朝倉涼子さんと消失   作:魚乃眼

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Epilogue40

 

 

 俺と涼子を除くグラウンドにいた連中全員に対する何かしらの認識改変が行われたのか長門さんの超人走りは特に騒がれることもなく、しかし俺の胸中には消化不良に似た薄い不快感を残し無事に閉会した体育大会。

 そんな体育大会が終わると校内はすぐに次のイベントである文化祭ムード一色となった。

 実際は体育大会の前から文化祭の準備は粛々と進められていたのだが、実際に手足を動かしたりミーティングの密度が増えたりするのは今現在この時期からだ。

 して、我らが二年五組が今年何をするかというと。

 

 

「……ダンスパフォーマンスね」

 

 辛気臭いといった様子で呟くキョン。

 一方の谷口は。

 

 

「去年のアンケートに比べりゃよっぽどマシじゃねえか。それにお前らは文芸部で出し物あるからつって参加してないだろ」

 

「まだ何も決まってないがな」

 

 長門さんと俺のリラックスルームでしかなかった文芸部も今や文科系クラブとしての体裁を保つ程度には実態を伴ってきているわけで、となればウチのやる気元気おでん大好き娘が何かやりましょうと言うのは分かり切っていた。クラブ対抗リレーに参加表明してたのがいい例だ。

 もっと言わせてもらうと、各クラスから数名選出する文化祭実行委員に立候補したのに留まらず半強制的な形で俺まで実行委員にさせられた。挙手など一瞬たりとてしてないのに俺が手を挙げたと涼子に言われ、クラスの他の連中はだんまりでなし崩し的に決定。ここはいつから朝倉政権となったのかね。

 何よりも面倒事が嫌いな俺は当然不機嫌となったがそこは涼子、俺の懐柔の仕方を熟知しており。

 

 

「この方が一緒の時間が多くなるでしょ?」

 

 とか恥じらいを見せながら言われたら、それが演技だと分かってても許しちゃうし、別に最初から素直にお願いしてくれてたら喜んで協力してたし。と、その日の夜も彼女と愛し合ったのは言うまでもない。

 そういうわけで最近の俺は真っ当に高校生らしい高校生活を送っている。

 

 

「ところでさあ、あの話って本当なの?」

 

 黙々と愛妻弁当を食していると不意に国木田が俺に質問してきた。

 あの話ってなんぞ。

 

 

「ほら、今年の文化祭は光陽園と合同でやるって話」

 

「あー……」

 

 既にそこかしこで噂になっているものの大事だからか、まだ正式に発表されてなかったよな。言っていいのだろうか。

 俺はオフレコだぞ、と念押しした上で国木田の質問に返答する。

 

 

「マジだ」

 

「そういえばその話、ハルヒが絡んでるって聞いたぞ」

 

「ハルヒ……? ハルヒってあの涼宮ハルヒのことか!?」

 

 流石に勘の良いキョンと思わぬ名前の登場に反応を見せる谷口。

 そのどちらの発言にもYESと肯定せざるを得ない。

 俺も詳細なところは知らないし、知りたくもないが確かな事実として涼宮ハルヒが光陽園のお偉いさんを動かして北高と合同の文化祭をやることになった。

 今まで隠していたわけじゃないけど実は涼宮と彼女の手下Aも文芸部の一員である旨を谷口に伝えると。

 

 

「相変わらずとんでもねえ女だな。中学時代より悪化してやがる」

 

 呆れた表情で言う谷口だが、この世界の涼宮は閉鎖空間も神人も造り出さないだけよっぽどまともな存在なのだと彼は知らない。

 涼宮に関するあれやこれやを思い出しているのか忌々しい表情を浮かべる谷口に対し国木田は呑気そうな声で。

 

 

「でも谷口さあ、合同で良かったね」

 

「あん?」

 

「文化祭。光陽園の彼女さんと回れるでしょ」

 

 国木田の言葉でそのことに気付いた谷口はすぐに気味の悪い笑顔に切り替わる。王騎みたいなキモさだ。

 キョンは不気味な様相の谷口に対し。

 

 

「お前の脳内だけに存在する彼女じゃないのか」

 

「んなわけあるか。これを見ろ!」

 

 谷口が俺たちに突きつけたスマホの画面には海で撮影したと思わしき谷口と彼女氏のツーショットが映っていた。どう見ても周防九曜です。本当にありがとうございました。

 それから谷口の自慢フェイズがやってきたが特段聞き応えのある話でも何でも無い。聞きたい奴は自分で聞いてくれ。

 

 

 

 ――まったく、脳細胞のクレンジングとして涼子の近況について思い返そうじゃないか。

 俺からすれば彼女はスキル天性の肉体Aを持っていると言っていいほどのパーフェクトボディを誇る存在なのだが、最近は食後しばらくしてからの脂肪燃焼ストレッチに余念がない。リビングにヨガマットを敷き、スマホで実演動画を再生しながらやる徹底ぶりだ。

 左右に身体を捻りながら汗を流す涼子に俺は。

 

 

「どこも太ってないと思うけど?」

 

「見ても分かりにくいところに脂肪が詰まってるのよ。ブラだってきつくなってきたし」

 

 それは俺が定期的に涼子っぱいをもみもみしているからではなかろうか。と言ったら殴られそうなくらい真剣に取り組んでいたので黙っておいた。

 しかし驚くべきことに彼女の胸はまだ成長し続けているらしい。最終的に朝比奈先輩ぐらいデカくなったら谷間に顔を埋めたいね。いや、既に何度かやってるけど。

 俺は涼子の努力を尊重しつつも、これだけは忘れずにいてくれと言った。

 

 

「適度な脂肪がセクシーさを生むんだ」

 

「はい?」

 

「霜降りの牛肉と同じさ。ガチガチに絞まりきるより脂肪による多少の厚みがあった方がオレは好きだ。特に脚、今の状態が大好きだから引き締めるのはお腹だけにしてくれ」

 

「あなた何個フェチを抱えてるのよ」

 

 元来、特定の部位に対する拘りなど無かったのだが彼女のことを意識するようになってからというものの、いつの間にやらフェティシズムという新世界が知らぬ間に開拓されていた。

 見てるだけで膝枕が恋しくなるような脚は言わずもがな、悩殺目的で分泌されてるとしか思えない香しい匂いを前に俺が正気を保てるか。答えは否だ。

 

 

「もう総合して朝倉涼子フェチってことにしよう」

 

「はぁ……」

 

 やる気を削がれたのかストレッチを中断し首にぶら下げてたタオルで汗を拭く涼子。

 そして彼女は物凄く刺激的な提案をしてきた。

 

 

「……お風呂、一緒に入る?」

 

 何を言われたのか理解できなかったが、とりあえず首を縦に振っておいた。

 残念ながらここから先はR指定なので今回は説明を割愛させてもらおう。

 彼女との仲は良好を通り越してエクセレントであり、日課である登下校時のキスにしても事務的な行為に成り下がらずしっかり涼子成分を経口補給している日々。

 とはいえクラスにおいては付き合う前とそこまで変わらない距離感をキープしてある。別に見世物じゃないし。

 

 

 

 閑話休題。つつがなく午後の授業を終えて放課後。

 今日も今日とて文化祭に向けた打ち合わせで、私立光陽園学院高校の実行委員様がわざわざ北高にご足労なさるらしい。

 

 

「前例のないことをやるんだから打ち合わせの回数が多くなるのはいいだろう」

 

 同じ実行委員である涼子と長門さんとキョンの三人が黙して待っている中、独り言のように俺は口を開いた。

 不満とまでは言わないが釈然としないことがあるからだ。

 

 

「だがな、光陽園側の実行委員との打ち合わせ会場が資料室って。オレ達なんだかのけ者にされてるんじゃあないか?」

 

「仕方ないでしょ。どこもかしこも文化祭の準備で使ってるんだから、空き教室なんてないの」

 

「なら図書室はどうだ」

 

「別の打ち合わせに使われてるわ」

 

 会話こそいつも通り俺の愚痴に涼子が正論をぶつける形式であるものの、座っているパイプ椅子を並べて極限まで密着している状態なため傍から見れば何イチャついてんだと思われてることだろう。

 しかしだな、キョンも長門さんも俺たち二人のことを面白くもない眼で見るくらいならそっちだって同じことをすればいいのだ。そうしたら分かるってもんだ、カトルみたいに宇宙の心とかが。

 やれやれとでも言わんばかりにキョンが溜息を吐いていると、ガラッと資料室のドアが開けられた。光陽園の実行委員が来たらしい。

 資料室に入ってきたその二人組を見るなり俺は驚いた。心底驚愕したね。

 

 

「遅れて申し訳ない。少しばかり迷ってしまってね」

 

 光陽園の実行委員その一人は才色兼備なボーイッシュ・ガール、原作ライトノベルでは涼宮ハルヒと対を成す存在である佐々木さん。

 そしてもう一人は、だ。

 

 

「おや、僕の知らない間にお二人の仲が随分進展していたようで……ご無沙汰しております」

 

 古泉なんかよりよっぽど胡散臭い優男である抜水優弥がそこにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それぞれの顔見知りである二人の登場により場が混乱したため気を取り直して自己紹介することに。

 まずは客人である向こうから。佐々木さんはクールな態度で。

 

 

「僕は佐々木。そこにいるキョンの親友だ」

 

「……といっても同じクラスなったのは中三の間だけだがな」

 

「卒業してからはお互い音信不通」

 

「別に連絡を取り合う必要なんてなかっただろ」

 

「くく、違いない」

 

 なるほど親友さながらな息の合い方だ。

 しかしこっちは違うぞ。

 

 

「そして僕は抜水。そこの彼と朝倉さんのお二人と同じ中学に通っていました」

 

 さも自分も親友枠だというツラでこちらを見る抜水。

 涼子に余計なことを言われる前に機先を制すべく俺が補足情報を述べる。

 

 

「佐々木さんと違ってこの男はオレや涼子と一度も同じクラスになってない。体育とか隣のクラスと一緒の時に話してた程度の仲だ、親友じゃあないからそこんとこ間違えないように」

 

「こら! そういう物の言い方はないでしょう」

 

 隣から肘で小突かれるが事実を言ったまでだ。

 俺の塩対応など見透かしていたかのように抜水は。

 

 

「確かに僕と彼は親友と呼べるほどの間柄ではありませんが、彼が僕の同志であることには違いありません」

 

「オレがいつお前の同志になった」

 

「中学生活の三年間において、僕と同じレベルで物事を語れる人間はあなただけでしたからね。同志と呼ぶに相応しいでしょう」

 

 涼子が「何の話?」と訊いたので俺が代わりに答えておく。

 

 

「かっこつけて言うほどのことじゃあない、アニメの話だ。こいつは超が付くほどのクソアニオタ野郎なんだよ」

 

 全員から意外そうな眼で見られる抜水。どうだ、参ったか。

 ノーダメを装っているのか、或いは本当に気にしていないのか抜水は涼しげな顔で。

 

 

「それはそれとして、そちらからも自己紹介をお願いしたいのですが」

 

 無駄話をいつまでも続けているわけにはいかないので彼の言葉に従う。

 こういう時の先陣はキョンに任せるに限る。

 

 

「俺は……まあキョンとでも呼んでくれ。さっき言った通り佐々木とは同じ中学だった」

 

「それだけかい? 他には?」

 

「俺がアニメで語れるのはガンダムぐらいだ」

 

 佐々木さんの無茶振りにしっかり応えるキョン。

 次はお前だとばかりにキョンが視線を送ってくるため俺の番に。

 

 

「あー……よくお前の名前アムロ・レイみたいだってバカにされてる。オレのことは好きに呼べばいいが、黎くんって呼んでいいのは横に座る涼子だけなんで。よしなに」

 

 ちなみに好きなモビルスーツはケンプファー。あの突撃しか考えてなさそうなデザインがたまらない。

 俺からこれ以上語ることもないのでそのまま涼子にバトンタッチ。

 優等生らしく涼子は姿勢を正してから自己紹介をする。

 

 

「朝倉涼子です。文化祭の実行委員は慣れてますから、困ったことがあれば遠慮せず私に相談して下さい」

 

 慣れているなんてもんじゃない、こと文化祭の実行委員とかいう七面倒な立場において彼女は百戦錬磨と言っていいほどの経験を持つ。酸いも甘いも知っているのだ。

 そんな彼女の近くにいるからこそ俺も同じ立場を強いられているのだろう。去年こそ何もしていないが、中二と中三の時も何やかんや因縁付けられて実行委員を押し付けられていた俺。

 ちなみにうちの中学では文化祭じゃなく学校祭というお題目であったがその実態は変わらない。お偉いさんが最初にどっちの名称を思いついたかの差でしかないのだろう。

 さて、自己紹介最後は自覚なしに人間辞めつつあるらしい長門さんの番。

 

 

「えっと……長門有希です。三人とは同じ文芸部で、わたしが部長……一応」

 

「へぇ、キョンが文芸部に」

 

「色々あったからな」

 

 意外だと言われることなど分かってたとぶっきらぼうな態度を佐々木さんにとるキョン。

 とにかく自己紹介が終わり、早速文化祭についての話を始めたいところだったのだが。

 

 

「実はうちの実行委員がまだ二名来ていないんだ……文化祭に向けて独自の催し物を考えたいと言ってね。まあ、君たちも良く知ってる二人のようだから許してあげてほしい」

 

 二人というのはもしかしなくても涼宮と古泉のことだった。誰かあの女に優先順位ってもんを教育してやくれないかね。

 そうは言っても涼宮の気持ちはわからんでもない。古今東西、日本における会議とは意義の有無を問わず往々にして散文的な時間なのでである。

 ここで北高の文化祭について大まかな概要を解説しよう。

 文化祭は金土の週末二日間に渡って繰り広げられ、一日目が主に仮想パフォーマンス等に代表されるステージ発表で、一般公開日の二日目が出店だったり各教室で展示やってたりという感じだ。他の学校と大差ないな。

 だが今年は全日程を光陽園と合同で行うので色々と話が変わってくる。

 去年の一日目は生徒全員が体育館に押し込められステージ発表を眺めるだけの時間が長く続いた。それと同じことが今年も出来るかと言えばノー。光陽園の生徒まで体育館に入れるキャパシティなど一介の公立高校でしかない北高にあるはずもなく、一日目に関しても一般公開日のように校内を見て回れる形にしようというのが今年の文化祭の基本線である。

 文化祭そのもののタイムテーブルは今頃生徒会役員共が必至こいて考えていることだろう。正直なところ全部向こうで考えて欲しいものだが、とても手が回らないため俺たち平民が実行委員という名目で兵役召集されているわけだ。

 そんな放課後の仕事を終え、光陽園連中と解散した帰り道。先を歩くキョンの長門さんの二人に聞こえないよう涼子がヒソヒソ声で。

 

 

「ねえ、あの佐々木さんって人もアニメの登場人物なの?」

 

 厳密に言えばアニメ化されていない話に登場するキャラクターだが、その認識でも間違っていないため頷いておく。

 すると続けざまに涼子は。

 

 

「もしかして……キョンくんの元カノ?」

 

「いや違うと思うけど。ただこの世界ではどうか知らんし、気になるならあいつに聞きなよ」

 

 こうして朝倉涼子と俺が付き合っている以上、他の人間をアニメやラノベと同一視して語るのは無理がある。敷かれたレールなんてものは無いのだ。

 万が一キョンと佐々木さんが交際していた過去があったとして、今日再会した二人はギクシャクしていたわけでもないので円満な別れ方をしていることだろう。

 佐々木さんとの関係を聞くのは地雷じゃない。というか涼子が気にしてるのだから長門さんはもっと気にしてるはずだ、変わりに聞いてやれ。

 

 

「そうね。恋のキューピッドとして頑張らないと」

 

 気合が入った涼子は長門さんと談笑中のキョンに突撃する。

 傍から見てもありがた迷惑なムーブだが、言わぬが華というやつだろう。

 

 

「ねえキョンくん、佐々木さんとはどんな関係だったの?」

 

「さっきも言った通り親友だ。いや親友ってのは大袈裟かもしれんが、同じ塾に通ってたのもあって中三の頃はあいつとよくつるんでた」

 

「ふうん。友達以上ってことは?」

 

「あったら同じ高校に進学してるだろ」

 

 キョンに見えないように腕組みしながら長門さんにサムズアップを送る涼子。北高のグローバル・ホークとでも呼ぶべき立ち回りだ、親友のためであろうと俺には絶対できない。

 そんなこんなで文化祭へ向けて日常という日々がいっそう騒がしくなるのだが、実行委員という立場以上に面倒なことにならないことを祈るばかりである。

 

 

 






※注! 以下本作における裏設定(捏造)

登場人物の好きなサーヴァント


・キョン
メルトリリス

・古泉
ネロ・クラウディウス

・国木田
クレオパトラ

・主人公くん
源頼光


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