朝倉涼子さんと消失   作:魚乃眼

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Epilogue37

 

 

 涼子と大阪をデートした翌日の日曜。

 この日は前日と打って変わって完全な引きこもりモード。

 といっても俺が引きこもっているのは自分の部屋じゃない、幼馴染兼恋人の部屋だ。

 

 

「ふふんふふんふ、ふんふふふ~ん」

 

 その幼馴染は鼻歌交じりに洗濯物を干している最中である。

 俺はというと、ソファに身体を預けながら何をするでもなく彼女の後姿を見てぼんやりと思っていた。もう家に帰るのめんどくせえな、と。

 昨日をダイジェストで振り返るとこうだ。

 梅田でぶらぶらした後はメトロで少し移動した先のオフィス街にある欧風カレーの店で優雅にランチを済ませ、大阪城天守閣を観光、全国区のチェーン店カフェで休憩し、帰りがてら梅田ダンジョンから家電量販店を見て回り大阪デートは終了。

 私鉄を降り、涼子を家まで送って俺は帰ろうとしたが、こちらが別れの言葉を切り出すよりも先にガシッと腕を掴まれ。

 

 

「晩御飯、うちで食べてくわよね?」

 

 有無を言わさぬ圧でこう問われてはYES以外に返事のしようもなく、生姜焼きと自家製ポテトサラダをご馳走になり、後は野となれ山となれで一晩を過ごし、今に至る。

 なんというか俺も涼子も思考回路がバグってるとしか思えない。数週間前は同棲なんて気が早いとか話してた気がするが今となっちゃ寝巻きも部屋着もこの家に置かれているのだ。

 歯ブラシは旅行用のやつを使っているが、ちゃんとしたのに置き換わる日もそう遠くなかろう。

 

 

「ふぅ、掃除機かけたいけどちょっと休憩」

 

 などということを考えている内に洗濯物を干し終えた涼子が俺の隣に座ってくる。

 そしてごく自然な流れで身体を預けてくる。あざといとかそういう次元じゃないぞ、まあ見てろ。

 

 

「……ねえ」

 

「なんだい」

 

「充電させて」

 

 彼女が言う"充電"はスマホのことじゃない。いわゆるハグである。

 抱き付きたいのはむしろ俺の方なのに気持ち悪がられるだろうからこっちから何かするのは自重しているというのに、向こうはお構いなしである。

 これは付き合い始めてすぐにわかったことだが、俺と完全に二人きりの時の涼子はかなり甘えんぼモードに突入しやすくなっている。言動がふにゃふにゃにこそならないものの、ハグしてきたり頭を撫でるよう懇願してきたりとまるで人肌恋しい女児のよう。

 もちろん俺は都合のいいダッフィー人形などではない。無抵抗を装い、涼子アームに捕まる直前で俺は抱き付き返す。

 

 

「あーりょこたんの抱き心地ほんと最高」

 

「ちょっと、これじゃ充電にならないじゃない」

 

「此方も抱かねば無作法というもの……それに充電は双方向に行われた方が全体の幸福度が高くなる」

 

「もうっ」

 

 あーだこーだ言いつつもホールドした腕の力を緩めない涼子。

 その彼女の襟首から漂う香りは何度嗅いでもたまらない。

 

 

「完全に変態ね」

 

「君とこうしてられるなら変態で結構だよ」

 

「知ってた? あなた寝てる時も私のにおい嗅ごうとしてるの」

 

「ほう。じゃあ君がオレを抱き枕にしてるのはサービスか何かなのか?」

 

「……寝相が悪いだけでしょ」

 

 起こりうる確率ならばベッドから弾き出される方が高そうなものだがあまり意地悪したくないので黙っておく。

 昨日も愛し合った手前、昼間からにゃんにゃんしてしまうのは常識的に考えていかがなものかと思うがここに俺たち二人以外の基準は存在しない。思考がバグってようと思ったことが正常になるのだ。

 なればこそ、この二人だけの王国の領土を土日祝の休日から拡げたいと思う。

 

 

「なあ、この前も話したことだけどさ」

 

「なに?」

 

「君さえ良ければオレをこの家に住ませてほしい」

 

 ホールドしていた腕をだらんと垂らす涼子。

 俺も充電返しを中断して彼女の様子を窺う。

 

 

「……本気で言ってるの?」

 

「ああ。もちろんオレに居られちゃ鬱陶しいなら諦めるよ」

 

「そんなことないわよ。けど、やっぱり問題じゃない? 高校生で同棲なんて」

 

「親が認めてくれれば何も問題ないよ。学校にバレても両親公認なら向こうもとやかく言えないって」

 

 むぅ、と黙り込んでしまう涼子。

 彼女の内にある理性的で社会的な通念という最終防衛ラインを攻略すべく俺は正直な胸の内を明かす。

 

 

「休みの日はけっこう会ってるけど平日は殆ど付き合う前と変わんないだろ?」

 

「それは当り前じゃない」

 

「けっこうしんどいんだぜ……夢に君が出てくるの」

 

「…………」

 

 何か反応するかと思って待っていると、涼子はスッと右手を俺に向け、そして不意打ちでアイアンクローを決めてくる。

 

 

「あなたねえ! 今更そんなこと言われても私にはちーっとも響かないんだから」

 

「いでででで!!」

 

 頭蓋骨を握り潰されるような錯覚を覚えながら襲い来る激痛に絶叫する俺。

 ようやく解放されたかと思えば涼子はむすっとした表情のまま。

 

 

「あの日から私が何度あなたの夢を見させられた事か。少しは逆の立場を考えて物を言いなさい」

 

 なんというか彼女の説教モードも久々で妙な懐かしさを感じる。

 数分間にわたり涼子からぶつくさ言われた俺が得た教訓は、思ったことをそのまま言うのであれば言われる側の気持ちを推し量れということだ。難しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこからはトントン拍子である。

 この件を互いの親に伝えるや否や待ってましたを通り越し、知ってましたと言わんばかりのレスポンスで許可を貰う。

 何より恐ろしかったのは誰がいつの間に依頼してたのか引っ越し屋が俺の主な私物を移転先である505号室に運んできたことだ。

 宇宙人の情報操作が介在していることは明らかであったが手間を省けたことは単純にありがたい。

 かくして俺は部屋から一歩も出ずに移住を完了したのだった。

 

 

「さて、色々やらなくちゃいけないけれどまずはお昼にしましょ」

 

 そう言い残しキッチンへ向かう涼子。

 時刻はもうすっかり十三時を回っている。

 夏の慌ただしい日曜にさっと食べられる手軽なメニューは何か。答えは一つ、そうめんだ。

 テーブルの大皿に盛られた白い麺をただひたすらすするだけの動物性たんぱく質とはかけ離れたこのメニューが何故我々を魅了してやまないのか、それは我々が日本人だからであろう。

 

 

「んー、夏はやっぱりこれよね」

 

 つるつると麺をすすりながら涼子は言う。

 確かに夏と言えば母親が作ってくれたそうめんだろうよ。

 

 

「誰がおかんよ、私は幼馴染なんですけど?」

 

「全国的にみれば幼馴染にそうめん作ってもらう方が珍しいから」

 

「それもそうね」

 

 めんつゆが飽きてきた頃ごまダレに切り替えるのも定番である。

 特別うまいというわけでもないのに箸が止まらず食べ終えると安心感すらある不思議。それがそうめんだ。

 昼食を終えるといよいよ引っ越し荷物の整理を開始。

 言い出しっぺながらここに住む実感が全く湧かないがいくつものダンボールを放置しておくわけにもいかないため整理にかかることに。

 移住に際し俺に割り当てられたのは505号室の中では死に部屋と化していた和室である。

 元々涼子のご両親が夫婦の寝室としていたそうだが親父さんがカナダへ赴任されたのを機に殺風景なもぬけの殻と成り果ててしまう。

 だが掃除が面倒なだけのデッドスペースであるのも今日まで、何故なら俺が住むのだから。

 結局、涼子が手伝ってくれたのもあって荷物の整理は一時間弱で完了した。俺一人だと漫画読んでサボるから倍以上の時間はかかったに違いない。

 

 

「なんていうか、不思議な気分だわ。急に同居人ができるなんて」

 

 解体したダンボールをビニール紐で纏めながらそう言う涼子。

 きっと新婚の時も似たような気になるのだろう。口に出したら脇腹を小突かれそうなので黙っておくが。

 

 

「後はパソコンのインターネット設定ぐらいだけど、これは後でいいし休憩がてらゲームでもしようか」

 

「ゲーム?」

 

「そ」

 

 元々この家はゲームと一切縁がなく、スーファミや64すら置いてない始末であったがこの度わが家からプレステ3と4が持ち込まれた。

 所有するソフトの殆どがゴリゴリのアクションゲームである俺が持つ数少ない対戦可能なパーティゲーム、【人生ゲーム】だ。

 テレビに出力ケーブルを接続し、電源とソフトを入れてソファに並んで座る。

 

 

「真ん中のボタンを押せばコントローラーの電源が入る」

 

「へぇ、今時は無線なのね」

 

「……もう十年前からそうだよ」

 

「悪かったわねゲームに疎くて」

 

 涼子に肘で右腕を軽く攻撃されつつデモムービーをスキップしてスタートボタンを押す。

 プレイ時間が2、3時間になるようゲームモードの設定を行い、人生ゲームの醍醐味であるキャラクターエディットに入る。

 

 

「名前生年月日性別血液型はそのまま、性格は"普通"で」

 

「ほんと? "陰険"の間違いじゃないかしら」

 

「うっせ」

 

「出た、あなたのうっせ。久々に聞いた気がするわ」

 

 始まる前から楽しそうで何より。

 俺のエディットが終わり次は涼子の番。

 ぼーっと眺めていたら性別をデフォルトである男のまま決定していたではないか。

 

 

「性別変えんの?」

 

「だって私が他の男と結婚するのなんて嫌でしょう?」

 

 ゲームごときに何を考えているのか彼女はドヤ顔でそんなことを言う。

 逆に俺が女CPUと結婚するのは嫌じゃないのか聞いてみると。

 

 

「あなたにその度胸があるならどうぞご自由に」

 

 妙なプレッシャーを感じたので今回は恋愛を封印してプレイしよう、うん、それがいい。

 CPUの設定は適当に行い、いざゲーム開始。

 ゲームキャラクターの天使と悪魔が軽くゲームの説明を行い、実際に操作画面に切り替わる。

 

 

「赤ちゃんから開始なのね……」

 

「だって人生ゲームだし、ゴールする頃には立派な老体だ」

 

 かくして3時間弱に及ぶ人生ゲームの火蓋が落とされた。

 結論から言うと優勝したのは涼子である。

 ゲーム仕様を熟知している俺に一日の長こそあったが、運でまくられてしまってはどうしようもできない。次は実力がそのまま出るゲームにしよう、レースゲーとか。

 そして恒例、俺と彼女との勝負には罰ゲームがつきものである――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――俺に課せられた罰、それは今晩のおかずを俺が用意することだ。

 これを命ぜられた瞬間即座に俺は反論した。

 

 

「オレの料理スキルは君の脚元にも及ばないぞ」

 

「作ってもらうことに意味があるのよ。それにいくらあなたでも肉を炒めるくらいできるでしょう?」

 

 まあ彼女に全部任せきりというのもどうかと思うし、やっちゃるか。

 というわけで珍しく俺がキッチンに立っているわけだが、俺の背中にぴったり貼り付いて様子を窺っている存在に言及せずにはいられないだろう。

 

 

「何なのさ」

 

「心配だから見守っておかないと」

 

 やっぱりおかんじゃないか。

 俺をガキ扱いするのは構わないが密着されては邪魔なだけなので離れてもらう。

 涼子が言った通り、俺に出来るのは炒め物ぐらいである。よってこれから作るのは肉野菜炒めだ。

 まずは具材を切っていく。ピーマンを細切りに。

 

 

「もうちょっとゆっくり切った方がいいわよ」

 

「はいはい」

 

「その持ち方じゃ手が疲れるわ」

 

「……はいはい」

 

 大量の細切りピーマンを用意した次はタケノコを細切りに――したかったが冷蔵庫に入ってなかったため代わりに椎茸を薄切りにして使う。

 肉は当然豚だ。細かく切っていくが正直大きさは適当でいい。

 

 

「次は秘伝のたれを作る」

 

「ああ、チンジャオロースね?」

 

「そういうこと」

 

 秘伝といっても別に大したことはない。

 醤油、オイスターソース、水、片栗粉、そして万能調味料であるXO醤とウェイパーを混ぜ合わせるだけ。

 どこぞの中華料理漫画ではXO醤など邪道と言われていたがこれを入れるだけでそれっぽくなるのだから使わぬ手はなかろう。こちとら素人じゃい。

 たれが出来たら豚肉と椎茸を中火で炒める。サラダ油でも構わないが、やはりごま油の方が風味が良くなる。

 焼き目が付いて来たらピーマンを投入して最大火力。最後にたれを具に絡ませていき、頃合いだと思ったら火を止め皿に盛りつける。

 

 

「おあがりだ」

 

「結構良さそうじゃない」

 

 漢の料理なので副菜は一切存在しない。というか作れない。

 ただこれと白米だけでは物悲しいため中華スープを作る。

 片手鍋でお湯を沸かし、ウェイパーとごま油を少し入れて溶き卵を投入。カップに移して完成。

 テーブルに運び終えると実食タイム。いただきます。

 おかずを咀嚼しながら涼子の反応を伺う。個人的には及第点の味なのだが。

 涼子は味覚に集注するかのように瞳を閉じながらじっくり味わい、そして静かに口を開く。

 

 

「おいしいわ」

 

「……よかった。作ってる最中は気にしなかったけど、いざ出すと君みたいなプロが相手じゃあ何言われるか怖くもなるさ」

 

「あれこれダメ出しするほど空気読めなくないわよ。もちろんこうした方がいいってのはあるけど、あなたの料理を食べれただけで私は満足なの」

 

 笑顔を浮かべながらそう言う涼子。天使か。

 嬉しい気持ちになれた反面、今度からは彼女の料理をもっと褒めてあげねばという使命感が生じた。

 何より最愛の彼女を愛でたい。こう思うのはとても自然なことであり、結果として昨日に引き続き涼子の部屋のベッドで寝る羽目になってしまった。

 流石に明日からは自重して行かないとと思いつつ、こうして一緒に寝るのが幸せになりつつある自分を頭花畑野郎となじりながら今日も彼女のにおいを吸って、まどろみに意識を溶かしていくのだった。

 

 


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