朝倉涼子さんと消失   作:魚乃眼

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Epilogue36

 

 

 俺のセカンド高校ライフもまさしく中間地点に差し掛かった高校二年の今日この頃。

 今年、俺にとって最大級の変化が涼子との関係なのは一点の疑いようもないだろう。

 紆余曲折――させたのは主に俺だけど――の末、俺は彼女と男女の交際をする運びとなった。有り体に言うと恋人同士。

 で、土曜日の今日が涼子と付き合ってから初の二人きりでデートらしいデートをする日。

 夏休み中はどこか行くにしてもいつものメンバーだったし、二人きりの日は彼女の家でぐだぐだしてるのが殆どだったりして今に至る。

なればこそ俺は牛丼屋がギリギリ朝定食を提供しているこんな時間からお馴染みの北口駅前に立っているわけだ。

 敢えて待ち合わせる必要もなかったと思うが、これは涼子たっての希望――最寄駅ですらないが――だからしょうがない。今まで休みの日はどこか出かけるにしても涼子が家まで叩き起こしに来るスタートがテンプレートだったからこういう形だと、まあ、相手のことを意識はする。よな。

 いや、思い起こせば"俺"が初めて涼子と映画見に行った時は待ち合わせしたんだっけか。もう四年も前になる。

 きっとあの頃の俺にまともな男友達がいたら幼馴染を敢えて誘うこともなかっただろうし、そうなると彼女とのフラグも立ってないかもしれないと思うと自分の交友関係の狭さだって捨てたものではない。

 何はともあれ、俺自身今日この日に限り特別装いを変えたりしていない。普段と違う所を挙げるとすれば腕時計に観賞用のラドーを付けているのと、寝癖を念入りに直してきたぐらい。着ているジージャンは去年買ったやつだし、シャツズボン靴も特に新調しておらず、香水だって家にあるローテーションのひとつ。あくまでいつものスタイルだ。

 では彼女の方はどうだろうか。その答え合わせは待ち合わせ時間の十七分前に行われた。

 

 

「おはよ」

 

「お……」

 

 駅の出口から現れ、俺の姿を確認するなり駆け寄って来て朝の挨拶をしてくれた一人の女性。

 見たところ彼女はいつも通りの髪形で、服装は白いブラウスに薄手のカーディガン、下が膝下丈のキャメル色プリーツスカート、いつも通りの落ち着いたファッション。まさしく俺のよく知る朝倉涼子像そのもの。

 だがどうだ、いざ面と向かうと等身大の彼女に魅了されているではないか。

 結局平常心を装ったところでデートに浮ついた自分が必ずどこかにいたってオチよな。

 挨拶も返さず惚けた様子で立ち尽くす俺に涼子は首をかしげ問うて来る。

 

 

「どうしたの?」

 

「なんつーか、その」

 

 何テンパってんだ俺。

 いつも通り言いたい事を言えばいいだけだろ。

 俺は咳払いをして言葉を捻り出す。

 

 

「えっと……この人素敵だな、って。見とれてました、ハイ」

 

「……っ」

 

 軽く小突かれた。

 俺に喰らわせたグーを引っ込めながら涼子はぶっきらぼうに言う。

 

 

「べつにいつもと変わらないでしょ」

 

 それがいいってことを確認できたからこの待ち合わせは有意義なものだったよ。なんてことを言おうものならもう一回小突かれそうだ。

 とにもかくにも合流したのだから早速移動を開始する。

 先日の下校時に大阪城がどうとか言っていたことから分かる通り、今回の行き先は大阪である。

 ちょうど秋冬の新作が発売されるタイミングとあってアパレルブランド店舗に物見遊山というわけだ。

 もちろん我らが地元の西宮にも多数ある店舗だが、せっかくのデートなので大都会に練り出してみようと決めた。

 

 

「正直、六割ぐらいだと思ってた」

 

 私鉄の座席に腰を預け車窓からの風景を眺めていると横からこんな台詞が。

 そのまま涼子の方へ首は向けずに聞き返す。

 

 

「何が六割だって?」

 

「あなたが遅刻しない確率」

 

「逆に四割でオレが遅刻するってか」

 

 ええ、と肯定する声が無慈悲にも耳に届く。

 

 

「最初くらいちゃんと待ち合わせして行きましょって言ったけど、後でやっぱり家まで行ったげたほうがいいんじゃないかって考え直したりもしたわ」

 

「んじゃあ、もし寝過ごしてたら……」

 

 視線を車窓から涼子の方に向ける。

 彼女はニッと笑みを浮かべ俺にこう返す。

 

 

「聞きたい?」

 

 素敵な笑顔のはずだがどうして恐怖心が芽生えてるんだろうか、彼女の言葉の先を聞く勇気など俺にはなかった。

 まあ、実は俺が早起きでいつもは二度寝三度寝にかまけているから涼子に起こしてもらっているということは彼女も知っているしな。なんだかんだ言いつつも、今日は二度寝しないはずという俺の誠実さを信用してくれたんだよ。

 

 

「仮に遅刻しそうな時間まで起きなかったら、引きずってでも連れてきてもらうようあなたのお母様にお願いしてたの。自力で起きてきたってメールが来たから安心したけど」

 

 全然信用されてないじゃないか。

 あんまりだ。

 

 

「ふふっ、ふてくされちゃって」

 

 少女漫画のキザな相手役だったらその生意気な口を塞いでやる、とか言って強引にキスするような場面だぜ。

 もちろん公共の場でそんなことしない。黙って車窓から見える移りゆく街並みに視線を向けるだけ。

 やがて、俺たちを運ぶ列車は目的地である終点の駅に到着。車内に居座ってても折り返されてしまうのでさっさと降りる。

 ――関西が誇る最大クラスのビッグシティ、梅田。

 私鉄のホームひとつをとっても西宮と比べ物にならない規模感である。

 改札を抜けるともうそこはダンジョンの第一層。あちらこちらへ道が分かれており、ぼやぼやしてると人波に揉まれてしまうような都会のカオス。

 あてもなくぶらついても充分に時間を潰せそうだが、まず梅田に来て最初に行くところといえば一つ。

 

 

「んじゃあ10時のおやつと行こうか」

 

「おやつ……?」

 

「ここ梅田だぜ。たこ焼きに決まってるだろ」

 

 俺が彼女を引き連れて向かったのは私鉄とJRの乗り換えルート途中にある高架下の飲食街。

 その隅にあるたこ焼き屋は梅田でもトップクラスの人気を誇る立ち食いカウンター式の店舗であり、ここで食べてから店を回ろうということだ。

 開店早々のこの時間から既に人だかりが出来ている状態で、次から次へと人が並ぶがそこは流石の回転率。並んで10分せずに俺と涼子はカウンターへ通された。

 俺はネギマヨ、涼子は塩ダレをそれぞれ6個で注文。

 たこ焼きが見えなくなるほどてんこ盛りのネギを見て涼子は。

 

 

「流石大阪って感じね。見たことない量だわ」

 

「チェーン店とはスケールが違うだろ」

 

 もちろん味も違う。

 一口運べば口の中で溶け広がっていく生地、出来立ての熱量を伴うそれはまさしくここでしか味わえないような格別の味。

 そして肝心かなめ、中身のたこだがこれもまた美味。身がぷりっぷりで噛むと塩気のあるうま味が出てくる。

 

 

「うんめえにゃ~」

 

「にゃーって何よ。確かに美味しいけど」

 

「このネギがまたたまらんのですよ。苦味が全然ないし、シャキシャキのネギと生地の相性が最の高」

 

「そこまで言う?」

 

 何を大げさなと俺の舟皿からひとつ奪っていく涼子。

 ネギマヨを食べた彼女の顔が美味しさでむふふと綻ぶのは当然の結果だった。

 等価交換の原則にのっとり俺も涼子の塩ダレをひとつ貰う。ネギマヨ以外を食べるのは初めてだが、果たして味の方は如何に。

 

 

「ほう、なるほど。こっちもアリだな」

 

 ネギマヨが複数の味の調和だとすればこちらはたこ焼き本来の味に特化したテイスト。

 塩ダレの主張が強くないため出汁の味を引き立たせている感じだ。美味い。

 ぺろっと食べ終わり、店を後にすると涼子が一言。

 

 

「また来たい」

 

 お嬢さん、すっかり気に入ったご様子。

 

 

 

 

 

 小腹を埋めたところで最初の目的地であるアパレルブランド店舗へと向かう。

 駅前の大通りに面したジャンボサイズのテナントビル。眼前にそびえ立つそいつに少しばかり圧倒されつつも敢然と中に入っていく。

 店内は地元西宮にある馴染みのショッピングモール内一角のそれと異なり広々しているはずだが、客の密度は盛況そのもの。

 そして大阪という土地柄だろうか。店内の広告はやたらケレン味のあるものばかりだ。

 

 

「"大阪の最高は世界の最高"だってさ」

 

「それだけ自信があるのよ」

 

 どこに根拠があるのやらだ。

 目を引くのは店内広告だけではない。ショーウィンドーのバックにはコラボしてるわけでもないのに虎の顔のマークが貼りつけられている。関西圏で人気を誇る球団、タイガースをイメージしてるのだろう。

 確かに定番商品の品揃えは大阪最高かもしれないが、今日のお目当ては季節モノである。店内のPOPを頼りにあれこれ物色を開始。

 涼子がまず目を付けたのはセーター、マネキンのコーデを見るにタートルネックか。

 

 

「こういうの流行ったわよねえ」

 

「君も持ってるだろ?」

 

「私のはこんなにふわふわしてないわ」

 

 手に取ったセーターの袖をにぎにぎする涼子。

 俺も触ってみるがこりゃ確かにふっわふっわの手触りだ。なんでもラムウール生地らしい。

 ウールとラムウールの違いなど寡聞にして知らないけど後者の方が上質なのだろう、商品名にプレミアムとか付いてるし多分そうだ。

 この商品の隣には違うタイプのセーター。こちらはラムウールじゃなくウールクレープだと。何が何だかもうサッパリである。

 どんなもんか気になったのか涼子はセーターを持って試着室に入っていった。

 着替えを待つのは慣れているが、その慣れを作ったのは宇宙人だということに気付くと微妙な気分になる。フィクサー気取りめ。

 スマホブラウザを眺め、いくつかリストアップしていた昼飯の候補からどれにしようかと考えているうちに涼子が試着室から出てきた。

 彼女は右手を腰に当て得意気な笑みを浮かべ。

 

 

「どう? 結構いいと思わない?」

 

 柚子色のセーターはコクーンシルエットを演出するゆったりとした作りになっており、元々履いてるプリーツスカートと合わさって非常にかわいらしい印象だ。

 だがこの組み合わせはかわいすぎる。少々くどいということだ。ゆるふわガール路線は涼子にマッチしていないと思う。

 とはいえ思ったことをそのまま言うほどデリカシーに欠けた人間でいたくないので言葉を選んで返す。

 

 

「いいと思う、いいと思うよ。でもそれを普段使いするなら下はもう少しシュッとしてる方がいいかな。スカートよりもズボン系で」

 

「意外としっかりしたご意見ね」

 

「あくまでオレの好みだけど」

 

 これだけはハッキリ真実を述べておくが、俺は脚フェチなどではない。()()()()()()フェチなだけだ。

 というわけで実際にズボンを合わせてもらうことに。

 

 

「……これで満足?」

 

 上のセーターはそのままでスカートをジーンズに着替えた涼子。

 ただそれだけで彼女がたおやかに見える。トップスの緩さが彼女の脚線美をいっそう良く感じさせてくれる。

 中学時代前半のお子様ランチなちんちくりんと違って今の涼子は抜群のプロポーションであるため、言ってしまえば何でも着こなせてしまうのだ。

 そんな俺の中でモデルに負けてない存在である朝倉涼子の最大の武器とも言えるグンバツの脚、俺が膝枕目当てで彼女に耳かきをお願いするようなその脚が120%の魅力を解放している。

 最早言葉は不要。感動のあまり拍手をした俺に涼子は少し引いていた。

 それから四階あるフロアを全部回り、季節モノやキャラクターコラボの商品をあらかたチェックし終え、アパレルブランド店舗を出て次に向かった先は某ディスカウントストア。こちらも店内繁盛している。

 エスカレーターで最上階まで上がると俺は早速自分が一番興味のあるブースへ移動する。

 ショーケース前に立って中の商品をじっくり見る俺に涼子は。

 

 

「あなたほんと好きよね」

 

「何が?」

 

「時計。いつも寄りたがるでしょ」

 

 もちろんだとも。

 馴染みあるショッピングモールのウォッチサロンに負けてない品揃えだしなここは。国産から舶来まで、どれを見るのも楽しいものだ。

 すると俺の左腕の変化に気付いた涼子がそれを指摘する。

 

 

「そういえば今日はいつものGショックじゃないわね」

 

「ああ、スイス製のラドーだよ。Gショックは安いし丈夫でいい時計だけどやっぱカジュアルだから……こういうカッチリしたのも持っとかないと困るだろ」

 

 一応シチズンのアテッサとカルバンクラインのシティも持ってるけど。

 時計オタクでもない涼子はラドーという単語がピンときていないため微妙な表情だ。少し講義するか。

 

 

「いいか? ラドーはメイド・イン・スイスなんだぜ、モノが違う。君も知ってるロレックスやオメガだってスイス産だ。スイスは時計ブランドの総本山なのさ」

 

「ああそう……それで、モノが違うスイス製腕時計やらはいくらしたの?」

 

 顔にめんどくせえと書いてある涼子の質問に対し、俺は静かに返答する。

 

 

「十一万と四千円」

 

「うっそみたい」

 

 俺の右手にひっ付いた時計にそこまでの価値があるのかと驚き眼をぱちくりさせる涼子。

 一度貯金が消し飛んだのは言うまでもない。これを買うためにコツコツ貯金してたわけだから消し飛んでくれて結構だけど、通帳を記帳した時は心にくるものがあったね。

 しかし時計の世界からしたらまだまだ登竜門というか、高級ブランドじゃなくても五十万円台のが売ってたりするし、上には上がある。

 大事なのは値段の高さじゃない、自分が着けた時に自信を持って人前に出れるかどうか。それは家にスラムダンクが全巻揃えてあるのと同じくらい男の価値に関わるんだよ。

 なんて講釈は心の内に伏せておき俺はこの時計について語る。

 

 

「買ったのは去年の六月だけど、いわゆる観賞用に買ったからこうして身に着けて外に出たのは今日が初めてでね。まあ、誠意の表れとでも思ってくれ」

 

「ふふっ。なんなのそれ。カッコつけたかっただけでしょ?」

 

「……悪いかよ」

 

「いいえ、嬉しいくらいよ」

 

 ニヤニヤしている涼子に釈然としないまま時計ブースを後にし、次に向かったのは香水売り場。

 ハイブランド品を買うなら大型デパートや百貨店の方が品揃えは良いが、この店はリーズナブルな価格帯のものが多い。俺ら学生にはうってつけというわけだ。

 いつも使っているブランドの中から何か買おうかと物色していると涼子は煽るような声で。

 

 

「香水ねえ。あなたいつの間にか洒落っ気づいてたわよね」

 

「これもカッコつけの一環さ」

 

 中学の頃からそうだった、と言うとイキっているだけに見えるかもしれないがかつての"俺"の習慣をそのまま引き継いでいるだけなので自分としては洒落っ気づいたという感慨は無い。

 その点女子というチート生命体はどうだ。

 特別フレグランスなどに頼らなくとも普通に風呂入ってるだけで何故かいい匂いがする、これがフェロモンなのだろうか。涼子のしか嗅いだことないけど。

 俺自身匂いフェチというわけではないのだが、彼女の後頭部に顔をうずめて吸った髪の匂いはその道に目覚めそうなくらい盛大な充足感を得られた。あれは合法的なドラッグだった。

 それはそれとして、涼子が香水について聞いてくる。

 

 

「今日はどんなのを付けてるの?」

 

「あれだ。黒い箱のやつ」

 

「いかにも男向けって感じね」

 

「最初はシトラス感が強いけど徐々にフローラルな感じも出てくるからそんなにキツくならないんだ」

 

「ふうん、良さそうね。ちょっと嗅いでみたいわ」

 

 あいにくとサンプルが置いていない商品のため涼子の希望は叶わなかった。

 否。サンプルで嗅ぐのが叶わなかったのであり、他の方法でそれは叶った。

 

 

「あなたが付けたのを嗅げばいいじゃない」

 

 あっけらかんと言う涼子。

 それはつまり俺の身体――この場合は手首だが、それでもどうだろう――を彼女に嗅がせるということであり、量販店内でそれを行った俺たちは無事にバカップルの仲間入りを果たしたのであった。

 

 


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