朝倉涼子さんと消失   作:魚乃眼

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Epilogue42

 

 

 ――七月七日。

 年間行事の一つ一つを楽しみとする小学生ならいざ知らず、中学二年生の身分である俺としては何の面白味も感じられぬ平凡無風な一日である。

 幼馴染の朝倉に叩き起こされる()()の目覚めから始まり、あくびが出るほど退屈な時間を学校で過ごし帰ってゲームやって一日を終える。気が狂いそうな日々の繰り返しだ。

 登校のため駅へ向かう道中、俺は隣を歩くちんちくりんのコロポックルちゃんに対し嫌味ったらしい声色で言う。

 

 

「ハッキリ言っておくが、オレがわざわざ学校に通ってるのは君に家から引きずり出されてるからだ」

 

「でしょうね」

 

「義務教育なんてしょせんモラトリアム期間だからな。それ以上の意義なんてありゃあしない」

 

「モラトリウム……?」

 

 何言ってんのという顔の朝倉。

 中学生には難しい単語だったか。

 

 

「……何でも無い」

 

 聞いても無駄と悟ったのか朝倉は黙った。

 こうなると俺が悪者みたいなので話題を変え誤魔化すことに。

 

 

「知ってるか。北海道の七夕は今日じゃあなくて八月なんだとよ」

 

「へぇ、どうして?」

 

「知らん。旧歴で月がズレてるとかそんなだろ」

 

「何よ、いい加減な知識ね」

 

 言ってろ。

 すると七夕の話題を出したからか、今度は朝倉の方から。

 

 

「それであなたは何をお願いするの?」

 

「は? お願い?」

 

「短冊に書く願いごとよ」

 

 この女子、見た目だけじゃなく頭ん中身もお子様ランチなのか。

 言葉を失う俺に追い打ちをかけるかのように朝倉は。

 

 

「ちゃんと考えておきなさい」

 

 と、思わせぶりな発言をした。

 願いごと、願いごとね。

 こんな生活にも徐々に順応できている気がしてる俺だが"夢"だとか"目標"だとかといった未来の事は何一つ考えちゃいない。

 よくたとえ話で人生が何度もあったら、とか言うが実際に体験させられる身にもなってほしい。異能チートで無双もできないとなれば気力など湧かないのだ。

 いつも通り思考を鈍化させ省エネを超えたエネルギーセーブ状態で授業時間を乗り切り、今日は掃除当番じゃないのでさっさと帰る。

 一人で帰ってもいいのだが、そうしようとスタコラサッサで教室から出ようとすぐさま朝倉が待ちなさいと追いかけてくるので今年に入ってからは大人しく一緒に帰る選択肢を取るようにしている。

 朝倉は廊下に出るや開口一番。

 

 

「願いごとは考えた?」

 

 早速朝の宿題を提出しろときた。

 俺が忘れてたと言うとギャーギャー騒ぎそうな女だというのはここ一年の付き合いで充分承知しているため適当に返事をする。

 

 

「なんとなくな。でもなんだ、まさかマジに短冊に書いて吊るすとか言うんじゃあないだろうな」

 

「じゃなかったら考えてって言うわけないでしょ」

 

 何言ってんのという表情の朝倉。

 短冊に書くのはいいとしてどこで短冊を吊るすつもりなのだろう。まさか朝倉の家にクリスマス・ツリーよろしく竹があるわけないし。

 

 

「それは今晩のお楽しみ」

 

 したり顔でそう言う朝倉を見て思ったね。また面倒なことになってきたぞ、と。

 だが悲しいかな、こんなちびっ子ぐらいしか俺にはコミュニケーションを取る相手がいないのだ。取ろうと努力してないのも事実だが。

 俺の胸中などいざ知らず夕方駅前に来るよう告げる朝倉。

 やることも無いのでそれに従い、帰宅後私服に着替え家を出て指定の時間に最寄りの私鉄駅前へ向かうと既に朝倉が待ち受けていた。

 ボーダーのシャツと青いスカートに身を包んだ朝倉は俺を見るなりむっとした様子で。

 

 

「遅い!」

 

「遅くない。時間ピッタシだろ」

 

「いつも10分前行動できてるのになんで今日は時間ピッタシなのよ」

 

「10分前行動の必要を感じなかったからな。映画の時は上映に遅れたら困る」

 

「まったく……」

 

 呆れたと言わんばかりに顔を背けスタスタ改札へ向かっていく朝倉。

 俺もそれについて行くがまだ行き先を聞いちゃいないぞ。

 

 

「七夕に相応しいスポットよ」

 

 どこでもいいが明日も学校があるのだからあまり遠くに行くのは良くないのではなかろうか。別に俺は明日休んでも構わんがね。

 それから私鉄に乗り、学校と反対方向へ向かう特急に乗り換え朝倉の世間話を聞かされること10分弱、朝倉に言われるがまま全く来たこともないような寂れたホームの駅で降車した。

 てっきり商店街の短冊吊るしイベントだとかそういう地域活動的なやつに参加すると思っていただけに謎すぎる展開だ。

 改札を抜けるとすぐに出口があるような超ローカル駅から出ると、朝倉の案内に従い見知らぬ道を歩いていく。

 そうして15分くらい歩いて、

 

 

「ここ」

 

と朝倉が目の前にあるそびえ立ったタワーを指さし、俺は目的地に到着したことを悟った。

 まだ完全に陽が没してないものの既にライトアップされているそのタワーの存在自体は知っていた。管状の赤いフレームで覆われた外観が特徴的だ。しかしながら道中の道のりが初見なことから分かるように、実際に来るのは初めてである。高いとこに上がれるだけの場所にわざわざ来る理由なんかないし。

 入口からタワーの中に入りチケットカウンターで展望フロアへの入場券を購入。学生料金は大人の半分以下だ。

 こういう時、ツレがちんちくりんだと学生証を出す手間が省けてありがたい。

 カウンター横の階段から2階へ上がり、特に見て回ることもなく展望フロア行きのエレベータに乗る。

 

 

「なんでここに来ようと思ったんだ」

 

 上昇中、展望フロアや周辺施設の紹介をする自動音声がスピーカーから聞こえてくるのを聞き流しつつ俺は朝倉に訊ねる。

 朝倉の返事はぶっきらぼうそのものだった。

 

 

「さあ。自分で考えたら?」

 

 分からんからてめえに訊いてんだろがい。

 ギスギスした感じになるのも嫌なのでこれ以上俺から何か言うこともなくシースルーエレベータから見える外の景色に視線をやる。

 天国にでも連れていかれそうな長さのエレベータが展望フロアへ到着すると、息つく暇もなく階段で更に上へと行く羽目に。

 そして展望フロアの最上階、設置されている望遠鏡の横にあつらえ向きの竹笹が手すりに沿って起立させられていた。

 ここまで来れば言葉は不要。願いごとを書くため台に置かれている短冊とペンを取る。

 言うまでもなく短冊に吊るす願いなど考えてなかった俺は思いついたことをそれらしく書いた。即ち。

 

 

「『恒久的な世界平和』ってあなた……何思ってもないこと書いてるのよ」

 

 俺が短冊に書いた祈りにも似た願いを見て気味悪いとでも言いたげな反応を示す朝倉。

 対する俺のリアクションはわかりやすく嘘くさかった。

 

 

「失敬な。オレはどうすれば世界がより良くなるのか常日頃から頭を悩ませてるんだぜ」

 

「ペラいったらありゃしないわね」

 

 そういう朝倉はなんて書いたのか。

 すっと俺に突き付けてきた短冊に書かれてる文字によると『友達とずっと仲良くできますように』だと。なんともまあ、お子様らしい。

 だが俺はこのちびっ子と違い本音と建前を上手に使い分けられるので「良い願いだな」と言っておく。

 そして短冊のパンチ穴に紐を通し、笹の葉に引っ掛けて吊るす。

 これで七夕としては終わりになるわけだが、わざわざ入場料払ってまで来たのだから施設本来の楽しみ方をしなくては勿体ない。

 ただ外を展望するだけの時間。そういえばこういう場所で夜景を眺めたことなんて殆どなかった。来るとしても大抵昼間だ。

 周辺のビルと高さそこまで変わんねえなとか、タワー自体がもっと高ければ遠くまで見渡せたのにとか、微妙な感想が浮かんでくるのになぜか俺の気分は悪いもんじゃなかった。

 

 

「いい眺めでしょ」

 

 踏み台に乗り、俺と同じ目線になっている朝倉が横から声をかけてくる。

 

 

「ああ。いい眺めだ」

 

 自分でも驚くほど素直な相槌だった。

 窓から漏れる明かりで照らされるマンション、ビルの数々。絶え間なく高速道路を飛び交う車。夜の湾岸に停泊しているボート。近くの児童向けテーマパークのライトアップされた観覧車。展望室を一周して俺が観た景色の全て。

 夜景のレベルとしては良くて中の上であろうこの景観の何がいいのか具体的にはわからないけど、俺の感受性もまだまだ捨てたもんじゃないのかもしれない。

 

 

「一人で来てたら帰るのが寂しくなってたと思う」

 

 下りのエレベータに乗るため最上階の階段を降りながら呟く俺。

 朝倉はプッと吹き出し。

 

 

「あ、あなたにもそんな感情があったなんてね」

 

「んだよ。馬鹿にしてんのか?」

 

「心配しなくても私がついてってあげるから、ね?」

 

 ニヤニヤした顔のちびっ子を見ながら俺は後悔した。

 感傷的なセリフは口に出さない方がいい――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――あの日を思い返しながら懐かしい気持ちになる。

 まあ、古本屋というのは何かとノスタルジーを感じてしまう場所だ。この話は本と全く関係ないけど。

 

 

「覚えてるかな。中二の七夕、湾岸の展望タワーに行ったこと」

 

 学生鞄から長財布を取り出しながら涼子に訊ねる。

 彼女は一瞬フリーズした後、こくんと頷く。

 

 

「覚えてるわよ。私が誘ったもの」

 

「あの時はさ、マジで1ミリも君の気持ちなんてわかってなくて……デートスポットとして有名だもんな」

 

「わかってなくて当然ね。私なんて眼中になかったみたいだし」

 

「そういうわけじゃあないんだけどさ」

 

 俺が言い訳したところで彼女からすれば同じようなもんかと思い、話を軌道修正させる。

 

 

「オレが財布と小銭入れを使い分けてるのは、君も知ってるよな」

 

「ええ。財布がパンパンになるのが嫌なんでしょ?」

 

「それもあるけどもう一つの理由が……これさ」

 

 長財布の中央にある小銭ポケットのチャックを開け、中に入っていた物を取り出し涼子に見せる。

 形状から五百円玉と見紛うような金色の物体には件の展望タワーが刻印されており、それを目にした彼女の顔は驚愕の色を見せていた。

 俺が財布から出したそれは観光スポットによくある販売機から購入した記念メダルだ。

 下りのエレベータに乗るために階段を降りた後、‎順路にあった売店横に設置されていたマシンに釣られた涼子がせっかくだから買いましょうと言い、渋々購入したものだった。

 裏面には訪問した日付と名前がローマ字で刻印されているのだが、このメダルに刻印されている名前は俺じゃない。

 

 

「最初はお守り代わりのつもりだった。他に入れるもんもないし、メダル一枚くらいなら財布の厚みも変わらないし」

 

 それが財布を買い替えてからも続いていき、そして彼女に想いを告げられたあの日、これはただのメダルじゃなくなった。

 このメダルの裏に刻まれたアルファベットは"ASAKURA RYOKO"。

 要するに俺と涼子でメダルの交換を行ったのだ。誰と行ったか思い出せるように、という彼女の言葉に従って。

 

 

「ほんと、眼中になかったって言われても仕方ないよな。オレはそれが普通って思ってたわけだし、朴念仁どころかただの愚鈍だ」

 

 彼女の想いを知り、彼女と距離を置き、それでも尚このメダルを常に持ち続けた俺。

 そうしていた時点で答えは出ていたのだ。ただ俺が救えないほど臆病だっただけでしかない。

 

 

「ってことで、証明になりま」

 

 せんかね、と訊ねようとした俺の言葉は遮られた。

 涼子に正面から抱き着かれたのだ。

 

 

「……ごめんなさい。私、意地悪なこと言って」

 

「いやいや、別に気にしてないんだけど、その」

 

 ここお店の中ですよお嬢さん。

 SNSでバカップル発見と晒されても文句言えない状態なんですがとテンパって視線を上げた先に涼宮がいた。

 涼宮は呆れたのが物凄く伝わってくる微妙な表情になり、すぐさま書籍コーナーから立ち去ってしまう。

 

 

 これ、俺が悪いのか?

 

 大丈夫な旨を何度か伝えた後に俺の身体は解放されたものの、とてもじゃないが本選びに集中などできる雰囲気じゃない。

 かといって明日に仕切り直すというのも色々と面倒――今日はキョンに押し付けてきたが、実行委員の雑務も何かとある――なためタイトルや作者で関心を抱いたものを適当にセレクトし、購入。

 七冊購入したので残りのノルマは五冊。これであれば頑張って図書室の本から選べるだろう。選べなかったら漫画でわかるシリーズから選出してやる。

 どうにかこうにか切り抜けたので光陽園組を呼びに漫画コーナーへ行くと二人してバキを立ち読みしていた。

 

 

「もっとかかると思ってたわ」

 

 と、こちらに気づいた涼宮が本棚に単行本を戻しながら言う。

 ()()()()()に時間がかかると思っていたと聞こえるのは俺の気のせいじゃないだろう。

 にしても立ち読みしてた本がバキか。女子なら絵柄がキモいとか言いそうなもんだが。

 

 

「やっぱ大擂台賽編までは面白いのよねえ」

 

 まとめサイトのテンプレじみたコメントみたいなことを平然と吐く涼宮。

 横の優男はそのあたりどう思ってんだ。

 

 

「お恥ずかしながら僕は初見でしたが作者の力量でしょうか、読んでいて妙な説得力を感じましたね」

 

 古泉の発言で知ったがどうやらバキは男の必修科目じゃないらしい。

 それから俺と涼宮がバキの再登場してほしいキャラ――俺が天内悠、涼宮が純・ゲバル――について熱く語り合いながら北口駅までの道のりを歩いていき、帰りの線が違うため光陽園の二人とは駅構内で別れた。

 で、涼子と二人きりなわけだが、実に気まずい。さして長くもないはずの帰りの乗車時間がやけに長く感じる。

 主に彼女が自己嫌悪的状態に陥っているのが淀んだ空気を産む原因なため、ここは彼女に非がないことを理解してもらうよう何か言おうとした瞬間、

 

 

「あのメダル。とっくに捨てたと思ってた」

 

ぽつりと呟くように涼子が口を開いた。

 会話のフックとしては充分なので引っかかりにいく。

 

 

「そう思うのも無理ないって。あの頃のオレはマジで態度悪かったし」

 

「確かに。口は悪かったわね」

 

 昔の俺が涼子に好かれてると思ってなかった最大の原因はそもそも俺自身が彼女に好かれようとしてなかったからだ。

 学校祭の件があってからは彼女に対する俺の意識も大分改善されたが、その程度で距離感を変えようなんて。

 

 

「まあ、メダルに入ってる名前が自分のだったらこんな扱いはしてなかったと思うよ」

 

「そ。私の想いは伝わってなかったにせよ交換した甲斐あるわね」

 

「……ところで気になったんだけど、オレが君に渡したメダルはどうしてるんだ?」

 

 ふと疑問に思ったので訊ねた。当然といえば当然の疑問だ。

 すると涼子はさっと視線を逸らし。

 

 

「あ、あー、そうね。確か机の引き出しにしまってあったかしら」

 

 どこかしどろもどろな返しをした。

 この様子を受け、彼女の方こそメダルを捨ててしまったのだろうと思った俺だったが、そうじゃなかった。

 後日。涼子が生徒手帳にメダルを常に入れていることを知った俺は胸が張り裂けそうになり、心ゆくまで彼女を抱きしめた。

 

 

 






Q.「宇宙人に干渉された件は不問に処すって言ってませんでした?」
A.「恐らく女心と秋の空と考えられる。やっぱし怖いスね幼馴染ヒロインは」

Q.「学校祭の件って?」
A.「ああ! それってハネクリボー?」




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