朝倉涼子さんと消失   作:魚乃眼

53 / 55
(新年度)初投稿です。






Epilogue45

 

 

 その日、文化祭当日。

 どういう訳か同学区内の私立校と合同で行われることとなった今年のそれは、まさしくお祭りと呼ぶに相応しい非日常の空気を校内に充満させていた。

 大幅に変更された文化祭プログラムは例年と比べ自由時間が割合多く占めており、初日は外部の人間こそ入れないものの実質的に明日の一般公開日と同じような構成である。

 そんな年に一度の一大イベントな中、実行委員として入念な前準備を手掛けていた俺と涼子がどうしているかというと。

 

 

「暇ね」

 

 部室のテーブルに頬杖をついている涼子が時折"暇"と口にするように時間を持て余していた。

 文芸部の展示はオススメ図書百選ということでこうして学芸員的役割として交代制で部員を置いているわけなのだが、現状は閑古鳥が鳴くといった有様だ。

 それもそのはず、文化祭なんだからステージでの発表や各教室での出し物の方にまず行くだろ。誰だってそうする。俺もそうする。

 虚空を見つめる猫のように視線を開けっ放しの扉に飛ばしている彼女に対し俺は言う。

 

 

「こんなとこ見るもんなくなった奴が終了時間ギリギリに来る場所だぜ。暇で当然じゃあないか」

 

「あなた私より長く文芸部にいるのに、部員としての誇りはないの?」

 

「我ながら非生産的な活動しかしてなかったしな……」

 

 思い返すのは涼子が加入するまでの一年生の日々。

 寝て、寝て、たまに読書して、また寝る。アクティブとはかけ離れた半年間であった。

 部長の長門さんだってしばしばゲームしてたし、真面目に文芸部員をやってきたという自覚なんて皆無であろう。

 

 

「全くやる気が感じられないわね」

 

「じゃあなかったら生徒会だってお取り潰しに来ないよ」

 

「昔じゃなくて今のあなたがよ」

 

「そりゃあ、な」

 

 涼子はパイプ椅子にふんぞり返りながら舟漕ぎかましている俺に言葉のエッジを突き立ててくるが、彼女だってぐだぐだ感出しまくりだ。

 お互い原因は明白である。

 客が来ないのみならず、せっかく二人きりという状況なのにストロベられず――部室で乳繰り合ってたら死刑と涼宮に脅されている――カンヅメ状態だからだ。

 涼宮と古泉のせいで某SOS団アジトの如く私物まみれと化していた文芸部部室だが、流石にあの惨状を他所の人に見せるわけにいかないので小物以外は殆どお隣コンピュータ研究部の部室――彼らはコンピュータ室で制作物の発表を行っているため今日明日は空き部屋となっている――に預けさせてもらっている。

 コンピ研部長は俺たちに力を貸す義理など一切無いのに完全な善意から部室の物置利用を快く許可してくれた。

 まあ、コスプレ衣装のかかったハンガーラックを見た時は「君たち普段何やってるの?」と怪訝な顔になっていたっけ。是非も無し。

 それにつけても、この状況だ。

 たまに"吸引"させてもらってはいるが、基本的には離れて座っているだけなのでたちまち涼子成分が欠乏していく。

 

 

「うわぁーん涼子ぉー。好き合うふたりがこんなに離れなきゃいけないなんて……まるで織姫と彦星だ」

 

「言ってて背筋が寒くならないかしら」

 

「うんうん、オレは理解(ワカ)ってるよ。自分はTPOを弁えてますってすまし顔してるけど心の奥ではオレとラブラブちゅっちゅしたいってことを」

 

「あなた真性のアホね…………まあ……否定はしないけど」

 

 そう言うや頬杖を崩して机に突っ伏す涼子。

 なんか最近"あざとさ"を会得してませんかこの娘。腹立つぐらいかわいい。

 俺は直ちに涼子の傍まで行くと彼女の肩を揺すりながら。

 

 

「もしかして照れてるん? 涼子ちゃんかわいい~大好き~」

 

「うっざ」

 

「おうふっ」

 

 うつ伏せのまま水平に薙ぎ払われた涼子のチョップを喰らい声を上げてしまう。

 脇腹をさする俺に涼子は顔を向けて言う。

 

 

「そういうのは文芸部としてのお仕事が終わってから」

 

「……ハイ」

 

 交代まであと二時間近くはこの状況で、午後になれば涼宮の悪ふざけに付き合わされる羽目となる。つまり涼子との文化祭デートはまだまだ後ということ。

 で、あれば。

 

 

「なんか遊んで時間潰そう」

 

 今や涼子とお喋りする時間は一日の中にいくらでもあるわけだし、遊びであれば合法的なスキンシップと言えよう。"吸引"は違法寄りである。

 涼子は俺の言葉に眉をひそませ。

 

 

「それじゃサボってるのと変わらないじゃない」

 

「そうだけど、君が暇だって言ったのさっきで四回目だぜ。仏の顔も三度までってことわざがあるだろ」

 

「あなたが仏様とは思えないわね」

 

 涼子の突っ込みをスルーし、椅子から立ち上がり部室の扉を閉め、隅に置かれた段ボール箱を開ける俺。

 こういうこともあろうかと古泉が持ち込んだボドゲの一部をコンピ研に預けず文芸部部室に残しておいたのだ。

 その中の一つを取り出し涼子に見せる。

 

 

「なにそれ?」

 

「簡単に言うと海外版テーブルホッケー」

 

「頭脳戦じゃないのね。……しょうがないから1ゲームだけ相手してあげる」

 

「グッド。この間のリベンジをさせてもらおうか」

 

 "この間"というのは先週末映画デートをした折にショッピングモール内のゲームセンターでエアホッケーをした話だ。

 途中まではいい勝負だったが涼子のラーニング能力と才能には敵わず、俺は敗北。

 温泉合宿の時に使ったような"ささやき戦術"も今となっては通用しない。

 そのくせ終わってからニヤニヤしながら「さっきのアレもう一度言ってよ」とせがんできた。対戦中は涼しい顔するくせにな。

 涼子は俺が口にしたリベンジというワードが愉快だったようで、唇の端をつり上げ。

 

 

「あなたの悔しがる顔が楽しみだわ」

 

「オレは君の悔し顔の方が見たい」

 

 エアホッケーは中学時代にも何度か対戦している。

 あの頃は俺が完全に圧倒していたが、今の彼女は色々と成長しているため過去のデータは参考にもならない。フットワークが段違いだ。

 その点、ボードゲームであればいくらでも付け入る隙がある。

 これから対戦するゲームで以前キョンと古泉をボコボコにしたからな、経験の差を見せてやろうではないか。

 ゲームの流れはエアホッケー同様にピン状のコマでボールを弾いてゴルフみたいな穴になっている相手ゴールに入れれば得点というものだが、他にも自分のコマが操作不能になると相手に得点が入る。6点先取で勝利。

 以上のルールを涼子に説明し、箱からゲーム盤と付属品を取り出しテーブルにセッティング。

 ゲーム盤を挟む形で俺と涼子が相対する。

 

 

「ちょ、狭いわね……」

 

 文字通り目と鼻の先の距離にいる涼子が呟く。

 テーブルの大部分に百選の本が並べられているのでスペースの余裕は無い、ヒートアップしたら頭と頭がごっつんこだろう。

 

 

「しゃあない。せっかく並べた本をどかしたくないし、これ床でやるのはキツい」

 

「それはわかってるけど、狭いものは狭いのよ」

 

「おかげでりょこたんの顔が拝めるぜ」

 

「拝みたくても拝める距離じゃないでしょ」

 

 腕が無くても祈ったネテロ会長だっているんだぞ、と言ったところでハンタネタが通じる相手でもないためここいらでお喋りを中断する。

 一呼吸置いて、盤上に視線を落とす。

 ではこちらの先攻だ。

 

 

「行くぜ」

 

 手に力を込め、シュートを放つ。

 テニスのサーブ同様に初球は自コート角から対角に打つのがこのゲームのルールである。

 もちろん涼子は子供じゃないので簡単に俺のシュートブをロックした。

 ここで彼女にとって想定外だったのは、使用するボールがエアホッケーの円盤と比べて指先で全体をつまめるほど小さく、相当に軽いということ。

 つまりボールが持つ運動エネルギーはシュートブロックの前後で大幅に減衰しており、弾かれたボールはへろへろとした挙動を描く。

 そして返球に横着、うまくシュートできないうちに涼子はガチャプレイでオウンゴールしてしまう。

 

 

「んなっ!?」

 

 涼子は間の抜けた声を上げ、自らがゴール内に放った球を呆然と見つめている。

 やがて唇をわなわなと歪ませ、

 

 

「くぅぅぅぅ……ぶちのめす!!」

 

俺相手にしか言わないであろう強い言葉をぶつけてきた。

 これこれ、このかわいい顔が見たかったんだよ。

 涼子は思わずニヤついてしまった俺に鋭い睨みをきかせ、反撃開始のシュートを放とうと手に力を込める。

 まではギリギリ知覚できた。

 

 

――コッ

 

 プラスチックの乾いた衝突音が耳に届いた頃には涼子の攻撃が完了しており、ボールが俺のゴールに収まっていた。

 は?

 なんだそれ。

 意味が分からないし笑えない。

 

 

「インチキか?」

 

「ふふっ、この間と同じこと言ってるわね」

 

 百式観音かって言いたいぐらいの速攻だぜ、そら宇宙的存在の介入を邪推したくもなるだろ。

 一転してドヤ顔の涼子にムカっときたので左の人差し指でほっぺをつついたらパシッと振り払われる。塩対応。

 

 

「ゲームしながら絡みに来ないで」

 

「ひどい。仮にも彼氏だぞ」

 

「仮じゃなくて本命だけど容赦はしないわ」

 

 俺は涼子のことをナメていた。いや、すごくナメていた。

 なまじ普段抱き合ったり柔らかい部分を堪能しているせいで忘れがちだが彼女はマフマフを持つか弱きウサギではないのだ。

 宣言通り容赦されなかった結果、俺は追加点1つも奪えないまま敗北した。信じられん。

 

 

「さあて、どんな罰を与えようかしら」

 

 現実逃避するかの如く黙々とコンポーネントを箱にしまっている俺に涼子が背後から声をかける。

 負けたら罰なんて話もちろん事前にしちゃいないがこれは慣例なので何も言うまい。ひと思いにやってくれ。

 

 

「あっ、じゃあ黎くんには"お姫様抱っこ"をしてもらいましょうか」

 

「……君にか?」

 

「他に誰がいるのよ」

 

 俺の発言にずいっと寄ってくる涼子。

 そんな顔されてもな、一応訊いただけなのだが。

 あとこれも訊いておかないと。

 

 

「体重何キロ?」

 

 つむじにグーを入れられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ボドゲをしまい終え緩慢と立ち上がる俺に涼子が「早く」と急かしてくる。

 彼女の体重は――結局教えてくれなかった――軽く見積もって50キロ台か。もうちょっとあると思うけど、誤差ということにしておこう。

 俺の腕力は普通にある方だと思う。しかしお姫様抱っこをしろと言われて力任せにやったところで上手くいくはずがない。

 全盛期のロニー・コールマンだったら女子高生一人くらい軽い重さだぜベイビーとか言いながらひょいと持ち上げそうだが。

 幸いにも現代社会で生きる俺たちにはポケットの中の板(スマートフォン)で安全かつ確実なやり方を調べることができる。文明の利器を使わずして何が現代人か。

 人生で初めて"お姫様抱っこ やり方"と検索フォームに打ち込み、手順が記載されたページを開いた。のだが。

 

 

「ッスゥー……」

 

「どうしたの?」

 

「いや」

 

 お姫様抱っこについて画像付きで懇切丁寧な説明がされているそのページの見出しには堂々と『結婚式の披露宴に向けて』と書かれている。

 きっと涼子は何の気なしに"お姫様抱っこ"などと言ったのであろうが、確かに披露宴みたいな盛大な場でしかやらんわな。

 お姫様抱っこは象徴的な所作でこそあれスキンシップとして実践されることは殆どないはずなのだから。

 

 

「け、結婚式……」

 

 一人納得していると勝手にスマホ画面を覗き込んできた涼子が案の定"結婚式"というワードに思考をショートさせられていた。

 披露宴でお姫様抱っこなんてやりたくないが、そんな何年も後のこと考えてもしょうがない。

 だが涼子は違うようで。

 

 

「うちの両親は和式だったみたいだけど、私はやっぱり洋式の方がいいって思うのよね」

 

 いつ行われるかも定かでない結婚式の様式について語っている。

 これがトイレの話だったら俺も適当に返事できるけどな。

 ううむ。俺としてはSSRウェディングドレス涼子を見たい気持ちは強いが白無垢も捨てがたい。

 いや、嫁の衣装で決めんのかって話だが案外そいうものではなかろうか。

 

 

「ウェディングドレスは女子の憧れってやつか?」

 

「もちろんそうよ。男子はタキシードに憧れないの?」

 

「ないんじゃあないかなぁ、オレに限らず」

 

 明らかに他で眼にする機会がないウェディングドレスと違ってタキシードは別に結婚式専用というわけじゃないし、遠目だとスーツとの違いも分かりにくいからな。

 涼子としては紋付の袴とどちらを俺に着てほしいのだろう。

 

 

「どちらも想像つかないわね……いつも私が着させられてる側だからかしら」

 

「人をコスプレ押し付け野郎みたいに言わないでくれ」

 

「違うの?」

 

 違わないかも。

 閑話休題。

 学生のうちから結婚式について語るという妙な状況が長引くと精神衛生上良くない気がするため本題に戻ることとする。お姫様抱っこの時間だ。

 調べた手順を涼子にも確認してもらい、一呼吸入れてから実践。

 右足を前にする形で俺が片膝立ちをして、涼子は俺の太ももに腰を下ろし両手で俺の首に抱きつく。

 持ち上げるため彼女の背中に右手、膝裏に左手を回す俺。力の入れどころだ。

 

 

「ファイトォ!」

 

「いっぱぁーつ」

 

 某CMのノリで乗ってくれる涼子。

 そんな彼女を落とさないよう左方向に回りながら立ち上がる俺。

 今、この瞬間、完全にお姫様抱っこが成立した。

 視線を涼子に向けると彼女は遊園地に連れてこられたかのようなテンションで。

 

 

「わあ、凄い!」

 

 ニッコニコだ。

 罰ゲームで喜んでくれて嬉しいけど重量感はあるのであまり長く続けたくないのだが。

 

 

「流石私の王子様」

 

 こんなこと言われたんじゃな。

 まあ、ギリギリまで頑張るとするさ。

 

 

「これで白雪姫の主演はバッチリね」

 

「次回は披露宴まで待ってくれるとありがたい」

 

「劇でやったら盛り上がると思うんだけど」

 

「羞恥プレイにも程があるぞ」

 

「いいじゃない。たった一度の高校生活よ?」

 

「オレは二度目なんだが……」

 

「もう、屁理屈言わないの」

 

 事実だって。

 にしてもお姫様抱っこしながらのお喋りというのは映画で言うところのエンドロール前みたいな何か成し遂げた気持ちになってしまう。

 至近距離に涼子の顔があるという点においては慣れたものだが、その彼女が制服姿なのだから新鮮な感覚である。

 思い返してみると学校内だと行事以外で涼子と絡む機会は雑務しかないわけで、交流時間が増えたという意味では文芸部様様といったところか。

 それはさておき。そろそろキツくなってきたので罰ゲームの終了を懇願する。

 

 

「これ終わりにしたいんだけど」

 

「じゃあ最後にキスしましょう」

 

 キスも罰に含まれるのだろうか。いや、俺にとってご褒美なのは間違いないが。

 お嬢様の要望を叶えるべく最後にもうひと踏ん張りだ。

 彼女から顔を近づけてもらい、"おはよう"と"行ってきます"以来本日三度目のキスをする。

 唇を合わせているだけだが接触時間は長い。少女漫画なら大コマでロマンチックに描写されてそうだ。

 最早涼宮の警告など頭から完全に抜け落ちている。

 だからこそ不慮の事故というのは起こるわけで。

 次の瞬間。

 ――ガチャリ

 

 

「差し入れ持ってきたよーっ! ……あー……」

 

「失礼しま……ふぇっ……?」

 

 軽快な足取りで部室に入ってきた鶴屋さんと、彼女に続いて入室した朝比奈さんの先輩二名に見られてしまった。

 ここまでが罰ゲーム、なんてな。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。