朝倉涼子さんと消失   作:魚乃眼

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Epilogue33

 

 

 

「色々と言いたいことはあるわ。でも私が一番言いたいことがなんなのか、あなたはもうわかってるはずよね?」

 

「……余計な混乱を招きたくなかった」

 

「それはあなたが決めることじゃないでしょう」

 

「オレの判断が間違っていた。悪かったよ、申し訳ない」

 

「だいたいね、もう、本当にあなたはいつもそうやって――」

 

 久方ぶりに長丁場の説教を涼子から受けリビングの床でひたすら土下座を続けている俺。時折背中をピタンと叩かれもする。

 ひとつ言わせてくれ、どうしてこうなった。

 

 

 

 

 

 あらかじめ決めておいたあいことば(パスワード)を使って朝倉さん(宇宙人)を呼び出したのがつい三十分ほど前の出来事。

 実に二ヵ月ぶりの再会となった彼女は自分が呼ばれた用件などとうに把握しているはずなのに随分勿体ぶった様子で。

 

 

「私の狙い通りに事が運んで、あなたが朝倉涼子とデキてくれたのはいいんだけど……もうちょっとあなたにデレてほしいのよねー。気取ってばかりじゃダメよ?」

 

 などと謎の立場で人様のことをとやかく言い出す。

 俺は俺に出来る最低限の努力しかしていないが最大限努力したとしてもデレろとか言われて素直に実行できるわけがない。しかも何をもってデレたことになるんだ。

 本当に有機生命体とコンタクトする気があるのかさえ怪しいインターフェース女の煽りは続く。

 

 

「それで? 初体験の寸評でも聞きたいのかしら?」

 

 聞きたいような、聞きたくないような。いや、本人の同意も無しにそんな恐ろしい話を聞くのは論外だ。

 戯言に惑わされないように少し気持ちを切り替えてから彼女と向き合うべく口を開く。

 

 

「なあ、与太話がしたくてわざわざ呼び出したわけじゃあないんだぜ。用があるのはハクション大魔王でもアクビちゃんでもねえよ、涼子に憑り付いてる君だ」

 

「どうやらそのようね」

 

「説明してくれ。彼女が視た"夢"とやらを」

 

「こういうことになるから出てきたくなかったのよ……」

 

 観念した様子、と形容してやるにはわざとらしく肩をすくめてから彼女は言う。

 

 

「なにも見せたくて見せたわけじゃないわ。たとえ休眠状態だったとしても私の現出は宿主(ホスト)に影響を及ぼしていたということ」

 

「二ヵ月前の話だろ? なんだって今更そうなるんだ」

 

「蟻の一穴。あの時は微かなものでしかなかったのでしょうけれど、時間の経過が徐々にそれを大きな綻びへと変化させた。直接関わらずして、私と朝倉涼子の繋がりが出来てしまった」

 

 その結果が涼子が視た夢だと言うのか。

 だとしたらそれは。

 

 

「ええ、あなたの想像通り。彼女が視たのは人間で言うところの記憶に相当する情報よ」

 

「君の記憶……」

 

「正確には違うのだけれど。ま、概ねその認識で問題ないわ」 

 

 俺の脳内に浮かび上がる符号が指し示す答えは恐らく真理に限りなく近いだろう。

 要するにマジにここは俺がかつて見たアニメの、それも劇場版のやつの延長線上にある世界だということだ。もっとも俺は今更SOS団なんて入るつもりは毛頭ない。復元用だかのプログラムもとっくに有効期限切れなはずだ。

 俺としてはこの平穏さえ続けばよいのだ。なのでいくつかハッキリさせておく必要がある。

 

 

「涼子が視た夢に関してだ。長門さんとバトってたのはオレが見たアニメと同じ展開だが二つ目は違う。アニメじゃあ君に刺殺されかけたのはキョンだった、オレじゃあない。いったいどういう経緯でそうなったんだ?」

 

 宇宙人の彼女が【涼宮ハルヒの消失】を知らないにせよ、それがどこかで起きた出来事なのだとしたら何故自分が刺されなきゃいけないのか俺が疑問に思うのは当然で、朝倉さん(宇宙人)も質問される想定はしているはずだ。

 が、返ってきたのは明瞭な説明などではなく。

 

 

「……それ、私の黒歴史の中でもダントツのやつ」

 

 だから話したくない、とでも言わんばかりに彼女は黙ってしまった。

 黒歴史という言葉の意味が気になるところではあるが、とりあえず置いておいてもう一つの疑問をぶつける。こっちが本題で俺が最も気にしてる部分になる。

 

 

「じゃあ、今の状況はどれぐらいマズい? 君と涼子の繋がりとやらが深刻な問題に発展したりしないか?」

 

「どれぐらい、ね。緩やかな死と同じかしら…………ごめん冗談よ、怖い顔しないの」

 

「っ、笑える冗談にしてくれ」

 

「今のところ朝倉涼子への影響は記憶の共有とでも呼ぶべきこの現象以上のものは起こらないでしょうよ。マズいってほどじゃないわ。でも彼女がどう思うかは別の問題」

 

 日常と非日常の交錯。なんとなく俺は昔見た【トータル・リコール】を思い出していた。

 あの映画みたいに現実の出来事として涼子の身に何か起こることなんてのはまず無いにしても、曲がりなりにも俺のことを好きだと言ってくれてる彼女がそんな俺を刺し殺す夢なんて何度も見ようものなら自分の精神状態を疑いたくもなるだろう。好きよ好きよは嫌のうちじゃない。

 こればかりはヒューマノイドインターフェース様々でもどうにもならないらしい。

 

 

「対処療法なら出来るけど、そうやって私と朝倉涼子の繋がりが深くなってしまえば夢以外にも影響を与えかねない。そうなれば今度は私が他のインターフェースに監視される番よ」

 

「穏やかじゃないね」

 

 もう一人の宇宙人こと喜緑さんについてはよく知らないのが現状だ。

 少なくとも軍用ナイフ持った朝倉さん(宇宙人)ほど危険な存在ではないと思うが、俺の常識で測れない相手なのは間違いない。

 

 

「……と、なると最後の手段をとるしかないわ」

 

 さも気乗りしない感じに言うのだからその最後の手段とやらが立派なプランBでないのは間違いない。

 

 

「一体何をするんだ」

 

「長門さんの時と同じ。朝倉涼子と私を統合させる。具体的には記憶の共有というか、私という人格を受け入れてもらうことになるわね。【遊☆戯☆王】は知ってる?」

 

「ああ、シンジくんが声やってた頃から知ってるよ」

 

「だいたいあんな感じね」

 

 軽い調子で言われてもな。どうあれ俺には彼女に任せることしかできない。

 そんなこんなで別人格同士が精神世界で対話するべく少しの間休眠すると言い残しソファに身体を預けて彼女は眠ってしまってからもう10分が経過している。

 

 

「……すぅ、すぅ」

 

 穏やかな顔で寝息を立てる涼子。彼女の寝顔を見るのはこれが二度目だ。

 前回は間違っても写真なんか残せる状況じゃなかったので今回はしっかり撮らせてもらったぜ。

 それにしても本当に普通の睡眠かって感じの寝入りっぷり。生理的な睡眠として寝てるわけじゃないからうるさくしても起きないだろうけど、なんとなくテレビを点けるのは憚られる。

 だがあまりにも手持無沙汰なため涼子の頬を指でつんと突いてみた。普段だったら絶対できないやつだ。

 

 

「すぅ……」

 

 二、三回ほど突いてみるも変化ナシ、まいった。

 でも涼子が起きて俺がいなくなってたら錯乱するだろうし、帰らずに大人しく待つしかない。

 その間、彼女の頭を撫でたり二の腕をつまんだりするのは俺の自由だろ。ぷにぷにだ。

 

 

「はは、こりゃ彼氏の特権だな」

 

「…………何が特権ですって……?」

 

 ――冷や汗。全身の毛穴から汗が吹き出した。

 恐怖による精神恐慌が俺の自律神経をかき乱したからだ。

 目覚めた彼女は恐ろしく冷淡な声で俺に命令する。

 

 

「指を離しなさい」

 

 俺の行動は迅速だ。

 ソファから飛び退いてリビングの床に両足の膝と頭を擦り付ける。

 

 

「すぃやせんした!」

 

 で、冒頭の説教(いまげんざい)に至るわけだ。

 涼子と朝倉さん(宇宙人)との間でどのような語らいがなされたのかは不明だが、涼子曰く全部知ってるとのこと。

 当然、何故黙っていたのかと怒られた。そりゃそうだ。ついこの前は俺が涼子に同じセリフを吐いたわけだしな。

 だがそれ以上に彼女をイライラさせているのは俺がテスト期間中に朝倉さん(宇宙人)と遊び呆けていた過去についてらしい。

 

 

「あんな露出の多い服ばっか着せて、よくも人の身体を好き勝手に辱めてくれたわね」

 

「誤解だ。あれは全部彼女が勝手にやったことだぞ」

 

「それ見て鼻の下伸ばしてたのは事実でしょうが!」

 

 役得だった、なんて言った日にはグーパンが飛んできてもおかしくないので平謝りに徹する。

 とにかく亀のように丸くなって耐える俺は浦島太郎の助けを心から待ったが、残念ながらそのような存在がこの場に介入することはなく説教は延々と、いや永遠と続いていき。

 

 

「この続きは晩御飯を食べてからよ」

 

 涼子はジト目でこんなことを言い出す始末。

 

 

「い、いや、昨日もご馳走になったし……今日は帰らせてもら」

 

 俺が断りを入れようとした次の瞬間だ。

 幼馴染は顔をずいっと近寄せ、甘い声で言う。

 

 

「うん、それ駄目」

 

 駄目らしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 有り合わせの食材の都合か、それともあまり手間をかけたくなかったのか知らないが今日の晩御飯は冷やしおでんだ。昨日は酢豚だった。

 器に盛られた具材は普通のおでんと代わり映えやしないものの、冷たい出汁やポン酢ジュレを付けておでんを食べるのは不思議な感覚がする。

 いつもは動物園からリスが脱走したとか至極どうでもいいニュースを話題にしてまで俺に話しかけてくる涼子もこの時ばかりは無言を貫く始末。

 状況が状況だけに気まずい空気感を耐えられなかったのでこちらから口を開くことにした。

 

 

「……何も言ってこないんだな」

 

 取り皿に箸を伸ばしていた涼子の手が止まる。

 

 

「オレは君の幼馴染じゃあない。どういうわけか二度目の学生生活をする羽目になった男だ」

 

「そうみたいね。それで?」

 

「説明したって信じてもらえるわけなかったと思うけど……それでも騙していたようなもんだろ。二年前のクリスマスだって、この件が関係しなかったわけじゃあない」

 

「まったく……」

 

 涼子は箸を置いて、

 

 

「さっき怒った以上のことを言うつもりはないわ」

 

キッパリとそう言った。

 さりとて、俺は腑に落ちない顔をしていたらしい。

 涼子は答え合わせをしてくれた。

 

 

「あなたは私の幼馴染じゃない。でも、あの日私を映画に誘ってくれたのはあなたよ」

 

 最早どんな内容だったかも満足に思い出せないくらい取るに足らない作品を見たあの日。

 "俺"と"朝倉さん"の関係はきっとそこから始まったのだろう。

 

 

「学校祭の時もそう。あなたが根回ししてくれたおかげで何とかなった」

 

 この前イタズラ心から過去の話を持ち出してしまったからか改めて学祭の件を言われてしまう。

 恩着せがましい奴だな、俺。

 

 

「まあ他にも色々あったけど、要するに私は()()()()()()好きになったのよ」

 

 そう言い、精一杯の笑顔を見せる涼子。

 わけのわからない情報量を詰め込まれた彼女の頭はパンク寸前のはずだが、泣き事ぬかす俺のために普段通りの姿勢で俺と接してくれている。

 そんな彼女だから俺は好きになったんだ。

 だったら俺も俺なりの誠意ってもんを見せるべきだろ。

 

 

「もう二度と君に嘘や隠し事はしないと誓うよ。だから、こんなオレで良ければ今までと同じ風に付き合ってほしい」

 

「ええ、勿論よ」

 

 とまあ、これが事の顛末である。

 後のことを付け加えると、冷やしおでんを平らげてからの俺は日中の疲労感を癒す間も与えられぬまま涼子に思う存分しぼられた。精神的にも肉体的にも。

 なればこそ、俺は今日中の帰宅を諦めて朝帰りの言い訳を必死に脳内構築しているのだ。

 

 

「……ねえ」

 

 ダブルサイズとはいえ2人で利用するのに決して広くはない寝床を折半している相方から声をかけられる。

 顔を横に向けると涼子は何やらおずおずといった感じで尋ねてきた。

 

 

「その、聞かせてくれる? あなたが見た、私や長門さんたちが登場するアニメについて」

 

 俺自身はこの話に一切登場しないという前置きをしてから、かつて視聴した作品のあらましをつらつらと述べていく。

 彼女に憑り付くヒューマノイド・インターフェース相手でも具体的な内容について語るのは差し控えていたのだが、それは必要なことのように思えた。

 願望を実現する能力を持った涼宮ハルヒ、幸か不幸かそんな女に気に入られた普遍的中庸な一般人代表キョン、宇宙人に未来人そして超能力者が揃うSOS団。

 こいつらのバックボーンだけでも【チョコレート工場の秘密】が崇高に思えるほどの与太話になるというのに作中であった事件やイベントの数々は荒唐無稽としか言いようがない。

 

 

「アニメの涼宮さんは相当ぶっ飛んでる存在なのね。ほぼジャイアンじゃない」

 

「こっちの涼宮はアレでもマシな方ってことさ」

 

「そうね。そう思うことにする」

 

「だけどな、そのぶっ飛びガールが画面いっぱいに暴れ回る学園生活はさ、とても楽しそうだったんだ」 

 

 ヒロインに連れ回され、委員長の皮を被った宇宙人に襲われ、団員の面々からトンチキな話を聞かされ、終いには世界の命運すら託されるそんな主人公を見るのが楽しかった。

 だからこそ特定のキャラクターに思い入れなぞ無かったし、まして、主人公の視点からは敵以外の何者でもない朝倉涼子というキャラクターを好きになるはずなんてない。

 

 

「……壁にでも話してろ、なんて私に言ったのはそのネガティブなイメージが理由かしら」

 

 我が今世やらかしランキングの上位に未だ居座る中学二年時のバッドコミュニケーション事件に関してジト目で聞いてくる涼子。

 ここで素直に、いや違うあれは単に君とおしゃべりするのが煩わしく思えただけだよ、なんて言った日にはどんな報復が待っているかわからんぞ。

 はてさてどう答えるべきか。もうそろそろ意識を眠りの海に沈めてやりたい時間だってのに考えなきゃいけないことが多すぎる。考えろ、考えるんだマクガイバー。

 結局、二度と嘘や隠し事をしないという誓約(ゲッシュ)に従い当時の自分の心根を言うことにした。

 

 

「そんなんじゃあない……あれはただオレが馬鹿だっただけだ。君がオレに絡んでくる訳も考えず、つい一時の感情に身を任せてああ言ってしまった」

 

「正直に話してくれてどうもありがと。私じゃなかったら絶対許してなかったでしょうね」

 

 刺々しいトーンでチクリ。

 聞く人が聞けばあれは絶縁宣言なためこう言われるのも無理はない。

 俺は弁明を続けることにした。

 

 

「第一、中二までの君とアニメキャラの朝倉涼子は似ても似つかぬ存在だった。混同するはずもないさ」

 

「それってどういう意味かしら?」

 

 ずいっと顔を寄せてくる涼子。

 質問してる割に顔はニコニコしているので俺がなんて答えるのかわかってるんだろうな。

 

 

「君がさっき言った事と同じだ。オレにとって君は唯一の存在で、アニメに出てようが出てまいが関係ない……オレが好きなのは毎日起こしに来てくれる君なんだよ」

 

 これが最大限の俺のデレだぞ宇宙人。どうだ満足か。

 引っ込んでいる存在がどう感じたかは不明だが横にいる彼女は、んふーと変な声を鼻息と一緒に立てているので多分喜んでいることだろう。

 

 

 


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