朝倉涼子さんと消失   作:魚乃眼

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(直観読了後は)初投稿です。





Epilogue43

 

 

 文化祭開催を週末に控えた水曜日の放課後、俺たち文芸部はいつになく慌ただしかった。

 それもそのはず。

 部としての出し物であるオススメ図書百選展示のため部室を掃除しているわけなのだが。

 

 

「もう! どうすんのこれ!」

 

 涼子が子供のやらかしを咎める母親のような剣幕で部室の一角を指差す。

 その先には文芸部に似つかわしくない多種多様なコスプレ衣装がかかったハンガーラックが鎮座している状況。

 毎日嫌でも視界に入ってくるので感覚が麻痺していたが、冷静に考えてこれを客人に見られるのはマズいだろう。文芸部がイメクラの類だと勘違い――まあ、俺は個人的に涼子に着てもらったりしてるけど――される。

 涼子は今日いきなりコスプレ衣装の処遇について言い出しているわけでもなく、前々から涼宮に持って帰るよう依頼していたにも拘わらず今日に至るまで放置されてきた。それゆえ涼子はプンスカなのである。

 

 

「いい加減捨てるわよ!」

 

「嫌よ。集めるの大変だったんだから」

 

「だったら持って帰りなさい」

 

「こんな量ウチまで運べないでしょ」

 

 こんな量を部室に持ち込んだ張本人は自らが被害者であるかのような物言いだ。

 涼子としてもどうにかしたいようだがトンチキ状態の涼宮相手じゃ話が進まない、暖簾に腕押しとはこのことか。

 せめて他の場所に避難させたい。

 といっても文化祭直前。どこもかしこも教室は使われてるし、都合よく物置として使えそうな空き部屋なんてあるわけない。

 

 

「いや、待て」

 

「はい?」

 

 俺の呟きに対し何だと顔を向けてくる涼子。

 聞き入れてくれるかは別として、そのコスプレ衣装を置ける空き部屋の存在を思い出した俺は提案してみることに。

 

 

「確かお隣のコンピュータ研究部は文化祭中、コンピュータ室で制作発表を行うはずだ。他が間借りするって話も聞いてないし、部室に置かせてもらったらいいんじゃあないか」

 

「……これを?」

 

「お願いしてみるだけタダだろ」

 

 涼子の顔はとてつもなく不満そのものだったが、黙っていても事態が好転するはずないため渋々といった形で提案に乗った。

 そして先ほどまで涼子に詰められていた涼宮はというと。

 

 

「んじゃ早速預けに行くわよ」

 

 とっ捕まえたメタモンを預かり屋へ連れていくかのようなノリでハンガーラックを引きずり部室を出ようとする。

 が、そんな涼宮を止めるように。

 

 

「待て。お前が行くと話がややこしくなる」

 

 キョンが彼女の肩にポンと手を乗せてそう言った。

 俺の知る限り涼宮は交渉というアクションの適性が最も無いような女だからな。"お願い"が断られた途端"脅迫"に変わるのが目に見えている。ブチャラティかよ。

 ここは涼子に一任するべきだ。

 なんて俺が呑気してたらいつの間にか背後に回り込んでいた涼子に首根っこを捕まれ。

 

 

「あなたも来なさい」

 

「なんでオレが」

 

「言い出しっぺでしょ」

 

「小学生かよ」

 

 助けを求めようと視線を泳がせるも部室の全員に眼を逸らされてしまった。あんまりだ。

 拒否するとヘッドロックに移行されかねないので大人しく涼子と廊下に出る。

 

 

「うん、よろしい」

 

 得意気な表情で頷く涼子。

 家だと大して俺への当たりがキツくないのに何故学校ではこうなのか。これが正統派ツンデレというやつなのか。

 しかし、思い起こしてみると昔の涼子はツンツンしまくりだった気がする。

 他のクラスメイトに対しては今と変わらず明るく優しい絵に描いたような"いい子"だったにも関わらず、俺に対しては辛辣な言葉も使うし。

 

 

「やっぱ君ツンデレだよな」

 

「……はあぁ? 気でも狂ったの?」

 

 何かおかしなキノコでも拾い食いしたのかといったような表情で俺を見る涼子。

 弁明のため今しがた思ったことをありのまま伝えると彼女は腑に落ちない様子で。

 

 

「あなたから悪い影響を受けてるだけ」

 

 ともすれば行動心理学におけるミラーリングなのかもしれないが、ツンデレだろうがそうじゃなかろうが俺は涼子が大好きなのでOKだぞ。

 気を取り直してコンピュータ研究部へ突入する前に一言。

 

 

「話は君が進めてくれよな」

 

「言われなくてもそのつもりよ」

 

 ますます俺の存在意義が問われるが、海外クラブの黒服よろしく用心棒役とでも思っておくさ。

 おほん、と咳ばらいをしてコンピュータ研究部の扉をノックする涼子。涼宮だったらそれすらせずに押し入っていると思われる。

 すぐに扉は開かれ、部員であろう四角い眼鏡の男子生徒が俺と涼子を交互に見て。

 

 

「どちら様……?」

 

「私たち文芸部なんですけど、折り入ってお願いがありまして」

 

「はあ。どうぞ」

 

 眼鏡部員に通されたコンピ研の部室内は俺たち文芸部と同じハコながらコールセンターのように部員全員の固定席が設けられており、レイアウトに無駄がない。

 その座ってる部員全員の視線が来客である俺と涼子へ一斉に向けられた。

 完全アウェー、甲子園に来たジャイアンツさながらだな。

 

 

「おや、君たち文芸部かい? 何か用?」

 

 コンピ研部長はこちらの顔に覚えがあるようで、椅子から立ち上がり用件を伺う。

 長門さんだと萎縮しそうなこの状況も我らが委員長朝倉涼子にとっては休日の河川敷と大差ない。リラックスできるということだ。

 涼子はどこか襟を正すよう表情を作ってから単刀直入に切り出した。

 

 

「文化祭の間、うちの私物を預かって頂けませんか?」

 

「うん。いいよ」

 

 文芸部私物の預け入れというお願いは二つ返事であっさりと快諾。

 涼子はすんなり行くと思っていなかったようで、目を丸くしてこちらを見てきた。

 日頃の行い、というほど奉仕的な活動を行ってきた俺たちではないが、良識のある相手に適切なコミュニケーションをとればこれくらいのお願いは聞き入れてもらえるのだ。

 いきなりパソコンくれとか言い出すような暴虐女(すずみや)とウチの相方とでは誠意の伝わり方に大きな開きがあると言えよう。

 そういうわけでオススメ図書百選展示に関する問題はクリアされた。

 ありがたいことにハンガーラック以外にも雑貨類、ボードゲームを詰め込んだ段ボールなんかも預かってもらえたが、やはりコスプレ衣装に関しては「君たち普段何やってるの?」と怪訝な顔をされた。是非も無し。

 何はともあれ、私物預けと整理整頓の甲斐あって俺の入部当初ほどでないものの文芸部の部室は落ち着いた感じに。

 

 

「大分見違えたな」

 

「文化祭終わったら元通りだけどね……」

 

 百選展示の配置も終わり、しみじみ呟くキョンとそれに反応する涼子。

 一方、涼宮はどこまでもマイペース。

 

 

「はー。これじゃ何にも出来ないわ」

 

 本で埋まった長テーブルを前に悪態をつく。

 涼宮が何かするといっても精々ネットサーフィンかボードゲーム程度である。

 なのにさも日常業務に支障をきたしている風な物言いなのだから、呆れを通り越して尊敬の念すら覚えてしまう。

 そして涼宮が最も嫌悪することが退屈の二文字と承知している古泉は、

 

 

「これを機に模様替えを検討するというのはどうでしょう。元が悪かったとは言いませんが、私物の管理が少々おざなりだったのは反省すべき点かと」

 

「それいいわね。文芸部たるもの、より機能的な空間で活動した方が生産性も上がるでしょうし」

 

例によって涼宮に余計な入れ知恵をしていた。

 はたして俺たちが向上させるべき生産性とは何なのか、少なくともXファイルだとかスーパーナチュラルだとかに出てくるような超常現象を発見することではないはずだが。

 涼子の方を見ると嫌そうに眉をひそめており、事と次第によっては"教育"不可避であろう。

 とにかく文化祭に向けた準備自体はこれで終わったため解散しても良いのだが、やることが無いのは明日も同じなのでせめて明日の部活について話そうかと思ったところで不意に部室の扉が開けられた。

 

 

「お、本屋みたいに立派な展示ね」

 

 ガチャリとドアノブを捻り部室に入ってきたのは文芸部の名ばかり顧問、森先生だ。

 面倒な奴が来たなと思いつつ、俺は最低限失礼の無いように苦虫を嚙み潰したような貌で訊ねる。

 

 

「何しに来たんスか」

 

「……あなたに用はありません。用があるのは部長の長門さんです」

 

「わたしに?」

 

 突然の来訪者からの指名にきょとんとする長門さん。

 森先生の用とやらは何てことなかった。

 

 

「領収書を受け取りに来ました」

 

 オススメ図書百選を展示するにあたり北高の図書室や市の図書館から本を借りてきたのは言うまでもないが、その他古本屋などから仕入れたものもあり、それらの購入費用は文化祭活動費から捻出されている。

 つまり最終的に金額が決算に載るため正確な数値が記載された領収書が必要なのだが、そんなの文化祭が終わってから取りに来ればいい話である。

 

 

「後回しにしてもいいことありませんし、万が一にでも領収書の提出を忘れたらわたしが横領したと疑われるんですよ」

 

「さいですか。てっきり暇潰しに来たのかと」

 

「暇な訳ないでしょう。最近はわたしもあの人も帰りが遅いんだから」

 

 表情こそ変えてないがどこかストレスを感じるトーンで言う森先生。

 あまりにも平然とそう言ってのけたので俺としては苦言を呈さざるを得ない。

 

 

「仕事熱心なのはいいけど結婚してそろそろ三年だろ? マジで早く母さんに孫の顔を見せてやってくれ」

 

「何度も言ってるけど、教師はそう簡単に産休取れないのよ」

 

 退職する気は無いらしい。

 この歳で母親から初孫を期待されつつある俺の身にもなってくれ、と森先生のスタンスに気を揉んでいると。

 

 

「……なあ。やけに馴れ馴れしい感じだが、お前と先生どういう関係なんだ」

 

 キョンが会話に突っ込みを入れてくる。

 どうもこうもあるかよ、と煩わしさを感じた俺より先に彼の質問に答えたのは涼子だった。

 

 

「キョンくん聞いてないの? 園生さんは彼のお姉さんよ」

 

 もしゲーテ先生が未だご存命であられれば、今この瞬間に『時よ止まれ』と言うたに違いない。

 全員だんまりになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「冗談も大概にしなさいよ涼子、これのどこが姉弟なの」

 

 奇妙な間を嫌ったのか、静寂を破ったのは涼宮だ。

 こういう反応になると想定済の俺は特別主張をせず、視線で()()() ()の方に説明をパスする。

 姉さんは俺の態度に眉をひそめたが、教師らしく大人の対応を見せてくれた。

 

 

「いいえ涼宮さん。涼子ちゃんの言う通りこの愚図はわたしの愚弟です」

 

 愚図だの愚弟だの身内に対する物言いとはとても思えないんだけど。

 しかし伊達や酔狂という文字が辞書から欠落したような冷血女である姉さんの発言は受け入れるほかなく、涼宮は首をかしげながらも疑いの声をあげるのをやめた。

 古泉は俯瞰するように俺と姉さんの顔を見て。

 

 

「そう言われますと目元は確かに似ています。森先生が同年代でしたらすぐに姉弟と分かったでしょうね」

 

 なんか気持ち悪い分析をしてくれた。

 俺にとっちゃ怠いだけの空間が続きそうなので姉さんを追い払うような声を上げることに。

 

 

「暇じゃあないってんなら貰うもん貰ってさっさと帰っておくんなまし」

 

「……ほんと可愛げない弟だこと」

 

 言ってろ。

 そして領収書が入ったクリアファイルを長門さんから受け取ると姉さんは足早に部室を出ていった。

 波風を立てに来た張本人が消えたというのに部室は変な空気のまま、というか俺に視線が集まっている気がする。さもありなん。

 

 

「園生さんのこと、なんで黙ってたの?」

 

「そりゃあ教える必要なかったからな」

 

 涼子は俺の答えになんとも言えない面持ちになる。

 だが考えてみてほしい。家族が教職員やってると知られたらクラスメートからのウザい絡みが1000%増えるのだ。

 俺は心得ている。こういう精神衛生上のリスク管理を怠った奴から先に死んでいく。

 故に俺から誰かに姉さんが北高で教師やってるなどと言うことはなかった。まあ、こいつらに知られる分には構わん。

 

 

「それはいいとして、模様替えの内容を考えるんだろ」

 

 これ以上姉の話をしてもしょうがないので、話題を変えるべく涼宮に話を振る俺。

 その涼宮はというと退屈に悪態ついてた先程までと打って変わり、不敵な笑みを浮かべている。

 頼まれてもいないのにつかつかと黒板の前に躍り出た涼宮は俺の振りに対し。

 

 

「模様替えはいつでもできるから今度にしましょう。それよりあたし、いいこと思いついたのよ」

 

 ダンセルにヴェーラーを投げつけるくらいお約束と化した展開だな。

 "いいこと"とは何を指すのか、という突っ込みが入るよりも早く涼宮は言葉を続ける。

 

 

「さて涼子。文化祭で一番重要なことってなんだと思う?」

 

 この女が考える重要事項を当てるのは猿が【ハムレット】の原稿を書き上げるのと同程度の難易度だろう。

 涼子の答えは常識的な物差しで割り出されたものだった。

 

 

「楽しむこと」

 

「違うわ。そんなのは小学生レベルの発想ね」

 

「……じゃあいったい何が高校生レベルなんですか」

 

 案の定答えが的中せず、謎理論で切り捨てられたためにむすっとした顔で涼子が涼宮に問う。

 対する涼宮はキメ顔でこう言った。

 

 

「ズバリ、伝説になることよ!」

 

 小学生レベルの発想じゃねえか。

 涼宮のことを理解できているんだかよくわからない古泉を除く全員の頭上にクエスチョンマークが浮かんでいることだろう。少なくとも俺は文化祭で伝説になれという教育を受けた覚えがない。

 そんな俺たちの状態を把握しようともしないままレジェンダリ―涼宮は説明を開始する。

 

 

「いい? 楽しむことは文化祭で大前提。自分の思い出に残るのは当たり前のことなの。でもね、そんなのは誰だってできるわ。あたしたちが目指すのは他人の思い出に残るような文化祭にすること」

 

 なんか勝手に涼宮のビジョンに俺たちが組み込まれているぞ。

 まあ、伝説というワードはアレだがこの女の言わんとすることは分らんでもない。

 要するに記録よりも記憶に残る的な、完全燃焼しようとでも言いたいのだろう。

 

 

「具体的にどうするんだ。オススメ図書百選を熱烈にアピールする方法でも考えようってか」

 

「残念だけど文芸部としての活動じゃ伝説になるのは難しいわね。と、いうわけであたしが考えたのは……」

 

 キョンの指摘を受け流しつつ、チョークを手に取って黒板に書き込んでいく涼宮。

 そこに書かれた文字はこれまた涼宮の思いつきらしい素っ頓狂なものだった。

 

 

「あたしたち文芸部で"ゲリラライブ"をやるわよ!!」

 

 助けてくれ、ラブライブ。

 

 

 


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