朝倉涼子さんと消失   作:魚乃眼

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Epilogue46

 

 

 文化祭初日の午前が終わり、お昼休み。

 どこで食べようが自由な時間だが今日明日に関しては光陽園学院生が来ている手前、北高生は基本的に教室で食べるよう指示があった。光陽園のみなさんは学食やら中庭やら普段は飲食厳禁な図書室やらを利用しての昼飯だ。

 俺はというと教室で普段通りに弁当をつついている。

 が、教室内はいつになく騒がしく落ち着けない。オススメ図書百選の展示でテーブルが埋まってなければ去年同様部室で食べていたことだろう。

 

 

「で、お客さんは何人来たんだ」

 

 そう質問してきたのはキョンである。

 嘘をつく理由もないため正直に答えよう。

 左手をパーで突き出し、親指と小指を折り曲げる。

 

 

「三人か」

 

「ゼロじゃあなかっただけありがたい」

 

 うち一人は先日文化祭準備の折に仕事をした女子生徒。

 その彼女がまたしても馴れ馴れしい感じで俺に接してくるもんだから涼子の圧がヤバかったね。首元に鋭利な刃物を突き付けられているような感覚だったよ。

 やがて抜水の話題になると涼子も察して圧を引っ込めてたので俺は無事五体満足だ。剣呑剣呑。

 ほか二人も光陽園の生徒であり、そちらは仲良さそうな男女ペアだった。

 俺としてはさっさと帰って頂いた方がお互いのためになると思ったのだが、女子の方が涼子の選出したおでんレシピ本に興味を示したのがまずかった。

 途端に眼の色を変えおでんの良さを力説し始める涼子。

 アレンジレシピの説明はもちろんのこと、おでん具材をモチーフとしたキャラクターが登場する謎のライトノベルを推奨したりとやりたい放題。

 おでんの何が彼女を熱くさせるのか?

 俺でもわからん。 

 

 

「ところでさぁ、昨日の放課後って結局何してたの?」

 

 不参加だった国木田が訊ねてくる。

 ちなみに谷口は教室にいない。恐らく周防九曜のところにでもいるのだろう。

 俺とキョンは一昨日からの経緯をざっくり国木田に説明した。

 

 

「へぇ、また凄いことを思い付くね涼宮さんは」

 

「むしろ思い付きでしか生きてないと思うぞ」

 

 褒めてるのか貶しているのかわからない国木田の一言に突っ込みを入れるキョン。

 昨日涼宮から最も厳しく振り付けを指導されていただけあって彼の表情は平素より陰鬱としている。

 俺はというと、ハレ晴レダンスがオタクの必修科目だった時代を生きていただけあってそつなくこなせた。

 持ち前の要領の良さで対応していった涼子は俺にダンスの才能があったのかと驚いていたので事情を説明してやったら軽く引かれたのには今でも納得できてない。

 このままだらだらとスローライフしていきたいのに時間経過は無常であり、お昼休み終了十分前には部室に集合させられていた。

 もちろん昨日練習した部員のみなので国木田や部員ですらない朝比奈さんと鶴屋さんらはいない。

 先ほどあんな場面を見られたパイセンと一緒に踊るなんてことになってたらどんな顔すればいいか分からんよ俺は。

 

 

「――はい。じゃ好きなの選んで」

 

 唐突に涼宮が切り出すと、古泉が鞄から何やらぐにゃぐにゃしたものを取り出し始める。

 一瞬ぎょっと思うようなそれらは仮装用の覆面(マスク)であり、俺がいつぞや被ったようなリアルテイストの動物シリーズだ。

 まさかこれを被れと言うのか。

 

 

「そうよ。顔バレしたら面倒なことになるかもしれないし、それに変な恰好の方が話題になるでしょ」

 

 目立ちたいのか目立ちたくないのかよくわからないことをぬかす涼宮ハルヒa.k.aとんちき女。

 涼子はウサギのマスクを手に取りながら眉をひそませ。

 

 

「これじゃアメリカの銀行強盗と同じね」

 

 同感だ。アメリカの銀行強盗なんて映画かドライバーズハイのMVでしか見たことないけど。

 死んだ眼でウサギマスクを被る涼子を見て心に決めた。今夜はバニーガール。

 さて俺はどうしようかと考えていると動物マスクに紛れて変なのがあることに気付く。

 思わずそれを掴んでしまった。

 

 

「なんだそれ」

 

「チューイに決まってるじゃない」

 

 キョンの疑問に答える涼宮。

 【スター・ウォーズ】の名脇役チューイことチューバッカのマスクというそれは、言われれば彼と分るが本人とは似ても似つかぬ不細工モンスターな見た目であり、端的に言えば相当にひどい出来だ。

 こんなピグモンもどきな偽チューバッカになるくらいなら違う動物になった方がよっぽどマシなのだが時すでに遅し、他のマスクは全て取られてしまっていた。あんまりだ。

 暗に交換してくれの意を込めながら涼宮に聞いてみる。

 

 

「他にマスクはないのか」

 

「人数分だけよ」

 

「だよな」

 

 諦めてチューバッカになるさ。トナカイとどっちがマシだろうな。

 ウサ倉の涼子はウーキー族の仲間入りを果たした俺を見るなり。

 

 

「ぷっ、くくくっ……と、とても似合ってるわよ」

 

「……ムァー」

 

 俺は似てないチューバッカの鳴き声で抗議した。

 どうでもいいが他のみんなが被ったものも一応紹介しておこう。

 長門さんがパンダ、キョンがカエル、涼宮はオオカミで古泉がコアラとなっている。

 

 

「本当に大丈夫?」

 

「う、うん。輪郭は分かるから大丈夫」

 

 涼子が眼鏡の着脱を余儀なくされた長門さんに声をかけ、あまり安心できない返答をする長門さん。

 ただでさえ視力が悪いのにこのマスクだ、視界は最悪と言っていいだろう。

 俺は無気力感が割合増して見えるカエル頭の脇腹を肘で突く。

 すると「何だよ」と気の抜けた声を返してきたので念押しする。

 

 

「お前さんがちゃんと保護してやれ」

 

「人を小動物みたいに言うな」

 

「中国じゃあパンダは立派な保護対象だぞ」

 

「それはジャイアントパンダの話だろ」

 

 確かに。

 パンダ界だと長門さんはレッサーパンダが妥当かもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お昼休み終了のチャイムが鳴り、俺たちは小一時間を待たずして部室から出た。

 先頭を征くは我らが涼宮、その斜め後ろに涼宮の私物というラジカセを抱えた古泉。

 涼子は長門さんの手を引きながら光陽園二人の後を追い、殿(しんがり)を俺とキョンが務める形。

 なるほど俺たちのことは立派に伝説として語り継がれるだろうよ。ブレーメンの音楽隊としてな。

 動物マスク被った連中がぞろぞろと廊下を練り歩く光景は異様の一言に尽きるが、文化祭は学校内での仮装が正当化される日であるからして、誰に呼び止められたりすることもなくすんなり中庭入口のガラスドアまで移動できた。

 ここで誤算だった――涼宮がどう感じたか知らんが、少なくとも俺はそう感じた――のは普段物好きしかたむろしないような中庭にそこそこ人がいることだ。

 もちろん普段と異なり校舎の壁に北高の各クラスが制作した垂れ幕がかかっていたり、トーテムポールみたいな代物に代表される光陽園学院から持ち込まれた制作物の数々があったりと、見るもの自体はあるが狭くも広くもない空間に十人以上生徒がいる説明として腑に落ちるものではない。

 彼または彼女らは心なしかぐだぐだした雰囲気を醸し出している。

 

 

「文化祭も初日というのに怠惰な連中だ」

 

「それあなたが言う?」

 

 俺の呟きにすかさず反応する涼子。

 相変わらず刺してくる女だ。こっちの身体が穴ぼこだらけになっていないのが不思議だね。

 そんなことを口にするとウサギさんは首をかしげながら。

 

 

「あなた私にもっと感謝してもいいと思うけど」

 

「君の全てに感謝してる自信はあるがそれはそれとして正論は耳が痛くなる」

 

「耳が痛いって思うのは自分に心当たりがあるからでしょ」

 

 その通りだとも。

 すると不意にオオカミが俺と涼子の間に割って入るよう顔を突き出してきて。

 

 

「お喋りは後にしなさい」

 

 だってよ。

 オオカミは今にも噛みついてきそうな形相をしているので黙って従おう。

 古泉が両開きのドアを押し開け中庭に立ち入っていく北高文芸部もといアニマルズ。真ん中目掛けてずかずか進む。

 この時点では多少視線を感じる程度で、注目されているということはなかった。

 しかし俺たちが中庭中央に生えている木の前に整列し、古泉の手によってラジカセが再生されると状況は一変する。

 聞き馴染みのあるイントロが中庭に鳴り響く。

 ボリュームマックスに設定されたラジカセのそれは爆音と形容する程ではないがここら一帯を騒がせるに足る音量だ。

 何の前触れもなくそんな音楽が聞こえたら誰だってそちらへ顔を向けるだろう。しかも視線の先には動物マスクの集団ときた。いったい何が始まるんだって思うわな。

 それとほぼ同時にポーズした状態から俺たちは動き出す、横にスライド移動して手を動かす馴染みのムーブである。

 

 

『ナゾナゾ、みたいに、地球儀を~』

 

 文字通り目の前しか見えない今の状態では他のみんなの踊りっぷりなど知る由もないが、昨日の練習風景と変わっていないのであれば統率もヘチマもないぐだぐだっぷりであろう。

 奇異の目に晒されるとはこのことだ。

 

 

『時間の果てまでBoooon~』

 

 唯一の救いは【ハレ晴れユカイ】がフルバージョンじゃないという点か。

 といっても踊りはスタミナを急激に消耗する。こんなことなら涼子を見習って食後の運動を習慣化しておけばよかったかな。

 そんなしょうもないことを思考の片隅で展開しているうちに曲はサビへ突入していく。

 

 

『アル晴レタ日ノ事~』

 

 かつての俺は自分がSOS団に入ったら…なんてことを妄想したものだが、SOS団でもない連中と踊るシチュエーションを迎えるとは思ってもみなかった。

 今でもSOS団所属のIFを考えたりすることがある。時々。

 まあ、色々と苦労してそうだが楽しい毎日になっているんだと思う。

 けれどもそこに涼子はいないのだろうし、だとすれば俺が"そっち"に憧れることはもうない。スヌーピーじゃないが配られたカードで勝負するしかないのだから。

 もう一度中学生からやり直しってカードがあること自体想像の範疇を超えていると言えるけども、なんであれ手札は手札だ。

 

 

『スキでしょう?』

 

 歌詞が終わり、ビートの終了に合わせて最後のポーズをキメる俺たち。

 ポーズは各々が適当に決めたものであり、統一感は無い。ギニュー特戦隊より無い。

 恐らくメンバーの中でただひとり俺だけが妙におセンチな気持ちになりながら踊っていたが、余韻に浸るような間も置かず撤収を開始する。うちの姉のようなめんどくさい教職員に絡まれたくはない。

 俺たちが終始無言かつあっという間に引き上げていくものだから中庭の生徒諸君は当然呆気に取られる。

 かくして拍手も喝采も何一つ浴びることなく校舎内へと舞い戻った。

 生徒玄関から遠い、比較的人気(ひとけ)のない方の階段で脚を止めると。

 

 

「お疲れ様。ここまで来れば一安心ね」

 

 そう言うのはオオカミマスクを脱いだ涼宮。

 指示されるまでもなく他のみんなもマスクを脱いでいく。ダンスはともかくマスクに関してはうっとおしいことこの上ないね。

 涼宮は変にやりきったオーラを出しており、彼女へ小言をぶつけるため俺の辞書から嫌味を引こうとしていた刹那、視界の端で動きがあった。

 動きの主は壁にもたれかかるようにしてしゃがみ込んだ長門さんである。

 間髪入れず涼子が駆け寄り顔色を窺う。

 

 

「どうしたの?」

 

「ちょっと気分が……」

 

 めまいか立ちくらみか、いずれにせよ体調不良なのは明白だ。

 もしかしなくてもゲリラライブが原因だろうが涼宮を詰めたところで長門さんが良くなるでもなし。こういう時は大人しく保健室である。

 涼子もその結論に達したようで、

 

 

「私が保健室に連れていくから、キョンくんは長門さんの眼鏡を持ってきてくれる?」

 

 黙って頷くキョン。冗談でもノーと言えないだろう。

 そうして涼子に肩を借りる形で保健室へと連れられていった長門さん。

 残された俺たちは何とも言えない空気で、とりあえず部室に戻ることに。

 まず授業時間中に部室棟まで歩くってこと自体イレギュラーだが、文化祭という日が非日常というのは廊下を歩いていても感じられた。すれ違う生徒のツラが平素の何倍も明るい。

 去年までの俺がああいう連中を嘲笑うスタンスであったことは今更語るまでもない。

 今年の俺も基本線はそうだが、それを表に出しているとうちの姫様に脇腹をえぐられてしまうので少なくとも彼女と文化祭を回る間はお利口さんになる必要がある。処世術というやつだ。

 で、部室に着くと長門さんの眼鏡ケースを持ってキョンは足早に出て行った。

 現在居るのは俺と他校生二人だ。

 鞄にマスクをしまう古泉を尻目にパイプ椅子でふんぞり返ってる涼宮が口を開く。

 

 

「あんたは行かなくてよかったの?」

 

 こっちの顔さえまともに見ちゃいないが、"あんた"というのは俺のことらしい。

 便宜上文芸部で二番目に偉い立場の俺としても当然長門さんを心配しているが、その辺はキョンに一任する。

 

 

「涼子のことだからキョンと入れ替わりで戻ってくるはずだ。期せずして二人が近くにいる状況が出来上がるわけだし、オレがしゃしゃり出るこたないね」

 

「はっ。恋愛漫画じゃないんだから」

 

「文句は甲斐性無しのキョンに言ってくれ」

 

 俺自身が人に言えるほどの甲斐性ではないけど。

 涼宮はいまいち飲み込めない表情をしていたが。

 

 

「ふうん。まあ勝手にすればって感じね」

 

 無理やり感情の着地点を見つけたような言葉を吐いた。

 ひょっとしたら罪悪感じみた感情を抱いていたのかもしれない。それを俺が知覚することは出来ないが。

 この頃の涼宮は俺がよく知っている"涼宮ハルヒ"よりも他人の機微に聡い印象だが、恋愛感情というものについてはやはりまだイマイチ認識しきれていなかった。

 

 

「なあ、ゲリラライブは成功か?」

 

 何の気なしに聞いてみる。

 古泉も評価が気になるのか黙って涼宮の発言を待っている。

 涼宮はそうね、と前置きして。

 

 

「完璧とは言えないけれど、充分成功だったと思うわ。校舎の窓から見てくれてた人もいたしね」

 

 よくそんな周りを見る余裕があったな。

 いや、自分で考えただけあった振り付けから何までマスターしてるのだから余裕で当然か。

 とまれかくまれ、文化祭において涼宮に振り回されるような出来事はこれきりであった。

 果たして俺たちは伝説を作ることができたのか。

 分からないが、涼宮の言うようにゲリラライブはそれなり目撃されていたらしくあれは何の催しだったのかとちょっとした噂になったり、それを聞きつけた森先生が俺に何か知らないかと訊いてきたりと少なからず波風を立てることになる。

 個人的にはそういった伝聞なんかよりも、後日並べられた文化祭の写真――カメラマンが撮影した学校行事中の写真購入会――の中にゲリラライブ中の俺たちが写っていたことの方が問題である。

 俺と涼子は間違っても購入対象にその写真の番号を書くことはなかったと付け加えておく。

 

 


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