朝倉涼子さんと消失   作:魚乃眼

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(公式が新刊発売発表してからは)初投稿です。





Epilogue41

 

 

 文化祭もいよいよ開催が近づいてきて大詰めな感じである今日この頃、俺たち実行委員は北高を飛び出して光陽園学院へ来ている。

 こちらで造られた諸々の展示物や資材を運び出すため力仕事というわけだ。なので今はジャージを着ている。

 

 

「おー、光陽園の敷居を跨いだのは初めてだが思った通りお堅そうな空気がぷんぷんしやがる」

 

 腕のストレッチをしながら谷口がそんなことを言う。

 この男はもちろん実行委員ではないのだが、何故俺とキョンについてきたのかというと光陽園側の実行委員である彼の彼女にいい所を見せるためらしい。

 賃金も発生しないというのにわざわざご苦労なことだ。俺には無理だね。

 

 

「世の中金で買えないもんもあるってこった」

 

 言いながら得意気な貌を見せる谷口。

 好都合なことに調子のいい馬鹿ほど使い勝手の良い駒は無いため、俺の分まで働いてもらおう。

 裏門でぐだぐだしながら待っていると光陽園の女子生徒二人がこちらへ向かってきた。

 

 

「やあ君たち、わざわざ来てくれてありがとう。今日はよろしく頼むよ」

 

 一人は準備期間中、幾度となく顔を合わせた佐々木さん。

 こんなべっぴんさんに好意を持たれて(推定)手を出さなかったキョンの神経が疑わしい。頭ピグモンか。

 そしてもう一人は毛髪量が佐々木さんと対照的な超ド級ロングヘアの眼鏡女子。写メで見たことがあるので間違いない、彼女こそが周防九曜その人だろう。

 彼女は俺とキョンにぺこりと一礼して。

 

 

「初めまして、周防です……よろしくお願いします……」

 

 おずおずと挨拶の言葉を述べた。

 実際に周防九曜を見てみた印象としては長門さんのような小動物系な雰囲気を纏った少女である。長門さんがシマリスなら周防九曜はエゾリスといった感じ。

 谷口は我こそ北高代表だと言わんばかりの勢いで前に出て。

 

 

「おう! 俺が来たからには百人力だぜ」

 

「来てくれてありがとう谷口くん……でも怪我には気を付けてね」

 

「なあに、搬出なんてバイトで慣れてらあ」

 

「ふふ……じゃあ頼りにさせてもらおうかな」

 

 自然と顔がほころぶ周防九曜。

 この打ち解け方からしてマジに谷口と彼女は親密な関係らしい。

 佐々木さんは興味深そうに二人を見て。

 

 

「おや、周防さんと知り合いなのかい?」

 

「俺もこの期に及んで信じられてないんだが彼氏彼女の関係だそうだ」 

 

「なるほど彼が噂の……」

 

 キョンの説明に頷く佐々木さん。

 一体どういう噂が光陽園内で立っているのか知らないけど現実の谷口より酷いってことは無いだろう。得てして風評とは脚色されるものだ。

 さて、早速仕事にかかるわけだが段取りとしては校内にある資材をトラックのコンテナに積み込むというもので、ありふれた搬出作業である。

 ただ今日の直前までに制作ないし使用されてきたような物が運び出しの対象となるため、あちらこちらから回収しなければならない。まあ、光陽園の生徒が一か所に資材を纏めてくれてたら外部のヘルプ要因なんて必要ないのだから手間があって当然か。

 俺たち北高生は持参してきた軍手を装着――谷口に至ってはゴム軍手――し、校舎内へと立ち入る。

 そこからは手分けしての作業となり、各々光陽園の生徒に指示を受け移動。俺も見知らぬ女子生徒に言われるがまま階段を上り、廊下を歩いていく。

 黙ってガイド役だけ務めていればいいのに話したがりなのか女子生徒は会話を振ってくる。

 

 

「ねえねえ、抜水くんと同じ中学だったって本当?」

 

「……そうだけど」

 

「どんな子がタイプなのか、もし知ってたら教えてほしいなーって」

 

 くそかったりい。

 本人に聞いてくれよという感じだが、俺という藁にすがる程度には難儀しているのかと思うと老婆心じみた感情も多少沸いてしまう。涼子じゃあるまいし。

 とはいえ俺があいつに関して知っているパーソナルな部分などそう多くない。アニオタであることと、同級生の男子にストーキングじみた行為を繰り返す一学年下の妹に手を焼いていたことぐらいだ。

 好みのタイプかは分からないが、抜水の好きなキャラクターを思い出してみる。CCCのエリザや艦これの雷……やべーやつじゃねーか。

 

 

「うーん、元気のある活発な人が好きなんじゃあないかな」

 

 本質情報への言及を回避するよう慎重に言葉を探しながら女子生徒の質問に答える俺。

 積極的に行けば自分にもワンチャンあるかもしれないと感じた女子生徒が感謝の言葉をくれたが、どうなることやら。

 して、女子生徒に案内された先は多目的教室らしく部屋の床あちこちに展示物と思わしき物体が節操なく放置されていた。

 手伝いで来ているとはいえ力仕事なのだから野郎に任せて指示出しに徹してもバチは当たらないのに、女子生徒は一緒に運ぶと言う。

 

 

「早く終わった方が嬉しいでしょ」

 

 なんと尊き親切心。

 いや、涼宮ハルヒとかいう女暴君のせいで感覚麻痺していたがこれが普通なんだよな。

 というわけで超協力プレイで進めること一時間弱。多目的教室の運び出しが完了。

 その後は教室前の廊下に置かれている大型の展示物を一緒に運んでいき、どうにかこうにか日が暮れる前に仕事を終わらせた。

 裏門を見るもまだ終わってないのかキョンと谷口は来ていない。涼子なら率先して手伝いに行くのだろうが俺にそんなボランティア精神などない。校舎の壁にもたれかかって二人が来るのを待つ。

 

 

「あ! いたいた!」

 

 元気はつらつな声がする方を見やると先ほどバディを組んでいた女子生徒がこっちへ向かってくる。

 なんだ、手伝いに来いってかと内心げんなりしていると。

 

 

「お疲れ様。はいこれ」

 

 と缶ジュースを手渡してきた。

 ははあ、これが私立光陽園学院の民度の高さか。ありがたく頂戴しますとも。

 プルタブを開け喉にジュースを流し込む。しゅわしゅわ感と強い酸味が同時に口内を駆けずり回る、なんだこれ。

 

 

「どう? 美味しい?」

 

「……なんの炭酸だ、スポーツドリンク?」

 

「そう、新発売のやつ。最近のお気に入り」

 

 マズくはないが万人受けしなさそうな味だ。

 他人からの貰い物にケチを付けるほど偉い身分でもないため黙っておく。

 それからキョンと谷口が来るまでの三十分近く女子生徒の話を一方的に聞かされる大変ありがたい時間が続いた。結果として精神的疲弊の方が大きかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無償の肉体労働を終えて帰宅した俺を涼子は労ってくれたが、俺が欲しいのは数秒後には宙に溶け消えてしまうような言葉じゃなく実体を伴った奉仕である。そもそも労いの言葉は佐々木さんから貰っているので充分だ。

 そして奉仕とはつまり、膝枕を意味する。俺の主張を聞いた涼子は口をあんぐりさせ息を吐いてから。

 

 

「どういう理屈なの」

 

「涼子の太ももは最高だってことだ」

 

「ああそう……」

 

 涼子は突っ込む方が馬鹿らしいと観念した様子でソファに腰かけ、どうぞと自らの太ももをポンポン叩く。もちろん遠慮なく行かせてもらう。

 ソファの上で横になり頭を彼女の太ももに乗せる。マジで落ち着くわこれ。 

 

 

「晩ご飯の準備したいから10分だけよ」

 

「そんな。せめて30分は頼む」

 

「だーめ」

 

 くうう。

 ならばせめてもの抵抗として寝返りをうち、涼子のお腹に顔を密着させる。

 慣れている涼子は特に驚くこともなく俺の頭を撫でながら。

 

 

「よしよし、今日も一日頑張ったわね」

 

 と赤子をあやすかのような対応。

 なるほど。今俺の胸にふつと湧いた感情こそが"バブみ"なのかもしれんね。

 事実、母さんと同じかそれ以上に面倒を見てもらっている立場であるため涼子に母性を感じて当然ではあるのだが、彼女にオギャってしまうと俺はマザーファッカーということになるためこちらとしても冷静な対応をしなければならない。

 視界が涼子のお腹に塞がれた状態のまま俺は声を上げる。

 

 

「オレを子供扱いするな」

 

「あなた自分が大人だとでも思ってるの?」

 

「大人も大人。君より一回りは長く生きてるんだぞ」

 

「その割にはねえ」

 

 わざとらしく言い淀む涼子。

 なんだよ、一回り下の女の子を好きになって悪いのかよ。

 

 

「そうじゃないわ」

 

「いや、わーってる。みなまで言うな」

 

 精神成熟度の低さなど自分が一番知っている。

 俺がふてくされているように感じたのか涼子は話題を提供しようと文化祭の話を切り出す。

 

 

「ところで推薦図書は決まった?」

 

「……三冊ぐらいは」

 

「全然足りないじゃない!」

 

 百選というからには一人十冊以上選出しなければならないわけで、部長の長門さんは二十冊、副部長――自分からなった覚えはない――の俺は十五冊も選ぶ羽目に。

 

 

「通ぶって海外小説なんか読んでるくせに推薦図書の十冊も決められないの?」

 

「別にオレは多くの本を読んできたわけじゃあないんで」

 

「自分の非を素直に認めるのが大人よ」

 

「その通りっす。耳が痛い」

 

 結局10分経たない内に太ももから引き剥がされ膝枕は強制終了となった。

 晩飯を作りに涼子はキッチンへ消え、居間には俺一人が取り残される。

 消化不良だ。今日の放課後丸々顔を合せなかった分、もっと涼子とベタベタイチャイチャしたい。

 だからといってかまちょムーブをかまして料理の邪魔をすればガチ説教を喰らう(一敗)ので我慢を余儀なくされる。

 やることもないから推薦図書の候補を考えてみるが如何せん偏りが出てしまう。同じ作者から何冊も選んでては手抜きに思われるから駄目と涼宮が言っていたので、幅広く選ばなきゃならんわけだ。

 因みに涼子は早々に選出ノルマを達成した。その中に料理のレシピ本が入っているのは彼女らしいと言うべきか。

 それからひとしきり頭を悩ませたが進捗は無い。だいたい俺一人で考えられてたらこうなっていないのだから今進捗が得られないのは当然のことである。

 

 

「ふうん。考えてもお手上げな状態と」

 

 晩飯を食べながらぼやく俺に対しおかずである銀だらの切り身を箸でほぐしながらこう言う涼子。

 去年と違って今の俺は気兼ねなく彼女に助力を乞えるのだから、どうにもならない時は困った時の朝倉さんだ。

 彼女は数秒間黙り、やがて良いアイデアが思いついたといったようにクールな表情になり。

 

 

「何もないとこから思いつくのは難しいでしょうし、やっぱあれしかないわね」

 

「あれって?」

 

「餅は餅屋ってこと」

 

 本は本屋。

 

 

 

 というわけで翌日の放課後、北口駅近くにある中古本販売で有名な某チェーン店にやって来た。

 いつも映画を観に行く大型モールまでの道のりを横に逸れ少し歩いた先にあるそこは平日土日問わず漫画の立ち読みに来るガクセーどもが多い。この手の店ならどこも同じか。

 それはそれとして。

 

 

「何でお前らついて来てんだ?」

 

 俺は放課後デートの心づもりでいたのに、当然のように黒セーラー女と学ラン野郎までいてビビってるんだが。

 黒セーラー女こと涼宮は虫が好かない様子の俺を鼻で笑ってから。

 

 

「本選びって体であんたら二人だけサボろうったってそうはいかないんだから」

 

「随分な言い草じゃあないか。で、お前はいつも通り涼宮のSPか」

 

「はてさて。僕は馬に蹴られるつもりなどないのですが……こういう古本屋に立ち寄ったことがなかったので、個人的な興味が湧いたという感じです」

 

 学ラン野郎の古泉は朗らかな営業スマイルで俺に弁明する。

 それらしい建前を用意したところでこの男が涼宮の腰巾着であることには変わりない。涼宮が行くと言ったら南極基地だろうと同行するはずだ。

 と、店の前で光陽園ペアに小競り合いする俺の右手を涼子が掴み、

 

 

「ほら、さっさと選ぶわよ」

 

 彼女に引っ張られていく形で店内へ入る。

 この店は一般的に古本の取り扱いで認知されているが最近じゃ古物で利益を出せればなんでもよいのかCD・DVD、ゲーム機・ソフトはもちろんのこと、トレーディングカードゲームまで取り扱っている。

 遊戯王カードが並べられたショーケースを見るとなんとも言えない気持ちになるね。そんな俺の雰囲気の変化に気づいたのか涼子が訊ねてくる。

 

 

「あなたああいうの好きだったの?」

 

「そりゃあね。"俺"も昔は集めてた」

 

 ふーんと相槌の声を打つ涼子。

 昔と聞いて彼女は小学生あたりの時期を想像していることだろうが、実のところいい歳まで集めていたし遊んでいた。仲間内で流行っていたというか、対戦相手に困らなかったという要因が大きかったのだろうが好きでやっていた事に変わりはない。

 まあ"俺"のアニオタ以外の側面もいつか涼子に語る日が来るかもしれないけど今日は今日、ハードカバーがぎっしり詰まった棚の中から琴線に触れるものを選定するのがミッションだ。

 俺らを監視するような旨を述べていた涼宮の姿は近くにない。きっと古泉と漫画コーナーで立ち読みでもしてるのだろう。

 

 

「さてと、端から攻めていくか……」

 

「適当に決めちゃ駄目だからね」

 

「うい」

 

 涼宮とかいう外圧がなくとも俺は涼子に監視される運命にある。

 まず目についたのは【ゾンビの世界】なるセンセーショナルなタイトルの一冊。手に取って中をパラパラ見てみるとゾンビという空想上のクリーチャーの生態について書かれているわけではなく、ゾンビ映画にスポットを当てた評論本のような感じだ。

 涼子は俺の横っ腹を肘でつつきながら。

 

 

「早速わけわかんないのに興味引かれちやって」

 

「いやこんなん絶対気になるだろ」

 

「悪趣味よ」

 

「言うて気になっただけでゾンビ映画に思い入れないからなオレ。宇宙人とか出てくるSF映画の方が好きだ」

 

「…………()()()ねえ」

 

 何か言いたげな様子で俺の出した宇宙人というワードを反芻する涼子。

 ここでフォローできる程度には俺の対人能力も成長していた。

 

 

「あのさ、べつに宇宙人属性がなくたってずっと前からオレは君のことが好きだったよ」

 

「ええそうね。黎くんからそんな言葉が聞けるようになったのはあの人のお陰だもの。それくらいわかってますけど?」

 

 意固地になるなよ。今日はそういう日なのかもしれんけど。

 どうせ家に帰れば彼女もいつも通りに対応してくれると思うが俺と同じで根に持つタイプなのは知ってるし、少しでも心のモヤモヤは晴らしたい。

 これ以上気の利いた言葉など言えそうにない俺の取れる手段は直球をぶつけることだけである。

 

 

「確かにあの話を聞いてオレも腹をくくったけど、今年の冬までにはちゃんと返事をするつもりだったんだ」

 

 そのための準備自体はしていた。

 なんやかんやで当初の想定から色々すっ飛ばし前倒した今となっているが。 

 涼子は俺の情けなさを責め立てるかのように。

 

 

「後付けで言うのは簡単なんだから、ちゃんと証明しなさい」

 

「何を?」

 

「ずっと前から私のことが好きだったって」

 

 難しい注文だ。

 この瞬間の自分の想いすら100パーセント伝えるのはとても難しいというのに、過去の想いを証明しろときた。

 俺が持つジョーカーを切れば簡単にこの問題は解決するうえ今晩の営みは初体験の時以上に燃え上がることになるのだろうが、ぶっちゃけ今ここで使う気はサラサラ無い。タイミングも場所も考えてある。

 だとすれば代替案に使えそうなのは三年前のあの話ぐらいだろう――

 

 

 






※おまけ(立ち読み中の古ハル)


ハルにゃん「何よこの漫画! 主人公が闇堕ちしてまで助けた相手が保護されないどころか内臓抜き取られるってわけわかんない!」

いっちゃん「怒らないでくださいね。この漫画に一々突っ込んでたらバカみたいじゃないですか」




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