朝倉涼子さんと消失   作:魚乃眼

52 / 55
Epilogue44

 

 

 

 部やクラスのメンバで結成したバンドによるライブ演奏というのは文化祭発表の定番であり、もちろん合同文化祭においてもプログラムに含まれている。

 【涼宮ハルヒの憂鬱】劇中の涼宮もイレギュラーな形ではあるものの文化祭でライブやってたし、この涼宮もそういうステージに興味があってもおかしくない。

 ところが今回の合同文化祭は閉会まで体育館ステージが埋まりっぱなし。発表の尺がパンパンという内情も実行委員ゆえ承知している。

 例年であればどこかしら隙を見計らってステージジャックというのも可能であろうが、今年は割って入ろうなんて土台無理だ。すぐさま生徒会につまみ出されるだろう。

 伝説だのと意気込むはいいが、その辺どう考えているのかと涼宮に尋ねたところ、彼女もまるっきりバカではないらしく。

 

 

「あたしだって今回ステージジャックが難しいってことぐらいわかってるわよ。それにわざわざ文化祭に向けて練習してきた人の出番を奪うのは可哀想だしね」

 

 などと見ず知らずの第三者に対するなけなしの配慮を見せていた。

 "この女の思いつきに付き合わされる俺たちに対する配慮は無いのか"や、"今日まで何も練習してこなかった俺たちがわざわざライブする必要あんのか"と突っ込みたいところだが、どうせ適当にいなされるだけだとわかっているので話を進める。

 

 

「じゃあどこでやるつもりなんだ?」

 

 既に使われてる教室を乗っ取ろうとしたらその時点でゲリラ行為に当たると思うし、当然ライブなど行えず終いだろう。

 それら懸念点も織り込み済みという涼宮の作戦はこうだ。

 文化祭一日目にあたる金曜日は出店が無いため、中庭は垂れ幕と展示物のみが配置されているだけの比較的フリーな状況だという。

 時間帯は最も手薄そうな昼休み後の五時限目。ここを狙ってやる。

 確かに教職員にしょっぴかれるリスクは低そうだが、文化祭まで後一日という状況でライブができるほど俺たちに音楽の素養は無い。

 

 

「問題ないわ。内容はちゃんと考えてあるから」

 

 言いながら置きっぱなしてた学生鞄を拾い上げる涼宮。

 そうして古泉に声をかけ、詳細は追って連絡するとだけ言い残すとライブの内容を説明することなく光陽園の二人は部室から去っていってしまった。

 部室には正規の文芸部員のみが残される形に。

 

 

「また面倒なことになったじゃねえか」

 

「わたし鍵盤ハーモニカとリコーダーしか演奏できない……」

 

 顔をしかめるキョンと、レパートリーの少なさに困った様子の長門さん。

 そして涼子は呆れ果てており。

 

 

「ったく、消してから帰りなさいよ」

 

 現実逃避するかのように涼宮が書いた黒板の文字――ゲリラライブ――を黒板消しで拭いていく。

 まあ、エンタメに振ってくれているだけ涼宮にしてはマシな提案だとポジティブに考えることもできる。

 俺個人としても文化祭という非日常ならではの試みに少し興味があるのも事実だ。

 が、それにつけても時間が足りないと思う。

 ぐだぐだで終わってしまっては伝説どころか黒歴史不可避であろう。

 なんとも重苦しさの残る雰囲気のままこの日の部活は終わりを迎えた。

 それはそれとして。

 

 

「やっぱ一日の疲れはこれで癒すに限りますなあ」

 

 帰宅して晩ご飯を食べた後、いつも通り涼子にソファの上で膝枕をしてもらう。

 嫌なこと全部忘れられる至福のひと時。

 夢見心地の俺に対し涼子は棒読みで言葉を投げる。

 

 

「なんだか道具扱いされてる気がするんですけど」

 

「滅相もない。オレは膝枕という行為じゃあなく、大好きな涼子そのものに癒されているんだよ。本質的には」

 

 純然たる本心からくる言葉だが、彼女相手ではバッサリ切り捨てられるのがオチである。

 だが今回の反応は想定と異なった。

 

 

「……ズルいわ」

 

 拗ねたような声。

 なんの話かさっぱりわからないのでくるりと体勢を変えて涼子の顔を見上げてみる。ふくれっ面だ。

 正確に言うと風船みたいにほっぺを膨らましているのではなく、への字口を作りむっとして頬を張っているご様子。

 

 

「いったいどうしたのさ」

 

「どうもこうも、納得がいかないのよ」

 

 何か特別ヘンなことを言った覚えはないのだが。

 すると涼子はじっとりした視線を俺に落としてから。

 

 

「最初に好きになったのは私の方なの。それなのに隙あらば"大好き"だの"愛してる"だの……勝手に言われる身にもなってちょうだい」

 

 愛の言葉を安売りしてほしくないのか、はたまた言われっぱなしの敗北感なのか。

 涼子の胸中を完全に推し量ることは不可能であるがそういった感じなのだろう。

 しかしだな、昨日の夜を思い返せば君だって俺に好き好きと連呼してたじゃ――

 と口にした瞬間こめかみに鋭い痛みが走る。

 

 

「いてっ!」

 

 俺はデコピンされた。

 攻撃の主は少し興奮した様子で俺を咎めようとする。

 

 

「もう!! そういう話じゃなくて、普段のことを言ってるの!」

 

「だったらオレとしては君が普段から愛の言葉を使ってくれると嬉しい」

 

「くっ、うううぅぅぅ……」

 

 唸り声を上げて逡巡する涼子。

 彼女が行動で示そうとするタイプなのはよく知っているが、それはそれとして好意を言葉で表してほしい気持ちは俺にもあるぞ。

 やがて涼子は絞り出したような声で。

 

 

「…………努力はするわ」

 

 この日を境に涼子のデレ係数が増加した。

 否、増加などという生易しいものではなく激的な変貌を遂げた。

 次の日の朝である。

 ところで俺は自らの寝相を良い方だと思っているが、寝ている最中に全く動かないということはないようで手の位置とかはあっち行ったりこっち行ったりと変わっていたりする。

 そんな俺がいつもよりやや早めの時間で起きたのはベッドから転げ落ちたから、でなく息苦しさにも似た奇妙な重量感のせいだ。

 薄ぼんやりした意識の中、これが噂に聞く金縛りなのかと思いながら覚醒していく。

 ――マジで身動きがとれないんだが。

 混乱し始めた寝起きの思考回路は現状を理解することで更にバグることに。

 

 

「おはよ」

 

「んぁ……?」

 

 朝のあいさつをくれたのは同衾している涼子であるが、その彼女がなんと俺に抱きついているではないか。

 しかも抱き枕のそれじゃない。

 完全に上から抱きつかれているのだ。俺オン涼子オン毛布。

 

 

「え……なんだ。何してんの」

 

「"おはようのハグ"」

 

 ハグどころか人間布団じゃないか。

 いったい何故。

 

 

「なんでって、私もよくわからないけど黎くんの寝顔見てたら……嫌?」

 

「……嫌じゃあない」

 

 ちょっと、いやかなり驚いたけど。

 お返しに俺の方からも涼子に抱きつく。

 あったかくて、やわらかい。

 涼子と一緒に過ごしているうちに彼女から漂ういわゆる"女の子の匂い"はあまり感じなくなったが、この距離で嗅げば流石に認識できる。すごくいい匂いがする。

 特に寝起きの彼女から発せられる匂いは平素の三割増しで濃く、身体の感覚が麻痺しそうになる危険なほどの芳香だ。

 

 

「お楽しみのところ悪いけど、おはようの返事を貰えないかしら」

 

 そう言いながら顔を俺の眼前に動かす涼子。

 吐息どころか鼻息すらぶつかるような超至近距離に恋人の顔がある――しかも寝起きで――というのはどこぞの恋愛ノベルゲーCGでしか見たことないような光景だな。

 返事。返事ね。

 半ば無意識的な所作で右手を涼子の後頭部に回した俺はそのまま彼女の顔を引き寄せ。

 

 

「ちょ……んんっ」

 

 唇を奪い、舌で口内を侵蝕する。

 突然の出来事に涼子は眼を大きく見開くが次第に瞼の力が抜けていき、彼女の方から舌を絡ませてきた。

 互いを貪り合うディープキス。

 もちろん初めてのことじゃないがその殆どは情事の最中なので俺も彼女も自然と熱が入っていく。

 徐々にのぼせ上がるような頭の高揚感、舌に伝わる生暖かさ、涼子の唾液。それらを味わいながら束の間が過ぎ、やがて顔と顔が離れ終わりを迎える。

 さて、言い訳の時間だ。

 

 

「"おはようのキス"ってことで、どすか」

 

 こう呼ぶにはいささか刺激的か。

 涼子は口を手の甲で拭うと。

 

 

「っ、寝起きのお口はばい菌だらけなんだからね」

 

 恍惚とした表情を見せながらも抗議の声を上げる。

 君の口にあるばい菌なら喜んで食べるよ、なんて言ったら秒でグーが飛んでくるだろうな。

 俺は変態発言を自重する代わりに再びおはようのハグをする。これからますます寒くなる冬に向け涼子暖房の導入は必須なのである。

 と、冗談めいたことでも考えていないとすぐに思考が下劣な方向へと向かってしまう。

 このままでも大変満足かつ多幸感に満ちた状態なのだが、"もっと"というプラスの欲求を抑えられないのが人間の性質であり、それは俺も例外ではない。

 

 

「なあ」

 

「なに」

 

「ほっぺすりすりさせてほしいんだけど」

 

「……はい?」

 

 少しばかりの問答の末にさせてもらった。

 比較対象を知らないのでなんとも言えないが、多分つるすべ美肌ってやつなんだろう。非常に良き感触であったと記す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 涼子とのスキンシップはともかく、大筋ではいつも通りの朝を過ごしていた。

 彼女との距離が更に縮んだ――物理的に――ことを除けば。

 家事以外の全てにおいてそうなってしまった。一番顕著なのが朝食の時間である。

 朝食に限らず食事はテーブルに向かい合う形で着席することになっていたが、ここにきて涼子が俺の隣に座り出した。

 しかも俺の左隣に陣取るものだから左利きの俺と右利きの彼女とでは間隔をとっていてもしばしばお互いの腕が邪魔になる。俺と涼子の間隔は二人掛けの椅子かってぐらい無いので腕どうしの接触は避けられない。

 そんな状況におけるソリューションとは何か。聡明な諸兄ならもちろん、お分かりですね。

 

 

「はい、あーん」

 

 自家製のだし巻き卵ひと切れを箸で俺の方へ差し出す涼子。

 何かの冗談だと思いたい。

 こんな日が来るとは。

 朝倉さん(宇宙人)との練習をしっかりしておくべきだったか?

 なんて心にもないことを考えてしまうくらいにはどうかしていた。

 

 

「あ、あーん……」

 

 じゃなかったらこうして彼女の悪ノリに便乗していない。

 口に運ばれるだし巻き卵の味に集中できなかったのは言うまでもない。もちろん味の感想には美味しいと答えたが。

 自分のペースで食べれないストレスは多少あるのかもしれないが、涼子とベタベタすることによるリラクゼーション効果の方が圧倒的に前者を上回っているため何も問題はなかった。

 リラクゼーションという点では日課の野良猫たちとの戯れもそうである。

 登校前にマンションの裏庭であぐらをかいていると一匹、二匹と野良猫が近づいてくるので腕を伸ばし撫でまわす。

 

 

「今日も元気か?」

 

 定位置である股にいつの間にかすっぽり収まっていた茶トラくんに声をかけるとお返事とばかりにゴロゴロと喉を鳴らしてくる。愛い奴め。

 脚にくっついてくるハチワレくんはお尻をぽんぽんされるのが大好きでウニャンと声を上げる。めんこい子だ。

 制服についた猫毛はちゃんと処理しろと小うるさく涼子に言われるが、猫との時間は必要不可欠だ。

 そんな癒しの時間に水を差すようにポケットのスマホが振動する。

 グレー猫を撫でていた右手を動かしスマホを取り出し、通知アイコンが表示されている通話アプリを起動。

 で、思わず呟いたね。

 

 

「笑えるぜ……」

 

 文芸部のグループチャットで今しがた涼宮が書きこんだ内容を見てのことである。

 また面倒なことになりそうだという予感を抱きながら無心で野良猫たちをもふもふしていると、涼子が長門さんを連れて現れた。

 涼子は怪訝そうな顔で。

 

 

「見た? なんなのあれ」

 

「オレに聞かれても困る」

 

 涼宮からのメッセージはこうだ。

 『放課後、体操服を持ってここに来るように』という一文、その下に市内にある体育施設公式サイトのリンクが貼り付けられている。

 あの女の脳内で文化祭が体育祭に変換されてしまったとしか思えないぞ。

 

 

「それにつけても説明不足なんだから」

 

 体操服が入ったナイロン袋を俺に突き付けながら言う涼子。

 参加したくないから取りに戻らなかったのだが、わざわざ俺のを取ってきてくれたらしい。彼女の良妻賢母ぶりに泣きたくなるね。

 

 

 

 そんな一幕があった今日の放課後。

 文化祭の前日というものは授業が皆無なのもあってだいたいが暇な時間であるし、放課後ともなれば制作物が完成しきってないような場合を除きクラスで多少打ち合わせしてハイ解散というのがよくあるパターンだ。

 などという一般論から外れる形で北口駅からそれなり離れた場所にある体育施設へ参上すると、既に光陽園ペアが到着していた。

 施設入口の前で仁王立ちの涼宮はこちらを見るなり。

 

 

「なにチンタラ歩いてんの! ダッシュで来なさい!」

 

 家の前を通る度に吠えてくるような飼い犬が如くうるさい声をあげる。

 ちゃんと躾けてほしいものだが、従属関係としては古泉が飼う側ではなさそうだから困る。

 受付は既に済ませてるから、と言い施設の中へ入ろうとする涼宮。その背を止めるようにキョンが言う。

 

 

「待ってくれ。いったいここで何をしようってんだ」

 

「明日の特訓に決まってるじゃない」

 

 振り返りながら目的を簡潔に述べる涼宮。これで十割伝わったと彼女が思っているのなら小学校の授業に"対話"という科目を追加すべきだ。

 更衣室でジャージに着替えてから向かったのは体育館、ではなく施設内にある軽スポーツ室である。バスケやドッジボールをするわけではないらしい。

 それにしても流石私立校と言うべきか、同じブルーでも北高の芋ジャージと違って光陽園のはデザインが段違いに良い。

 スポーツブランドと提携している――胸にロゴが入っている――らしく、上がハーフジップのプルオーバータイプでラインの入りも装飾性が高くスタイリッシュな印象だ。

 

 

「一体何をジロジロ見てるのかしら」

 

「うぐっ、し、資本主義の在り様をね」

 

 俺の視線が涼宮に止まっていたせいか涼子が肘で横っ腹をぐりぐりしてくるので弁明。

 決してやましい気持ちは無い、たとえ涼宮の胸部の主張が普段より強かろうとも。

 俺と涼子のやり取りを気にしていない長門さんは涼宮に。

 

 

「楽器とかは無いみたいだけど、演奏しないの?」

 

「ええ。バンドじゃ練習時間足りないからダンスライブをするわ」

 

 あたしはギターもベースも弾けるんだけどね、と無駄なイキリをかましてから涼宮は「じゃあお願い」と言い、頷いた古泉はキビキビした動きで何やら準備を始めた。

 鞄からノートパソコンを取り出し、プロジェクターとケーブル接続。カーテンを閉め、電気を消して壁にパソコン画面を投影。プロジェクターのレンズを調整。

 

 

「準備できました」

 

「ありがと古泉くん……はい注目!」

 

 言われんでもこの"今から上映するぞ"と言わんばかりの状況なら注目する他ない。

 学校の授業ならいかようにして寝るかを考えてるところなのだが。

 

 

「これからゲリラライブで踊るダンスの模範映像を流すから、しっかり観るように」

 

 一回で覚えろと言わないだけ慈悲深いと言うべきか。

 模範映像とやらはどこぞの動画投稿サイトにアップロードされている某ダンスグループの類かと思いきや、古泉が操作するパソコンのフォルダ内にある映像ファイルらしく、それが光陽園二人(こいつら)の手で撮影されたものだというのはすぐに分かった。再生と同時に涼宮の姿が映ったからだ。

 映像の中の涼宮は屋上らしき場所――おそらく光陽園の校舎――に制服姿で立ち尽くしており、やがて曲のイントロが流れ出しダンスが開始。

 

 

「……マジかよ」

 

 洋画なら間違いなくオーマイゴッド、もしくはジーザスとでも言いたくなるような展開に頭を抱えたくなる。

 これが何の曲かすぐに分かったね。

 歌は涼宮のそれじゃなくボーカロイドで、メロディは打ち込み。

 涼子や長門さんは『なんてヘンテコな電波じみた曲なんだ』と思ったことだろう。

 だが、この歌い出しは間違いなく、

 

 

『ナゾナゾ、みたいに、地球儀を解き明かしたら~』

 

SOS団のダンスでお馴染み【ハレ晴レユカイ】だ。

 

 

 

 







朝倉さんTips:主人公が起きるまでの間、彼の顔をイタズラしていたぞ。
       (指で鼻をいじり回す等)




▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。