名作だということだ。名作は色あせない。 

 

 

「……」

 

「……」

 

 君はなんで文芸部に入ったんだ、とか、ゲームをするのが好きなのか、とか。言いたいことはそれなりにあったが黙っていた。

 他にも考えなければならないことはあるが今はただ時間の浪費に身を任せていたい。

 それから本を読み終えた俺は次に【液体インベーダー】でも読もうかと椅子から腰を上げたところで長門さんが、

 

 

「もう五時前だから、今日はおしまい」

 

 と告げ俺の文芸部生活一日目が終了したわけだ。

 部室の鍵は長門さんが職員室まで返しに行くと言ったが、せっかくだし一緒に帰ろうか、と俺は提案した。

 

 

「……朝倉さんに悪いから」

 

 しかしこう言われて断られた。

 ひとりで生徒玄関に行き、外靴にかえてから校舎を出た際に思ったことは、夕方になればちょっと涼しいなということだった。

 

 


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